第2話――ハーレークインたちのダンス
……私の名前はソフィア。
……叡智って意味。
……古い言葉ではアイオーン。
……言ってなかったことがある。
……私の話を信じちゃ駄目。
これは夢を見ていないときの妖精ソフィア。
悪魔ではないヨハン、それから天使ではないミリアムのお話。
ヨハンはある国――帝国の軍隊にいた。
彼は陸軍の大尉で小隊長――幼年学校を卒業した典型的な貴族将校。
……ただし経歴は黒にかぎりなく近い灰色。
……私はその部下。
彼は戦争中の前線に3年前に任官して以来、武功を立て続けて――25歳の若さであっという間に昇進した。
……いちど降格したけど、取り消されてから2階級特進。
……暴力沙汰を起こして、直後にこの国の象徴を庇って大怪我した。
……ただしその手柄、英雄的行為は公にされなかった。
……この国はちょっと複雑なの。
彼らの正確な所属は帝国陸軍第99連隊直属第1小隊。
……これは気にしなくていい。
ソフィアはヨハンの部下で、魔法の通信を繋ぐ特務准尉に就いている。
異例の抜擢だった。
……というより、世界初?
昔々、ソフィアは電波塔を兼ねる寺院の放送局で働いていた。
ところがある日やってきたヨハンに、半ば無理やり軍隊に誘われる。
「俺といっしょにヒャッハーしようぜ! 戦争は楽しいぞ!」
ソフィアはすぐに訊き返す。
「魔界との戦争は終わって、もう平和なのに?」
するとヨハンは満面の笑顔で狂ったことを言う。
「次の戦争とその次の戦争のためだ!」
……なんなの? この変な人は。
電波塔での退屈な仕事に飽きていたソフィアは、つい興味をもってしまった。
……それが私の最初のまちがい。
……ただし、それは表向き。
……まちがい――ということにしておくの。
……私たちにとって〝都合のいい嘘〟
……これはないしょ――いわゆる軍事上の機密。
そして戦争。
帝国は大河を挟んだ〝魔界〟と蔑称する、もうひとつの大陸連邦国家と、10年に渡る世界大戦をしていた。
……長いから、魔界連邦ってみんな呼んでる。
……ヨハンは〝昨日と明日の敵〟だって言う。
前の戦争――世界大戦は戦線が膠着。
結局は講和条約が結ばれることとなった。
政治的な理由――つまり表向きの建前。
両国の中洲にある都市国家群が揃って帝国に恭順の意を表明したため。
……戦争はいつも戦場の外で勝敗が決まる。
……って聞いた。
間接的な原因――つまり裏の事情。
戦争末期に、まだ中尉だったヨハンの部隊が、敵の戦略兵器である移動式野戦砲台――列車砲を破壊したせい。
夜間に空挺降下で潜入して。
……私と出会う前から無茶ばかり。
この戦果を受けて帝国軍は即座に作戦を立てた。
より大規模で、広範囲にした強襲上陸作戦〝オーバーロード〟を計画した。
その〝極秘作戦〟を都市国家群の政府へ――意図的に情報を流したらしい。
……人間にしては賢い。
……人間らしい悪辣さ。
……外交儀礼の裏側はたいていこう。
戦争が戦場の外で決したことに、ヨハンはいたく憤慨したそうだ。
「俺の花火大会がぁあ! 都市国家の腰抜けどものせいで、台無しじゃねえかぁああ! 島国根性今畜生!」
彼は心の底から悔しがって、不謹慎にも泣き出す醜態まで晒したらしい。
……軽薄。
……野蛮。
……粗野。
……下品。
……もちろん褒めてない。
そして戦後となった今。
〝厄介ごと〟の後始末をするのが、ヨハン率いる、この遊撃小隊の仕事だった。
帝国の上層部――軍ではなく内閣経由で、新設されたと書類にはある。
実はさらに上意の〝勅命〟が下ったという噂も。
この部隊を運用するためだけに、欠番だった第99連隊ごと再創設されたという。
……つまり特例中の特例。
部隊の通称は〝ハーレークイン小隊〟
……語源は〝アルルカン〟で、道化師って意味。
……ふざけた名前。
ソフィアは率直にそう思った。
もっとも、ふざけているのは部隊の名前だけではない。
この小隊を率いる、隊長のヨハンこそが文字通りの中核だった。
彼には出生の秘密がある。
帝国を統べる〝神姫〟と称する、神の声を代弁する巫女であり最高権力者の双子の兄――すなわち皇族に連なる血筋だ。
……変な人ってこと。
……そうでしょ?
