第3話『過ち』
【主な登場人物】
『師匠』
名前:マナ・アスター
性別:女性
種族:ハイエルフ(絶滅危惧種)
年齢:400歳オーバー
容姿:身長140cm エルフ耳 色白 華奢な体型
紫がかった白く長い腰まである髪 金色の瞳
服は白系のワンピースタイプの服が多め
外出時はその上に黒のローブとツバ広の魔女帽子
備考:一人称は「ワシ」 天才魔法技術者、及び魔術師。別名魔術おばけ。
王宮直属の魔術研究機関に勤めていた過去を持ち、数え切れないほどの魔術やそれに関する技術を開発した。
しかし、ものぐさな上に人嫌いであり、面倒事に巻き込まれる気配を察して逃げるように研究所を退職。
それ以来、研究者時代に稼いだお金で買った土地と森で、ダイナを拾うまでは悠々自適な一人暮らしをしていた。
未来から来たという大人になったダイナの話を聞いて強い後悔と責任感を覚え、共に未来を変えようとしている。
『弟子』
名前:ダイナ・アスター
性別:男性
種族:幻魔族(絶滅済みとされていた)
年齢:12歳
容姿:身長152cm(ケモミミを含まない) 狼のような黒い獣耳と尻尾 浅黒い肌 可愛い系な顔立ち 標準体型
赤みがかった黒色で前髪長めの無造作ショートヘア こめかみ辺りからは灰色で小ぶりな巻角 赤い瞳
冬以外は半袖半ズボンで居る事が多い 中でもドラゴンが刺繍された赤いシャツがお気に入り
学校へ行くときは、その上から学校指定の黒いフード付きローブを着用
備考:一人称は「僕」 マナの弟子にして、古に絶滅したとされる幻魔族の末裔の少年。
ある雨の日に、母親からの手紙と共にマナの家の前に置かれた籠の中に入れられていた。
12歳になって学校に通い始めるまで森の外に出たことが無く、少し世間の常識とはズレている所がある。
好きな事は読書と料理、マナに教えてもらう魔術の勉強。最近はそれに学校へ行くことも追加された。
マナの事はもちろん好きだが、その感情の正体や意味を本人はまだ完全には理解していない。
『もうひとりの弟子』
名前:デュオス(未来のダイナ)
性別:男性
種族:幻魔族
年齢:不詳(見た目は20代後半くらい?)
容姿:身長178cm(ケモミミを含まない) 狼のような白い獣耳と尻尾 浅黒い肌 すっかり大人の顔立ち がっちり体型
ストレスで真っ白になった長いやつれ髪 こめかみ辺りからは黒色で立派な巻角 本来赤の瞳はマナと同じ金色に偽装している
時間遡行の影響で部分的に真っ黒に変色してしまった身体を隠すため、長袖長ズボンでいる事が多い
外出時には、こっちに来てからマナに買い与えられた黒いロングコートを身に纏う不審者スタイル
備考:一人称は「俺」 マナと結婚した未来から来たというダイナ。
ある雷雨の日に落雷と共に全裸で家の前に現れ、不審者だと思ったマナに拘束・保護された。
同じ時間軸に現在と未来の同一人物が存在するという時間的矛盾の発生を回避するために、過去の自分であるダイナには記憶喪失という事で通しているが、ちょくちょく怪しまれている。
未来から来た理由は、この先に待ち受ける最悪の未来を変える為だという。
未来から来たダイナ本人を名乗る男、デュオスがマナの家へとやってきた翌日の事。
その日も早朝から朝食の準備をするべく早くに起きたダイナが1階へと降りると、そこにはマナが急拵えで用意した継ぎ接ぎバスローブ姿でキッチンに立つデュオスの姿があった。
「……そこで何してるんですか?」
「ん、ああ……ダイナくん、おはよう。いやちょっと朝ご飯でもと思って……。」
強く睨みつけながら、明らかに警戒しているような声でダイナはデュオスへと話しかける。
本来であればそれはダイナの仕事であり、そこへ昨日来たばかりのデュオスが無断で立ち入るのは、ダイナにとっては何だかキッチンという大事な縄張りを荒らされているようで酷く気に入らない。
しかもデュオスは、ダイナ用のエプロンを無断で着用しており、それがますます彼の神経を逆撫でした。
「ッ……勝手な事しないでください!それに、それは僕の──ッ!」
強い怒りを顕にしながらデュオスへと近づけば、エプロンを奪い返そうとするダイナだったが、ふと鼻をくすぐった良い匂いがその足を止めた。
今デュオスが炒めているのはダイナが夕飯用にと作ったものの、昨晩は結局食べ損ねた野菜炒め、のはずなのだが──。
「(凄く美味しそうなソースの匂い……でも僕が昨日使ったのとは明らかに──。)」
元は同じ料理のはずなのに、そこへ加えられた見知らぬソースが激しくダイナの食欲を掻き立てる。
