第8話『バカ弟子』
【主な登場人物】
『師匠』
名前:マナ・アスター
性別:女性
種族:ハイエルフ(絶滅危惧種)
年齢:400歳オーバー
容姿:身長140cm エルフ耳 色白 華奢な体型
紫がかった白く長い腰まである髪 金色の瞳
服は白系のワンピースタイプの服が多め
外出時はその上に黒のローブとツバ広の魔女帽子
備考:一人称は「ワシ」 天才魔法技術者、及び魔術師。別名魔術おばけ。
王宮直属の魔術研究機関に勤めていた過去を持ち、数え切れないほどの魔術やそれに関する技術を開発した。
しかし、ものぐさな上に人嫌いであり、面倒事に巻き込まれる気配を察して逃げるように研究所を退職。
それ以来、研究者時代に稼いだお金で買った土地と森で、ダイナを拾うまでは悠々自適な一人暮らしをしていた。
未来から来たという大人になったダイナの話を聞いて強い後悔と責任感を覚え、共に未来を変えようとしている。
『弟子』
名前:ダイナ・アスター
性別:男性
種族:幻魔族(絶滅済みとされていた)
年齢:12歳
容姿:身長152cm(ケモミミを含まない) 狼のような黒い獣耳と尻尾 浅黒い肌 可愛い系な顔立ち 標準体型
赤みがかった黒色で前髪長めの無造作ショートヘア こめかみ辺りからは灰色で小ぶりな巻角 赤い瞳
冬以外は半袖半ズボンで居る事が多い 中でもドラゴンが刺繍された赤いシャツがお気に入り
学校へ行くときは、その上から学校指定の黒いフード付きローブを着用
備考:一人称は「僕」 マナの弟子にして、古に絶滅したとされる幻魔族の末裔の少年。
ある雨の日に、母親からの手紙と共にマナの家の前に置かれた籠の中に入れられていた。
12歳になって学校に通い始めるまで森の外に出たことが無く、少し世間の常識とはズレている所がある。
好きな事は読書と料理、マナに教えてもらう魔術の勉強。最近はそれに学校へ行くことも追加された。
マナの事はもちろん好きだが、その感情の正体や意味を本人はまだ完全には理解していない。
『もうひとりの弟子』
名前:デュオス(未来のダイナ)
性別:男性
種族:幻魔族
年齢:不詳(見た目は20代後半くらい?)
容姿:身長178cm(ケモミミを含まない) 狼のような白い獣耳と尻尾 浅黒い肌 すっかり大人の顔立ち がっちり体型
ストレスで真っ白になった長いやつれ髪 こめかみ辺りからは黒色で立派な巻角 本来赤の瞳はマナと同じ金色に偽装している
時間遡行の影響で部分的に真っ黒に変色してしまった身体を隠すため、長袖長ズボンでいる事が多い
外出時には、こっちに来てからマナに買い与えられた黒いロングコートを身に纏う不審者スタイル
備考:一人称は「俺」 マナと結婚した未来から来たというダイナ。
ある雷雨の日に落雷と共に全裸で家の前に現れ、不審者だと思ったマナに拘束・保護された。
同じ時間軸に現在と未来の同一人物が存在するという時間的矛盾の発生を回避するために、過去の自分であるダイナには記憶喪失という事で通しているが、ちょくちょく怪しまれている。
未来から来た理由は、この先に待ち受ける最悪の未来を変える為だという。
時刻は夕方。
下校の時刻となった為、マナはダイナを迎えにアステリア魔法学校までやって来ていた。
次々と下校していく生徒達の、少し不思議そうな視線を受けながら校門付近でマナが待っていると、程なくしてダイナがトロゴス校長と共にやって来るのが見える。
「あ……!師匠ー!」
「おやおや……ふぉっふぉっふぉ……。」
自分を迎えに来たマナの姿を確認するなり、たまらず走り出したダイナの姿に校長はなんとも微笑ましそうに笑い、マナへと小さく会釈をする。
「師匠っ!迎えに来てくれたんですね!」
「おっと……!くふ、当たり前じゃろう?」
走る勢いそのままに飛びついてくる弟子を、よろめきながらもなんとか受け止めたマナは優しげに目を細め、ダイナの頭を軽く撫でやる。
