寂しさを埋め合えるって
別に何の解決にもならないけど、
オナニーよりよっぽどマシってだけで十分だよね。
あー、誰かと繋がったまま死ねたらなー。生物として完璧なのに。
「そういや、お前らって結局何なの?」
着替え、「毛の乾かし方が甘い!女の子なめんな!」と怒鳴られ、めったくそにドライヤーをかけられた後。
脱衣所中央にある背なしのベンチに腰掛けた僕は、隣に座って、なけなしの小遣いで買った缶ジュースを気持ちよく開けるコア子に尋ねた。
「…あれ?まだ言ってなかったっけ?」
「まだ聞いてないな」
「ふふーん?なら改めて教えてやろう。私達は『クリーン清掃事務所』って名前で、侍衛係や御三家ではどうしようもない案件を法外な依頼料で引き受けている、民間の超腕利き駆除業者だ」
「…クリーン清掃事務所?」
「カッコいい名前だろ?」
「あぁ、名付け親はお前か…」
コア子は胸を張りながらゴキュゴキュとジュースを飲む。
「じゃあ、お前たちは侍衛係?とか特別情報局?とは違うんだ?」
「ったりめぇよ。侍衛係はともかく、特別情報局のへっぴり腰のションベン垂れ共じゃあ、吸血姫を匿うなんて豪胆なことは出来やしねぇ」
コア子は、ガハハと笑った。
…ただ、その後小さな声で「…尤も、そんなションベン垂れに業界での生殺与奪を握られてるのも事実なんだけどな」と呟いた。
聞くと、特別情報局は侍衛係の統括だけでなく、民間のビロンギングの管轄も担っているそうな。
「…やっぱり、僕を匿うとお前らの立場は悪くなるのか?」
「そりゃあなぁ。でもまぁ、お前が気にすることじゃねぇよ」
「えっ、でも…」
「気にしたところでお前にゃ何も出来ねぇだろ」
「…」
その通りすぎて何も言えない。
しかし、お姫様扱いは不本意だ。
悶々とする僕に、コア子は「ほれ、これでも飲んで気ぃ抜け」と飲みかけの缶ジュースを手渡した。僕は黙って受け取った。人が買ったジュースで喉を潤す。そういうところにまで情けなさと申し訳なさを感じながら。
「まぁ、そう凹むなよ。お前にはお前で注意してほしいことがあるんだ。むしろ、そっちの方が脅威かもしれんぜ。権力なんてバーチャルよりも、ずっとな」
コア子は膝の上に両手を置いて、僕に言った。
「お前、存外皆から嫌われてるんだぜ」
「は…?何?ケンカ売ってんの?」
「だったら良かったけど…、事実なんだよ。『吸血姫』が、身内以外のキャスタウェイから疎まれ憎まれているってのはよ」
「…!」
考えてみりゃ当たり前のことだった。
覇権争いってのは国家間ですら熾烈なのだ。パンツを履いた猿の常識は、精神病質の猿もどきにも適用されるのだろう。
吸血姫は、いわばアメリカなのだ。いや、モンゴル帝国なのだ。他の追随を許さない、絶対的な存在。それは、従う者には安全の傘を与える守護神のようなものだが、従えない者には圧倒的な暴力で理不尽を与える災厄のようなもの。逆らいたくてしょうがない。徒党を組んで抗いたくてしょうがない。
…しかし、そんなの夢物語だった。なにせ吸血姫は…、吸血姫だった。絶対的などという言葉では足りない。彼女に逆らう、抗う、打倒を試みるというのはつまり、太陽と相撲を取って勝つようなものだった。彼女とは、判定勝ちすら許さない、自然法則そのものだった。
だが、それが、どうして。
事実として、彼女は一度死んだ。
どうやってかは分からないが確かに死んだ。
そして、現下、彼女の肉体はこれ以上なく弱体化している。復活して以来、“彼”が一度も人を食らっていないから。
これを、チャンスと言わずして何と言うか。
逆らえ、抗え、徒党を組んで打倒しろ。
殺せ。殺せ。殺せ。
殺せ。
「…戦うことになるのか?」
「んまぁ、私達が負けるようなことがあればな」
「ってことは…?」
「おう。可哀想なお前に同情しちまった責任だ。私もカナモリも、命を賭けてお前を守ってやる」
「命を…、賭けて…」
その言葉にドキドキする。
「…あ、でもそっか。お前たちなら、キャスタウェイ退治なんて余裕なんだよな?だって、超腕利きって自分で言っちゃうくらいだし…」
「まぁな!」
自信満々にそう言うコア子に、僕がホッとしたのもつかの間、
「…って、本当はそう言いたいけど…」
コア子は顔を曇らせた。
「私達は、確かに人類の中じゃ最強だよ?だけど…」
僕は、その表情変化、言葉で、彼女の言わんとする事を理解した。
…気づくと、僕はえずいていた。
僕は、いくつかの最低な経験を通して、いつの間にか死の臭いに敏感になっていた。