匂いも見た目も、自分が作った時よりも明らかに美味しそうに感じてしまって、気がつけばダイナはデュオスの手元のフライパンを覗き込むようにしていた。
同時に料理人としての格の違いのような物を見せつけられたような気がして、それまで自分の料理にそれなりの自信を持っていたダイナは、デュオスに謎の敗北感のような物を覚えたのだ。
「ああ、ごめん……エプロン勝手に借りたよ。」
「っ……~~~!」
ちょうど調理を終えたらしいデュオスは魔導焜炉の火を落とすと、その大きな身体には明らかにサイズのあっていないエプロンを外し、ダイナへと差し出す。
文句の一つでも言いたかった筈なのに、先に謝罪をされてしまってはそれ以上言葉をぶつける事はできないダイナはただ、そのエプロンを乱暴に奪い取ると逃げるように2階へと上がっていくのだった。
「はぁ、やれやれ……本当に可愛くないガキだこと……。」
◆
何やら泣きついてきたダイナに起こされる形でいつもよりは早めの起床を果たしたマナは、デュオス用の服などの生活必需品を調達すべく、朝食後に街へと出かける事になった。
「ではワシはちょいと街へ行ってくるが……お主ら、くれぐれも仲良くな?」
「はい、もちろんです師匠!行ってらっしゃいませ!」
「……。」
玄関先に立つのは2人の弟子。
にこやかに手を振ってマナを見送るデュオスと、その隣で未だへそを曲げている様子のダイナ。
既に当たり前のようにデュオスはマナの事を師匠と呼んでいるが、ダイナとしてはそんな事は簡単には許容できない。
「……ダイナ?」
「はい……師匠。行ってらっしゃい、です……。」
そんなダイナを見かねてか、マナがそっと呼びかけながら彼の頭をひと撫ですると、ダイナは少しだけ尻尾を揺らしつつも、拗ねるように小さく頬を膨らませる。
その様子にマナは小さく苦笑した後、ちらりとデュオスへ目配せをした。
「ん、では行ってくるぞ。昼までには戻って来るからのー。」
指を鳴らせば、彼女の姿は転移魔術によってその場から一瞬にして消える。
普段マナが買い物をしている最寄りの街までは大人の足でもそれなりの距離があるが、熟練の魔術師である彼女には関係のない事だった。
それから程なくして、家の中へと戻った弟子達。
ダイナの日課である家の掃除を、またしても勝手に始めようとするデュオスに、ダイナは強く威嚇してソファで大人しくしているように命令する。
「……邪魔です!足どけてください!」
「あーはいはい、こりゃ失礼しましたっと。」
大人しくソファに座っていたにも関わらず、明らかにわざと箒をぶつけて来たダイナに、最初は大人らしく対応しようと考えていたデュオスにも段々とイライラが募ってくる。
いかに12歳という多感な時期と言えども、当時の自分は流石にここまで攻撃的では無かったはずだ、などと考えるデュオスではあったが、その原因がデュオス本人である事にはまだ気づいていない様子だ。
「なぁ……ダイナくん。……師匠の事、好きか?」
「っ……何ですか?いきなり……。」
せかせかと苛立った様子で掃除するダイナを眺めながら、デュオスは唐突にそんな問いかけをする。
相変わらず不機嫌そうにしながらもその質問に思わず手を止めたダイナは、物凄く不審がるような目でデュオスを睨みつけた。
まさかこの男、師匠を狙っているのか?とでも言いたげな目だ。
「いや、昨日ちょっとだけ2人の事聞いてさ……捨て子だったんだろ?ダイナくんは。」
「だったら何です……!?」
まるで他人事のように白々しく語るデュオスだが、何も知らないダイナは今にも飛びかかりそうな程に威嚇して低く唸る。
血が繋がっていないから本当の親子ではないのか、などという段階は師弟はとっくに乗り越えている。
それでも赤の他人にそこを突かれるのは、彼にとってあまり気分が良いものでは無かった。
「まぁ落ち着け……別に馬鹿にしてるわけじゃない。」
「──ただ……いずれ君が大人になって、独り立ちできるようになったら、どうするつもりなのかな?って気になっただけだ。」
「どうするって……それは……。」
この国での成人とされる年齢は一応18歳だと定められている。
つまり現在12歳のダイナにとっては、あと6年だ。
あと6年したら師匠と共には暮らせなくなってしまう。
そう考えた途端、なるべく忘れようとしていた不安のような物が一気に込み上げて来て、ダイナは目にじわりと涙を浮かべ始めた。
「あー、いや……うん。不安だよな、わかるよ。」
「でもきっと君の師匠は……成人を迎えたからって君を追い出したりしないさ。」
「っ……なんでそんな事、あなたにわかるんですかっ……。」
