第5話『大人の味』
【主な登場人物】
『師匠』
名前:マナ・アスター
性別:女性
種族:ハイエルフ(絶滅危惧種)
年齢:400歳オーバー
容姿:身長140cm エルフ耳 色白 華奢な体型
紫がかった白く長い腰まである髪 金色の瞳
服は白系のワンピースタイプの服が多め
外出時はその上に黒のローブとツバ広の魔女帽子
備考:一人称は「ワシ」 天才魔法技術者、及び魔術師。別名魔術おばけ。
王宮直属の魔術研究機関に勤めていた過去を持ち、数え切れないほどの魔術やそれに関する技術を開発した。
しかし、ものぐさな上に人嫌いであり、面倒事に巻き込まれる気配を察して逃げるように研究所を退職。
それ以来、研究者時代に稼いだお金で買った土地と森で、ダイナを拾うまでは悠々自適な一人暮らしをしていた。
未来から来たという大人になったダイナの話を聞いて強い後悔と責任感を覚え、共に未来を変えようとしている。
『弟子』
名前:ダイナ・アスター
性別:男性
種族:幻魔族(絶滅済みとされていた)
年齢:12歳
容姿:身長152cm(ケモミミを含まない) 狼のような黒い獣耳と尻尾 浅黒い肌 可愛い系な顔立ち 標準体型
赤みがかった黒色で前髪長めの無造作ショートヘア こめかみ辺りからは灰色で小ぶりな巻角 赤い瞳
冬以外は半袖半ズボンで居る事が多い 中でもドラゴンが刺繍された赤いシャツがお気に入り
学校へ行くときは、その上から学校指定の黒いフード付きローブを着用
備考:一人称は「僕」 マナの弟子にして、古に絶滅したとされる幻魔族の末裔の少年。
ある雨の日に、母親からの手紙と共にマナの家の前に置かれた籠の中に入れられていた。
12歳になって学校に通い始めるまで森の外に出たことが無く、少し世間の常識とはズレている所がある。
好きな事は読書と料理、マナに教えてもらう魔術の勉強。最近はそれに学校へ行くことも追加された。
マナの事はもちろん好きだが、その感情の正体や意味を本人はまだ完全には理解していない。
『もうひとりの弟子』
名前:デュオス(未来のダイナ)
性別:男性
種族:幻魔族
年齢:不詳(見た目は20代後半くらい?)
容姿:身長178cm(ケモミミを含まない) 狼のような白い獣耳と尻尾 浅黒い肌 すっかり大人の顔立ち がっちり体型
ストレスで真っ白になった長いやつれ髪 こめかみ辺りからは黒色で立派な巻角 本来赤の瞳はマナと同じ金色に偽装している
時間遡行の影響で部分的に真っ黒に変色してしまった身体を隠すため、長袖長ズボンでいる事が多い
外出時には、こっちに来てからマナに買い与えられた黒いロングコートを身に纏う不審者スタイル
備考:一人称は「俺」 マナと結婚した未来から来たというダイナ。
ある雷雨の日に落雷と共に全裸で家の前に現れ、不審者だと思ったマナに拘束・保護された。
同じ時間軸に現在と未来の同一人物が存在するという時間的矛盾の発生を回避するために、過去の自分であるダイナには記憶喪失という事で通しているが、ちょくちょく怪しまれている。
未来から来た理由は、この先に待ち受ける最悪の未来を変える為だという。
ダイナがマナとの街デートを楽しんだ日から、1週間後。
もはや完全にこの家に馴染みつつあるデュオスが、出来上がったばかりの朝食を両手にリビングへとやって来る。
そこでは、向かい合うようにテーブルについたマナとダイナが、何枚かの紙を机に広げながら何やら真剣な様子で話し合っている。
「はい、2人とも朝ご飯できましたよ~。汚れるといけないので、一旦書類は片付けてください?」
「少し待てデュオス、もう書き終わる。」
「えっと……名前と住所と……はい師匠!これで大丈夫のはずです!」
書面とにらめっこをしながら入念なチェックを終えたダイナが、完成したらしいそれをマナへと見せる。
それを受け取ったマナが軽く目を通した後、小さく頷いて指を鳴らすと、パタパタと紙がひとりでに折りたたまれ、便箋へと収まっていく。
「必要な書類はこれで良いはずじゃ。後はこれを学校へと送って……正式な入学許可が降りたら、本番じゃの。」
「結局行くことにしたんだな、学校。」
「……。」
「……ちょっとは愛想よくしないと、友達できないぞ?」
デュオスが空いたテーブルへと朝食を並べながら何気なく尋ねるが、ダイナはまだ少しデュオスの事を警戒しているような目で、睨み返すばかり。
そんな過去の自分の姿に小さく苦笑いを浮かべ、ちょっとした小言を漏らしながらも、デュオスはマナの隣の席へと着いた。
こうして並んでいると本当にマナとデュオスが夫婦のようにさえ見えてしまうが、ダイナからするとますます気に入らない光景だ。
