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ルッキズム死ね。でも美少女にはなりたい。  作者: :)
第一章(2/28に全話投稿予定)

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7/30

吸血姫

ストロベリーベリーフラペチーノ(ホイップたっぷり)は、特別な味がした。


「初めてのフラペチーノ、美味しかった?」


コクリと頷いた僕の頭を、糸ちゃんがよしよしと撫でる。

撫でる手と反対の手にはドンキのレジ袋。歯ブラシやらのお泊りグッズが入っている。


「…しかし、このご時世にスタバに行ったことない女子がいるとは思わなかったわ」


偏見にまみれた呟き。

僕をむせさせるには十分だった。


「い、いますよ…!それくらい普通に…」


「そうなんかねぇ。普通は、一回くらいどっかのタイミングで行く気がするけどね?マック行ったことない人がいないみたいにさ」


「あ、あはは…。そう…、ですよね…」


偏見、か…。



18時。帰宅ラッシュ。

人混みの中で帰りの電車を待つ。


人はいっぱいいるのに、周囲の無関心のせいで二人きりみたいな気分になる。


「…なんでニヤニヤしてるんですか」


「え?いや…」


「なんか、家に帰ってるなーって思って」

「…一人だとさ、当たり前だけど、ポツンとしてしょうがなかったの。帰り道、特に、こういう待ち時間は…」

「でも、今は隣にアンタがいる。それに、もし、今夜アンタの身も心も私に堕とすことができれば、明日からは帰った家にアンタが待っているかもしれない」

「そんな未来を想像すると、嬉しくなっちゃって」


「…」


空になったカップをストローで吸う。


「…私、こう見えて料理出来るんだー。私が作ったチャーハンめっちゃ美味いよ?アンタの胃袋を掴んでやれる自信あるね。あとね?私んち、Wi-Fiめっちゃ速いよ。だからネトフリとか見放題!」なんて、嬉々として話す彼女を見るほどに胸が痛い。笑顔の彼女に絆されて、同じように嬉しくなる自分が憎い。


これが、僕の望んだ未来なのか?心の底から切望した夢のカタチがこんなにも苦しいのなら、僕はいっそ、卑屈な肉塊のままで良かった。


…なんて罪悪感を、心の底から抱けない自分の醜さに驚く。


元の姿に戻るなんて嫌だ。特に糸ちゃんには元の自分を一欠片すら見せたくない。


糸ちゃんを悲しませたくない。


糸ちゃんに嫌われたくない。


ずっとこの心地良さの中にいたい。


「あ…、そうだ、ちょっと耳貸して?」


何も知らない糸ちゃんの唇が、僕の耳元に沿う。


「…隠したいことがあって名前を言いたくないって気持ちは尊重するけど、でも、アンタのことを『アンタ』としか呼べないのは寂しいからさ、ちょっと、考えたんだ。私だけの、アンタの名前…」

「あのね?ちょっと女の子っぽくない名前だけどね?『糸』『専』用のモノって書いて…」


嘘が、流し込まれようとする。

この後、僕はこの偽名をすんなり受け入れるのだろう。うんと頷いて、僕は偽物としてどんどん作り上げられていくのだろう。


不健全。だけど、その上に僕と糸ちゃんの笑顔が成り立ってるんだからどうしようもない。


どうしようもない。


幸せを壊す勇気が、僕にはない。


諦めようとした。



その時だった。



「吸血姫様ですよ」


僕達の間を割くように、声が、人混みから聞こえた。


いや、それはもう人混みの中にはいなかった。

人混みは、間もなく彼を避けるように動いていた。


海を切り裂いたモーセのように、人混みを割いて僕達の正面にいる彼。

2メートルを超える背丈、気味悪くスラッとした手足に、執事服。


…何より、頭に二本の角と、背に黒い翼を生やしている。

人外な外見。


「なに…?キュウケツキ…?」


「御名ですよ。不敬にも貴女がベタベタ触れている、あまつさえ給仕の衣装を施して愚弄している、偉大なる御方の真名。我々の主であり、圧倒的であるかの方はそれ以外の何者でもありません」


彼は冷酷な声で糸ちゃんにそう言った後、僕の前に跪いた。


「お迎えに上がりました。さぁ」


当たり前のように僕に呼びかける彼。


え。


誰コイツ。


知らない。


こんな知り合い、いるはずがない。


なのに、何故だろう。


コイツの声は、"異常なまでに聞いたことがある"。


脳がグラリと揺らいだ。妙なデジャブがあった。


けど、それを経てもやっぱりコイツは知らない奴だった。


「…やはり、まだ思い出していただけませんか」


悲しい顔をする彼。が、次の瞬間には気丈にふるまう。


こんなことを言う。


「…ですが、貴女様はやはり自分の正体を体で覚えているのだと思いますよ。なにせ、あの隠れ家から飛び出して、まず初めに行ったことが"栄養満点な食料探し"なのですから」


「…」

「…へ?」


しょく…、なに…?


