幕間:『ダイナの夏休み(山編)』
【主な登場人物】
『弟子』
名前:ダイナ・アスター
性別:男性
種族:幻魔族(絶滅済みとされていた)
年齢:12歳
容姿:身長152cm(ケモミミを含まない) 狼のような黒い獣耳と尻尾 浅黒い肌 可愛い系な顔立ち 標準体型
赤みがかった黒色で前髪長めの無造作ショートヘア こめかみ辺りからは灰色で小ぶりな巻角 赤い瞳
冬以外は半袖半ズボンで居る事が多い 中でもドラゴンが刺繍された赤いシャツがお気に入り
学校へ行くときは、その上から学校指定の黒いフード付きローブを着用
備考:一人称は「僕」 マナの弟子にして、古に絶滅したとされる幻魔族の末裔の少年。
ある雨の日に、母親からの手紙と共にマナの家の前に置かれた籠の中に入れられていた。
12歳になって学校に通い始めるまで森の外に出たことが無く、少し世間の常識とはズレている所がある。
好きな事は読書と料理、マナに教えてもらう魔術の勉強。最近はそれに学校へ行くことも追加された。
マナの事はもちろん好きだが、その感情の正体や意味を本人はまだ完全には理解していない。
ずっと怪しんでいたデュオスの事を現在は「未来から来た自分とマナの子供」だと勘違いしている。
『おさぼりキャット』
名前:ミナ・ホロス
年齢:12
種族:半獣人
性別:女性
容姿:身長152cm 健康的な肌色 小柄ながらすらりとした体型
ふわふわ灰色ショートヘア 猫目 灰混じりの青瞳い 猫系の耳と尻尾 毛色も灰
基本的に学校では学校指定のローブに、ズボン姿で居る事が多い
備考:一人称はボク 中性的でミステリアス サボり魔
母がエルフ、父が獣人 魔術より身体動かすほうが得意 鶏肉が好物
同い年にも関わらず上級クラスに通っているというダイナに、少し思う所があるらしい。
とある一件以来、ダイナに明確な好意を寄せている。
【その他の登場人物】
名前:セレーナ・ホロス
年齢:不詳
種族:エルフ
性別:女性
容姿:身長172cm ふわりとしたピンクブロンドの長い髪 瞳は薄緑 すらりとした印象
備考:ミナの母 そこそこ良い所出身のお嬢様エルフ
少し変わった形の従者として契約していた獣人のコットと結婚し、ミナを産んだ。
基本的に放任主義でおっとりしているように見えるが、母としての実力は確か。
名前:コット・ホロス
年齢:30代?
種族:獣人(猫タイプ)
性別:男性
容姿:身長168cm 灰色の柔らかな毛並みに、灰色がかった青い瞳 ビシッと決まる黒の礼服
備考:ミナの父 代々ホロス家に仕えてきた猫獣人の一族の1人
魔術の扱いが苦手な事で散々苦労した経験から、娘のミナを魔法学校へと通わせている。
セレーナ同様ミナの事を溺愛しているが、当人からはちょっとウザがられているパパ。
夏休み早々、海である意味忘れられない思い出づくりを果たしたダイナは、あれからしばらくして約束通り家にミナを招き一緒に宿題をする事になった。
とはいえ宿題の内容的にはミナが1年生でダイナが4年生となる為、殆ど一方的にダイナが教える側になっていたのだが──。
「──そういえばミナさんって、この夏休み中にはご実家に戻られないんですか?」
「ん?あー……一応、戻るつもりではある……けど。」
筆記の宿題をあらかた片付けた休憩中、ふと気になったように問いかけてくるダイナの言葉に、ミナは少し考えるようにしてから返答する。
だがその様子からは、本当はあまり戻りたくなさそうにも感じられた。
どうやら彼女にも色々と複雑な家庭の事情があるらしい。
「ミナさんのご実家って、どんな所なんですか?」
「え、うーん……まぁ、普通のところだよ。ああでも山の中だから、周りが木ばっかりっていうのはちょっとここに似てるかも?」
まだ友達の家という物に遊びに行った経験の無いダイナは、割とミナの実家について興味津々な様子。
そんな彼に説明しながらも、ミナは実家の両親の顔を思い浮かべていた。
以前にダイナが聞いた話では彼女の母はエルフの魔術師であり、その従者として働いていた獣人の父と結婚し、その間に生まれたのが彼女なのだという。