「一応校長のトロゴスには話を通してあるが……学校ではお主は半獣人という事になっておるからな。くれぐれも、気をつけるのじゃ。」
「はいっ!気をつけます……!」
先日行った街デートでも、結局ツノの事について指摘をしてくる者は誰一人として居なかった為、幻魔族のツノに関しては曖昧をかけ続けてさえいれば問題は無いだろう、というのがマナの判断だ。
とはいえ、あまり魔術の扱いが得意とは言えない半獣人がわざわざ魔法学校へと通うとなると、目立ってしまう事は避けられない。
「あとは──。」
「師匠、学校の話も良いですけど……せっかくの料理が冷めてしまうので、先に食べませんか?」
「む、それもそうじゃの。では頂くとしよう!今日のも美味そうじゃな!」
「っ……!」
何か他に伝えるべきことはあったかと考えるマナに対し、話の腰を折るようにデュオスが口を挟む。
今日の朝食は、トーストの上にベーコン&スクランブルエッグを乗せた、シンプルながらも食欲唆るメニューだ。
それにまたもや邪魔をされたような気がしたダイナは、再びデュオスを睨みつけるのであった。
◆
朝食の後片付けをデュオスへと任せ、マナとダイナの2人はソファに腰掛けまったりとした時間を過ごしていた。
学校へと通う事を決めはしたが、やはりまだどこか緊張しているような面持ちのダイナへと、マナがそっと手を伸ばす。
「……くふ。学校へ通うのは、不安か?」
「っ……そういう、わけじゃ無いんですけど……。」
優しく撫でるようなマナの手つきに心地よさを感じ、ダイナは僅かに目を細めれば少しだけマナの方へと頭を傾ける。
ダイナが通う事になったアステリア魔法学校は、マナ達の暮らす森からはかなり離れた場所に位置している為、通常であれば遠方からの生徒用に校内に併設された学生寮へと移り住むのが望ましい。
しかし色々とワケあってそれが出来ないダイナは、毎日朝と夕方にマナに学校まで送り迎えをしてもらう約束になっているのだ。
「……僕が、もっと転移術を上手く使えれば師匠にこんな面倒を──。」
「こら。」
「ッ……!?」
迷惑をかけてしまう事を気にしているらしいダイナがそんな事をぼやきかけた、瞬間。
マナがダイナの鼻先をその小さな手できゅっとつまみ、それに驚いたダイナの動きがぴたりと止まる。
「子供がそのような事を考えるものでは無い……ワシは曲がりなりにも、お主の母親じゃぞ?」
「……すいません、師匠。」
なし崩し的に親となった筈の自分が親としての責務を語り、あげく自らを母親などと名乗っている事にマナ自身も内心で驚いていた。
しかしダイナはそんなマナの母としての優しさに、素直に甘え感謝する事ができないでいる。
それはもちろん、2人が本当の親子ではない事も少なからず関係しているのだろうが。
「はぁ……やれやれ……違うじゃろう?ダイナ。」
「え、あ……えっと……ありがとうございます、師匠。」
小さくため息を零せば、そこは謝罪ではなく他に言う事があるだろうと優しく諭すようにして、マナはダイナの顔を覗き込む。
するとダイナはそんなマナに驚き、少し目を泳がせたあとで、苦笑しながら言い直した。
「ん。」
それを聞けば、マナはそれで良いとばかりに満足げな笑みを浮かべ、わしゃわしゃと両手を使ってダイナの頭を撫で回す。
そんなマナの優しい手の温もりにダイナの尻尾は正直に反応し、ソファの表面をわさわさと撫でるように揺れている。
まったりとした憩いの時間、徐々にダイナの頭がマナの胸へと吸い込まれるように傾き始めていた、その時。
「──師匠、食後のコーヒーでもどうですか?」
「ん、コーヒーか?折角じゃからいただこうかの。」
「む……。」
コーヒーが入ったマグカップを片手に、朝食の片付けを終えてキッチンから戻ってきたらしいデュオスがマナへと声をかける。
いい感じの雰囲気だった所を邪魔されたダイナは、少し不貞腐れたような表情を浮かべながら、静かにソファに座り直す。
「じゃあ淹れてきますね。」
「ああ、砂糖は──。」
「2つですよね?大丈夫、わかってますよ。」
テーブルに一旦自分のマグカップを置き、キッチンへ戻るデュオスにマナが声をかけようとするが、彼はそのマナの言葉の続きをさらりと言い当てて見せ、不敵な笑みを浮かべた。
現在のダイナ以上に弟子として、そして夫としてマナと共に生きてきたデュオスにかかれば、マナの好みなどお見通しなのだ。
「ほう……。」
「っ……!」
「……ダイナくんも飲むかい?ああ、子供にはまだ早いか。」
そんなデュオスに少しばかり感心したような反応をするマナを見て、思わずダイナが強くデュオスの方を睨めば、デュオスは嘲笑など交えて挑発するようにそう返す。
当然、そんな煽りを受けて我慢などできる筈も無いダイナは、勢いよくソファから立ち上がる。
