十字架
その後の酷さったらなかった。
僕は彼女がロッカーから次々出してきたコスプレ衣装(ナース、チア、軍服、ミニスカポリス、魔法少女、巫女服、シスター服、チャイナドレス、スク水、スモック、猫耳にしっぽ、果てはバニーまで…)をわんこそばのように着せられ脱がされ、店内のあちこちで恥ずかしいポーズを取らされ、写真を撮られた。
スマホのカメラロールと、パンティストッキングだけになって恥ずか死している僕を交互に見ながら、彼女は涎を垂らして、下卑て、恍惚として笑う。
「はぁ…、尊い…。ホントやばい…、全部性癖に刺さり過ぎる…。…それにしてもアンタ、肌が白くて綺麗だから、本当に黒が映えるわよねぇ…。いいなぁ、羨ましい…」
「えっ…、そ、そうなんですか…?ふぅん、僕って黒が似合うんだ…」
褒め言葉を噛み締めるようにモジモジする僕に、彼女は呟く。
「なんだろう。なんかアンタ、気持ち悪いくらいウブよねぇ」
「…ホント、なーんか変。その可愛さなら告白の一回くらいされたことあるだろうに。なんでそんなに好感に耐性がないのかしら?」
彼女の手が僕の顎をワイングラスみたいに持ち上げる。
「ま、そういうところも可愛いんだけどね。ふふっ、未開発ってんなら私が開いてあげる…。真っ白なシーツの上に紅いワインをこぼすように、私で汚く染めてあげる…」
耳元でそう囁かれ、僕の体はドクドクと脈打つ。
辱めは、まだ終わらない。
「ひっ…!はっ、はいっ…!」
その後も、僕は全身をぞくぞくさせながら、彼女に従順になった。
男なのに、女として開発された。
悪い気はしない。
どころか、それは間違いなくTS大好きマンである僕の夢の一つだった。男なのにメスとして屈服させられる。
最高だ。
…けど、僕の心は一方で、確かな重圧を感じていた。
彼女からの好意の視線が刺さるほどに、甘い言葉が脳をかき乱すほどに。
僕の夢見は悪くなっていた。
「さ、次はこれを着て、そこのシンクに背中からもたれて?」
「なっ…!裸エプロン…!?いや、飲食店で流石にこれは…!」
…理想の姿に成れさえすれば、幸せになれるんじゃなかったのか?
…
「…いや、普通、さっき会ったばっかの子にこんなことしないわよ」
夕暮れ。
あまりにも自由にしすぎて店主さんに店を追い出された後。
彼女は、メイド服姿の僕を足の間に挟んで歩きながら言った。
「ぶっちゃけると、アンタに庇護欲が湧いた」
「ひ、庇護欲、ですか…」
「うん」
あっけらかんに告げる。
「馬鹿で頭すっからかんなトコとか、僕っ娘なトコとか、童貞臭いトコとか、全部私の性癖に刺さる。つい守りたくなるし、いじめたくなる」
「…手放すのが惜しくなる」
彼女は僕の頭の上に顎を乗せて尋ねる。
「ねぇ、相談なんだけどさ。ちょっと、身も心も私のモノにならない?親には電話して友達の家に泊まってることにしてさ、私と同棲しない?」
え…。
何をしれっと言ってんの?