ヨハンの出生は書類の偽造をはじめとした、巧妙な政治工作によって秘匿されていた。
勿論、本人にも。
紆余曲折を経て〝神姫〟の口から、ヨハンに語られるまで。
もっとも、事実が漏洩したとしても誰も信じないだろう。
〝神姫〟とは絶対不可侵にして清廉潔白を、生涯を通じて体現する。
神聖にして清浄な聖女の双子の兄が、こんな人物だとは。
……信じられないのではなく、信じたくないだけ。
……みんなはなぜ、自分の心に嘘をつくの?
軍隊での生活は刺激的だが、騒がしくて男たちの喧騒がやかましい。
それが1年のうちだいたい365日と24時間を占める。
……つまりいつも。
なにより不潔だった。
ある日、ソフィアが、
「これがいちばん泡立ちがいい――お風呂にぴったり」と選んだのはヨハンが愛用しているマグカップ。
彼が全幅の信頼をよせる部下が、これにカプチーノを淹れてくれる。
小隊軍曹を務める、大柄で眼帯を付けた厳しい上級曹長――シニア。
恐れられているせいで、誰も彼を本名で呼ばない。
ヨハンですら。
陸軍で最も恐れられている筋金入りの軍人が――執事のように繊細な手つきでカプチーノを淹れてくれるのだ。
戦時中に出会って以来、この上級曹長はヨハンに付き従っている。
……40年も軍隊にいるのに。
……将校を見る目がないのかな?
ソフィアには2人の関係が不思議でたまらない。
お気に入りのマグカップを勝手に使われたヨハンは、
「なにしやがんだ!」と口では怒るが、彼はソフィアの楽しみを奪わない。
「ふう」
のぼせないよう、カップの縁に妖精の少女が腰かけた。
「っ!?」
それを見たヨハンは――慌てて引き出しから虫眼鏡を取り出した。
裸のまま、頭にタオルを巻いた――妖精の少女を見ながら彼は言う。
「この見物料でチャラにしてやる――アー・ビバ・ノンノン♪」
……裸くらいで?
……ふーん。
……安あがり。
「副官は若くて優秀でエロい身体をした女がいいな――素直で従順なのより、嫌がりつつも命令に従ってくれる女騎士ってのも、乙だ」
ソフィアは虫眼鏡のレンズの向こうにいるヨハンに訊く。
「あなたでも〝水は低きに流れる〟って言葉は知ってる?」
「万有引力を発見したやつの言葉だろ――馬鹿にすんな。それくらい知ってるっつうの。南半球で西から太陽が昇るのだって、俺は知ってるぜ」
……知らないならそう言えばいいのに。
……彼はいつもへそ曲がり。
ソフィアはヨハンの減らず口を聞き流すことに慣れてきた。
「ん」
そして間もなく、新任の少尉として弱冠17歳のミリアムが就任。
幼年学校の首席で家柄も名門、本人は文武両道で品行方正だ。
将来は近衛連隊の軽竜騎兵となるのが本人の希望。
また、その将来はほぼ確約されている。
ただし条件があった。
それは、この不可解な経緯で発足した、怪しい部隊〝ハーレークイン小隊〟と、その隊長を内偵する密命を達成することが条件だとあとでわかった。
ともかく。
ヨハンとはいつも口喧嘩が絶えず、軍隊はもっと賑やかになる――華やかさを添えて。
素行不良の小隊長の第一声といえばこれだ。
「そのスケベな乳袋に見合うだけの働きをしてくれよ――学級委員長殿」
「っ……善処します」
「ぱちぱちぱち」
ソフィアもいつもの無表情で手を叩きながら、ミリアムの就任を歓迎した。
彼らの初対面は穏やかに済んだ。
……ただし巨乳の女騎士という、不名誉なレッテルを貼られた新任の副官を除いて。
それからミリアムは、誰のせいかわかりきっている――規律の緩みきった部隊の綱紀粛正に尽力した。
ある日のこと、ヨハンの実力を訝しんだミリアムが彼に挑戦した。
それぞれ分隊を指揮して、野戦行軍と射撃訓練を経て点数を競うというものだ。
表向きは〝小隊の親睦会〟というレクリエーションとして。