鮮明に思い出せるあの光景は、もう、トラウマになって一生脳から引き剥がせないだろう。
「…だから、それ飲んで気楽になれって言っただろ?」
コア子は僕の背をさすりながら言う。
僕は、言われたとおりにジュースを飲む。ただし、酒で何もかも忘れようとするサラリーマンのように、口の上で缶をひっくり返して、
むせた。
「はははっ!いいなその小心っぷり!守りがいがあるわ!」
「いやっ…、いやいや…!」
僕は口元を拭いながら言う。
「笑い事じゃないだろ!?だって、お前も死ぬかもしれないんだぞ!?…ってか、それなのに、何で僕を守ろうとするんだよ!?吸血姫なんざ、匿っても不利益にしかならないんだろ?!『僕』にしたって、まだ会って少ししか経ってない他人だ!そんな奴、命かけて守る価値あんのかよ!?」
まくし立てる。それは、全て僕の本心から来る言葉だった。
僕なんかを大事する必要ないだろう?だって、僕自身ですら、自分に価値を見出だせないんだから。
僕は、コア子を気遣っていた。"こんな奴"のために死ぬ必要はない。本気でそう思っていた。
が、彼女には通じなかった。
通じなかったと言うか、次の瞬間、彼女は僕の顔面を思いっ切りグーパンした。
吸血姫の肉体強度を前に、少女の暴力なんて無力。
しかし、響きはする。特に心に。
呆然とする僕の胸ぐらを、コア子はガッと掴んだ。
彼女は鋭く睨みながら言う。
「お前が自分のことをどう思っていようが知ったこっちゃねぇが、それを理由に他人の好意まで否定すんじゃねぇよ」
「…せっかく、私はお前のことを好きになってきてるのによ」
…は?
「何それ…、煽り?」
狼狽える僕に、コア子は続ける。
独白というか、何と言うか。
それは、間違いなく吐露。
「…私さ。いつもこんな奴だから、友達とか出来たことないんだよ。学校ってヤツにも少し通ったことあるけど、皆、私のことなんて煙たがった。誰も、私と面と向き合って話してくれなかった。私自身も、自分を変えられるほど器用な人間じゃなかった」
「私にはずっと、カナモリと本町しかいなかった。私を憐れむ大人しかいなかった。…そんな私の前に、お前は現れたんだ。なぁ、分かるか?こんなクソ寂しい奴にとって、同じ屋根の下で暮らしてくれる奴がどれだけ有り難いか。多少の悪態にも平然と付き合ってくれる、ありのままの自分でいて良いんだと思わせてくれる奴が、どれだけ救いになるか。…もう一人じゃないって安心できる、この涙が出そうな気持ちが分かるか?」
赤裸々。
戸惑わない訳がなかった。
「でも、僕達はまだ、会って僅かしか経ってない…」
「知るか。私は時間になんざ支配されねぇ。私が好きって思ったら好きなんだ。コイツと友達になりたいと思ったら、なるんだ」
強い好意。裏表のない好意。論破できない好意。
心臓が高鳴る。
僕は、この想いに対する応え方をまだ知らない。だって、僕は今まで誰からの好意も冷笑してきた。「可愛くない僕が可愛がられる訳が無い」そう信じていたから。
でも、コイツはこんなにも真っ直ぐ、こんなにも強く…
もどかしい。コア子の目を見つめてられない。目を逸らす。顔を背けてやり過ごそうとする。けど、するともっともどかしくなる。
応えたい。何でも良いから、この好意を無駄にしたくない。顔が照れても心がコア子に向いている。
だから、僕はクソッタレな利口さと戦いながら彼女に呟く。
「…たとえば、僕が力を取り戻せば、お前は死なずに済むのか?」
その提案に、コア子はハッとした。そして、さっきの僕以上に狼狽えた。
「まぁ…、お前の全力なら、誰が相手でも問題ないだろうが…」
「なら…!」
「なればこそ、ダメだ。お前は弱いままで、守られる存在のままでいなきゃいけない」
「なっ、なんで…!」
「なんでって、そりゃあ…」
そうして指摘された言葉で、僕はようやく、自分の複雑な立場ってものを完璧に理解した。
「人類の敵になったお前を殺すのは、私なんだぞ?」
「…!!」
そして知らされた。
…吸血姫は現状、弱いからこそ人の世での存在を許されている。事実、秦は『上』との交渉の際に『決して吸血姫に血を飲ませないこと』を絶対条件として提示している。
その自覚はまるで無いけども、僕はどうやら、天災らしいのだ。
それなのに、わざわざ生かしてもらっているのだ。
弱いことを条件に。誰かに守られる存在であることを条件に。
…つまり僕は、永遠にコア子らの足を引っ張る存在な訳だ。
…本当にそれで良いのか?
