DHMOの規制を!
以下の記述は全て科学的事実に基づいて記述されています。
DHMO(Dihydrogen Monoxide)は無色、無臭、無味であるが、毎年無数の人々を死に至らしめている。殆どの死亡例は偶然DHMOを吸い込んだことによるが、危険はそれだけではない。DHMOの固体型に長期間さらされると身体組織の激しい損傷を来たす。DHMOを吸入すると多量の発汗、多尿、腹部膨満感、嘔気、嘔吐、電解質異常が出現する可能性がある。DHMO依存症者にとって、禁断症状はすなわち死を意味する。
DHMOは水酸の一種で、酸性雨の主要成分である。地球温暖化の原因となる「温室効果」にも関係している。また重度の熱傷の原因ともなり、地表の侵蝕の原因でもある。多くの金属を腐食させ、自動車の電気系統の異常やブレーキ機能低下を来す。また切除された末期癌組織には必ずこの物質が含まれている。
汚染は生態系に及んでいる。多量のDHMOが米国内の多くの河川、湖沼、貯水池で発見されている。汚染は全地球的で、南極の氷の中にも発見されており、中西部とカリフォルニアだけでも数百万ドルに上る被害をもたらしている。
この危険にも関わらず、DHMOは溶解や冷却の目的で企業利用されており、原子力施設や発泡スチロール製造、消火剤、動物実験に使われている。農薬散布にも使われ、汚染は洗浄後も残る。また、ある種の「ジャンクフード」にも大量に含まれている。
企業は使用済みのDHMOを大量に河川、海洋に投棄しており、それはまだ違法ともされていない。自然生物への影響は限りないが、我々は今のところ何も出来ないで居る。
アメリカ政府はこの物質の製造、頒布に関する規制を「経済的理由から」拒んでいる。海軍などの軍機関はDHMOにかんする研究を巨額の費用を投じて実施している。目的は軍事行動時にDHMOを効果的に利用するためである。多くの軍事施設には、地下に近代的な施設が造られ、後の使用に備えて大量のDHMOが備蓄されている。
科学棟入り口に張られてあったこの反対署名用紙を読んで《普通》は戦慄した。
「こ、これは。こんな危険な物が世界に出回っていたなんて」
なんとしても周囲にこれを知らせ、すぐに規制させねば。
突発的焦燥感につきうごかされて走り出す。
偶然近くを通りがかった先輩の鼻先に《普通》は息を荒げて用紙を突き付けた。
彼はそれをゆっくり《普通》から奪いとると、文章に目を通しだした。
それでも特に感想というものを抱かなかったようだ。
彼の表情はピクリとも動かない。それどころかこともなげに、
「これを規制するとたぶんオレ達どころか、生命が滅びるんじゃあないか」
環境意識の低い人だ。
「なに言ってるんです、規制しないほうが問題ですよ」
彼は用紙をつまみながら、ぺらぺらとふり、
「これに署名なんてしたら、科学棟のヤツらから出入り禁止を食らうぞ。こんなものどこにあったんだ」
「入り口近くですけど。あっ、もしかして科学棟の人たちは科学の発展のためにDHMOを規制するつもりなんてなく、踏み絵のつもりで置いたってわけですか」
反対署名とは裏腹に反対者をいぶりだし、裏切り者として疎外させようという目論見なのか。
「入り口にあったということは審判の門のつもりかもな。なるほど科学棟は科学者以外はお断りというわけだ」
「えっと、それはどういう意味ですか?」
「これがなんなのか。その答えはもう一度この文章をよく考えて読んでみればわかるはずだ」
そういって用紙を返してきた。
彼の言葉を脳内で反芻し《普通》少女は文章内容を吟味した。
DHMOの特徴を考えてその危険性を意識する。
するとある種の閃きが頭を走る。
その性質は《普通》にとっても誰にとっても身近なあるものにそっくりなのだ。
ゴクリ
つばをのみこみ、のどを小刻みに震わせる。
「ええ、えっと、ここれは、もしかして、そその、み、水ですか」
先輩は真顔のまま無言でうなずいた。
うっわぁぁぁぁ恥ずかしいぃぃ
こんなアホな引っかけ問題に真剣にかかってしまったぁぁ。
いたたまれなくなって顔を両手で覆い、背中を向けてしゃがみ込む。
「うう、しばらく一人にしといて下さい」
察したのか、彼はそれ以上なにも言ってはこなかった。
(余談)
ちなみにこの文章の制作者はアメリカ人。
「人間はいかに騙されやすいか」という論題でつくられた。
統計としてはこれを読んだ人間の86%がDHMO(水)の規制に賛同し12%が規制を前向きに検討、2%が規制に反対したという(50人調査より)。
カリフォルニア州ベエホ市議会にて、これを鵜呑みにした法務担当により同議会において規制案が投票決議されかけたこともある。
(蛇足)
天文学においても宇宙で一番多い化合物は水。その理由は一番多い原子が水素。二番目はヘリウムだけど、これは化合物にならないため。そうなる。
文章の引用はこちらから(http://www.komazawa-u.ac.jp/~kazov/Nis/etc/DHMO.html)