「俺が勝ったら、なんかご褒美くれ! そこに2つ実ってる未踏峰でいいぞ!」
ヨハンの目はミリアムの胸に釘づけだ。
「っ!」
日々の積み重ねと、こうしたセクシャルハラスメントの連続で、ペースを乱されていたものの。
ミリアムは奮起して行軍ではリードした。
しかし後半の射撃訓練で、ヨハンの人間離れした射撃の腕前に敗北を喫する。
教官として判定を下したのは、この小隊の屋台骨を支える――軍歴40年に達する小隊軍曹、シニアである。
隻眼で偉丈夫の上級曹長は穏やかに言う。
「少尉殿――僭越ながら申し上げます。ご自身が率いた部下たちを御覧なさい。大尉のチームと少尉のチーム、どちらに余力が残っていますか? どうか、これをよい教訓として糧にしていただきたく存じます。必ずや、立派な将校になれましょう」
「……」
普段の言動は最悪なのに、ヨハンは演習や訓練時――〝状況開始〟の合図が下った瞬間から、驚くほど模範的で勇敢さを発揮してくる。
例えば、1列縦隊で行軍するときに、
「俺は真ん中で楽をするぜ♪」と軽口を叩いて、ヨハンは部隊の中央に移動する。
部下たちの列から3歩ほど離れた真横を彼は歩く。
これは野戦教範に則った行動だ。
……まるで別人みたい。
……スイッチでもあるのかな。
それ以外でも、ミリアムに射撃を教えているときだ。
彼女が的をはずすと彼は即座に、
「目の焦点を標的からフロントサイトに移してみろ」と助言した。
経験の少ない若い軍人は、標的にだけ集中しようとする。
小銃で遠い的を狙うときは、照門と照星をまっすぐ標的に重ねる。
なおかつ、目の焦点を照星に合わせたほうが当たる。
「拳銃のときと逆で、右手のグリップはあんま高い位置を握るなよ。その方がほっぺたと銃床の収まりが良くなるから――あと力を抜け。いっそ親指を離してみろ」
引き金のコントロールに神経を集中させるため、あえて右手の力を抜く。
意図的にそれが行えるように、親指を離すのは狙撃手も行う技術だ。
「……」
ミリアムは助言に従って引き金を絞った。
「ヒット――次もヒット」
弾丸は的を射抜いた。
「引き金はソフトタッチでエロくお触りしてやれ――焦らす感じで。なんたって、感じやすいお年頃だからな。射撃の秘訣はスケベの修行にありだ」
相変わらず口を開けば最低だが――行動は常に軍人、将校として正しい。
直後にヨハンは、ミリアムが苦戦した的を自分の銃で次々に連射して射抜く。
「1個1個をその都度、狙ってバキュンじゃ追いつかないぜ――舌で舐るように、銃口で的をなぞるんだ」
……別の言い方をすればいいのに。
……やればできるはず。
……どうしてそうしないの。
それがミリアムをよけいに苛立たせていると知っていて。
別の日の午後。
「大尉! なにをしてらっしゃるのですか!」
「なにって、見りゃわかんだろ? 仕事サボってんだ」
「まったくもう! また、こんなに書類を溜めてるんですか。小官まで大佐に叱られるんですよ?」
「それが副官の仕事だろ」
「違います! 絶対、違います!」
軍隊はいつも騒がしい。
しかし、不思議と居心地は悪くない。
素行不良の大尉と巨乳の女騎士の漫才を横目に。
ソフィアは今日もお風呂でひと息入れる。
ヨハンのマグカップを勝手に拝借して。
……私のだもん。
……今だけは。
ハーレークイン小隊の初任務が決まった。
緩衝地帯で無謀な冒険に出て、行方不明になった若者の救出。
対象者は門閥貴族の子息で、冒険者ギルドの広告塔。
緩衝地帯での作戦――つまり軍隊の立ち入りが禁じられている地域だ。
敵はもちろん、味方であっても見つかればただではすまない。
初めての任務が、いきなり実行難易度が特A級の命令とは。
試金石にしても意地が悪い。
……私たち、嫌われてる?
