女の子は裸ってだけで強い
せこい。
なぜ、女の露出狂は淫靡でマゾヒスティックで、男の露出狂はただの不審者なのか。
庇護されたっていいだろうに。男の裸だって、インモラルという芸術の傘に。
永遠の擬態化のような真っ白い空間。遠くを見渡せど、地平線しか見えない。まるで砂漠のど真ん中にポツンと立ってるよう。
僕は無垢。生まれたままの姿でそこにいる。
…厳密には違う、この少女の姿は、決して僕の『生まれたまま』ではない。
…寝たんだよな?僕、さっき、ようやく。
ここは夢、だろうか。
「惜しいが違う。ここは夢よりも現実に近い、私と君の精神世界だ」
それは、いつの間にか僕の前にいた。まるで、そこに鏡を置いたみたいに、今の僕と瓜二つの少女。
「吸血姫…」
「んふふ、こうして対面するのは初めてだな。我が半身」
まぁ、かけたまえと彼女が言う。
どこにだよと悪態をついたのもつかの間、いつの間にか、僕の隣にソファが二台、ローテーブルを挟んで向かい合うように並んでいた。
「便利だろう?この世界はイメージ一つで何もかも自由に操作できる」
だからなんですか?と思いながら座る。すると、僕の傍に立った吸血姫がソワソワしながら、僕の前に何かを差し出す。
「給仕はしたことがないから、これで作法が合っているのか分からないが…、ウェルカムドリンクだ。飲みたまえ」
フラペチーノだった。
フラペチーノ
あの
ポイ捨てが似合うプラのカップに入った
ストロベリーでベリーな
ホイップの量まであの時と同じ。
「…煽ってんのか?」
「?何だ?どうした?そんなに不快そうな顔をして?」
「するだろ。こんなもの出されたら」
「えっ…。もしかして、君、これ嫌いか?」
「…見たくもねぇよ」
「そうか…。そうなのか…。君の口にはあまり好ましいものではなかったのか…。私には、甘くて、酸いくて、本当に美味しいものだったのだがな…」
吸血姫は、少し寂しそうな顔をした後、フラペチーノを自分で処理した。ストローをチューと吸って、んふふっと笑みを浮かべた。
不快な絵面だ。これ以上見たくない。
僕は切り出す。
「…それで?こんなところに呼び出して何の用だよ」
「用?」
僕の真正面に座ってストローをガジガジ噛む吸血姫が小首を傾げる。
「用って何だね?」
「用は用だろ。あるんだろ?いや、別に無いなら無いでいいや。さっさと僕をこの空間から解放しろ」
「解放って言ってもなぁ。さっきも言ったが、ここを夢の世界だとする推察も惜しくてね?要はここは私達の内面の世界で、知覚により生じる外の世界とは常に表裏一体で、今はただ、熟睡により外の世界よりも優位になっているというだけで、抜け出すもクソも無いのだよ?」
「つまり、現実の僕が目を覚ますまでここから抜け出せないと?」
「だから、抜け出す抜け出さないの問題じゃなくて…、どうして君たち人間は世界が自分たちの見聞きしているソレしか無いと思いがちなのかねぇ」
うぜぇ。
「それに、私は君に対して何の用も持ち合わせていないよ。大体、用がなきゃ話しちゃいけないのかね?君の交友手段というのはそんなにも寂しいのかね?」
「話したくねぇんだよ、お前と。僕、お前のこと嫌いだから」
「ふぅん?嫌いなのか?」
「嫌いに決まってんだろ。殺すぞ」
「んふふ、嫌いか、そうか。しかし、私は君のことが好きだぞ」
「は?煽りか?」
「煽りに聞こえるのか?」
「お前の言動は全部そう受け止めてるよ」
「そっかぁ。ふふっ、それは何だか、こそばゆいな。いやしかし、だとすると君は本当に私好みだな。そうだ、人間は毒を、棘を大事にしなくてはならない。年を取って丸くなるというのは、つまりは爆発する自己の消失なのだから」
ただし、
吸血姫は付け加えて言う。