「そうなんですねー……。(いつか遊びに行ってみたいな……でもきっと、遠いんだろうな……。)」
「……、……良かったら一緒に来る?」
「えっ?」
遊びに行ってみたいけど寮で暮らしてるって事はそれなりに遠いし、そうなったらまた師匠に迷惑をかけてしまうし、とダイナは1人で色々と考え込み続きの言葉をそっと胸にしまう。
しかしミナにはそんな彼の考えている事がわかるのか、何かを察したようにそんな大胆な提案をするのであった。
「だから、今度ボクが実家に戻る時に、キミも一緒に……っ。(あれ……もしかしてボク今結構凄いこと言ってる……?)」
改めて説明をしていて自分が結構な大胆発言をしてしまっている事に遅れて気がついたミナの声が、徐々にフェードアウトしていく。
そこでやっぱり冗談、なんて彼女が笑って誤魔化そうとした、その時。
「行きますっ!行きたいです!是非行かせてくださいっ!」
「っえ?あ……!う、うん……わかった。ママに連絡しておくね……。」
突然立ち上がる程に強く食いつき、期待に満ちたように目を輝かせるダイナの姿に、ミナはもはや撤回することができなくなる。
その後、買い物から帰宅したマナからあっさりと外泊許可を得たダイナは、人生初となる友達の家での外泊体験へと赴くのであった。
◆◆◆
ダイナとミナを乗せた馬車が、蹄の音を響かせながら曲がりくねった坂道を登っていく。
学校の校門前で待ち合わせた2人は、ミナの家からの迎えの馬車に乗り込みそのまま揺られ続ける事数時間。
早朝に出発したにも関わらず昼前になってようやく到着したのは、山の中腹に建てられた大きく古い洋館だった。
「んんー……っ!着いたぁ……!」
「お疲れ様ですミナさん。それにしても……大きいですね。」
馬車からぴょんっと飛び降りるなり、ぐぐーっと両腕を上に上げて伸びをするミナに、続いて馬車から降りたダイナは苦笑しながらも、目の前にそびえ立つ大きな建物を見上げ目を丸くする。
大きさだけで言えば学校の校舎くらいはあるのではないかと思われるその建物は、明らかに一般的な住宅の規模には収まってはいなかったからだ。
「えー?大きいだけだよ?……あ、荷物は部屋にお願い~。」
「(そうかなぁ……?)」
素っ気なくそう答えながらも、ここまで馬車を運転してくれた獣人種と思われる男性にミナがひらひらと手を振ると、男性は小さく会釈をして馬車で去っていく。
すると未だ唖然とした表情で馬車を見送っていたダイナの手を彼女が突然握った。
「ほらっ、ぼーっとしてないで!行くよ飛び級くんっ!」
「わ、あっ!?ま、待ってくださいよミナさん……!」
無理矢理に手を引かれるような形で屋敷の入口へと近づけば、大きな門扉がひとりでに開く。
どこかいつもよりもミナのテンションが高いように感じながらも、ダイナは彼女の手をしっかり握って小さく走る。
やがて彼女が屋敷の扉を元気よく開け放てば、そこに広がっていたのは如何にもといったような赤いカーペットが床に敷かれ、大理石で作られた壁や階段が眩しく輝く豪華絢爛な空間だった。
そしてその中央、広々とした玄関フロアに使用人と思われる者達を従え佇んでいるのは、ふわりと広がるピンクブロンドの長い髪が特徴的なエルフ種と見られる1人の長身女性。
「ママ、ただいまー!」
「おかえりなさいミナちゃん。それとこんにちは、貴方がミナちゃんの言っていたお友達……?よね?」
「は、はいっ……!?ダイナと言います!しばらくご厄介になります……っ!」
優しげな声で問いかける彼女は、2人が手を繋いでいる事に気がつけば何かを察したように苦笑する。
その事に気がついたダイナが頭を下げながらも慌てて手を離そうとするが、ミナにしっかり握られそれは叶わない。
「うふふ……とっても礼儀正しいのね。私はセレーナ、ミナちゃんのママよ。どうぞ、自分の家だと思ってゆっくりしていって頂戴ね。」
「きょ、恐縮です……わっ!?ミナさん!?」
「じゃあママ!ボク達は部屋にいるから!」
「あらあら……うふふ。」
そんな二人の様子ににっこりと微笑むセレーナに、ガチガチに緊張してしまっているダイナの手を、ミナはまたしても強引に引っ張り廊下を駆け出す。
