精神的童貞
ところで、私はTSした子が一時的にでも男に戻るイベントがこの世で最も嫌いなので絶対に書きません。
で。
そんな話を踏まえて、昼前。
体のラインを包み隠すようにストンと落ちた、まるで新品のカーテンのようにサラリとしたロング丈の、背中を留める大きなボタンがあどけないけども、真上に垂れるうなじが扇情的な、母性と少女性愛をくすぐる、黒のノースリーブのワンピースで最高にキメた僕は、秦の家から一駅離れたところにある銭湯の前にいた。
「炭酸風呂…?」
と、銘打ったデカい看板が目立つものの、それ以外の見た目はどこにでもありそうな街のお風呂屋さん。
全体的に曇りガラスみたいな色合いをしている。きっと、中も大したことがない。
「…何で銭湯?」
「ほら、裸の付き合いって言葉があるだろ?いいじゃねぇか裸の付き合い。身も心もさらけ出して心の底から語り合えば、私達は友達になれること間違いなしだ」
「はぁ…」
あっけらかん。タオルは借りるつもりなのか、オーバーシャツでショーパンを隠して、マリオのブーツみたいにデカいスニーカーを履くコア子は、前にも見た肩掛けのナイロンバッグだけを携えている。
「行くぞ」
「…いや、無理だからな?昨日言っただろ?僕、男だって」
「聞いた」
「ゴリゴリ思春期で、箸が転んでも勃起する中学三年生だって」
「それも聞いた」
「だったらオカシクねぇ~ッ!?TS美少女なんて、実質ただのトランスジェンダーだよォ~ッ!?よくも事情を知っておきながら僕をこんな死地に赴かせたな!この手の話題が方方で問題になってること知らねぇのか!?お前、さては僕がTSしたって発言自体信じてねぇんだろ!そりゃそうだよな!だって、魂にはチンチンが付いてないんだから、この体の中身が男である立証は不可能なんだから!僕のTSのことを、『実は自分を男だと思い込んでいただけでした系』だとでも考えてんだろ!?あの漫画とか、あの漫画みたいに!だからお前は何の気兼ねもなくこんな場所に僕を連れてこれるんだ!だって、お前にとって、僕は単なる『自分を男だと言い張る頭のおかしい女』だもんな!!」
騒ぐ洋ロリに、周囲の視線がなんだなんだと集まる。
しかし、気にしない。それは些末な問題でしかない。
そういや僕の正体について、コア子も秦も特に尋ねてこないから、ちゃんと伝えたことが無かったもんな。
ならばこの際言ってやる。
やめとけと。
僕の正体はこんなもんじゃないと。
顔面なんか放尿中の豚みたいに気持ち悪いし、脂汗ギッシュだぞと。
中身も卑屈なオタクでしかない、性犯罪者予備軍だぞと。
この顔に騙されるなと。
しかし、コア子は、立て板に水な僕に首をひねるだけだった。
アホかお前。そんなに難しい話じゃねぇだろ。
「いや、私が分からないのはよ」
「お前のその発言は、私の貞操を守るためなのか?それとも、ただ単に自分に自信が無いからなのか?」
「…!!」
「貞操の保護って面なら問題ねぇだろ。お前にはもうチンコねぇんだし。私自身の精神的な純血の面を踏まえても、私は別に、裸を見られたところで何が減るとも思ってねぇから問題ない。なら、問題なのはお前の心にキンタマがねぇことだけじゃねぇか。何を勝手に加害者ぶって私を憂いてんだ。殺すぞ」
「いやッ…、でもっ…」
「それとも何か?お前は、そんなに私に嫌われたいのか?それがお前の幸せだとでも言うのか?」
「そういうわけじゃ、ないけど…」
言葉が続かない。
論破された気がする。
コイツ、見た目からして間違いなく僕より年下なのに、なんでこんなに口達者なんだよ…。
コア子はのれんをくぐって言う。
「ビビってるだけなら諦めてついて来い。魂は絶命以外の理由で肉体から抜け出ない。つまり、お前は一生その体、女のままだ。なら、早い内に女の裸に慣れておけ。昨日みたいに、風呂上がりに自分の裸を思い出して鼻血出されても困るんだよ。それに、私達は今後も同じ屋根の下で暮らすんだ。関係は微妙のままであるより、一刻も早く仲良くなる方が互いにとって都合がいい。だから銭湯は最良の選択だ。あと単純に『背中洗いっこ』がしたい」
『だから、この選択は完全に合理的だ』
告げられた結論に、僕の頭はクラクラした。
え?え?これ、僕が間違ってるの?
僕はただ、「男の僕が女風呂に入るのはどうなの?」って話がしたかっただけなのに?
しかし、僕の心は既に負けていた。
僕はうなだれたまま、トボトボとのれんをくぐった。




