行動する以外に問題を解決する手立てがないこんな世の中
あー、行動しろって言葉きらい。
もう21世紀だぞ。寝てても問題が解決するようになれよ。
スッキリした。うん。なんというか脳の老廃物が落ちた気がする。
二日くらい寝たかな?と思ったんだけど、起きたらまだ正午過ぎだった。ショートスリーパ~。
(丸一日寝てた説は無いだろ。そしたら母さんが見かねて起こしてくれるはずだから。…はずだよね?)
…家って、やっぱり凄かった。というより、日常ってのが凄いのかもしれない。僕は再び目覚めても相変わらず美少女だったけど、周りがあまりにも普段通り過ぎて、僕の方が間違っている気がした。
間違ってんだよ、うん。
僕は僕だ。
吸血姫な訳が無い。
僕は、ゴロゴロしながら母さんの帰りを待つことにした。
母さんは、市内で一番大きな病院で夜勤の看護師をしている。残業もたっぷりしている。だから帰ってくるのはいつも昼過ぎ。授業が5限までの日に帰ったら、ちょうど家にいる。
え?父さんはって?父さんなんかいないよ?なんか知らん間に消えた。よく分かんないけど、良い人じゃなかったんだろうね。
一軒家の我が家は僕が生まれた時におじいちゃんがはしゃいで買ったもの。リビングのダイニングテーブルには六脚も椅子が用意されている。埋まったことは一度もない。二階には夫婦の寝室に加え子供部屋が二つもある。だけど僕は一人っ子。今となっては広過ぎる我が家。掃除し切れないし、冷暖房の効きが悪い。
余白が多い。
「…あー」
習慣づけされた犬のように冷凍庫を開ける。母さんは、帰りを待てずに腹をすかしている僕のために、いつも冷凍庫を冷凍食品でいっぱいにしてくれている。
「これでいいかぁ…」
テレビを付けて、今日のダラダラのお供に選んだ冷凍回転焼きを小皿に出して、レンジに入れて回す。
ふと、レンジのガラスに映る自分を見つめて顔をしかめる。
…改めて直面するけど、母さんになんて説明すればいいんだコレ?
TS作品において、親や周囲の大人、ひいては社会全体は、話の本筋じゃないからか、描くのが面倒だからか、この手の問題に対して、異常なまでに理解がある場合が多い。
しかし、僕の場合はどうだ?
僕の母さんは、最初こそ入りたくて入ったサッカークラブを、僕が周りにいじめられて嫌だから辞めたいと言っても、「入りたいって言ったのはアンタでしょ」と言って辞めさせてくれなかったくらいには頭が硬い。
いや、別に母さんを愚者だと罵りたいわけじゃない。
単に説得できるビジョンが浮かばないんだ。理屈が通じる相手だと思えないんだ。
まいった。
どうしようね。
チーン。
「…」
皿まで熱々の回転焼きを手に取った後、小窓から日の光が気持ちよく入ってくるキッチンから退散して、テレビの前、ソファに戻る。
ワイドショーからくだらない笑い声が聞こえる。僕は、それを視聴する訳でもなく、ただ視界の中に入れながら、いつもなら二口三口で食べ切る回転焼きを小さな口でちょこちょことかじる。
そして、また頭を抱える。
「…んんん」
そもそも。
僕は、今の僕について説明したくないかもしれない。
だって、僕という事実を語ろうとした時、僕はかなりの割合で嫌悪溢れる過去に直面しなければならない。
吸血姫とか
復活の儀とか
化物共とか
隊員さんのこととか
糸ちゃんの死とか
…どれも、もう思い出したくない。
だって怖い。
忘れてしまいたい。
ここで、悍ましかった何もかもから逃げ出して、清々しいTS生活に移れれば。周囲の困惑と、揺れる恋心と、性自認の崩壊を謳歌する、よくあるTS物語に戻れれば。
どれだけ良いか。そうあってほしかったよ。
…しかし、現実というものは、根本的に、逃れる逃れないの範疇にない。何故なら現実とは個に隣り合うものではなく、僕達を内包するものだから。
ワイドショーのおちゃらけた音が一転、冷静、緊迫そのものなニュースに変わった。
臨時ニュースってヤツだ。誰もが急なことにビクッとなるヤツだ。
「…たった今入ったニュースです。神奈川県K市、市内の病院に押し入った集団によって立てこもり事件が発生し、警官を含む24名が死亡。現在も、建物内には数百名の人質が確認されており、現場は騒然としています。…」
僕は、猫のように反応した。
尻から飛び上がり、リモコンを握り、液晶に投げつけた。
テレビは沈黙した。
しかし、今に画面中央からリモコンを生やしたソレは、確かに物語っていた。
受け入れがたい事実を。
つまり、圧倒的な現実を。
簡単に人が死ぬ世界。
それは、正に数時間前の僕がいた場所のような…。
ニュースと僕は、明らかに無関係じゃなかった。
「なんだよ…、なんで…!家なんだぞ…!ここは…。僕の安心にまで入ってくるなよぉ…!」
うなだれる程に綺麗な銀髪が目にかかった。
逃れられない。
それどころか。
「そういや、テレビ、市内の病院…、って言ってたか…?」
「市内の…、病院…」
K市内に数百人規模の病院は一つしかない。
僕がよく知る、あそこしかない。
「母さんの、職場…」
理解した直後、脳裏によぎったのは母さんの顔。
糸ちゃんの凄惨な末路。
次の瞬間、僕の足は現場へ向けて駆け出していた。
現実は逃げ出したくなるほど圧倒的で、僕の皮膚にくまなく張り付いていて、生々しかった。
けど、だからこそ分かった。
これは他人事じゃない。
僕の現実だ。
母さんが殺されるかもしれない。
嫌だ。
助けなきゃいけない。
僕が行かなくちゃいけない。
けど、心は脳に追いついていなくて、僕は病院に駆けつけるまでの間、ずっと泣きじゃくっていた。
泣きじゃくりながら走っていた。