やはり今日の彼女は久しぶりの帰省のためかどこかテンションが高いようで、いつもよりも元気なようだ。
そうして半ば引きずり込まれるような形でミナの部屋へと招かれたダイナだったのだが、入ってすぐにその部屋の広さにまたも驚愕する事となる。
「おぉ……──っ!?」
天井は高く窓は大きくベランダに出られるようにもなっていて、こんな事を言っては何だがとてもダイナの部屋とは比べ物にならない程広い。
そんなまるで別世界にでも来てしまったようにさえ感じるミナの部屋の大きさにダイナが立ち尽くしていると、彼女はまたも突然彼の手を引いたかと思えば、そのまま自らのベッドへと飛び込んだ。
「ふふーふ……どう?良いでしょ、このベッド。」
蹌踉めき前へと倒れ込むようにベッドへと着地したダイナに、ミナはどこか得意げな顔をしながら自慢のベッドをぽんぽんと叩く。
大きさも寝心地もそれまでダイナが経験した事の無いような上質さを持つそのベッドは、来てからずっと緊張気味だった彼の緊張を解すにはもって来いの代物だった。
「そうですね……身体が包みこまれるみたいで……凄く落ち着きます……。」
ごろりと寝返りを打って仰向けになれば、ダイナはそのあまりの寝心地の良さに落ち着きを通り越して微睡みさえ感じ始めてしまう。
するとミナはそんなダイナの横へ位置をもそもそと合わせると、並んで添い寝するような形を取った。
「……じゃあ、今日はボクと一緒にここで寝る?。」
「はい……それも……いいかも……。」
ミナはダイナが微睡み目を閉じ始めた頃合いを見計らって、さらりと提案をする。
当然眠気で既に意識が朦朧としてしまっているダイナは、よく考えもせず返事をしてしまう。
程なくしてダイナが寝息を立て始めたのを確認すると、どこか不敵な笑みを浮かべた彼女はいつかの時のように、するりと彼の上へと跨った。
「今回は絶対に、逃さないからね……。」
そう1人で覚悟を表すように呟くと、ダイナを起こしてしまわないようにしながらゆっくりと身体を前に倒し重ね合わせ始め、やがてはその鼻先同士がぶつかってしまいそうな程にまで近づいた、その時。
突然彼女の部屋の扉を何者かがノックする音が響き、あと少しの所だった彼女はやや不機嫌そうな表情を浮かべた。
「……はーい?」
「ミナ、入るぞ。」
ノックに対しミナが返答するなりすぐ扉を開けて入ってきたのは、彼女と似た毛色と青い瞳を持った獣人種と見られるすらりとした長身の男性。
顔立ちやその黒い礼服から飛び出た尻尾の特徴を見るに、猫のようなタイプの獣人だ。
「……ミナ、帰ってきたなら何故パパにもただいまと──?」
少し呆れた様子で小言でも言うように喋りだした男の言葉が、途中でぴたりと止まる。
それは無理もない。
久しぶりに最愛の娘が帰ってきたと思ったら部屋に見知らぬ男子を連れ込んでいた上、まさに今その男子の上に跨っているのだから。
「ただいまパパ。……じゃ、閉めて。」
「あ、うん……すまない……。」
娘に素っ気ない返事をされた上、まるで邪魔者を追い払うように手で追い払われた、ちょっとかわいそうなこの男こそは、ミナの母セレーナの夫にして彼女の父親である猫獣人のコットだ。
元はセレーナの従者という立場だった彼は、自らが獣人であるが為に魔力や魔術への適性が低く大変な苦労をした経験から、せめて娘のミナだけはと彼女を魔法学校へと入学させた張本人であった。
「──いや待て!?ミナ、何をしているんだ!?」
「……はぁ。」
「うぅん……あれ、僕いつのまに……ミナさん?」
言われた通りに一度部屋を出て扉を閉めたものの、やはりおかしいと遅れて気が付きコットは再び扉を勢いよく開け放つ。
その父にどこかうざったそうな表情を浮かべているミナの下では、扉の音で目を覚ましたらしいダイナが眠たげな目で彼女を見上げていた。
「おはよう飛び級くん。仕方ないから紹介するね……あちら、ボクのパパ。」
「……っ!?あ、え、えっと!初めまして!ダ、ダイナと言いますっ!そのミナさんとは──!」
