許されるのなら、私だって古着屋さん巡りとかしたかった
何が許せないって、可愛くなる自分が許せないんだよね。
認められないんだよね。鏡の中の自分が、自分の知ってる自分じゃなさすぎて。
両隣の家の生活音が聞こえる。
細い廊下。
結構日当たりの良いリビング。
尤も、カーテンは閉まっているが。
キッチン傍のダイニングテーブルを挟んで二人。
秦は、ギロリとした眼で、まるで殺し屋のような顔をして、朝食を食べる僕を見つめていた。
カチャカチャと箸が動く音と、僕の咀嚼音だけが部屋に響く。
朝食は絶品。白米と、味噌汁と、ソーセージと卵焼きだけのシンプルなものだけど、どれも丁寧に調理されている。
美味い。
しかし、僕は味を上手く感じられない。
無言が辛い。
「…あの」
「何だ」
「いえ、何も…」
「何もないなら口を動かせ。ちゃんと噛んで食え」
「はい…」
だからといって、何か話を切り出そうとしても、こんなやり取りで終わってしまう。
…この、秦ってオッサンが良い奴なのは分かっている。その真意は分からないけれども僕を助けてくれた。どころか、寝床も、飯も用意してくれた。
けど、コイツと二人きりは辛い。コア子は沈黙さえあれば無限にくっちゃべってくれる奴だから良かった。感情が顔に出るタイプだから何を思っているのかすぐに分かって楽だった。
けど、秦は違う。真逆だ。ずっと無言だし、仏頂面で何考えてるのか分からない。
いや、人間のコミュニケーションなんて、本来は無言でも良いのかもしれない。
しかし、多分、コミュ障と言うのは、場を盛り上げないと罪だと思い込んでいる人種のことなのだ。
つまり、僕だ。必死に頭を回しても共通の話題が思いつかない、この状況が本当に辛すぎる。
「…」
ずっと俯いている僕に、秦が遂に話を切り出した。
「…どうした。箸が止まっているぞ」
「えっ…?あっ…!」
と思ったら、ただの注意だった。
僕は慌てて米をかきこむ。
「たっ、たべまふ…!すひまへん…、もごご…」
「…口に物を入れたまま喋るな」
「ひやっ、あっ、そうでひゅよね!そうでひゅよね…!はは…、すみまへん…、すみまへん…」
萎縮する僕に、「何故そんなに謝る?」と秦が首を傾げる。
その時だった。救世主の降誕とも思える声が僕を救った。
「オメーの顔がコエーからだよ、オッサン」
コア子。
それは慇懃無礼の類義語。
しかし、秦の「おはよう」の挨拶にはちゃんと返す。常識ある傍若無人。
「おいカナモリ、テメーは初見にゃヤクザにしか見えねぇ面してんだから、会って僅かの奴と仲睦まじく食卓囲めると思ってんじゃねーぞ」
「…あぁ」
コア子の主張に納得したのか、秦は「そうか」と一言呟いた後、そそくさとキッチンへ向かった。そして、帰ってきた彼の手には、切り分けられていないフレンチトーストが載った皿があった。
それは、コア子の朝食だった。パジャマ姿で、寝癖ボサボサの彼女は、フレンチトーストを鷲掴みにしてムシャムシャ捕食し始める。
ワイルドかよ。
秦は、僕とコア子を交互に見た後、再びキッチンへ戻った。
メープルシロップで手や口周りをベトベトにしたコア子が、僕を指さして言う。
「…ってか、私が一家言あるのはカナモリの顔だけじゃねーけどな。なんだ吸血姫テメー、そのダセェ格好は」
彼女が睨む僕は、Tシャツの上にUVカットパーカー、そして、ジーンズという、面白味の欠片もない、…"着慣れた格好"をしている。
「え?あぁ、この服は僕のじゃなくて…」
コア子愛用のマグカップに牛乳を用意していた秦が口を挟む。
「…本町が用意してくれたモノだ。わざわざ親戚中を駆け回ってくれてな、持ってきてくれた」
「…あぁ!あのエコバッグがそうか!」
コア子は首をガッと動かして、リビング中央、カーペットの上に置かれた、色んな服でぎっしりのソレを凝視した。
かと思いきや、次の瞬間、彼女は僕に向かって叫んだ。
「ふざけんじゃねぇぞゴミクタ!服とは、人間が初めて得る自由だ!服と、そして自分の部屋のインテリアを好きに選べることこそ、人間成長における自由意志の始まりだ!それなのにテメェ、冒険心の一つもねぇ格好しやがって!日和ってんじゃねぇ!そんなもん脱げ!脱げ!」
暴走したコア子が、僕のパーカーの襟を引っ張って無理やり剥ごうとする。僕は勿論抵抗する。
朝っぱらから何だよもう。
「いやっ…、やめろよお前!僕は好きでこの格好をしてるんだから!」
「お前、本気でそう言ってんのか!?」
「はぁ!?」
謎の反論にビックリする僕の一方で、コア子は断言する。
「いいや無いね!ハッキリ言ってやる、お前のその格好は逃げの表れだ!決してお前を体現しちゃいねぇ!何故なら、お前は昨日、"私の部屋に一人でいる時に"、部屋中に散らばった私の古着コレクションを眺めて興味深そうにため息をついていた!それは、内心にオシャレへの憧れがあったからじゃねぇのか!?」
その決めつけに、僕は内心ドキッとした。
「いやっ…、そんなことは…!」
「そんなことはない、本気でそう言えんのか!?本当は、せっかく美人になったからもっとオシャレしたいって思ってんじゃねぇのか!?答えろよコラ!」
「そんなことは…!」
「…そんなことは、ねぇよ…」
意気消沈した僕は、『これが一番無難な格好だよな』と思って着たパーカーの裾を握って、苦々しく反対する。
確かに気になったよ。フレアたっぷりのスカートとか。シースルーのカットソーとか。キャミとか。
でも、しょうがないじゃないか。自分からオシャレするのは恥ずかしかったんだ。
許されない気がしたんだ。
コア子は言う。「不自由ってのは、自ら設定した自分像から生まれるんだ」と。
何も言い返せない。
僕は、悔し紛れに吐く。
「…じゃあ、どうしろっていうんだよ」
「とりあえず着替えろよ。心を空っぽにして、一番ときめく格好にさ。これからお出かけするから、それも踏まえてな」
「…?どこかに出かけるのか?僕」
「おう」
コア子は脱力した僕からパーカーと、下に着ていたTシャツをサラッと脱がせた後、言った。
「今から、お前は私と友達に成りに行くんだ」
へ?とマヌケな声が上裸の僕から漏れた。
直後、「ブラくらい着けろよテメー!」と、コア子にまた怒られた。




