10.ジルコン
オニキスはまず、青の姫君が行方不明であるとも、城に健在であるとも、外からは分からないように曖昧にすることを進言しました。
「姫君が行方不明だと民に知らせれば、悪戯に不安を煽り、さらなる問題が発生しかねません。
されど城に健在だと知らせて、拐った姫君が偽物だと犯人に知られれば、被害者の身が危険に晒される。
被害者が救出されるまでは、そのような対処をするのが良いと思います」
そして事件現場に来て目撃情報を集めると、その時偶然近くにいた人々は、謎の集団が突如として路上から消え去ったと口々に言いました。
城の魔法使いは首を傾げます。
「あり得ない。瞬間移動だと? その魔法は未だ研究段階ですよ。もし、それを出来るとすれば膨大な魔力が必要になりますから、ただの人間には到底不可能なんです。なにかの間違いでは?」
「ただの人間ではないとすれば、魔物信者の仕業か」
「魔物信者?! まさか、青の姫君過激派はそいつらと手を組んだと仰るんですか?!」
魔法使い見習いのジルコン少年がオニキス神官の言葉を受けて、事の深刻さに声を荒げました。
「推測に過ぎないが、魔物に取り憑かれたから一時的に魔力が高まり、不可能にも思える転移が可能になったのだろう」
「青の姫君に町の片隅から愛を叫ぶだけの、まだ善良な団体だと思っていたのに。誘拐を企み、あまつさえ魔物に魂を売り渡す組織と手を組むとは! こうしてはいられません。早急に探し出さなければ」
国の平和を守るために。
ジルコンは拳を握りしめ、尊敬する神官を正義感に溢れた眼差しで見上げます。
オニキスは、
その純粋な国民への奉仕の精神は、俺には眩しすぎる。俺がここにいるのは、ただ――のために――。
そう内心で思いながらもそれを表面に出さずに頷き、魔法使いの援軍を呼ぶように伝えました。
それから、魔法の痕跡や目撃情報を集めると同時に、青の姫過激派の拠点にはいくつか見当がついていたので、しらみ潰しに探すことになりました。
◇◆◇◆◇◆
「うーん……」
あれ……頭が重い。大分寝過ごしたかな?
目が覚めたとき布団に包まれていたので、まだぼんやりしていた頭でてっきりいつものように宿舎の自分の部屋で寝ていると思い込みました。
随分暗いな。まだ夜かな。じゃあ、もう少し寝ていられるかも。あ、待って、昼寝しすぎて夕方になってしまったということもありえるわ。どうりで頭が重いはずね。しっかりと寝て頭はスッキリするはずが、寝すぎて具合が悪くなっちゃったんだわ。
頭の中で独り言を言いながら、パチリと目を開きます。すぐには目がぼやけていましたが、瞬きを繰り返すうちにはっきりと見えてきました。
「知らない天井……ていうか、天井が無いわ」
正確には、岩そのものの壁が上へと伸びて、その先は暗やみの中に見えなくなっているのです。天井は頭上の遥か彼方にあるようでした。
ここは洞窟の中のようでした。立って歩けないほど狭くはなく、かといってどこまでも走っていけるほど広大でもありません。
陶器製のオイルランプの灯りが近くを照らしています。
布団は藁の寝床に布を被せてありました。
今は見えるところに人はいないようです。
そこまで観察して、ようやくエルミアは祭りの日に人違いされて、その後おかしな人たちに取り囲まれたことを思い出しました。その後なぜか気を失ってしまったようです。
「あの腐れ玉葱ども! 私の友人になんてことをしてくれたのよ!」
エルミアは自分の状況そっちのけで怒りの言葉を岩壁にぶつけました。声は洞窟内へ反響し、幾重にも重なりました。
その響きが不気味でしたので、びくりと震え、手を握りしめました。
「ユーシア、大丈夫だったかしら……」
焔がゆらめき、背後に濃く大きな影を踊らせます。
急に、今の状況に危機感がわいてきました。
影から離れるように灯りに近づき、ランプを持ち上げてゆっくりと歩き出します。
ここは、どこかしら?
