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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

BLもの

疑心暗鬼の愛情

作者: みどり風香

 好きな子がいる。性別は同じで、国籍も境遇も違うけど、互いに思い合って結ばれた仲、だと思う。恋人の(すばる)は、本人が言うほど悪い人じゃない。真面目で誠実な、絵に描いたような千歳人(ちとせじん)だ。そんな人の恋人になれて、僕は本当に名誉でありがたい感動を覚えた。今までずっと円満だった。大学に通いながら仕事もして、学校近くのアパートに二人で住んで、何ともないことで笑ったり喧嘩したり、二人寄り添ってときめきを確認したり、果てには体を重ねることも数えるほどではあるけど、した。ずっと、こんな風な幸せを感じながら、過ごしていけるだろうと、何の疑いもなく信じていた。

 だけど、それはあっけなく崩れてしまった。

 魔が差したんだと思う。そして僕は選択肢を間違えた。やってはいけないことを、犯してしまったんだ。どうかしてたのかも知れない。

 昴の携帯電話の着信履歴と、メールの受信箱を、開いた。携帯は、パンドラの箱だった。どちらにも、かなりの頻度で「遊佐亜弥乃(ゆさあやの)」という女の子の名前が出てきた。その名前を目で確認した瞬間、僕の心に邪なもう一人の僕が生まれた。

 その時から、僕の心は病んだ。どす黒くて醜い嫉妬に支配され、一番信じているはずの恋人に疑いの眼差しを向けるようになった。帰りが少しでも遅いと納得するまで昴を問い詰めた。友人の紫苑(しおん)やローズでさえ、昴をたぶらかす悪女なんじゃないかってふと思ったこともある。「遊佐亜弥乃」という女の子の身辺を調べたりもした。ストーカーまがいのこともした。昴に抱きしめられても、キスしてもらっても、一緒に寝てもらっても、やっぱり気は晴れず、心はくすんでどろどろしていく。

止まることなく侵攻していくこの病気は、確実に僕を最低にしていった。本当は疑いたくない。昴を憎んでるわけじゃないし、昴を敵だとも思ってない。憎い奴だったり、敵だったりするなら疑う行為も僕にとっては正当だけど。恋人を疑うって、本当に最低。自分が嫌になる。鏡を見たら、きっとそこには醜い醜い修羅が映るんだろう。自己嫌悪と治まりの兆しがない疑心暗鬼で僕の心は腐ってく。

 それもこれも、僕が道を踏み外してしまったからで、要するに誰も悪くないわけで、僕の自業自得なわけで。僕は生まれてからずっと間違ってばっかりだ。人生は失敗や間違いのくり返しだっていうけど、僕の人生は失敗だらけだった。成功をよこせとは言わないけど、少しくらい成功したっていいじゃないか。失敗しかない人生を強要するって何でだよ。神様って本当にいるんだね。そうじゃなきゃここまでどん底の道をひた走る人間がいるはずもないからさ。死ねば。

 きっと、昴は僕を見離したがってる。当然だよね。これだけ縛るような恋人、いらないもん。本当、僕ってつくづくいらない。だから、せめて昴を楽にしなきゃと思って別れ話を持ちかけようと考えた。だけど、よし話そうと思うと、決まっていつも言い出せなかった。じゃあ死ねばいいと首をくくろうとしても、愛用の銃を頭に突きつけても、包丁を手首にあてても、そこから先の末路へ行くことがなかった。昴を苦しめることはしたくない。でも死んで昴と一緒にいられなくなることも避けたい。結局、自分の勝手とわがままを優先して、一番大切な人の首を真綿で絞めている。

 こんな僕なんていらない。消えちゃえばいい。

 でも昴と離れたくない。昴を僕だけのものにしたい。

 相反する気持ちがぐだぐだとかき混ぜられて、また心の醜さに拍車がかかる。


「ただいま」

 玄関から、愛しい人の声が聞こえる。大学からやっと帰って来てくれたんだ。心がどろどろして歪んでから、僕は大学どころかまともに外へ出なくなっていた。

「あれ。リオンいないのか?」

 声が近づいてくる。部屋のドアが開かれ、ぱちんと灯りがつく。一瞬だけど、昴が息を呑んだのがわかったよ。びっくりしたんでしょう? 怖くなったんでしょう?

