この顔なのがいけない
美少女に生まれなかった。その時点で僕の人生は敗北している。
それは、大した染色体でもないくせに一億分の一を勝ち抜いてしまったパパンの精子の問題であり、その時たまたま子宮でのんびりしていやがったママンの卵子の問題だった。
被害を被る人間、つまり僕にとっては不可抗力で、どうしようもない問題だった。
ただ、正確に言えば、僕は生まれた瞬間から不幸を自覚していたわけではない。
無垢だって、幼くて、大した事なかった頃は天真爛漫で、鏡を見りゃ気づける身近な不幸なんて目に映らなくて、それよりも、画面の中にいる廃部の危機を迎えた中学サッカー部の不幸を憂いて、がんばれと応援していた。
不幸は、そうだ。クリスマスの次に大好きな9月半ばに、友達から誕プレに貰ったアディダスの帽子がどうしてもサイズが合わなくて、その時に母さんが苦笑いして言った、「アンタは頭が大きいからね」の一言から始まった。
そこから、僕の無垢というか、なんというか、根拠なく自分は幸せだと思える純粋さは転がる勢いで失せていった。頭が大きい人間は顔が大きい人間で、つまりブスだと論理的に理解できた時、又、周りの友達のチンチンと比べて僕のチンチンがあまりにも小さいことに気づいてしまった時、そういう時を積み重ねるほどに、僕は目の前が現実で塗り潰されていくのを感じた。
だから、そんな現実を直視しないために、僕は成長過程でオタクになった。現実の女子に怯え、絵でオナニーをする猿になって、生物として着実に落第した。
往々にして、その手の屈折は加速する。
僕はいつしか絵の中の美少女たちを羨むようになっていた。
自己投影していた。
僕も彼女らみたいに容姿の暴力を享受したい。
愛されて、甘やかされて、ただ生きているだけのことを許されたい。
TSモノの存在を知った後、僕はあっという間にハマった。
それは僕の夢そのものだった。
僕もTSしたい。
毎秒思った。
でも、女は女で大変だと聞いた。化粧とか、生理とか。あと、どれだけの美人でも老けたらしわくちゃになるのも気がかりだった。面倒は避けたいけど、美しさが揺らぐのは嫌だった。
故に僕は見出した。女の子になると同時に、化粧がいらないほどの美人であって、更に、老けないし生理とかもないであろう、
たとえば吸血鬼になれば無敵じゃないかと。
美少女吸血鬼。
僕の、生物としての理想形だった。
その頃から、僕は毎日お祈りをして寝るようになった。目覚めたら美少女吸血鬼になっていますように、と。百日参りもした。
当たり前みたいに叶わなかった。結構頑張ったのに、何の音沙汰もなかった。僕は神なんていないんだと知った。
僕は次に性転換手術と整形に希望を見出した。お金を貯めて、タイに飛んで、あちこちいじってもらおうと本気で思った。
けど、そんな素敵な夢もやがてくそったれな現実に破壊された。整形じゃ、どうあがいても頭蓋骨の大きさは縮められないらしい。それじゃ手術を受ける意味がない。僕は理想に近づきたいのであって、女装する扇風機を生み出したいわけじゃない。
どうやら僕には、生まれながらにして夢見る権利すら与えられていなかったらしい。
どうしようもない。
心からの願いは叶わない。
今後何を成し遂げても二番目の夢でしかない。
その事実は僕からあらゆる希望とやる気を奪い、僕をより卑屈に、卑屈にした。
将来のために勉強を頑張る気が失せた。部活で汗を流すなんてもっての外だった。
ただ、自分の部屋で全てを諦めるようにパソコンをいじるだけになった。
やがて、僕は小デブになって、成績表を2か3で埋めることが得意になって、いじけるように周囲の何もかもを嫌悪するようになった。僕の人生は、しっかり目に終わった。
ここまでが、僕が中学を卒業するまでのイベントだった。
…
卒業式が終わった。
アディダスの帽子をくれた友達…友達だった奴が同級生やバスケ部の後輩と一緒に記念写真を撮っていた。
アイツ、僕より偏差値が20も高い高校に受かったらしい。
母さんは…、アイツの母さんと楽しそうに駄弁っていた。なんでまだ仲良いんだよ。
僕は皆を余所に、足早に体育館前の仮設自転車置き場に向かって、自転車かごに卒業証書をぶち込んで、一人、ペダルを漕ぎ始めた。
誰からも、アイツからも会釈されることなく、
教師からも本心で別れを惜しまれることなく。
帰る…。
「…」
鼻をすする。
風が僕をさらうほどに、辛い感情がこみ上げる。
どうして、どうしてこんなにも不幸なんだろう?