渋々とばかりにダイナの上から退いたミナは、親指で父コットの方を指さす。
するとダイナは少し慌てた様子で身体を起こして立ち上がると、セレーナの時と同じように丁寧に挨拶をしようとした、のだが。
「──ぶっ殺ッ!!」
「えっ!?」
唐突に殺意をむき出しにしたコットがダイナへと飛びかかり、その獣人特有の鋭い爪を振るいあげる。
しかしそれよりも早く動いた彼女の容赦のない蹴りが、父の脇腹へと叩き込まれた結果、コットは轢かれた猫のような悲鳴を上げながら無惨にも床へと転がった。
「……そういうの、恥ずかしいからやめてね、パパ。」
そうして娘に蹴りを入れられた上に冷たく吐き捨てられたコットは、脇腹を押さえながら何も言わずに部屋を出ていく。
だがその去り際に向けられた鋭い眼光には、明確なダイナへの殺意が籠もっていたとか。
◆
あれからしばらくして、学校の長机よりも長いテーブルでミナの父コットに激しく威嚇されながら食事をするという初めての体験を終えたダイナは、一足先に入浴の時間を迎えていた。
そしてそんなダイナが、自分の家の浴室よりも何倍も広いホロス邸の浴室の大きさに落ち着かずそわそわしている頃、リビングでは──。
「それで、今回はどのくらい居られるの?夏休みいっぱいまでかしら?」
「それは長すぎるよママ……でもそうだなぁ、1週間くらい?(飛び級くんには4日くらいって言ってあるけど……良いよね?ちょっとくらい延長しても。)」
「あら、そうなのね。」
高級感溢れる白の丸テーブルを間にはさみ、まったりと紅茶などを楽しむ母娘。
幸いにも夏休みの宿題はそれほど多くは無く、帰省前に殆どを終わらせたおかげもあってゆっくりとした夏休みを過ごす事ができそうなミナは、この最大のチャンスを活かすべく色々と画策していた。
「ふぅ……で、彼とは……どこまで行ったのかしら?」
紅茶を一口飲んで小さく息を零した母セレーナが、優しげな表情のままちらりとミナの方へと目をやる。
するとミナの獣耳がぴくりと反応を示し、場に一瞬緊迫した空気が張り詰める。
「……まだ、付き合ってもないよ。(何回かちゅーはしたけど……全部ボクからだし。)」
「あらそうなの?とっても仲が良さそうだから、ママてっきり……。」
複雑そうな表情で目を伏せる娘の様子に、セレーナは小さく笑いながらもそれ以上の詮索をしない事にする。
それでも老婆心というか親心というか、ついつい口を出してしまいたくなるのが親という生き物だ。
「──ミナちゃん。」
「何?ママ。」
「男の子はね、鈍い生き物だから……ちゃんとまっすぐ伝えないとダメよ?」
「ふふ、なにそれ……?でも、ありがとう。」
まるで自分の経験談を語るようにして、母は娘へとアドバイスを送る。
それは、どれほどオシャレで遠回しな言い方をしても結局相手に伝わらなければ意味などなく、だったらより直接的に言い逃れも出来ないほどにまっすぐ強く気持ちをぶつけなさい、という母からの1人の女としての教えだった。
◆
入浴を終えた後、今日から寝泊まりする事となる客室へと使用人によって案内されたダイナは、そのあまりに広い部屋とベッドを目の当たりにして、またもやそわそわしていた。
それでもとにかく落ち着こうとその大きなベッドへ腰掛けると、ダイナはしばし部屋の中を見回してから何となく横になってみる。
やはり深く沈み込むようなベッドの感覚が、色々あって今日は緊張しっぱなしだったダイナの身体を癒してくれるように包み込む。
「(やっぱり寝心地いいな……このベッド。……でも僕の部屋に置くにはちょっと大きすぎるかも……。)」
そのベッドが本当は目玉が飛び出るような高級品である事など知らないダイナが、ぼんやりと天井を見つめながらそんな事を考えていると、程なくして瞼がゆっくりと下がっていく。
そこでふと、自然と頭に浮かんでくるのはミナの事。
この時すでにダイナにとっての彼女とは、マイペースでいたずら好きで、それでいて一緒にいるとなんだか楽しい不思議な存在になっていた。
そうして疲れと温もりに微睡んだダイナが、いつのまにか眠りこけてしまった頃。