「君よ、心の毒は決して薬には成り得ない。なればこそ、これはあくまで他者を傷つけるためにあるものだ。ハリネズミの針が内側に向いては本末転倒なように、心の毒で自分を犯してはならないのだよ」
「…説教か?」
「というより教訓だな。私とて、君くらいの年頃にこれに気づいていたわけではない。おばあちゃん目線が推察するに、君にはどうやら愛が足りない」
「愛、愛ねぇ。悪いけど、僕、そういうのはディズニー映画でお腹いっぱいなんだ」
「はは、あんな素晴らしいものは私だって嫌いだ。そうじゃない。私の言う愛とは、ああいう美学的、宗教的な価値、高次元な感情、人生の位置づけではない。道徳やロマンで穢されたものでは決してない。私の言う愛とは…」
「!?」
刹那、目の前から吸血姫がフッと消えた。
いつの間にか、僕の上にいた。
「ちょっ…!」
対面座位。遠慮せずに表現するとそれになる。
吸血姫はまるで吸盤のように僕の体に吸い付いて、自分のお腹を、僕のお腹にピッタリと添わせる。寸分違わず背丈が同じだから出来る技。
「おいやめろ!離れっ…!」
振りほどこうと身じろいだ。
が、駄目。吸血姫は僕から離れない。離れないどころか、彼女は更に僕に自分を教え込もうと、にゅっと、にゅうっと、汗を糊に僕にまとわりつく。
僕は、このクソッタレからのふざけた求愛行動に…
…嫌でも顔を紅潮させていく。
あぁ、思えばコレは僕の中で最大の弱点かもしれない。
僕は、この吸血姫とかいうアバズレを心の底から嫌わなきゃいけないのに。それが、先の大事件で奪われた数々の命のため僕が出来る唯一の弔いなのに。
…コイツ、どこをどう見ても、理想の美少女過ぎるんだよなぁ。
それを知ってか否か、吸血姫は改めて僕の耳元で囁く。
「好きだよ」と。
途端、僕の中の童貞が過剰反応する。
ダメだ。
この状況での「好き」はダメだ。
童貞は、ただでさえ向けられた好意に弱い。ちょっと優しくされただけで、少し無防備な様子を見せられただけで、すぐにその異性を自分のつがいだと誤認する。相手が何の気なしだろうが、見境なしに。
…あ?節操なし?普通に考えておかしい?舐めてんのかコラ。拗らせた童貞はな、下人が老婆の着物を剥ぎ取るシーンを読んで、「おばあちゃん全裸じゃん!」って考えるくらいには飢えてんだぞ。
そんな奴が、こんな美少女の、忌まわしくて忌まわしい、儚い雪みたいな肌と肢体の、肉欲混じりの「好き」に抵抗できるワケねぇだろクソ。
僕の視線が吸血姫に向く。彼女の顔、それに、僕と彼女の間の僅かな隙間から覗ける胸、股に向く。
瑞々しい桃みたいな頬、つつましいがちゃんとある谷間、しっかり女性の形をした股。
…どれも、糸一本ですら覆い隠されていない。
はっきりと曝け出されたそれらを、僕はギョッと視姦する。
それは不可抗力。テストステロンの暴力。
やめろ。本意じゃない。信じられない。本当にやめろ。僕はコイツが嫌いなんだ。本気で嫌いなんだ。コイツに好きになれる要素なんて一つもないんだ。
なのに…。
「ふふ、やはりこの手の愛はむず痒いか?虚勢を張れど、心はちゃんと年頃の男の子だねぇ」
吸血姫は図星を突く。
「ち、ちげぇし!死ね!」
僕は、必死に抵抗すべくそっぽ向く。
「んふふ、戸惑いが初いて可愛いなぁ。しかし、恥じることはない。それもまた、大事な反応だ。フランス料理の味を妄想できるのは、フランス料理を食べたことが無い者だけ。無知というのもまた、貴重な思想的資源だ」
吸血姫が僕の頭を愛おしそうに撫でる。
「なんだよぉ…、肯定なんかすんなよぉ…」
身がプルプル震える。調子が狂う。
勘違いに脳を焼かれそうになる。
それでも僕は、何とか抵抗しようともがきながら、
辛うじて尋ねる。
「…だから、お前は僕を選んだのか?」
「え?」
途端、吸血姫はポカンと固まった。