そこへ少し遅れて校長が追いつくと、被っていた白い帽子を取り改めてマナへとお辞儀をした。
「……どうじゃったウチのダイナは。何か大きな問題などは無かったか?」
「えぇ、もちろんでございます。やはり4年生の授業の内容も問題無くご理解なさっておられるようで……流石はアスター様のお弟子様と言わざるを得ませんな。」
そっとダイナを抱き留めながら今日の学校での様子についてマナが尋ねると、校長はそのシワシワの顔をさらにしわくちゃにして笑みを浮かべ、ひとりで納得するようにうんうんと大きく頷く。
「ふ……そうか。此奴は少し引っ込み思案な所はあるが、地頭の良さに関してはワシも目を見張る程の物があるからの。」
「えへへ……。」
愛弟子を褒められ満更でも無さそうな様子のマナと、そんなマナに褒めるように頭を撫で回され、ダイナはもっと満更でも無さそうに照れ笑う。
それから2人は校長に小さくお辞儀をした後、仲良く手など引きながら学校から離れるように少し歩き始める。
「……それで、どうじゃ?授業の方は問題無かったようじゃが、学友などは──?」
やはりマナとしても気になるのは授業よりもそういった交友関係の方なようで、それとなく尋ねようとダイナの方をちらりと確認した、瞬間。
何かに驚いたように、マナの動きがぴたりと止まった。
見ればそこには、何故かボロボロと静かに涙を流している愛弟子の姿があったからだ。
「どっ!どうしたダイナ!?どこか痛いのか!?」
「えっ……?あっ……。」
「な、なんでも……っ何でも無いですから……!」
血相を変え酷く心配するような表情を向けてくるマナを見て、そこで初めてダイナは自分が涙を流している事に気がついたらしく、濡れた自らの頬に触れては少し困惑したような表情を見せた後、それを誤魔化すように慌ててローブの袖で強く拭った。
「何でも無いわけあるかっ!学校で何か嫌な事でもあったか……!?」
「違っ!えと、それは全然っ!ただ、その……なんというか……。」
理由も無く涙を流す筈は無いと食い下がるマナの言葉に、余計な勘違いをさせまいとして強く否定するが、ダイナはどこか気不味そうにというか、気恥ずかしそうにマナから目をそらす。
「……師匠の……師匠の顔を見たら、何だか急に安心したっていうか……気が緩んでしまったというか……その……すみません。」
「っ……、……そうか。」
ほんの一瞬だけマナの方を見た後、再びじわりと涙が浮かび始めた瞳をゆっくりとそらし、小さな声で謝罪の言葉を口にするダイナ。
そんなダイナの反応を見れば、マナは少し安心したように小さく息を零した。
物心ついた時から今までずっとずっと師弟で暮らしてきたダイナにとっては、学校へと通うほんの半日程の時間であっても、マナと離れ離れになってしまっているという生まれて初めての状況が、本人が意識している以上に心細さや不安のような物を感じさせていたのだ。
つまりこの涙は、初めての学校生活という緊張によって何とか誤魔化されていたその気持ちが、マナの顔を見た事で緊張の糸が切れ、本心が溢れ出してしまった結果、という事だろう。
「……では、そろそろ帰るとするかの?家へ。」
「っ……はい!帰りましょう、師匠!」
涙ぐむ弟子の姿に感化されたのか、ほんの少しだけ瞳を潤ませたマナはそれを隠すように深く帽子を被り直すと、今はまだ自分と大きさもそれほど変わらないダイナの手をしっかりと握って、共に家路へと着くのであった。
◆◆◆
学校へと迎えに行っていたマナが、ダイナと共に森の小屋へと空間転移の魔術で戻って来る。
だが今回は、今朝のようなデュオスの出迎えは無い。何故ならばデュオスは今──。
「デュオス、今戻ったぞ。」
「お、おかえりなさい師匠、ダイナくん……。」
玄関扉を開くと、そこには何故か硬い床の上に正座させられているデュオスの姿。