「そう言われると、なんとなく……としか答えられないんだけど。」
不安を煽ったり共感したり、挙げ句にはなんとなくなんてふわふわした事を言い始めるデュオスに、ダイナは溢れかけた涙を手で強く拭うと再び睨みつける。
その威嚇っぷりに完全に距離の詰め方を間違えたと判断したデュオスは一旦口を閉ざし、マナが帰ってくるのを只管に待つのであった。
◆
あれからしばらくして、お昼前。
大量の買い物を済ませて帰ってきたマナは、よほど買い物で疲れたのかソファで横になっていた。
そのすぐ側の床では、何故か並んで正座をさせられている2人の弟子。
というのもマナが帰って来る少し前、今日何度目かもわからないダイナからの攻撃を受けたデュオスがついに爆発し軽く反撃。
それによって完全に抑えが効かなくなってしまったダイナがデュオスに飛びかかって、家の中で取っ組み合いの大喧嘩を始めてしまったのだ。
もちろんその結果家の中は酷く荒れてしまい、窓のガラスまでもが割れていた。
「お主らはもう……はぁ……。」
「すいません師匠……。」
「ごめんなさい師匠……。」
気怠げな様子で、じとりとした目を向けるマナに、大小の弟子達は只管頭を下げる事しかできない。
しかし、そうしてしょんぼりと頭と尾を下げ耳を平たくしているそっくりな2人の姿に、マナは本当にこの男は未来から来たダイナなのだという事を改めて実感していた。
その日マナは、買い物をしながら改めて考えていた。
何故昨日、家に施したはずの防犯魔術や自動迎撃魔術が正常に作動しなかったのか。
マナの編み出した防犯魔術である魂心波形識別法(通称魂心法)は、対象者の魂から出る個人事に異なる特殊な波形を用いて照合を行う物であり、従来の魔術を用いた変身や変装などによる偽装では突破不可能というその高い信頼性から、国内外を問わず様々な主要施設で採用されている。
結論から言えば、マナの施した魔術はどちらも正常に作動していた。
動かなかったのは単に、未来から来たダイナが既に現代のダイナとして魂心法による許可登録をされていたからだったのだ。
残る問題はデュオスはどのようにして未来からやってきたか、だが──。
「お主らはよほど気が合わんらしいのう?……ダイナ、お主は少し部屋に戻って反省してまいれ。」
「えっでもっ……!」
「ならデュオスにお主の部屋に行かせるか?」
「それは……嫌、です。……ごめんなさい、師匠……。」
何故自分だけがと不満そうな声を漏らすダイナだったが、嫌いな相手に部屋に入られるのはもっと嫌なようで、とぼとぼとした足取りで自分の部屋へと戻っていく。
それを確認したマナは今度はデュオスの方へと目を向けると、おもむろに指を鳴らして昨晩と同じ沈黙の結界を展開した。
その指の音にびくりと獣耳を反応させたデュオスは、顔色を伺うようにマナの方をちらりと見上げている。
「……では、話せ。」
「え……えーとですね……あいつがあまりにしつこく攻撃してくるもんでつい──。」
「違う、その事はもう良い。未来の事を話せと言っているんじゃ。」
「あ、ああ……それは、ええと──。」
身体を起こすなり、さしずめ尋問のような雰囲気で問いかけてくるマナに、デュオスは萎縮してしまいながらも、やがてゆっくりと語り始めた。
未来の世界の現状と、自分がこの時代に来た本当の理由について。
曰く、現在から約6年後、ダイナが成人を迎えた年。
彼は予てより秘めていた師匠への想いをぶつけ、紆余曲折ありながらも見事に結ばれる事に成功。
そこから4年後には待望となる一人娘のキャロルまでもうけ、それはもう2人そろって溺愛していた。
だがキャロルが16歳となったその年、古に絶滅したはずの幻魔族達が何処かより突然に現れ、マナらの住むこの国へと戦争を仕掛けてきたのだと言う。
彼らはこの大陸に生きる全ての他種族への復讐を掲げており、貴族も平民も、大人も子供も関係なく全てを焼き滅ぼして行った。
それは決してマナら家族も無関係な事ではなく、彼らの仕掛けた策謀によりキャロルが命を落とし、師弟もまた謂れなき罪によって捕らわれそうになる。
しかし既の所で自らを犠牲にしたマナによって何とか逃げ延びたダイナは、ひとり逃亡生活を送りながらも、どこかへ収監された彼女の行方を探す事に。
そして2年の後にようやくマナが収監されている場所を特定し急行したものの、そこにあったのは幻魔族達との戦争によって破壊し尽くされた廃墟だけだった。
絶望に押しつぶされそうになりながらも、何かにすがるような気持ちで廃墟を探索し彼が見つけたのは、獄中のマナが死の間際まで研究をしていたと見られる時間遡行の魔術に関する研究レポートで──。