「……って、いたのかよ。びびった。電気くらいつけろよ。光熱費払えないほど貧窮してるワケでもねえんだから」

「うん」

「あのさ……、せめて、向かい合って会話しようぜ? 悲しくなる」

 僕は自室の床にぺったり座り込んで、うなだれている状態。周りには、カッターとかサバイバルナイフとかアイスピックとか愛用の銃とかが適当に散らばっている。

「ごめん」

「分かってんならいーよ。……って、おい」

 僕の周囲に置かれた物騒なものに気づいたようだった。ぐいっと僕の腕を強く引っぱって昴の方に向かせた。大きくて頼もしい両手が僕の両肩を揺する。

「どうしたんだ!? ケガとかは、してねーか?」

「……大丈夫」

「そか。ったく、仕事でもないのに武器出して。どうしたってんだあ?」

「ちょっとね」

 昴は自分で出したわけでもないのにそれらを全部片づけた。そして当たり前のように僕に触れてくる。この手は、体は、君に触れてもらえるほどのものでもないのに。それでも君の手を欲する。こうして触れてもらうのは僕の特権だって感じながら。

 ふと時計を見上げる。疑心が生まれた。いつもより遅い帰宅ってだけで、僕は昴を疑う。

「今日、遅かったね?」

「そうかあ?」

「いつもより一時間遅い。今日の授業は三限までだったでしょ」

「ああ……」

 昴は気まずそうに目をそらす。逃げるようにして台所へ向かい、やかんに水を張った。紅茶が自室に来るまでは、黙ったまんまだろう。相変わらず、僕はぺたんと座り込んでいる。

 遅くなったのには、理由がある。僕から少しでも離れていたくて、時間をつぶしていたんだ。きっと、そう。

「昴」

「あ?」

 テーブルに紅茶が置かれた。逃げないように、昴の袖を掴んでおく。

「遊佐って誰」

 この名前を見たせいで、僕は狂ったんだ。

「あれ、知らねえ? 同じ大学の奴で、カード仲間の遊佐亜弥乃だよ。多分、何度か会ってるぞ」

 意外とあっさり教えてくれた。

「その女と会ってたの?」

「おいおい、聞こえが悪いな。最近、あいつ、ストーカーにつきまとわれててさ。彼氏のフリをしてくれって頼まれてんだ。んで、遊佐を家まで送って、少し遅くなったんだ」

「ふううぅん」

「本当だって。やましいことはしてねえよ」

「そうかな。その割には遊佐の匂いがひどく残ってるね」

「よく分かるなあ。そんなに匂う?」

 袖を握る力が、強くなる。

 許せない。昴が、他の女と一緒に過ごしてたことが。あの女の匂いが強い。きっと、腕に絡みついてきたんだろう。胸を押しつけてきたんだろう。手をつないだんだろう。体が密着してたんだろう。身の程知らずが。それらは全部、僕だけに許された特権なのに。

「匂うよ。遊佐の強い匂い。気持ち悪いくらい」

「おいおい。そんなに?」

「遊佐に食事でも誘われたんじゃない? 帰りの電車ではカードデッキの見せ合いっことかしたんでしょ?」

「……リオン?」

 昴はようやく僕のおかしさに気づいた。僕が外に出なくなったところで気づくべきなのに、君は本当に鈍いね。それを責めるつもりはないけどさ。

「ねえ、昴は僕のこと好き?」

 僕はまっすぐに昴を見つめて、聞いた。きっと、君は嘘でも好きって頷いてくれるんだろう。分かるよ。君は優しい人だもん。

「好きだよ」

「本当に?」

「本当だ」

「誓う?」

「おうよ」

 優しいね。昴、君は本当に優しい。だけどね、僕には分かるんだよ。こんな男、もういらないって心の底では思ってるんでしょう?