すごいな、この人。やっぱ根っこはアウトローなんだな。
「ダメ?」
「いや…、ダメ…、っていうか、何というか…」
「正直、よく分からなくて…」
「…あー」
途端、彼女は難しそうな顔をした。
そして、僕の髪を撫でた後、おずおずと言った。
「まぁ…、そうよね。急にごめんね?私、思ったことをすぐ口に出しちゃうタイプだから…、あっ」
彼女と足がもつれて、僕達は転けそうになった。
立ち止まる。その間に、何人もの社会人が僕達を追い抜く。
「…」
彼女は、夕日に照らされる彼らの背をじっと見つめた後、寂しそうに言った。
「…アンタにも、この人達と同じで帰る場所があるのよね…」
「…私には、無いの。そういうの。思春期に親と絶縁して、都会で何もかも失ってから。私は何も築けてない。…いや、そもそも私には何かを築く資格が無いのかもしれない。だって、私は二度も、大切な我が子を手にかけた。自分可愛さ故に」
「…ホント腐ってる。アンタに対しても、結局、金っていう簡単な手段での繋がりに頼っちゃってさ。…寂しいってだけで、自分が一番キライなことを人にしちゃってさ」
「終わってるよね、私」
彼女は鼻をすすった後、無理くり作った笑顔を僕に見せた。
「…本当にごめんね?さっきはちょっと、必死になっちゃった」
「でも、アンタと一緒に居たいって気持ちは本当なの。だって、こんなに可愛くて、おしゃべりするのが楽しくて、抱きしめると心が温かくなる子に今まで出会ったことが無かったから」
「ずっと、一緒にいたいの…」
彼女の腕が、僕を更に抱き寄せる。彼女の手が僕の小さな手をぎゅっと握る。
「僕…」
僕は、しかし握り返せない。
この好意に、応えられない。
「僕は…、別れた方が良いと思う…」
「…どうして?やっぱり、私のことなんか嫌い?」
「…!そうじゃない…!お姉さんのことは嫌いじゃない…!そうじゃなくて、僕は…」
「…お姉さんに何も打ち明けていない…。僕の正体も、何も…」
…そうだ。僕は一度も伝えていない。
僕が、実は男だということを。
男なんだ。僕は男で、それも彼女を酷い結末に貶めた奴等と同じ部類の、気楽に『二次元 エロ画像 レイプ』なんて調べてシコるような、そんな思想をポケットに入れたままコンカフェに通うような、未遂でしかない性犯罪者なんだ。
僕は、彼女が思うよりもずっと醜いんだ。
伝えなきゃ。だって僕は彼女の辛さを知っている。今や同情さえ出来てしまう。ならば尚更伝えなきゃ、そうじゃなきゃ、僕は、この、可哀想な彼女の気持ちを欺き続けることになる。
…でも、伝えたら、彼女はきっと、僕のことを…。
「…じゃあ、これからアンタのこと、沢山教えて?私も、私のことをいっぱい教えるからさ…」
「私、細田糸っていうの。漢字で書くと回文みたいになるの、面白くない?糸ちゃんって呼んでくれると嬉しい。…それで、アンタの名前は何ていうの?」
「…ッ」
悔しくて口を紡ぐ。
そんな簡単なことすら、僕は彼女に言えない。答えられない。
「…そっか」
「やっぱ、嫌われちゃったかぁ。そりゃあ嫌いよね。こんな、マグロのガチレズ女のことなんて」
「いやっ、だから嫌いじゃ…!嫌いじゃないから…!」
「お願いだから、そんな意地悪なこと言わないで…」
困惑した僕に彼女はくすっと笑う。
「じゃあ、名前は教えなくていいから、代わりに今日はウチに泊まって?傷ついた私の心を癒やして?」
「なっ、何でそうなるんですか…!?」
「ふふっ、私、アンタのこと大好きだから。死んでも諦めないわよ?」
「…ッ、うぅ…!」
…何をやっているんだろう、僕は。
本当に彼女のことを想うのなら、事実を突きつけて、無理矢理にでも彼女を突き放せば良いに。
彼女の楽しそうな顔を前に、それが出来ないだなんて。
結局、僕は彼女を騙し続けるしかなかった。
そこでようやく気が付いた。
この体になると共に背負った、十字架の存在を。
美少女になったとして、それで、
僕という存在は、果たしてどこにあるのだろう。
この物語はきっと、綺麗な皮に包まれた、嘘つきの物語なのだろう。
それで終わればどれほどマシだったろう。