「──だから俺は、その師匠の研究を引き継ぐ形で時間遡行の研究を続けて……今度こそ家族を護るために今、ここに。」
「……師匠?大丈夫ですか?」
デュオスから一通りの話を聞き終えたマナは、そのあまりの情報量の多さというか、およそ信じられないような出来事の数々に、小さく口を開けたまま固まってしまう。
それは無理もない。
彼女にとっての弟子はもはや息子同然であり、例え今デュオスが言ったように想いを告げられたからと言って、それを受け入れるとは到底思えなかったからだ。
しかし実際、マナ本人さえも知らなかったようなホクロの事など、そういう間柄で無ければ知り得ないような事をデュオスは知っていた。
「あ、ああ……大丈夫じゃ。そうか、ワシがお主と……。」
だがもちろんデュオスが嘘を言っていない事は、マナにはすぐにわかった。
何故ならばダイナには嘘をつく時、必ず右耳だけが2回動くという癖のような物があったからだ。
昨日の尋問の時点で既にデュオスにもその癖が残っている事に気がついていたマナは、こうして話を聞きながらもじっと彼の獣耳を観察していたが、結果としてそこに嘘は含まれていなかったのである。
「……すまぬ、ちょいと1人にしてくれ。」
よほどショックが大きかったのか、どこか呆然とした様子でソファから立ち上がったマナは結界を解くと、ふらつきながら階段を登って自らの部屋へと戻っていく。
そして倒れ込むように自分のベッドへと飛び込んだ彼女は、自らが犯した過ちの大きさに気がついて、枕に顔を埋めながら軽く叫んだ。
決してそこに悪意など無く、数百年もひとりで暮らす事に慣れきっていた彼女はただ単純に知らなかったのだ。
大切な物を外界から隔離する以外の護り方を。
それによって育てられた子が、どのような成長を遂げるのかを。
「あぁ……ワシは──。」
彼女の犯した罪は、弟子に本来あるべき筈だった未来への選択肢を、護るためと言って身勝手にも狭め、結果としてそれ以外の選択肢を与えなかった事。
同時に、その過ちに気が付きながらも対処する事を諦めて、自らの身を捧ぐ事で彼に対する贖罪を果たそうとした事。
何より全てが手遅れになってから初めて、それら全てをやり直そうとしていた事。
そんな強い後悔と絶望にも似た悲しみが彼女の胸を激しく締め付けていた、その時。
「……師匠?」
扉をノックする音の後、そっと心配そうに顔を覗かせたのはダイナだった。
どうやら先程の叫び声が隣の部屋で反省していたダイナには聞こえてしまっていたらしい。
彼もまた部屋で少し泣いていたのか、その赤い瞳は僅かに潤んでいた。
「ダイナ……っ……。」
「わっ……!師匠……?」
ベッドまで近づいてきたダイナを、マナは理由も言わず思い切り抱きしめる。
突然の事に驚きながらも嬉しそうに尻尾を揺らして抱き返すダイナは、その彼女の温もりを全身で感じて、何も知らず幸せそうに笑っていた。
今はまだそれほど背丈が変わらなくても、この子もそのうちデュオスのように大きくなるのだろう。
運命の分かれ道まであと6年。
このまま行けばきっと、同じ過ちを繰り返す事になる。
だけど、今ならまだ──。
「……ダイナ、今からワシと一緒に、街までお昼を食べに行こうか。」
「えっ……?ど、どうしたんですか急に?だって僕は……。」
これまで散々森から出ることを禁じていたにも関わらず突然そんな提案をしてくるマナに、ダイナは当然困惑の色を隠せない。
自分が希少な種族である事も、産みの母からの遺言によってマナが自分を独り立ちできるようになるまで育て、保護してくれている事も彼は理解している。
そして何より今までそれが当たり前だと思って育ってきた彼にとっては、その提案は魅惑的であるが故に未知で、簡単には受け入れ難い物だった。
「行きたく、ないか……?」
「い、行きたい……です!でもっ──!」
「なら行こう。ほら、支度をするのじゃ。」
「っ……わかりました、師匠。」
時折マナが話してくれる森の外の世界にダイナ自身、興味や憧れが無かったわけではない。
だがそれでも、彼が外に出たいとマナに乞う事は無かった。
それはもちろん自らの置かれている立場を理解していたこともあるが、何よりもマナに迷惑をかけたくなかったからだ。
弟子を大切に思うが故に危険から遠ざけ閉じ込め、師匠を大切に思うが故に自らの本心に蓋をする。
しかしその互いを思い合うが故に起こったすれ違いこそが、師弟にとっての最大の過ちだった。
斯くして師弟の運命は、デュオスという未来よりの介入者の登場によって今、大きく変わり始めたのである。




