死は不幸であるべきだし、そうあってほしい
尤も、彼らは漏らしたりなんかしない。
強面の中年男、名を『秦 要護』という彼と、付き添いの少女、名を『伊勢居地 コア子(いせいじ こあこ…、こあこ?なんだその名前)』という彼女は強者である。
「コア子、病院内に残る敵の数は?」
「15」
コア子は病院内に直接入って調べた訳でもないのにそう断言した後、秦の体に背中からよじ登り、彼の頭頂部にポンと手を置いた。
直後、秦は、人間の目では殆ど見えない速度で、ジャブを数十発振るった。
どういう訳か、振られた後の彼の拳は血にまみれていた。
「…とりあえず、これでココの問題は解決した」
そう言って、秦はハンカチで手を拭った後、いつの間にか彼に肩車の形で収まっていたコア子を地面に下ろした。次いで本町さんの方を向いて口を尖らせた。
「おいお前。何勝手なことしてんだ。大人しくしとけって言っただろ?」
「い、いやぁ、居ても立っても居られなくて…、へへ…」
本町さんは萎縮した後、ソワソワしながら彼に尋ねた。
「あ、あの、それで先輩、そちらの戦況は…?」
秦はため息の後、答える。
「…御三家の協力もあって、何とか終わった。"一匹"を残し、殲滅完了だ」
その言葉に、やっぱりね!という顔をして満面の笑みを浮かべる彼女。眉もデレデレに垂れている。
しかし、そんな心持ちになる気持ちも分かる。彼らが放つ安心感は凄かった。被災地に自衛隊が来てくれた、そんな次元の勝利の確信を、彼らは僕達弱者にもたらしてくれていた。彼が先程言った、『ココの問題は解決した』という言葉も、多分、本当なのだろう。
…しかし、そう考えてヘラヘラ出来るのは、あくまで『吸血姫』の正体を知っている、僕と本町さんだけ。
彼らは、寧ろ違った。
彼らは、明らかに僕を睨んでいた。
これからの激戦を予測して、身を震わせていた。
「…それで、後はこの絶望を何とかするだけだが」
「どうするよ、カナモリ?流石に吸血姫にゃ逆立ちしても勝てねぇぞ?とりあえず土下座で命乞いでもするか?」
「そうだな、そうしよう…」
澄ました顔で跪く彼ら。
本町さんが慌てて止める。
「あっ、ちょっ、先輩っ!違っ!違くてですね!?この吸血姫ちゃんは、吸血姫だけど、吸血姫じゃなくて…!」
「…何?」
…
「…」
秦は、本町さんから事情を聞いた後、僕に言った。
「…そりゃあ、なんというか、せっかく死んだのにえらい災難に巻き込まれたな」
「…は?」
「あぁ、巻き込まれてんだよお前は。恐らく、吸血姫の思惑に…」
…その語り口は、そうだ。間違いない。待望だった、『僕』というここ一番の謎に対する回答だ。
全てを読み解くための説明で、傾聴すべき推察。
『解』
「…24年前、北海道赤井川村で吸血姫の遺体が発見された。その後、遺体は相模原の研究所に回され、研究、保管されていたが…。二ヶ月前、吸血姫の配下によって研究所は襲撃され、遺体は強奪、そして、その一ヶ月後、K市で復活の儀の開始と思われるヤン=ダレン波の歪みが確認された」
恐らくそれは、物語の舞台がこのあたりである理由の説明。
「…非物質的世界を開き、蓄積された複雑系のPM.5…、つまり魂を取り出して肉体に再接合させる『復活の儀』。しかし、たとえば、その際に取り出す魂を間違えてしまえば、魂と肉体の不一致は起こり得る。実際、目的の魂を発見することは難しい。魂には外見的特徴なんて概念は無いし、世界内における魂の割合だって、人や人外よりそれ以外の動植物のものの方が圧倒的に多いのだから…」
そしてこれは、僕がこの体に入った原因の推定。
「つまり、吸血姫の部下には近眼しかいなかったってことか?」
合いの手のようにコア子が尋ねた、質問に対する、それだよと言わんばかりの彼女への指差しは、そして、その後に展開された彼の発言は、恐らく、最初に述べた、『吸血姫の思惑』という言葉の意味の解説。
「そうだ。俺の疑問は正にそこだ。果たして吸血姫の部下が、そんなミスをするか?確かに目的の魂を取り出すことは困難だが、しかし、主の復活の儀だぞ?それはもう十分な準備の上に行われただろうし、想定し得るミスへの対策はしっかりと用意されていたはずだ。それなのに、何故、結果失敗している?何か、何かあるんだ。そう、たとえば…」
「現世に取り出されようとした吸血姫の魂が、ついでにコイツの魂を連れてきたとか?」
「正にそうだ。それくらいしか原因が考えられない」
そして彼らは、悩む。そんなことをする理由はなんだ?とか。
吸血姫がコイツに肉体の操作権限を譲った理由は何だ?とか。
おいお前、何か、吸血姫との繋がりがあったのか?とか。
言葉を交わし、議論を深める。
…しかし妙だ。
あぁ妙だ。
いや、別に、話が急に展開されたから妙なのではない。
その話が超常的であるから妙なのでもない。
吸血姫とやらの思惑が分からないから妙なのですらない。
妙なのは、そうだ。
僕はそれらの説明の前提となっている部分が分からないのだ。
飲み込めないのだ。だから僕は秦に尋ねるのだ。
「…『僕が死んだ』って、なに?」
沈黙。
後、秦が首をひねった。
「何って、そのままの意味だが」
「…?僕、別に死んでないけど…?」
「…???いや、死んでいるはずだぞ?でなきゃ魂が現世から離れることもないし、復活の儀にも巻き込まれないだろ」
秦は、何を馬鹿なことを言ってるんだ、みたいな口ぶりで反論する。
僕は、「あぁ」と一応は返事した。
が、しかし、飲み込めない。
死んだ?