……きっとヨハンのせい。
不可能に近い命令の遂行を強いられて――ヨハンは最初から正攻法を却下した。
冒険に出た若者の個人情報が救出に不可欠とわかるなり、
「よっしゃ! ギルドへ盗みに行こうぜ!」と隊長は張り切った。
「何を言ってるんですか! 大尉!」
慌てて止めるミリアムにヨハンは、
「大丈夫だって――殺すのは生命保険に入ってるヤツだけだ。それなら、誰も損はしないだろう?」と暴言を吐いた。
それから彼は、銀行でごく小規模の放火をしろと部下に命じた。
火事の騒ぎを陽動に、自分たちが盗みに入る手筈を整えたようだ。
……そう。
……犯罪を隠すために別の犯罪をするんだ。
……人間は小細工が巧い。
……人間というよりヨハンが?
さらに彼らが周到だったのは、救出の対象者だけではなく――他のギルド会員の個人情報まで盗んだことだ。
……ふーん。
……悪いコトって、こうやればいいんだ。
……真似しちゃだめ?
「コイツのだけ盗んだら――俺たちが犯人だってバレちゃうじゃん」
「木を隠すなら森?」
ソフィアがそう訊くと、彼は不要な情報を全て燃やしてしまう。
「灰は灰に♪」
「……」
ミリアムは呆れて物が言えない、といった様子でうなだれていた。
無事に初めての実戦が始まった。
……無事?
……無事ってなんだっけ?
高高度――2万8千フィートの上空。
偽装コンテナを、ハーキュリーズ級大型飛竜に抱えてもらい出撃した。
〝夜間実弾演習〟と称して。
ヨハンは真っ赤な古ぼけた私物のラジカセを持ち込んで――飛竜の抱えるキャビンの外部入力端子に繋いだ。
秘密任務だというのに、
「最初の盛りあげが肝心だ!」と言って。
その上、余計なひとことを付け足す。
「お前さんたちも、初体験はロマンチックなのがいいだろ? 俺に任せろ!」
ヨハンがそう言って、ソフィアとミリアムを見た。
ソフィアは無言で首を傾げる。
「……」
「大尉! そういうのはやめてください! 作戦前です!」
清楚な新任の副官は抗議したが、彼に無視されてしまう。
そしてキャビンに流れてくるのは――古典的なロックンロールのロングトールサリー。
メアリーおばちゃんにチクるんだ♪
ジョンおじさんがまた浮気したぞ♪
この自虐ネタに飽きちゃっただろ♪
ならこっちで暴露してやるからさ♪
ヨハンが歌うと、彼に続いて部下の下士官や兵士たちも悪乗りする。
オー・ベイビー・イエイヒーハー♪
うー☆ フー・ベイビー・イエー♪
夜のお楽しみ会が捗るぜ イエー♪
「ヒャッハー!」
……私は歌わない。
……ミリアム少尉も。
……でも、このサックスのリフは好き。
サリーって女が無駄にいい身体だ♪
おじさんの好みに、ドンピシャで♪
オー・ベイビー・イエイヒーハー♪
うー☆ フー・ベイビー・イエー♪
夜のお楽しみ会が捗るぜ イエー♪
「ヒャッハー!」
……うるさい。
……男子校の修学旅行?