静かに扉を開き部屋へと入り込めば、ベッドで眠るダイナへと忍び寄る影が1つ。
その正体は、いつか見たパジャマ姿ではなく、高級感に溢れる触り心地の良さそうなシルクのネグリジェに身を包んだお風呂上がりのミナだった。
「(ありゃ、飛び級くんもう寝ちゃってるや……。)」
すやすやと寝息を立てるダイナの顔を観察しながら、ミナはその胸に抱えた自分の枕をぎゅっと抱く。
どうやらダイナと一緒に寝るつもりでやってきたようだ。
「(まぁ、まだ1週間もあるんだし……明日でもいいよね。)」
なんて事を考えながら小さくあくびを噛み殺すと、ミナは徐にダイナのベッドへと潜り込んだ。
そんなこんなで次の日も、また次の日も何かと理由をつけては毎日ダイナと一緒に眠るミナ。
最初は驚いていたダイナも、朝目を覚ますと当たり前のように自分の隣で寝ている彼女に、もはやそれが自然であるかの如く受け入れるようになっていた。
しかし、肝心な方の進捗はと言えば──。
「っ……!(どうしよう……結局今日でもう実質最終日だ……明日には帰っちゃうよ!)」
「ここ、涼しいですね……。」
この1週間、これまで幾度となくチャンスはあった。
しかしその度に何かしらの妨害や彼女自身の足踏みなどによってその尽くを逃し続けて、気がつけば彼女に残された時間はもう殆ど無い。
そして恐らく、今こうして彼と2人きりでベランダにて涼んでいるこの時間こそが今回の帰省における最後のチャンスであろう事を、彼女自身も薄々勘付いていた。
暑かった夏も終わりに近づいて、山へ吹き下ろされる涼しい夜風が2人の尻尾を揺らす。
「そ、そうだね……つ、月も綺麗だし!」
「今日は満月ですかね……?まんまるですね。」
ミナがいつかに本で読んだような言い回しをしてみても、案の定ダイナには通じていなさそうだ。
それでも月は、行く末をそっと見守るように若い2人を優しく照らしている。
それから少しの間を置いた後で、ついに覚悟を決めたらしいミナが小さく息を吸い込んで、改めてダイナの方へと向き直る。
「……あのね!飛び級くん……ううん、ダイナくんっ!」
「ボク……実は、前からキミの事が──!」
頬が熱くなっていくのを感じながら勇気を振り絞って声を出し、ミナは俯きがちな目線をしっかりとダイナの方へと向ける。
するとそこには、少し驚いたような表情を浮かべながらも、真剣な様子で彼女の言葉の続きを待つダイナの姿があった。
だがそこで突然、どういうわけか逆にミナの方が何かに驚いたような顔をして、完全に言葉が途切れる。
「っ……と、飛び級くん……?それって……?」
「……え?」
彼女が震える指先が向けたのは、ダイナの頭部。
そのこめかみから生えている、本来見えてはいけないはずの1対の角だ。
それは、本来想定していた宿泊日数からの予期せぬ延長に加え、古来より真実を照らし出す神秘的な力があると言われている月の光によって、マナの施した曖昧の魔術による隠蔽が解けてしまった事による悲劇であった。
「角……?」
「ッ……!!」
困惑したような反応を見せるミナが口にした言葉によって、ようやく状況を把握したダイナは咄嗟に両手で角を覆い隠す。
見られてはいけないものをミナに見られてしまった。
そう理解すると同時に、ダイナは彼女に背を向ける。
今自分に対し向けられているであろうその失望の眼差しを、見たくないとでも言うように。
しかし──。
「──ねぇ。」
「っ!?ミナ、さん……?」
背を向けたダイナに対し何を思ったのか、突然そのまま抱きついたミナはそっと彼へと呼びかける。
それでも決して振り返ろうとはしないダイナの腹部へと手を回せば、彼女はまるでダイナを逃さないとばかりに両の手を強く結んだ。
「ずるいよ……。」
「え……?」
「ボクがせっかく勇気を出して想いを伝えようって時にさぁ!なんなの!?」
「ご、ごめんなさい……?」
不貞腐れ少し怒ったような声で、彼女はダイナの背中に強く頭を押し付けながら叫ぶ。
そんな彼女の気迫に押されて思わず謝罪してしまうダイナだったが、尚も彼女は許さないとばかりに力いっぱいにダイナを抱きしめた。