死んだ?
え?
彼の言葉を咀嚼する。
そうする程に、僕の顔から血が引いていく。
いや…、いやいや…。
死んでないよ…。だって、死んだ覚えなんてないし…。
というか、僕、今に生きてるじゃん?生きてるじゃん…?それなのに、え…?死…?
動転する僕を見て、コア子が「おい、もしかしてコイツ…」と、秦のコートの袖を引っ張る。
秦はハッとして僕に尋ねる。
「…お前、もしかして、自分が死んだことを覚えていないのか?」
…二度目の沈黙。
次の瞬間、僕の口から滝のように否定が溢れた。
だって理不尽。それ。そうだ。ありえない。恐ろしい。信じられない。なんでそれ?不幸?おかしいおかしいおかしい。
余命宣告された瞬間を想像してよ。
ハッピーだよね。だって、僕なんか運命を受け止める余地すらなかったんだぜ?
そりゃあ、吐くよ。
「だから…、死んでないって言ってんじゃん!そりゃあ…、死にたいと思ったことは何度もあるさ!自殺を考えたことも…」
「けど、そんなの口先だけに決まってんだろ!?僕はそこまで不幸に恵まれていない!自殺願望なんてファッションさ!なのに、本当に死ぬ奴なんてあるか!?なんで死んで…、なんで…?!嫌だ!受け入れない!死なんて…、死にたくないよ…!嘘だ!お前らみんな嘘つきだ!僕は信じない!信じない…!」
僕を勝手に殺さないでと叫ぶ。
…こんな批判に、一体何の意味があるのだろうか?
『復活の儀説』は現実に違いないのだ。少なくとも、碌に何も知らない僕が原因を予想するよりは妥当な主張に違いない。
しかし、それでも僕は悲しいのだ。悔しいのだ。憤って、嗚咽を漏らして突伏するのだ。
ミミズだって、オケラだって、アメンボだって当たり前みたいに持ってるソレを急に奪われて、屈辱的で仕方ないのだ。
…でも、考えてみたら不思議だな。不思議だよ。だって僕は、僕なんてものを生み出しやがったこの『生』を、今の今まで憎んで恨んで許せなかったのに、今は何故か失うことに怯えている。
何でだろうね?僕は死にたいと思っていたのに?『僕』という存在にまつわる全てが嫌いで、お前なんて消えてしまえっていつも思ってたのに?
思うに、僕における「死にたい」は、軽かったんだ。あの言葉はきっと、上手く言語化出来ない苦しみに対する一旦の置換先なんだ。
実のところ、本当に死にたいとは一度も思ったことはない。ただ、生き抜くための自己表現としてそこにあっただけなんだ。
だのに、遊びじゃない、本物の死を突きつけられて、まるで刑務所体験ツアーに連れられた不良少年みたいな気分だ。
僕は今更になって、正しさというものの素晴らしさを実感しているんだ。
ありがたさを体感しているんだ。
だってさ。当たり前のことだけどさ。
幸せって、生きてなきゃ感じられないんだぜ?
…なのに、『奴』は、そうだ。
秦の発言なんかよりも鋭くて残酷に、
僕に、ハッキリとこう言ったんだ。
『しかし、君は死んで初めて幸せになれた』
「!??」
それは、幻聴でも自己批判でも何でもない。
僕の脳内に確かに響いた声だった。
いや、え?
誰?
「今…、誰が僕に話しかけた…?」
問いかけに、本町さんはポカンとした。
一方で、秦とコア子は表情を引き締めた。
「確定だな」
「あぁ」
そう確認し合う二人は、目で、僕に声の正体を訴えた。
間もなく、僕も声の主を確信した。
ただし、その答えを口に出したのは、僕でも、秦たちでもなく、空から現れたアイツだった。