言葉の意味が分からない。


「おや、そうなのでしょう?貴女様はご自身でこう仰っていた。『いつだって食べるのは若い女がいい。加えて、被捕食者は、捕食者に対する感情が濃いほど美味だ』と」

「そう、ちょうど、今に貴女様の隣に立つ、不相応にも貴女様と釣り合うと勘違いした愚かな女は、正にその条件の通りだ」


「…!!」


何を言ってるのかは分からない。


しかし、ヤバいことを言っているのは分かる。


彼がスッと立ち上がる。


それと同時に、敏感に危機を察した糸ちゃんが僕の腕を引っ張った。


「…ッ!逃げるわよ!」


不審者相手には逃げる。


間違いなく良い判断だった。僕もそうすべきだと思うし、警察だってきっとそう言う。


ただ、今回の場合は相手が悪かった。


後から考えると、話が通じるなら、話し合いで解決出来るように努力すべきだった。


強硬策に出るべきじゃなかった。


僕達は、彼が持つ凶器の正体を知らなかった。


ナイフやナタ相手のように、走れば逃げ切れると思っていた。


まさか、その角や翼が本物だとは思わなかった。


故に、僕達は失敗した。


「何故、食料が逃げていいと思っているのです?」


彼が目で、逃げる僕達…、とりわけ糸ちゃんを追った、その時だった。


糸ちゃんの首が急にひしゃげた。


ひしゃげたというか。


紅い、まるで炎のように表面が揺らめく、糸ちゃんと同じくらいの大きさの手が、まるでマスターハンドの技の一つみたいに糸ちゃんの全身をぎゅっと掴み、親指で、まるで鉛筆を折るみたいに彼女の首をベキ折っていた。


「なっ、ぐっ、げっ?」


手は、そのまま、カマキリに捕まったバッタみたいにピクピクしている糸ちゃんの全身を、これまたどこから現れたのか、同じ大きさ、色をしたもう一本の手と一緒に包み込み、こねはじめた。


まるで団子を練るように、丸め、にぎにぎ、固め。


やがて、糸ちゃんは、手の中で球体状の肉塊に変わった。


 球体状の肉塊に変わった。


「は…?」


肉塊、それは潰したブドウのように果肉を残しながらグチョグチョになっている。

肉塊、それは宙に浮かぶ両手によっておにぎりみたいに握られている。


スッと、手の操作主に違いない彼が、僕から空のカップを取り上げる。彼の目線の高さに浮かぶ両手の下にカップがかざされる。すると両手は、オレンジを絞るみたいに肉塊をギュウッと絞って、カップにドロドロの液を注ぐ。最後に彼は肉塊の中に腕を突っ込み、まだ綺麗に残っていた、ビーズのような目玉を取り出して、血肉スムージーの上に添えて、僕に渡す。


「搾りたてです」


おしゃれ。遊び心があって女子に人気出そう。


「なん…、これ…」

「いと…、え…?」


今起きたこと。


理解出来る訳がなかった。


けど、一つだけ、理解出来ることがあった。


目は、そこにでろっと浮かぶ濁った目玉は、間違いなく、さっきまで僕のことを見つめてくれていた人の目だった。


僕を見て、幸せそうに輝いていた、あの目だった。


人混みが悲鳴を上げる。我先にと彼から遠ざかるように逃げ惑う。


「鬱陶しいですね」彼が一言呟いた。次の瞬間、彼の腕から放たれた炎に、動くものは全て焼き尽くされた。


灰が舞う。


僕は、気の所為じゃなく二人きりになる。


ただし、糸ちゃんとではなく、コイツと。


「なに…」

「なんで…?」


「何故、と申されましても…」

「…私の方こそ、分からないものです。我々虐げられし者の頂点に君臨する貴女様がそんな、ただの人間のような顔をして絶望されることが」

「…あまつさえ、涙を流されることが」


「やはり、復活の儀の影響でしょうか」。そう嘆く彼に、僕は震えながら尋ねる。


「あ…、あのさぁ…、さっきから何言ってるのか全然意味分かんねぇんだけどさぁ…」

「糸ちゃんは…、まさか、これが最期な訳ないよな…?あんなに優しい人の最期が、こんなに呆気ない訳がないよな…?」


それを聞いて、彼はポンと手を打つ。


「…なるほど!そうでしたか!貴女様はあの人間を愛玩動物としてお気に召されていたのですね!大変失礼いたしました。すぐに代わりの人間を用意いたします」


…糸ちゃんの、代わり?