私は誘拐されたに違いないけれど。
出口はどこだろうかと岩壁に近づいて照らします。しかし、絵も字も書かれていない粗削りな岩壁を隈無く見て回りましたが、鍵の掛かった扉もなく、岩の割れ目さえ見つけられませんでした。
見つけたのは水呑み場と水洗トイレくらいのもの。
洞窟には隅に透き通った水の流れ落ちる小さな滝と小川が流れており、流れの先は狭い岩の隙間に流れて行きました。
水の流れる音だけが洞窟内に響きます。それに混じって、微かにヒュウヒュウと風の吹き込む音。
手元の火が大きく揺れ、転びそうなほど斜めに倒れてブリッジを決めながら元の真っ直ぐな姿勢に戻ります。空気の流れがあるので、換気窓はあるようです。
「まさか、上?」
あんなに高いところから落ちてきたとでもいうのでしょうか。
見上げていると首が痛くなりましたので、下を向くと同時に座り込み、洞窟の真ん中で膝を抱えて踞りました。
「青の姫君」
そのときです。唐突に後ろから声を掛けられて、ビックリしてリンゴ一個分くらいは跳び上がりました。
「だ、誰!?」
心臓が止まるかと思って胸の前に手を当てながら振り返ると、すぐ後ろに演劇で使うような笑い顔の仮面を着けた人が立っていました。暗い色の長マントを羽織った中肉中背の男性ということしかわかりません。
「どうやってここへ来たの?」
魔法でも使ったのでしょうか?
「申し訳ありません、姫君。暫くの間、窮屈でしょうが此処で暮らしていただくことになります」
笑い面の侵入者は、エルミアの問いには答えずに感情の見えない平坦な声で告げます。
その仮面の表情とのギャップに違和感を感じ、鳥肌が立ちました。
「我々は全霊を持ってお仕えし、姫君が奴隷として他国へ連れ去られるのを阻止いたします」
「奴隷に?」
「お食事や必要なものは随時お届けいたしますので」
くるりと背を向けたところで、去るつもりだと気付き慌てて声をかけます。
「待って! 人違いなの。私はお姫様じゃないわ」
その人は半分振り返り、笑い面が火に照らされて赤く反射しました。
「青の姫君は、庶民の変装がとてもお上手でいらっしゃる。もう、暫くの辛抱ですゆえ」
そして、影に溶けるように一瞬にして姿を消したのです。
◇◆◇◆◇◆
定期的に小間使いのような人がどこからともなく現れて食事を運んできたり、足りないものを補充したり、掃除をしたりと甲斐甲斐しく世話をしてくれました。
その人は泣き顔の仮面を着けていて、体格から小柄な女性だということが判り、ごく一般的な服装をしているということ以外はよく分かりません。話しかけても、一言も喋らないのです。
姫君だと思われているからか、必要以上に触れたりすることもありませんでした。
そこでふと気づきます。
この人たちは、私が姫君だと思っているからひどい扱いをしないし、親切に世話を焼いてくれるんだ。
じゃあ、もしも、嘘をついているわけじゃなくて本当に偽物だったと知られたら――?
エルミアはサアッと青ざめます。
普通に解放してくれるなんてことは――ない、わよね。やっぱり。きっと、騙されたことに怒るに違いないわ。そうしたら、どんなに酷い目に遇わされるか。
悪くすれば殺されるかもしれない未来に、ぞっとします。
以前に父から聞いた悪どい奴隷商とその客の話が頭に過ります。拐った子供たちを裏で物みたいに売り付けて、限界を超えてこき使ったり、働けなくなったら容赦なく使い捨てるのだと。
『――いいかい、エルミア。奴隷は大国を支えている礎なんだ。農業、鉱夫、家事手伝い、水道や下水道の整備、その他物作りなど沢山の奴隷たちが関わっている。たとえ魔法が使える国でも、例外ではない。
僕は戦争で負けた国から奴隷としてある国へ連れてこられたが、字の才能があったから、やがて金を稼いで自由人になった。
奴隷だからと馬鹿にするものは、自分の暮らしを馬鹿にするのと同じことだ。誰のお陰で豊かな暮らしが出来ているのか考えが及ばない、それこそ馬鹿だ。そういう輩に何か言われても、相手にしないことだ。
――奴隷商の中にはきちんと売られる先の事を考えてくれる良い奴隷商人もいれば、倫理観の欠けている奴隷商人もいる。人攫いをし、裏で違法な取り引きをして人を売り買いする組織だ。
そういう悪いやつらがいるから、一人で人気の無い路地裏へ行ったり、夜に出歩いてはいけないよ』
あの魔法使いは、姫君は奴隷として他国へ連れていかれると言っていました。
なぜ? どうして、姫君が?
一体、どんな事情があるというのでしょう。エルミアを連れ去って隠した人たちは、そんな可哀想な姫君を助けようとしているようでした。
「悪い人たちでは、ないのかな?」
しかし、ブンブンと頭を横に振ります。三つ編みが頬と目にバシバシ当たりました。
「アイタタ……同情している場合じゃないわ。どうにか逃げないと」
今現在、命の危機なのはエルミアです。きっと、本物の姫君がお城にいることはすぐに知られることでしょう。
「魔法が使えればいいんだけど」
もう何度目か知れずそう思いました。
「使えないものはしょうがない。手と足と頭を使うしかないわね」
腕捲りをして気合いを入れると、少しずつ崖を登り始めました。