「俺は、リオンが好きだ」

「嘘だよ」

「……っ?」

「昴の本当の気持ち、言ってあげようか? こんな奴、気持ち悪い。束縛ばかりしてきてうっとうしい。さっさと縁を切りたい。……そう思ってるんでしょ?」

「違う」

「違わないよ」

 僕は、昴を床に組み伏せた。昴が驚いてこっちを見上げてくる。

「正直に言っていいよ。本当は僕のこと嫌いになってるんでしょ? いちいちうるさいし、少し遅くなったからってずっと問い詰めるし、友人関係を暴こうとするし、こんなに昴を苦しめてるんだもん。僕なんか消えればいいって思ってるんだよね。さっさと死んで欲しいって考えてるんだよね」

「おい、リオン……?」

「無理して嘘つかなくていいんだよ。はっきり言えば?」

 昴の肩を掴んでいたはずの手が、いつの間にか彼の首に移動する。

「僕なんか、いなくなればいいのに、って思ってるんでしょうっ!?」

「リオン……」

 手に力がこもる。昴が苦しそうに顔を歪ませている。

「言えよ! 言えばいいだろう! 嫌いって、言えっての!!」

 昴は僕の手に、自分の手を添えるだけで抵抗しない。少しでも酸素を取り入れるつもりがあるのかも分からない。死ぬ気? そんな馬鹿な。僕に殺されたいわけないのに。きっと逆の立場を望んでいるのに。うんざりして、見限ろうとしてるはずなのに。嫌いの筈なのに。

「なんでだよ。なんで黙ってんの? 僕が全部言っちゃったから言うことないってわけ?」

「……違う」

「正直に答えろよ藤枝昴!!」

「リ……」

 弱々しく、昴の手が僕の頬に触れてくる。確かに、昴の温もりを感じて取れた。

 はっと目が覚めた。

 僕が、昴を、殺そうとしている。昴の首を、絞めている。

 なんでだ。僕は、昴がこの世で一番好きだ。この世だなんてケチケチせず、なんだったらあの世だって悪魔の世界だってひっくるめてもいい。どんなに心がどす黒くなってくすんでも、それだけは決して揺るがない気持ち。誰よりも昴が好きだという気持ち。昴のためなら、世界を敵に回したって構わない。昴のない世界なんて、どんな価値があるっていうの。

 なのに、何でそんな愛しい昴を殺そうとしてんの?

 僕の心に住みついたもう一人の僕が、僕を完全に支配してる。ハイドが常に現れ、ジキルが引っ込んだ。

 最高に最悪だ。

「ッ! ごめん! 昴、大丈夫?」

「な、なんとか……」

 昴は上半身を起こしながらむせる。

 証明してしまった。疑心暗鬼が僕を動かしている。僕が昴を殺したいわけがない。僕じゃない、僕じゃない。不安がそうさせるんだ。

「…………ごめん」

「いや、大丈夫だ」

 昴と目を合わせられない。ちゃんと言わなきゃいけないことがあるのに、僕は俯いているだけ。このままだと、いつか僕は昴を殺してしまう。そうなる前に、昴から離れなきゃならない。昴を守らなきゃ。言わなきゃ。

「ねえ、昴」

「どうした?」

 言えない。別れようって、たった一言が言えない。こんなことになっても、まだ離れたくないのか。昴よりも自分優先で、本当に身勝手な。

 言わなくちゃ。ハイドがまた暴れないうちに、手遅れになる前に。

 顔を上げれば、少しは決意も固まるかな。そう思って顔を上げる。

「――え」

 何が起きたのか、一瞬分からなかった。でも、昴の頼もしい腕が僕の背中に絡みついたのと、小柄な僕がすっぽり入る胸の感触で、抱きしめられてるって認識できた。きつく、きつく抱きしめられて、ふりほどくこともままならない。

