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向かいの席
打ち上げの店は、少し騒がしかった。
グラスの音と笑い声が、妙に耳につく。
向かいの席で、あのバンドが話題になっている。
さっきまで同じステージに立っていたはずなのに、
もう少し遠い場所にいる感じがした。
「音、安定してたよね」
自分の口から、そんな言葉が出る。
嘘ではない。
実際、崩れるところはなかった。
「社会人で、あれはすごいと思う」
周りも頷く。
場は、穏やかにまとまる。
ボーカルは、笑って頷き、グラスを持ち上げる。
視線が一度だけ落ちた。
その空気を作ったのが自分だと分かっていて、
少しだけ、胸の奥がざらついた。
安定。
すごい。
便利な言葉だ。
褒めたはずなのに、
自分はまだ、何も受け取れていない。
グラスを傾けながら、
もう一度ステージの音を思い出す。
正直に言えば、
羨ましかったのは、
うまさじゃない。
名前を呼ばれたときの、
あの自然さだった。