いや、原因は分かっている。それも根本的な原因が。
この顔なのがいけない。
今更の結論だ。
僕は被害者だ。
僕は悪くない。
悪いのは遺伝子の質や、都合良くいかない世界の方なんだ。
…なのに、この、もっと根本的な部分を間違えてしまっているような焦燥感は何だ?
…もしかして、僕が悪いのか?
僕の人生の悪役は、僕自身なのか?
15歳にもなると、僕の頭と心は完全に独立していた。心に対し、頭が冷静。それ故に、僕は馬鹿な理屈にすがれなくなっていた。もう、不幸を理不尽だと怒ることが出来なくなっていた。
かといって、自分の内にある問題を乗り越えるべき壁だと捉えて奮い立つことも出来なかった。そんな体力なかった。培ってこなかった。
ブスは心までブスになるとは、言いえて妙だと思った。
悲しかった。けど、涙なんて流したくても流せなかった。流すべきじゃない、そう心が決め込んでいた。
こんな不細工な奴の気持ち悪い泣き顔、誰も見たくない。そうも思っていた。いや、誰への配慮だよ。しかし、それは呪いのように、法律のように僕を縛って動かさなかった。
だから、僕はただ、呆然とするしかなかった。本当の感情に正面から向き合わないように、必死に、懸命に、呆然と、車輪が回る音が加速しても、気絶するように呆然と。
それはつまり、ボーっとしているわけで
僕は今、軽車両の運転中なわけで
その上で、前方不注意なわけで
だから、目の前を横切ろうとしたおばあさんに気づけず、跳ね飛ばしてしまったのは、当然だった。
うつぶせに倒れたおばあさんの頭がばっくり割れている。
顔が引きつる。脱力して自転車ごとこける。立ち上がったけど、目の前の光景に震えて、「まずは救急車」なんて発想は出ない。
それよりも脳内を駆け巡ったのは自己保身。
人を殺した。その現実からの逃走。
いやだ。それは違う。間違っている。
僕は間違った人間だけど、こんな理不尽を押し付けられるのは流石におかしい。
心が急速に縮むのを感じる。ジクジクした痛みが沢山襲ってくる。辛い、苦しい。嫌だ。こんな思いをするくらいなら、いっそこの世に生まれたくなかった。
晴れ着のネクタイを引っ張る。首を締めようと引っ張る。どうしてこうなった。リセットしたい。もっと幸せになりたい。なりたかった。僕は必死に頑張った。なのにまだ苦しいなんて。何も変わらないなんて。
こんなのが人生の最期だなんて。おかしい。おかしい。
こんなのが僕でいいわけがない。
「…!」
その時、僕は気づいた。
今、僕が立っている場所が交差点で
正に、事情を知らない一台の乗用車が走り去ろうとしていて
だから、ぼくは
そこに
…
死んで知った。
神様なんていない。
やはり僕は正しかった。
いない。
いるわけがない。
だって、僕はこんなにも罪深い人間なのに、因果応報が似合う人間なのに
目を覚ましたら、絶世の美少女吸血鬼になっていたのだから。
恨みと呪いと自己嫌悪、隠し味に少女性愛を混ぜて出来た普通のラノベ。
愉しんでいただけたら幸いです。




