美少女になったよ
少し、考えたことがある。
たとえば銭湯なんかに行って、周りの人のと比べて気になる。
僕のちんちん。
こんなにもしわくちゃで、こんなにも小さい。
…父さんに似たのかな?って考える。
…一緒にお風呂に入ったことなんて無いから、分からないけど。
でも、不思議だ。
考える。
もし、父さんのが、僕とおんなじくらいのだったとして、
こんなにも、情けなくて、頼りなくて、“届かなさそう”だったとして、
果たして僕は、どうやって生まれたのだろう?って。
きっと、“あんなもの”じゃ創り出せない僕は、
いったい、どこから来たのだろうって。
そんなことを考える僕は、
きっとまだ、生まれていないのだろう。
僕が、僕であることすら分からないように、
ほんとうの形を、知らないのだろう。
しあわせ
それで、
本題。
…
死。
そうだ、僕は人類で初めて死を記憶した存在になった。
僕が経験した死はこうだった。
異様な浮遊感。
脳だけが紐でくくられて天井から吊るされているような感覚。
手足を動かしたくても動かせない恐怖。
突如、掃除機で吸い込まれるような感覚。
そして、少女の嬉しそうな声。
ただし、それは大人びている。
やがて、激しい頭痛。
肉体が引き伸ばされる感覚。
獣の臭い。
血。
悲鳴。
排泄。
主様と誰かが叫ぶ。
手足が戻る。
自由を取り戻した気がする。
裸足。
失踪。
解放感。
あと、何か、脳の一部を切り取られたような
大事な何かを削ぎ落とされたような
そして最後に
最後に?
…え?
「一緒に幸せになろうって…、なに…?」
「あぇ…?」
気づいたら、僕は自宅一階のキッチンのシンクに顔を突っ込んで寝ていた。
蛇口が少し緩んでいて、水滴が頬にぽと、ぽとと落ちていた。
シンクから体を引き上げる。
「えー…なにこれ…、えー…」
"長く伸びた銀髪がたらりと落ちる"。
「寝相ってレベルじゃねぇだろこれ。…夢遊病か?…夢遊病かぁ、申請したら障害者年金貰えたりしねぇかな」
昨日は確かにベッドで寝たはずなんだけどな。PCの前で寝落ちとかはせず…。
"明日はくそったれの卒業式で、早起きしなきゃだから"
"明かりのないリビングへ向けて、紅い眼光がキョロキョロ動く"。
「てか部屋あったけぇなおい」
カーテンは閉まってるけど、差し込む日差しが強い。
「これもしかして昼じゃねぇ…?」
…寝坊した?
「…」
時計、11時。
してるらしい。
「…はっ」
薄ら笑い。
「ははっ…、ハレの日に寝坊って…」
「僕らしいな…」
…母さん、起こしてくれなかったんだな。
愛想が尽きたんだな。
『あーあ、アンタも昔はこんなに可愛かったのにねぇ?』
ふと思い出す。心に刺さって抜けない言葉。
被害者ヅラ。
「…」
"20センチもない足をペタペタ動かしてカーテンに近づく"。
カーテンって嫌いだ。せっかく僕を閉じ込めてくれているのに。日が昇ったら開けなきゃいけない。
本当は開けたくない。通行人に家の中を見られたらどうする。僕という醜さを見られたらどうする。
いや、周りはそんなに僕に興味無いのかもしれないけども、嫌なものは嫌だ。
『多分そいつ、今ごろパフェとか食ってるよ』って言われても、気になるものは気になんだよバーカ。
しかし、開けておかないと母さんに怒られるから、開ける。
日差し。
立ち眩みした。
以上。
じゃない。立ち眩みどころか、僕は日の光に体を押さえつけられているような感覚に襲われて、立つことさえ出来なかった。
「は…、へっ…!?なんでっ…」
流石におかしい。
疑問。未知。恐怖。色んな感情が心を行き来する。
だが、それら感情は、やがて一つの困惑にかき消される。
「へ…」
「へ…?」
「誰…?」
…そこにへたり込んでいる少女は一体誰だ。
そうだ、そこの、窓に映っている奴。
見た目13、4歳の、古風なナイトドレスを着た、銀髪紅眼で、肌が真っ白で、口元からうっすらと小さな牙が見える、スラブ臭い顔立ちの小柄な女の子。
美少女。
日差しで死にかける美少女。
僕は彼女を見たことがなかった。
けど、この世の誰よりも知っていた。
思い描き、待ち望んでいた。
「吸血鬼だ…」
「わかんないけど…、わかんないけど…」
「吸血鬼だ…!多分…!」
僕の動きに、彼女の動きも呼応する。窓越しに彼女と手のひらを合わせる。僕が、彼女に溶け込んでいくのを感じる。
涙がポロポロと溢れる。彼女も僕を祝うように涙を流してくれている。綺麗な顔。これが僕で本当にいいのか?
いいんだ。
戦争が終結した瞬間って、多分こんな感じなんだと思う。
「はっ…、ははっ…!はははっ…!!」
「僕だ!僕だ!これが僕だ!僕なんだ!」
「ははははははははははっ!」
僕は全身の力を振り絞って立ち上がり、両手を広げて、全身で日差しの痛みを浴びた。
それは、たかが昼間の日光だった。
だが、それは間違いなく、僕という人生の夜明けだった。