……ううん、それ以下。
〝間もなく降下2分前――各自装具を再度点検せよ。音楽と乱痴気騒ぎをやめるがいい。ハーレークインのお調子者ども〟
ヨハンたちを運ぶ、ハーキュリーズ級大型飛竜の声がした。
「よっしゃ――お嬢さんたち、マスクつけろ」
そう言って彼は立ちあがり、ミリアムが身につけた背中と胸の前の落下傘を調べた。
確認して親指を立てると、次は自分の背中を晒す。
ソフィアを除いた全員が、それぞれ同じことをしている。
〝減圧開始〟
「後部ハッチ、オープン! 後方注意! 後方注意!」
シニアが告げて降下用のペイロードハッチが開いていく。
緩衝地帯に軍隊が入ったことが発覚しないように、深夜に高高度を飛行する飛竜から彼らは自由落下するのだ。
高高度降下、低高度開傘。
HALO――ヘイローと呼ばれる手法だ。
人間と違って、妖精であるソフィアにパラシュートはいらない。
〝ハーレークイン――グリーンライト、グリーンライト〟
緑色の信号が点いて、
「ゴー! ゴー!」とシニアが身振りを交えて、全員に合図を送った。
ヨハンをはじめとしたハーレークイン小隊は全員、次々に規則正しく空に舞う。
それを見届けてから、シニアはハーキュリーズに敬礼して自分も跳ぶ。
「!」
降下中に見た夜空に、ソフィアは漆黒の中できらめく満天の宝石箱を捉えた。
ソフィアの赤い瞳がルビーよりも輝く。
とても綺麗だった。
言葉にならないほど。
……これから戦争に行くのに。
……私もちょっと不謹慎。
ソフィアはヨハンと違って少しだけ反省した。
最初の任務はすぐに終わった。
別の任務。
戦いの中で本物の〝魔族〟と出会って、彼女は危うく死にかけた。
……何が起きたか、順番に整理する。
その魔族は魔力を媒介に天候に干渉し、雷雲を呼び寄せる魔術が得意だった。
連続した雷をほぼ任意の場所に落とす大きな魔法――アストロミック・スペルを使うと警告してきたのだ。
「抵抗は無駄だ――降伏したまえ」
そう魔族は言った。
穏やかで、変声期を迎える前の少年の声で。
そのとき、副官であるミリアム少尉は大怪我を負っていた。
運悪く、木に当たった跳弾が脇腹に当たったらしい。
よりにもよって医療担当の彼女に。
辛うじてヨハンのチームが援護に間に合い、敵の増援は撃退できた。
しかし〝魔族〟がまだ残っていた。
敵の降伏勧告に対してヨハンは、
「話が長い! ラジオ伝道師かよ! 死ね!」と言って銃撃した。
しかし、銃弾は全て無効化されてしまった。
「今畜生! ズルいぞ!」
魔族の周囲は空気の層と真空の層が幾重――何千にも及ぶ、魔法の障壁が意図的に張り巡らされている。
そのせいで弾丸が当たらないのだという。
真の魔族が操る強大な魔力の前では、近代兵器は力不足だと思い知らされた瞬間だ。
……私にはもうなにもできない。
……ここで死んじゃうの?
……でもひとりぼっちじゃないから。
……ちょっとマシ?
ソフィアが死を予感しはじめたとき。
隣にいたヨハンはすぐに次善策を立てた。
「上空のホッグチームを呼び出せ!」
「ん――繋いだ」
〝デクレア――我らはホッグ飛行中隊である。そちらの認証コードを告げよ〟
「ホッグ中隊――こちらはハーレークイン、ナイナー。認証コードは〝栄光の悪意と最悪の幸運〟確認して」
〝確認――指揮官に代わるがいい〟
通信の中継を担当するソフィアは親指を立てた。
端末水晶――帝国の誇る暗号通信器に向かって彼は呼びかける。
「ホッグワン! ホッグワン! こちらハーレークイン・シックスだ! 至急、近接航空支援を要請する! ブレイク、爆撃座標は――」
状況を打破するため、ヨハンは近接航空支援の飛竜を呼んだ。
「南から侵入して、マーク84を全弾投下してくれ! 確認しろ!」
狙ったのは敵である魔族本人ではなく、自国のダムだ。
そこへ爆弾の雨を降らせるつもりらしい。
ホッグ級、近接航空支援型飛竜の爆弾搭載量は最大で7トン強。
重量と飛行バランスの関係で、マーク84と称される2000ポンド爆弾は1騎につき3発が限界だ。
〝ハーレークイン・シックスへ――了解した。これより支援を開始する。南から侵入。ブレイク、ホッグ・スリーはFACを務めよ。先行して、目標指示スモークを撃て。以後は貴官にBDAを一任する。残りは我に続け。マスターアーム・オン〟
〝ホッグ・スリー、ウィルコ――マスターアーム・オン。我は前線航空管制につき、しかる後に爆撃効果判定を行う。ブレイク、下のハーレークインたちに警告は?〟
〝無用――そもそもきやつらは、それどころではなかろう〟
繋いだままにしていた、航空支援飛竜――ホッグ中隊の通信がソフィアにも聞こえてきた。