「の、飲めますよコーヒーくらい!馬鹿にしないでくださいッ!!」
「……ああ、そりゃ失礼。机にあるの、俺用のブラックだけど良かったら先に飲んでもらってもいいよ。」
啖呵を切ったダイナではあったが、当然コーヒーなどロクに飲んだ事は無い。
ましてやブラックコーヒーなど、普段は蜂蜜入りホットミルク派のダイナにとっては、正反対とも言える味だ。
だが悲しきかなダイナ・アスターは男の子。
ここまで言われてしまっては、もう引き下がる事など出来はしないのだ。
「じゃ、じゃあいただきます……っ!」
勇ましい足取りでテーブルへと近づけば、ダイナはデュオスが置いたマグカップを手に取る。
その真っ黒で深淵のようにさえ感じるコーヒーの水面に、緊張した彼の顔が映り込んでいる。
ここで躊躇をしてはデュオスに舐められてしまう。
勝負は一気につける。
そう決心して勢いよくマグカップを傾けたダイナ、だったが──。
「──熱ッ!?」
当然淹れたてのコーヒーがぬるいはずも無く、ダイナは案の定の反応をして危うくマグカップを落としかけてしまう。
その様子にニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべるデュオスは、もはや結果は見えたと言わんばかりにキッチンの方へと歩いていった。
そうして残されたダイナは、ちょっぴり目に涙を浮かべながらも、マナの方をちらりと確認する。
「……無理はせんで良いんじゃよ?」
「っ……大丈夫です!これくらい……ちょっと、熱くてびっくりしただけです……!」
苦笑交じりに心配するような表情を向けてくるマナに、浮かんだ涙を誤魔化し腕で拭うと、ダイナは改めて漆黒の水面へと目を向ける。
そして今度は火傷をしてしまわないように、ふう、ふうと息を吹きかけよく冷ましてから、ゆっくりとマグカップを傾けた。
「……っ~~!(苦い……ッ!全然……ッ美味しく、ない……!)」
「っ……そんなに慌てて飲まんと、もっとゆっくり味わって飲んだほうが良いのでは無いか?」
声にこそ出さないものの尻尾をぴんと立て、明らかに動きが固まってしまったダイナの様子に思わず笑いを堪えるマナは、静かにキッチンの方へと目を向けると、目があったデュオスへ小さく合図をする。
それからダイナに優しく声をかけて、一旦マグカップを口から離させるのだった。
「……はい師匠、砂糖2つ入りのコーヒーです、どうぞ。」
コーヒーを淹れ終えたデュオスが色違いのマグカップを2つ手に戻って来るが、何故かその手には一緒に未投入の角砂糖が3つ。
そのままマグカップといっしょに角砂糖をマナへとそっと手渡すと、デュオスは執事のように静かにソファの後ろへと下がった。
「うむ。ありがとうじゃ。……ダイナ、ちょいと。」
「は、はい……?」
突然マナに手招きされたダイナは不思議そうな顔をしながらも、ブラックコーヒーがまだ半分以上も残ったマグカップを片手に、ソファへと戻って来る。
そしてぽちゃぽちゃと何かが落ちるような音がしたかと思えば、マナは自分のマグカップに入っていたスプーンをダイナのマグカップへと突っ込んで、ゆっくりとかき回し始めた。
「師匠……?!」
「コーヒーはな、そのように苦しんで飲む物では無いぞ?ダイナ……ほれ、飲んでみよ。」
「い、いただきます……、……あ……。」
驚くダイナを他所にかき混ぜを終えたマナがスプーンを下げ、もう一度そのコーヒーを飲んでみるように促すと、ダイナは恐る恐るといった様子で再び口をつける。
するとすぐに、かき混ぜられ程よくぬるくなったコーヒーの、明らかな味の変化に気がついたようだ。
「くふ……別に砂糖無しで飲めたからと言って、何の自慢にもならんし……それが大人の証という訳でも無いのじゃよ?」
子供っぽく見られたくないというダイナの気持ちを見透かしたように笑うマナの後ろで、デュオスは淹れ直したブラックコーヒーをちょっと気恥ずかしそうに啜る。
「それに大人であるワシとて、ブラックよりは砂糖入りの方が好きじゃしの?」
「じゃからな、ダイナ。お主はお主らしく居ればよい。無理をして背伸びなどする必要は、無いのじゃよ。」
「師匠……。」
そのマナの言葉に、真の大人とは何たるかを垣間見たような気がしたダイナは、今一度自分のマグカップのコーヒーへと目を落とす。
師匠が入れてくれた角砂糖が3つ入った、少し甘めのコーヒー。
例え砂糖が入っていても、見た目はブラックと殆ど変わらない。
きっと大人とは見た目ではなく、その中身がどうあるかが大切なのだろう。
ダイナはマグカップを傾けながら、そんな師匠の優しさをしみじみと味わうのだった。