首からは『反省中』と書かれた吊り看板を下げ、頬にはおそらくマナの物であろう痛そうなビンタの跡がくっきりとついていた。
「ただいま……です?」
自分が居ない間にこの人は一体何をやらかしたのかと、少し困惑したように返事をするダイナの、怪しむような視線がデュオスへと突き刺さる。
「デュオスさん、何したんですか……?」
「気にするな、放っておけ。彼奴にはあれがお似合いじゃ。」
「そ、そう……なんですね……。」
ひそひそとマナへ耳打ちするように詳細を尋ねるも、冷たくばっさりと切り捨てるようなマナの様子に、ダイナはそれ以上の追求は止めておいた方が良いと判断をした。
しょんぼりと頭を垂れ、耳を平たくしている悲壮感溢れる姿にどこか他人事では無いような雰囲気を感じたダイナは、マナが外出用のローブを脱いでいる間にそっとデュオスへと近づいていく。
「……あの、お弁当……ありがとうございました。美味しかったです。」
少し照れくさそうにしながらも、ダイナは囁くようにデュオスへと昼食のお弁当のお礼と感想を述べる。
するとデュオスは顔こそ上げないものの、その耳をぴくりと反応させしっかりとダイナの声を聞き届けた後、喜ぶように小さく尻尾を揺らした。
「ふ、まったく……。」
そんな二人の弟子の様子を遠巻きに観察しながらも、マナはどこか楽しそうに小さく笑うのだった。
◆
夜、初めての学校生活に緊張して、かなり体力を消耗していたらしいダイナは、余程眠かったのか一番に入浴を終えるとすぐに自室へと戻っていった。
そしてリビングには既に入浴を終え、ソファでくつろぐパジャマ姿のマナ。
そこへ今しがた入浴を終えたらしいバスローブ姿のデュオスが戻ってきて、マナの様子を横目に確認しながら、ゆっくりとソファへ腰を掛けた。
「……師匠、まだ起きてたんですか?早く寝ないと朝、起きられませんよ?」
「ああ……そうじゃな。」
今朝のやらかしもあり少し気不味そうなデュオスは、マナの機嫌を確認するように何気なく声をかける。
しかしマナはまだ怒っているのか、どこか上の空な気の無い返事をするばかり。
事態は思っているよりも深刻そうだと判断したデュオスが、落ち着き無く耳と尻尾を揺らす。
実は今朝、ダイナを送り届けて帰ってきてからマナは二度寝をしようとしたのだが、何を思ったのかデュオスはソファで眠るマナを吸おうとして、こっぴどく怒られていたのだ。
もちろん謝罪は既に十分していて、反省中の札も夕食前には取ることを許されていたの、だが。
「っ……えーと、師匠?今朝は本当に──。」
「ダイナ。」
今一度改めて謝罪をしようと口を開いたデュオスの言葉を遮るように、マナは弟子の名前を優しげな声で呟いた。
今ここには小さい方の弟子は居ない。
それはつまり、未来から来たダイナであるデュオスの事だ。
突然の事に少し驚きながらも、その獣耳をぴくりと反応させたデュオスは、恐る恐ると言った様子でマナの方へと目を向ける。
するとそこには、まるで聖母のように微笑みながら小さく手招きをするマナの姿があった。
「っっ……!……はい、なんですか?師匠……?」
何とも抗えない魅惑的な誘いに、勢いよく飛びつきたくなるのをぐっと堪えつつ、デュオスは少し距離を詰めるようにマナの隣へと座り直す。
ふわりと香る風呂上がりのマナの匂いに、デュオスの心拍数は自然と高まっていく。
「ひとつ、聞いておきたい事がある……。」
「は、はい……!」
「……以前にワシが、お主がこの時代に来た目的を尋ねた時。お主は、未来で失ったワシと娘を今度こそ護るため、じゃと言っていたな……?」
こちらへ目を向けないままに、静かな声でそう尋ねてくるマナの言葉に、デュオスは身体を僅かに強張らせながらも、ゆっくりと頷く。
それが自分の我儘以外の何物でも無い事も、デュオスは自覚している。
「それはつまり……具体的に言うと、どうなれば達成できる物なのじゃ?」
