能力戦(1)
コア子を襲う異常は、言うまでもなく敵のキャスタウェイの攻撃だった。
しかし、その正体は不明。故に未知の一撃。
敵は、闇に紛れているのだろうか?
そうでもない。彼女に攻撃を仕掛けた彼は、存外彼女の近くにいた。
勝ったという確信が故に、彼はそこにいた。
コア子達がいた銭湯から西へ300メートル、駅前商店街の一角にあるカフェ『アルトゥール』の、窓側の席に腰掛ける彼。
両脇に美女を抱える、ホストみたいな格好をした彼。
種族を淫魔。
名をメッケルダウン。
美顔を撒き散らす。
「んっん~、伊勢居地コア子の命もあと5分ってトコロか…。呆気ない。温かい内にコーヒーを飲み干すよりも呆気ない仕事だったなぁ?おい?」
美女二人が話の意図もよく分からずに頷いたが、彼はこんな部外者なんかに話しかけてはいない。
美女はあくまで彼の財布。
彼の話し相手は、彼の能力。
『MIKADO』!
命名者は彼。
能力は非常に単純。
殺したいターゲットを決め、能力の発動を念じるだけ。後は、いつの間にか彼の近辺に現れた1mm大の回虫型寄生虫が自律的にターゲットの体内に潜入、ターゲットが男なら大腸に、女なら子宮に根を張り、宿主から栄養を吸収し、大きく成長する。そして、肉を食めるサイズになったら、鋭い牙で母体を内側から一気に食らい、殺しにかかる。
「つまり、この能力は僕自らを煩わせず、手も汚させない。僕は従者が持ってきた吉報を手に入れるだけ。故にMIKADO!かしずかれてこそなのだ」
ただし、彼が同時に射出できる寄生虫は一匹のみ。故に敵が複数だと少々面倒。
「ならば完璧な計画を立て、順々に殺していけば良いだけのこと。今回の場合なら、『将を射んとせば先ず馬を射よ』というチャイニーズ素晴らしい言葉に従い、先ずは伊勢居地コア子を。次に秦要護を。最後に吸血姫を仕留めれば良いだけのこと。ちょっと勝利が遅れることは欠点ではない。結局、僕がエンペラーであることに変わりはないのだから」
ふと、窓に目をやったメッケルダウン。
ちょうど、端っこの方に見知った人影があったのだ。
「伊勢居地コア子ぉ~!」
おそらく攻撃を受けていると気づいて、吸血姫を置いて飛び出してきたのだろう。血まみれ、フラフラ。武器であるゴツいリボルバーを握っているが、しかし敵の正体も分からず、あてもなく彷徨っている。
そんな彼女を眺めて、彼はニタァッと笑む。挑発的行動。敵を刺激するような行動。
何故出来る?自分が攻撃者だとバレる心配が無いからだ。なにせ、寄生虫は完全に自律する。彼とは切り離されており、繋がりを持たない。故に寄生虫から彼への追跡は不可能。彼自身も、キャスタウェイでありながら、これと言った人外的特徴を持たない。変に再生能力に長けているだけで、足の速さも腕っぷしも人間と変わらない。凡凡。丸腰。税関だって通れる。故に、誰も彼が異能の保持者であることに気づけない。
彼は即ち完璧である。
しかし、そうすると、彼がターゲットに近づく必要性が分からない。寄生虫が自律するなら、ほっとけばいいのに、何故?能力の関係上仕方なく?いや、彼が能力を発動するにあたって、たとえば距離は関係ない。たとえターゲットがブラジルにいようが、寄生虫は必死に蠢いてターゲットに到達し、仕事する。
それでも彼がコア子に近づく理由。
それは、彼が単に、寄生虫に食い殺される彼女を見て、「自分がアイツの生死の全てをコントロールしているんだ」という優越感に浸りたいからであった。
偏に趣味。生まれ持った性的嗜好。故の危険行為。いや、実際のところ危険行為でも何でもない。
何故なら彼は完璧だから。
故の慢心。
故の油断。
伊勢居地コア子は、決して敵の正体に気付けない。彼女は悔しそうな顔をしたまま、寄生虫の苗床になって死ぬ。
その光景、正に愉悦。故に彼は、今に膝から崩れ落ち、無様にも地面に手をついた彼女を見て、嗤うのだ。嗤いが止まらないのだ。
素晴らしい。実に素晴らしい。彼は日本屈指のビロンギングを、美女を侍らせ、コーヒー片手に完封したのだ。なんたる偉業。近づく天下。本当に吸血姫を倒せちゃったらどうしよう?次期キャスタウェイの王になったらどうしよう?うふふ。勝利。勝利。
…そう思い込んでいた。
彼は常識で考え過ぎていた。
この、伊勢居地コア子という人間を。
だから彼は、今にリボルバーの銃口がこちらに向いていることに気づけなかった。
発砲されたことへの反応が遅れた。
ロシア製50口径回転式拳銃『RSh-12Ko改』。
角張った銃身から12.7×55mmVVTs-130純銀亜音速弾を発射する、コア子カスタマイズの愛銃。
普段はナイロンバッグの中にある。
銃の反動は口径の割に小さい。が、それでもコア子のようなチビガキには極めて重たい。一発一発を両手で構えて、全身の力を振り絞って撃たなくてはならない。
しかし、その分威力は絶大。対物ライフルと同等の大口径から発射される弾丸は、カフェの窓ガラスなんか簡単に吹き飛ばす。強力なマズルエネルギーを以て、メッケルダウンの脳天に容赦なく迫る。
が、悲しいかな。コア子の身体に見合わない重さをするこのリボルバーは、しっかり構えなければ、数メートル先の的すらマトモに狙えない。
ブレるのだ。照準が、どうしても。
今にコア子は、地面に片膝をついて、フラフラになりながら発砲していた。
故に、弾丸は、あくまでメッケルダウンの側頭部をかすめ、肉と皮を抉るだけに終わった。
狙いは外れた。彼の命は無事だった。
だが、彼は吐きそうなほどの恐怖に襲われていた。
その理由は、やはりヒヤリハット?
