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科学者と神学者

《普通》が科学棟の部室で《物理学者》《数学者》と席に座って本を読んでいた時のこと。

「やぁ、久しぶりだね。元気してたかい」

 牧師というか神父然とした細君のような男がやってきた、顔には微笑がはりつけられたようにくっついている。よく言えば柔和。悪く言えば胡散臭い。

 《物理学者》はうんざりしたように腰をあげた。

「オマエが来るときは大抵、裏があるからよ。こっちに用はねぇから帰ってくれないかなん」

 彼は気にせず《普通》へと近寄ってきた。

「やぁ、初めまして。《神学者》と言います。お近づきのしるしに世界で一番多く発行された書物をどうぞ。二番目はドン・キホーテだけどね」

 聖書をくれた。

 適当にパラ読みする。

 そんなこちらを尻目に、

「そろそろ君達も改宗する気になったかな」

《神学者》はニコニコ笑顔であったが《物理学者》はいまにも激昂しそうな様子で、

「ハッ、聖書なんて、創世記の段階で矛盾だらけじゃあねえかよ、なんで二章の段階で天地創造に関して二つの相矛盾した物語があったり、太陽がつくられるまえにどうして光と昼が存在し得るんだよ。説明できてから改宗をすすめなよ」

 《普通》は《数学者》に耳打ちする。

「あの人《物理学者》と仲悪いんですか」

「《天文学者》とも相当仲が悪いわよ。《神学者》の権威はとても大きいの、たぶんあなたが考えている以上にね」

「それでなんで仲が悪くなるんです」

「聞いていればわかるわ」

 彼らはこちらに目もくれず、喧々囂々(けんけんごうごう)と意見を交わしだした。

「君たち科学者の始祖ニュートンが法則を誰が創ったかと問われて、『何』と答えたか知らないわけはないだろう」

「ニュートンが『神』と答えたのは概念であって、オマエ達が崇める一過性のものじゃあねえよ。それにアインシュタインは、神はサイコロを振らないって言ったぜん」

「ホーキングが後に神はサイコロを振ると正したはずだ。量子力学における不確定性原理を知らない君ではないだろ」

 なんだか難しい話をしている。

「オマエ達のいう神が6日で法則プログラムを打ち込んだ優秀プログラマーな可能性についてオレチンも考えてはいるよ。でも、確定はしてねぇ。だから、デケェ顔で口を挟むんじゃあねえよ」

「天文学者ロバート・ジャストローの言葉は知っているだろう」

 科学者は無知の巨峰に登り、あと一手で全てを見下ろし、科学を征服できるいただきに届くところまできた。そして科学者は岩を掴み頂上を見た。そこにはそのいただきに座り込む、何世紀も前の神学者達の姿があった。

「彼の発言の真意は神を毛嫌いし、神という概念を捨てた科学者への警告だ。決して「万物理論」の著者に対する言及じゃあない。エドワード・ギボンが『ローマ帝国衰亡史』で嘆いた理由がわかるぜい」

 神学者の仕事は呑気なもので、宗教とは天から降りてきて、生来の純潔さを保っているのだ、と言っていればすむ。歴史家に課せられた任務はもっと憂鬱である。歴史家は、この地上を長らく支配した宗教が、心弱き者や堕落した者のあいだに広めた過誤と退廃の不可避の混合を、発見しなければならぬのだから。

「オマエラはただアグラをかいて、科学者達の努力をハゲタカみたくかっさらおうとしてるだけじゃあねえか。聖書の矛盾点を改竄している暇があったら、万物理論の完成を少しでも手伝いやがれってんだ。科学者の揚げ足ばかりとることに執心してんじゃねえよ」

 聖書に目を通しながら、聞き耳をたてて様子をうかがっていた《普通》は感覚で理解する。

 つまり二人の争点というのは、

 《物理学者》は全ての自然法則を記す辞典「万物理論」を完成させたい。

 《神学者》は宗教の権威を護るために「万物理論」が完成された際、その著者である全ての自然法則を定めた者を自らが崇める神の名にしたい。という感じか。

 《神学者》は話が合わないからお手上げだな、といったジェスチャーをとった。

 そして、話題をかえるかのように聖書を読んでいた《普通》に話しかけた。

「何か質問はあるかな?」 

 《普通》は手を挙げた。

「なんでエジプトの王宮侍女達はイ草に包まれていた赤ん坊、その子がヘブライ人だとわかったんですか?」

 モーゼの出エジプトの記述に対しての素朴な疑問。

 《神学者》は息を呑み《物理学者》と顔を見合わせた。《数学者》は急に顔を伏せた。

 なぜだかとっても気まずい雰囲気が流れ出している。

 えっ、いや、だって赤ん坊を見ただけでナニジンかわかったら、おかしいでしょ。 

 それを聞くのってそんなに変かな。

 《神学者》はゴホンと咳払いし、

「それはかっ……」

 そこまで言って押し黙る。《物理学者》はなんだかニヤニヤしながら、肘で彼の腰をつつく。

「おい、かっ……なんだよ。いえよん」

 《神学者》は顔を赤らめて照れている。

 彼はわざとらしく腕時計を確認して、

「おっと、もうこんな時間かぁ、まぁ、その、今度近いうちに科学棟で一大イベントが行われるから。今回はその打ち合わせにきてたんだ。急いでいるのでまたね」

「おい、ちょっと待て、逃げるなよ」

 そういってさっさと帰ってしまった。

「ねぇ、《数学者》さん。どうして?」

 彼女は顔を伏せたまま

「さささささぁあ、ぜぜぜぜぜぜぜ全然、皆目見当もつきませんわ」

 声をうわずらせている。

 《普通》は《物理学者》に顔を向けた。

「ねぇ、《物理学者》さん、どうして?」

 口笛を吹いて誤魔化している。

 そんなに答えにくい問題なのか。

 《普通》は頭をひねった。

 侍女達がヘブライ人だと気づいた理由は割礼の儀式があったから。

 同年代の女の子に純粋な目で聞かれると答えにくいものがあるよね。

 

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