我慢できなくなった僕は、カップを放って、今に非礼を詫びるべく膝立ちで頭を下げる彼に掴みかかった。


「糸ちゃんの代わりなんているわけないだろ!?ふざけんなよお前!糸ちゃんは、この世でたった一人の糸ちゃんだったんだ!返せッ!返せよッ!戯言なんか言ってないでさァッ!」


しかし、いくらコイツの胸ぐらを掴んで揺さぶっても、コイツはまるでビクともしない。

絶望的な体格差に僕の怒りは子どもの拗ねのようにしかならない。


肉体的な無力。


しかし、僕はそれ以上に、怒りが相手に毛ほども伝わらないことによる無力さを痛感していた。


だって、彼は今も、愛玩動物を物損したことを謝罪するばかりなのだ。


奪った命の重さを知らないのだ。


価値観がまるで違う。


僕の言葉が含む、簡単な意図すらまるで伝わらない。


やがて、力が抜けた僕は膝から崩れ落ちた。


どうしようもないことを知った。

どうにもできないことを知った。

どうにもならないことを知った。


僕の口が、言い訳をするように動いた。


「本当だったんだ…、糸ちゃんの笑顔を守りたいって気持ちは、本物だったんだ…!醜い僕の、ただ一つの本物だったんだ…」


「…人間を想う気持ちが本物?…いいえ、主様。それは思い違いであると愚考いたします」


彼は泣き伏せる僕に顔を上げさせて、僕に目線を合わせて、まるで、大人が子供に言い聞かせるように言う。


「貴女様はただの少女ではない。貴女様は吸血鬼の女王、吸血姫です」

「貴女様は吸血姫、ひいては我々全ての存在の王であります。そして、化け物中の化け物でもあります…」

「しかし、それらは全て、"貴女様が望んだ姿"でしょう?思い、悩み、そして得た、貴女様の願いの、そのカタチでしょう?」

「記憶が混濁している以上、理解は難しいかもしれません。ですが、そろそろ受け入れてはいかがでしょうか。今、目の前にある、これこそが全て本物なのです。貴女様は、今、正に、理想そのものなのです」


…幸せ、でしょう?


言葉に組み伏せられた僕は、そこから逃げ出したくて彼から顔を逸らした。


現実を否定したかった。


だが、彼から目を背けても、視線の先には、カップと共に飛び散った糸ちゃんがいた。


その瞳には、間違いなく僕の姿が映っていた。


銀の髪で、紅い瞳で、真っ白な肌で

口元からうっすらと小さな牙が見える僕


それは、今に僕の手を取った彼と同じ


人間じゃなかった。


それこそが、吐きそうなほどに本物。


その時だった。僕は、今にある全てが現実で、正に僕の存在が、糸ちゃんの前に彼を、死を呼び寄せたのだと悟った。


心がポッキリ折れた。


「あ…」

「あはは…、そうだった…、そうだったよなぁ…」

「僕が望んだんだった…。ただの美少女じゃなくて、吸血鬼の美少女になりたいって」

「だから、こんな結末なんだ…」


「はは…、ははは…、あ…」



 …



その後、僕は殺人現場みたいに血生臭い廃家で、綺羅びやかなドレスを着せられ、平伏する大勢の人外たちに囲まれて、ようやく理解した。


この物語に、僕が幸せになる余地なんてない。


あるのは、ただ高望みをした傲慢な僕に対する罰だけだ。


吸血姫という罰だけだ。


羨望の眼差しを向ける彼らを前に、僕の目は虚ろだった。

第一章がおわりました。どんでん返しのdが終わったくらいでしょうか。

トマトでも投げる感覚で、星を投げつけてくださると励みになります。

積読感覚でブックマークもいただけますと幸いです。

しかし、私たちというのはどうすれば幸せになれるのでしょうね。

苦しいよ私、生きるのが。

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