「ホッグワン! ハーレークイン・シックスだ――聞いてたぜ、いいからさっさとカマしてくれ!」
〝ボムズ・アウェイ――ボムズ・アウェイ〟
そして間もなく、ダムに向かって9発の2000ポンド爆弾が投下される。
〝ホッグ全騎へ――こちらホッグ・スリー。効果あり、効果あり〟
〝もう一周まわる――次はマーク82を落とす。3騎で18発を全て投射せよ。我に続け〟
ホッグ飛行隊は、ヨハンの意図を理解したのか――破壊を促すためにさらに爆弾を投下するつもりらしい。
マーク82は500ポンドと小さい爆弾のため、数に物を言わせるのだろう。
この施設――ダムが破壊されれば被害額は天文学的だ。
下流の地域の復興に、はたして何年かかるかもわからない。
控えめに言って暴挙だろう。
……というより、大罪人。
……正義の味方じゃない。
……そういえば〝正義〟とか〝大義〟って言葉を――彼は使わない。
……代わりにいつも〝ヒャッハー〟って言うの。
部下たちにこの場を離れるよう指示を下しつつ、ヨハンは前線航空管制も並行して行うという離れ業をやってのけた。
「ハーキュリーズ! 東にトラフィックをとれ!」
ヨハンは別の飛竜に指示を出した。
ホッグ飛行隊の爆撃を邪魔しないようにするため。
いったい、どんな軍人がこんな判断を下せるのか――自国の最重要施設に、爆撃を誘導するなんて真似を。
ダムが破壊されたことで、突発的な土石流が発生した。
それを大質量の攻撃に転用して、魔族を撃退するのが彼の意図だ。
辛うじて〝魔族〟のアストロミック・スペルが発動する前に攻撃が命中した。
「ホッグ中隊――ハーレークイン・シックスだ。支援に感謝だぜ!」
〝いつでもどうぞ――貴公子殿下よ。ブレイク、ホッグ全騎、編隊を組む。方位135、高度5000で次のウェイポイントへ。空中管制に繋げ〟
南東に向かって、高度を稼ぎながら雄飛していく飛竜の編隊をソフィアも見た。
……私とみんなが助かった。
……彼らのお陰で。
ヨハンの咄嗟の判断で小隊は辛くも脱出できた。
小隊軍曹のシニア上級曹長が先行して、着陸地点を確保していた場所まで。
帰りの大型輸送飛竜、ハーキュリーズのキャビンで。
例によってというべきか、ヨハンの持ち込んだラジカセからは音楽が流れる。
明るい能天気なイントロが。
……不謹慎。
……わざと?
言わせないで あたしが未熟なんて♪
足元も覚束ないの あなたのせいで♪
マイペースでもいいじゃんそれが私♪
遠くへつれてって テークオンミー♪
賭けるなら、安牌なんて切らないで♪
遠くへつれてって テークオンミー♪
いなくなっちゃうよ 待たないもん♪
……無駄に歌詞が状況に合ってる。
……やっぱりわざとだ。
飛竜の抱えるキャビンの中でソフィアは訊く。
「こんなことをして大丈夫なの?」
「無事だったんだから、いいだろ? まあ、水に流せよ」
「泥水で?」
「戦場に綺麗事はないからな」
基地に帰ると、ヨハンは上官である基地司令からこってり叱られた。
……当然の始末。
……いつかバチが当たる。
ソフィアと違って、反省しない彼は大佐のシガーボックスから葉巻を盗み、
「残業代の前払いをしてもらってきた」と言って笑っていた。
それから少しの間。
大怪我を負ったミリアムが完全に回復するまでの短い時間。
小隊は平和を謳歌した。
その間に、ソフィアにとって――ミリアムも含めて大きな出来事があった。
基地で見つけた小さな闖入者。
「にゃーん」
足を怪我した野良猫との出会い。
……不細工で平べったい顔。
……不格好な短い手足。
……でもいいの。
……猫はみんなかわいい。
……人間と違って。
ソフィアの氷でできた赤い瞳と、ミリアムの燃える緑の瞳が真ん丸に輝いた。
ところが、
「捨ててこい!」とヨハンは一方的に命じた。
さらに彼はもっと冷酷な言葉を紡ぐ。
「捨てるのが嫌なら保健所だ! それも嫌なら射撃場の土嚢に生き埋めにしてやる! 俺は汚れ仕事が得意なんだ――たった今、得意になった」
ミリアムが悲鳴のような抗議の声をあげる。
「ご無体です! 大尉!」
ソフィアも口を尖らせる。
「最低」
これに他の部下たちも続く。
「くたばれ大尉!」
「パワハラ上官!」
「横暴な貴族!」
大ブーイングを浴びせた。
「うるせえ馬鹿ども! 軍隊が猫を飼っていいわけないだろ!」
「大尉、どうかご冷静に――諸君! この件はいったん保留する。今日のところは解散せよ!」
シニアの一喝で、いったんその場は収まった。
ヨハンは頑なに猫を拾うのに反対した。
軍隊が猫を飼うのは不適切だと。
彼にしては珍しい――というより初めての正論だ。
……猫も助けられなくて、帝国が守れるの?