「いいんだよ」
俯く僕に、コア子は言う。
「強く在ることは美徳じゃねぇよ。誰かの役に立つことは義務じゃねぇよ」
「助けられることは恥じゃねぇんだ。守られることは悪じゃねぇんだ。良いだろ別に。私達がそうしたいって言ってんだから、お前はしめしめと思っておけば…」
しかし、社会性はそれを拒む。
想われているというならば、尚の事、動きたくなる。
彼女のために。僕なんかを助けてくれる、彼女達のために。
コア子は僕の葛藤を見て言った。「…お前は役に立ってんだよ。私の隣に居てくれる、その時点で…」
「それでも、もっと私のためになりたいって言うのなら…」
「…?!」
しょぼいビニールのベンチの上で、コア子の手が妙に色めいて僕の手に重なった。
彼女の指が、僕の指の間に絡まるように挿さっていく。
「…別にレズじゃねぇよ?ただ、私は人一倍独占欲が強いだけなんだ。『これだ』と思ったものに全力で突っ走って、大切にしたいだけなんだ」
「…もっと、知りたいだけなんだ」
赤い頬は、さっきまでのぼせてたからに違いない。熱を帯びた言葉も体も、全ては友情の一端でしかなく、他意は無いはず。
ないはずなんだ。
…なのに、その時チラッと見えた、コア子の首筋が、妙に艶めかしくて…。
ゴクリと、生唾を飲んだ。
良いのか?このまま距離を縮めても?僕という存在が?こんな瑞々しい彼女へと?
「な、なぁ、お前騙されてんだよ…。この顔に、本当は僕のじゃない、偽物の顔に…」
そう牽制しても、コア子の顔は段々と僕に迫る。おでことおでこがコツンとぶつかる。肌の温度が直接伝わるこの距離で、僕達は見つめ合う。
…気づけば、僕は牙をヌラリと剥いていた。
これは寂しさなのか?
それとも情欲なのか?
それとも…、
本能が、真っ白になった脳が、大口を開けた。
獲物めがけて、一気に飛びかかろうとした。
その時だった。
『…おい!さっきの甘いヤツはまだか!!』
アホみたいに呑気な声が僕の脳内に響き渡った。
「あ!?え!?何だよ急に!?」
雰囲気をぶち壊した声の主は、言うまでもない。
アホの王だ。
『さっきの白くて、甘くて、ほんのり酸っぱい飲み物だ!カルピ…、なんとかと言ったな!あんなに美味しい飲み物は初めてだ!もっと飲みたい!飲みたいのに、君というやつは!』
…あまりにも空気を読まない横槍にイラッとする。
「お前、ちょっと黙っててくんねぇ?」
『うるさい馬鹿!大体、君こそ何で血なんか飲もうとする?!あんなの不味くて飲めたものじゃないんだぞ!?そんなのよりカルピなんとかだ!カルピなんとかをもっと飲ませろ!』
「さっきから声でけぇなお前!…って、ちょちょっ…!」
暴走した吸血姫に体の主導権を奪われて、手足が勝手に動き始める。操り人形になった僕は、空になった缶を放り、自販機の前へ歩む。ポケットから財布を取り出し、小銭を握る。
『あの祓魔師はこの機械でカルピなんとかを購入していたな!これ…、この穴にお金を入れたら良いのだな??』
「ちょっ、吸血姫、違っ…!そこはお釣りが出てくるところ…!」
『なんだ!?ボタンを押しても出てこない!出てこないぞ!!騙された!おのれ人間!私にカルピなんとかを寄越せ!寄越せ!』
「待て待てそんな怪力でボタンを連打するな!お釣り口に小銭を置いただけなんだから、何も買えるはずがないだろ!…ってあぁ!ボタン壊れた!どーすんだよお前!」
…まるで、セックス本番直前に彼氏が急に仕事の電話に出た時の彼女みたいな顔をするコア子。
「しらけた…。なんか腹張ってるし、ウンコしよ…」
わちゃわちゃはしゃぐアホ共を他所に、個室へ。胸の下の位置で捲ったオーバーTシャツを抱え、便座に座る。
しかし、いくら気張っても屁の一つも出ない。
「…?なんだ?ストレスで腸が過敏になってるんじゃないのか?」
コア子は、スイカみたいに張れた腹を擦って思う。
「…いや、これ、何の張りだ?いつの間にこんな、妊娠3ヶ月目みたいになった?」
何気なく腹をムギュッと押してみた。その時だった。
突然、彼女の腹はまるで中でヘビが蠢いているようにグニャグニャと変形しながら暴れ出し、彼女の内蔵はグチャグチャにかき混ぜられ、
そして、彼女はおびただしい量の血を口から吹き出した。