違う、彼の恐怖は、銃口の冷たさや、頭からダラリと垂れる血に由来していない。
「何故ッ…?何故ッ…!?僕が攻撃者だと分かったッ…?!」
動揺する彼に、コア子は答える。
「…あ?決まってんだろ。テメェみたいに気持ち悪く勝ち誇った顔したボケナスを血眼になって探したからだよ」
プロを舐めんなよクソが。
彼女は立ち上がり、リボルバーを構え直した。直後、メッケルダウンはパニックになって逃げ出した。店外へ逃げようとする他の客も、侍らせていた美女も押しのけ、一人、商店街の方へ駆け出した。
彼の混乱は止まらなかった。
(探し回った?嘘だ!アレはブラフ。体中がMIKADOに蝕まれ、命が風前の灯の最中で、『探し回る』なんて闇雲なことはしない!それに、いくら僕が挙動不審だったからって、それを敵だと断定して、躊躇なく殺しにかかれるか?伊勢居地コア子はイカれたヤローで有名だが、流石に"そこまで"ではない!何か、何か確信があったんだ!だから迷いなく引き金を引けたんだ!)
商店街から入り組んだ路地裏に飛び込み、追手を撒くようにランダムに角を曲がる。行き止まりにぶつかった後、すぐ右手にあったジャズバーに飛び込み、姿を隠す。
ただならぬ様子で来店した彼に、バーのマスターがビビる。
「あ、あの…、ウチはランチとかやってませんけど…」
「うるさい!なら今から始めろ!とりあえずAセット、飲み物はカプチーノだ!」
意味不明な恐喝に怯えたマスターは、震える声で返事をした後、自分なりのAセットを作り始めた。
その様子を他所に、メッケルダウンはカウンターの裏にかがんで身を潜めた。
彼は振り返る。
(走り回った。不規則に角を曲がった。あまつさえ、建物内に入り、身を隠している。…重症で足腰がガクガクな伊勢居地コア子は、走る僕を追えていなかった。きっと、奴が最後に僕の背を見たのは、商店街から裏路地に逃げ込んだ、その時だろう)
(つまり奴は僕を完全に見失っている。追えるわけがない。奴がココに辿り着くことはない。後はココで5分待機すれば、MIKADOは完全に伊勢居地コア子を食い殺す。それでゲームセットだ)
壁掛け時計の秒針が忙しなく進む。
後4分。
バーのマスターが鬼気迫る表情でウンコ座りをするメッケルダウンをチラチラ見ながらサンドイッチを作る。
後3分。
メッケルダウンの側頭部の傷が完全に回復する。
後2分。
もうそろそろ5分経ったか?と、メッケルダウンが首を上げる。が、秒針はまだ四周目の3を指したばかり。イライラする。
後1分30秒。
ツナサンドが出来た。
その1秒後だった。
激しい炸裂音と共に純銀の弾丸が店の扉を貫き、カウンターを貫き、メッケルダウンの脇腹を確実に貫いた。
「は…?はっ…!?はぁッ…!!?」
風穴から飛び出す血肉と共にカウンター内を転げ回るメッケルダウン。続けてもう一発の銃弾が、背中越しに彼の肺を捉える。
軽装甲車すら貫通する威力の銃弾を食らった痛みとは、人間ならば即死級。彼は、あくまでキャスタウェイだからこそ、未だ生きていられる。
彼は悲鳴を上げながらカウンターを飛び出し、店の隅に逃げる。
少しして、店の扉がギイッと開く。
彼は、のそっと入店する彼女を歯をガチガチ言わせながら凝視する。
「よぉ…、探したぜこの野郎…」
しおれた千切り大根のように死にかけたコア子が、鋭い眼光と確かな歩みでメッケルダウンに近づく。バーのマスターが腰を抜かしながら逃げる。「私はBセットぉ!」とコア子が叫ぶ。
「…!」
驚くメッケルダウン。だって、それは彼女が知るはずのないやり取りだ。何故?何故知っている?理屈が分からない。何故、彼女はここまで自分を追えたのか。さっきも、どうして扉越し、カウンター越しに自分を狙えたのか。
彼は理不尽を感じていた。
…実際、彼女の能力は理不尽だった。
彼女の能力に、殺傷性は無かった。
彼女が出来ることは、単に見るだけ、聞くだけ、嗅げるだけ、触れるだけ。
…ただし、彼女はいかなる生物とも知覚情報を共有できた。たとえば街頭を歩く人々の目、美男に侍る美女の肌、バーのマスターの耳、果てはそこら辺を飛んでいる羽虫の触角だって、彼女は脳の処理能力が許す限り、自分の感覚器官とすることが出来た。
彼女にとって、この世に存在する全てが自分の目であり、耳であり、鼻であり、肌なのだ。
『Station to Station(先へ)』!
それこそが彼女の能力であり、彼女が最強のビロンギングの一人と呼ばれる所以なのだ。
メッケルダウンとかいう天狗野郎の死因なのだ。