正論を元にしたヨハンの命令――これに反発したのは、結託したソフィアやミリアムを軸とした、ハーレークイン小隊のほぼ全員。
ヨハンの怒鳴り声が今日も響く。
「無駄な抵抗をやめて、猫を捨てろ!」
ソフィアとミリアムは一計を案じた。
ヨハンの命令を無視するために。
……諦めない。
……絶対に。
後日のこと。
小隊のまとめ役である上級曹長――シニアが基地司令の大佐に何事かを上申したという噂があった。
「いいえ、小官は何も存じ上げません――ボーマン大佐の奥方様が、保護猫の活動にご熱心であらせられることなど、まったく初耳です」
シニアはソフィアとミリアムにそう言って微笑した。
……これが小隊軍曹の仕事。
……これでこそ帝国陸軍最先任上級曹長。
……だから彼がヨハンの部下に選ばれたの。
数日後〝猫の警邏活動を支援せよ〟という命令が下達されてしまう。
しかも基地司令、ボーマン大佐の署名入りで。
野良猫は〝ジェネラル〟という愛称を与えられた。
ジェネラル――将軍の階級を猫に冠する。
その意味するところとは、この基地で誰も〝彼〟に逆らえないという現実への悪趣味な冗談である。
基地の料理人は〝鶏肉が傷んでいる〟と嘘の申告をするようになった。
毎日2回、同じ時間に専用の容器に食材が〝廃棄〟される。
軍医は〝やむを得ない出張〟と称して、動物病院へ出かける――キャリーバッグを携えて。
そして基地の外でジェネラルを放つ。
正門の警備兵たちは〝侵入者〟を基地の中に追い詰める。
……よし。
……なにも問題ない。
……建前は。
ソフィアはジェネラルが仰向けに、無防備な姿を晒しているのを見つけた。
猫の毛皮を借りて、お昼寝をするのが新たな楽しみになった。
「……」
ミリアムの羨ましそうな視線にソフィアは気付いた。
……いいでしょ。
……ゴロゴロ言ってる。
……私もごろごろする。
その光景を、血なまぐさい泥臭い日々を過ごしてきた――職業軍人たちが微笑ましく見守るのも、この基地ならではの日常。
ただ、ひとりを除いて。
「今畜生! 今日こそ追い出してやる!」
ヨハンがまたも喚いた。
〝ジェネラル〟がカプチーノの泡を舐めたところを目撃したのだ。
猫を相手にしても彼は容赦がない。
ヨハンが拳銃を抜いて、薬室に弾丸を装填する音を聞き。
「にゃーん」
ジェネラルは士官の執務室を飛び出していった。
……ある意味で平等?