「え……っと、それは……。」
過去に来て師匠にさえ会えば全部、どうにかしてもらえると心の何処かで楽観視していたデュオスに、マナの鋭い質問が突き刺さる。
時間遡行に成功した実例が他に無い以上、過去を改変した事で発生しうる未来への影響など、デュオスにはもちろん基礎理論の提唱者である未来のマナにもわからない事だ。
だが、結論から言ってしまえばその未来は何も変わらない。
何故ならば、特定の時間軸から来た存在が未来へと戻っても同じ時間軸──つまり同じ最悪の未来にしか戻れないからだ。
いくら過去を改変しようとも、その結果として生じた無数の未来へと枝分かれこそすれど、既に確定した未来の事象が覆る事は無いのである。
「お主の知る未来のように、近い将来にワシとダイナが結ばれれば良いのか?」
「そ、そうですね……!そうしたら最終的にはキャロルが──!」
「じゃが、それでは今ここにいるお主はどうなる?」
「え……?」
重ねられた問いかけに肯定で返そうとしたデュオスの言葉を、再びマナの問いが遮る。
2人をどうにか救う事に必死で、そんな事など考えてもいなかったデュオスは、当然答えることができない。
「……実はな、この間から断続的に奇妙な夢を見ておるのじゃ。」
「未来のワシからの警告とでもいうのか……どうやら未来のワシは、ワシとダイナが結ばれる事を止めようとしているらしい。」
どうやら最愛の娘キャロルを失った未来のマナは、獄中で精神を疲弊させながらも行っていた時間遡行の研究の最中、『出会わなければ失うことも無かった』という考えに至り、そもそも娘が誕生しないように過去の自分へ向けて警告を発する事によって、過去を改変しようと目論んでいたようだ。
そしてマナはそれらを受け、仮にデュオスが望む未来の形へと現在のマナとダイナを導けたとしても、『未来のダイナが大切な家族を失ったという未来は変わらない』のではないか、と考えたのだった。
「仮にワシと現在のダイナが結ばれて、その先に娘をもうけたとしよう。」
「じゃがその時お主はどうする?目的を達成したからと未来へ帰るのか?」
「お主が元居た未来へと戻った所で、その未来にはワシも娘も既におらぬかもしれぬのじゃろう?」
「それは……っ!そう、かもしれません……けど……。」
そもそもこの過去改変計画には根本的に一つ、欠けている物がある。
それは、デュオス自身が救われるという結末だ。
時間遡行の魔術によって過去へと戻り、大切な人達を今度こそ守れるだけの力を過去の自分につけさせて、全てを見届けたら自分はそっと身を引く。
事実、デュオス自身そんな風な事を思い描いていた。
「それでも俺はッ……!師匠とキャロルさえ幸せなら──ッ!」
「たわけッ!!」
マナの放った鋭い平手打ちが、デュオスの頬へその日2回目となる赤い手形を作る。
最愛の者を失い、後悔と悪夢に苛まれながらもやっとの思いで過去へと来て、その結果として自分がどうなろうが、愛する者達さえ救われればそれでいい等とぬかす弟子をマナは許せないし、許すはずも無かった。
何故ならば師匠にとっては、未来から来た弟子もまた、愛すべき我が子であるからだ。
「一番頑張ったお主が救われぬのでは意味が無かろうがッ!」
「でも……ッでも……っ!」
「そんな事もわからぬのかッ!このバカ弟子がぁ……っ!」
「う、うぅ……!」
激昂したマナは立ち上がると、デュオスの両頬をその小さな両手いっぱいに包み込む。
その手の温もりにボロボロと大粒の涙を溢れさせながら、それでも言い訳の言葉を探すデュオスの頭を、マナは小さな身体でめいっぱいに強く抱きしめた。
「……共に探すぞ。最悪を回避して、その上でお主自身も救われる方法を。」
「っ……。」
優しく諭すように耳を撫でつける心地よい手の温もりを感じながら、デュオスは静かに頷き、それからもう少しだけマナの胸の中で泣いたのであった。