「す、昴……?」

「ごめん」

「どうして、昴が謝るの?」

「俺、いつの間にか、リオンを不安にさせちまってたみてえで……悪かった」

 温かい。身も心も冷え切った僕にはもう不似合いなほど。昴は何も悪くないのに。昴のせいじゃないんだよ。僕が小さな罠にかかってどんどん身動き取れなくなっていったってだけ。恋人を疑った、僕への罰ってだけなんだよ。

「昴は悪くない。何にも悪くないよ。悪いのは……」

 抱きしめる力が強くなる。きっと、僕を離さないんだろう。

 分かった。昴は、ただ一途に僕を好きでいてくれてる。単純な話だけど、昴に抱きしめられて、昴の声を聞いて、温もりを感じて、分かったよ。嫌いになんてなってなかった。君は、嘘をついてなんかいなかった。

「あのさ、よかったら……何があったのか、俺に話してくんねえ?」

 昴は優しく話しかける。殺されかけたというのに、お人好し。そんなところも全部ひっくるめて好きになったんだけどね。

「僕のこと、きっと最低だって思っちゃうよ」

「ならねえよ。例えばさ、俺がお前にカードを強要したら、嫌いになるか?」

「そんなことない!」

 僕は思いっきり首をぶんぶん横に振った。

「だろ? だから、教えてくれ」

 昴の温もりが離れた。少し名残惜しいけど、抱きしめられたまんまじゃ、面向かって話せないもんね。何か、憑きものがなくなったような感じがして、心が軽い。本当に、僕って、単純なんだな。

「実はさ、その……昴の携帯、こっそり見ちゃったんだ」

「携帯?」

「うん。僕が言うのもおかしな話だけどさ、メールの受信箱、パスワード設定した方がいいよ。それで……受信メールと着信履歴に、遊佐さんの名前がいっぱいあって、それ見た途端に、何だか怖くなって。もしかしたら、って疑心暗鬼に駆られて、不安になって……それから、それから」

「うん」

「昴が、僕以外の人と通じちゃったんじゃないかって、怖くなって」

「うん」

「ストーカーまがいのことまで、して」

「うん」

「怖くて……、昴が僕から離れてっちゃうかも知れないって思うと……」

「……うん」

 全部話していくうちに、だんだん気持ちが緩んで、ぼろぼろと目から涙が溢れてきた。急いで拭うけど、涙は止まることを知らずに、人の気も知らずにずっと流れる。

「ごめんね、昴」

「何でリオンが謝るんだよ。俺こそ、悪かった」

 今度は、僕の方から昴にすがりついてきた。昴はそれを優しく受け止めてくれた。

「大丈夫。俺は、離れないよ。リオンの傍に、ずっといる」

「僕、また不安になるよ? 怖くなって、昴のこと、縛っちゃうよ?」

「それは、そんだけ俺がリオンを不安にさせちまうくらいのヘタレってことだ。リオンは何も悪くねーよ」

「いいの? 僕、すごく嫉妬深いよ。妬むよ? 苦しいよ?」

「構わない。不安になった時は、いつでも言え。お前が満足するまで、抱きしめてやる。何度だって好きだって言ってやる。何ならそれ以上のことだって辞さないぜ」

 冗談めかしながら僕をなだめるその気持ちは、本当だ。きっと、僕はまた不安に支配されることがある。僕は弱いから、ちょっとしたことですぐに疑うだろう。だけど、昴はそれでも僕の傍にいてくれるんだろう。僕がどんなことになっても、ずっと一緒にいてくれるんだろう。昴は、そう言う人だ。

 今、僕はすごく安心している。


ヤンデレにハッピーエンドはありえるのだろうかという疑問から生まれたお話です。バッドエンドは回避しましたッ

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