……建前を悪用するの。
……それが私たち。
次の〝厄介事〟は先日遭遇した魔族――魔界の王子の身辺警護だ。
彼は講和を結ぶ外交特使として、帝国を訪れることになっていた。
誰もやりたくない〝魔族〟のボディガードを、ハーレークイン小隊は軍の上層部に押し付けられてしまう。
「やあ、僕の名はサムエル――また会ったね」
本物の魔族は戦場以外で出会うと、屈託なく気さくな少年だった。
艷やかな浅黒い肌に、小柄な体躯。
それから大きな瞳に少し厚めの唇。
……少年なのは見た目だけ。
……それが魔族。
平和の使者としてやってきた、魔族の王子――サムエルが狙われるとヨハンは嫌々ながらも彼を助ける。
その夜、サムエル王子が泊まる予定だった20階建ての超高層ホテルが爆破された。
爆弾のせいで19階建てに〝リフォーム〟されたホテル。
しかし、そこにサムエルの姿はなかった。
爆破を警戒したヨハンが、直前に別の宿に移しておいたのだ。
上官に無断で。
ヨハンは、
「眠気覚ましをする」と言って、服を脱いでシャワーを浴びに行った。
バスルームから、彼の不謹慎な歌声が聞こえてくる。
よりにもよって〝焼夷弾を連想させる〟として、戦争中に放送禁止になった曲を。
前に知らないやつからこう聞いた♪
嵐の前の静けさっていう御託をさ♪
行けたら行くって意味と同じだろ♪
そいつが晴れたら雨が降るという♪
キラキラ光ってて綺麗な水だって♪
つまり焼夷弾は天気雨みたいだな♪
つまり焼夷弾は天気雨みたいだな♪
爆弾と乙女心はいつでも気まぐれ♪
この状況で。
しかもかつての敵国、魔族の王子を目の前にして。
この曲をわざわざ歌うなんて――歌詞まで勝手に変えて。
彼は何を考えているのか。
……考えてなんかいない。
……はず。
ミリアムがおそるおそるサムエルの表情を伺ったところ、
「ん? ああ、気にしていないよ――音楽はいつも国境を超えるからね。あのロックバンドは僕も大好きだから」と言って、微笑を絶やさない。
ヨハンのことを本心から気に入っているのか。
それとも悪趣味が共鳴したのかはわからない。
……両方?
味方の帝国軍の一部が、サムエル王子の暗殺を狙っている。
彼を害して戦争を再燃させようというのが、軍の主戦派の意図だ。
……なんでそんなに戦争をしたいの?
……なんで戦争をしたがってるヨハンが、それを止めるの?
「仕方ねえだろ――それが任務だ」
ハーレークイン小隊の任務にとって、帝国軍はもはや味方ではない。
陰謀に半信半疑だったヨハンも、ホテル爆破の件でそれが事実だと認めたようだ。
ヨハンは任務を達成するためならば手段を選ばない。
次にサムエルが狙われるとしたら帰路の列車だろう。
帝国軍の裏をかくために、ヨハンは当初の予定を独断で変更すると言い出した。
「しかし、どうやって王子殿下を国外脱出させますか?」
ミリアムが訊いた。
ヨハンはテーブルに置いてある新聞を開く。
「こいつだ」
魔族の王子を助けるために、彼が目をつけたのは自国の豪華客船だった。
「任務のついでに、このクルーザーでバカンスに行こうぜ」
ミリアムや上級曹長のシニアが口々に嗜める。
「そんな作戦、法を破ることになります!」
「民間の船舶の徴用には、様々な手続きが要ります――大尉、ご再考を」
信頼を置く部下たちの諫言だった。
ところがヨハンはそれらを全部却下した。
そして言う。
「法は破る――手続きは端折る」
「だから、どうやってですか!」
ミリアムが食い下がった。
するとヨハンはいつもの、戦場でだけ見せる冷たい口調で答える。
「銃を使え」
この時点で答えはわかっていたが、ソフィアが続きを促す。
「つまり?」
「ハイジャックだ――邪魔するやつは皆殺しにしろ」
ヨハンは期待を裏切らない。
良くも悪くも――いいや、たいてい悪い方向で。
「面白くなってきた」
とうとう、ソフィアはそんなことを口走ってしまった。
……私も毒されちゃった?
……だって、楽しいんだもん。
……ヨハンといるのが。
ハーレークインたちのダンス
次回予告
悪魔のヨハンがソフィアのために掘った、イタズラ用の落とし穴。
これを止めようと介入してきた天使のミリアムと2人が落ちた!
なんとも間抜けな黒白コンビを追いかけたソフィアだが……
そこは出口のないガラスの迷宮だった!
ヨハンの意地悪な〝遊び〟に無理やり付き合わされる妖精の女の子。
途中で出会ったミリアムと協力して迷路の脱出に挑む!
ヨハンの妨害をかい潜りながら、果たしてソフィアとミリアムは謎を解けるのか!?
次回〝とうめいめいろ〟をお楽しみに。