「キミはいつもそうだ!いきなりボクの目の前に現れたと思ったら、上級生なのに同い年なんてワケのわからない事言ってさぁ……!」
「キミの方がずっと魔術が上手いのに、落ちこぼれのボクなんかと仲良くしてくれて──!」
涙ぐんだ声のままそれまでの想いを全てぶつけるように語り始めるミナの言葉に、ダイナは抵抗する事もなく真剣にその獣耳を傾ける。
「そのくせしてボクより力は弱くって!今だって全然振り払えないし!」
「いっぱい……いっぱい迷惑もかけたのに……!ボクのためにお弁当作るなんて言って……!」
「それで極めつけは角!?ほんとキミってなんなのさ?!」
「……。」
少し息を切らしてしまう程に全力で想いを吐き出した彼女に、ダイナは強く下唇を噛み悔しさを滲ませる。
彼女からしてみればダイナは、同じ魔術適正の低い半獣人にも関わらず比類なき努力によって魔術の才を開花させた凄い存在なのだと信じていたのに、実はそもそも魔術に優れた違う種族だったと言うのだから、騙されたと考えるのも当然だ。
ましてやそれが淡い恋心を抱いていた相手の事だとなれば、その怒りと失望は計り知れないだろう。
事実、ダイナは既にどうすればそんな彼女に心の底から謝罪する事ができるか、という事しか考えられなくなっていた。
だが──。
「──なのにッ!……どうしようもなく、好きなんだ……。」
「ボクは……キミの事がッ……。」
「っ……!」
消え入ってしまいそうな震えた声で、最後の力を振り絞るようにミナはダイナへの思いの丈を吐き出し終える。
そんな彼女からの衝撃的な告白を受けたダイナは、喉まで出かかっていた謝罪の言葉を唾と共にごくりと飲み込むと、静かに彼女の手に自らの手を重ねた。
「……ありがとうございます。ミナさん。」
これ程までの想い寄せていてくれた事、そして正体を偽り騙していたにも関わらず尚も好きだと言ってくれたミナのその言葉に、ダイナは感謝の言葉を述べる。
すると彼のその対応に言葉では何も言わないミナではあったが、少しだけ腕の力を緩めると自らの手に重ねられた彼の手をしっかりと掴み直した。
「聞きたいのは……ありがとう、じゃないんだけど?」
「す、すみません……でも、えっと……その前に少しだけ、聞いて欲しい事があるんです──。」
振り返れば涙に揺れる青い瞳でじぃっと睨むように見つめてくるミナにダイナは小さく苦笑してから、やがてゆっくりと語り始めた。
己が何者であるのか、そして己に課せられた果たすべき使命の全てを。
「──という事でして……改めて、ごめんなさい。本当の事、黙っていて……。」
「……ふぅん、そっか。」
一通りを話し終え改めて謝罪するように頭を下げるダイナの姿に、話の途中から口が半開きになってしまっていたミナは少し遅れて飲み込んだような反応を示す。
片思い相手が実は絶滅種で、一緒に住んでるのは未来から来た息子で、しかもその母親は未来で彼と結婚した彼の師匠、なんて言われてすんなりと納得できる方が珍しいだろう。
だが同時に、あんなにもマナが自分と彼の仲を支援するような姿勢を見せていた本当の理由を理解した彼女は、考えを咀嚼するように十秒ほどかけてじっくりと考えた後、小さく息を零し改めてダイナの方へと顔を向けた。
「だから、すみませんミナさん……僕は──ッ!?」
「っ……は、……ダイナくん。」
三度謝罪の言葉を口にしようとするダイナに対し、それを阻むように突然ミナがその唇を強く重ね、少しして離せば静かに彼の名を呼ぶ。
そして呆気にとられて目を丸くしている彼に向かって、彼女は強く決意したような表情を見せながらゆっくりと口を開く。
「……キミが何者であろうと、何を考えていようとも、ボクはキミが好きだ。」
「多分それはずっと変わらない。そして……ボクはキミを決して諦めない。」
「だから──覚悟、しておいてよね?」
そんな完全に覚悟を決めたミナの堂々たる宣告を前に、告白やら正体バレやらで既にいっぱいいっぱいだったダイナはついにキャパオーバーを起こし、その場で静かにぶっ倒れた。
かくして一旦はミナへの返事を保留という形で預ける事となったダイナではあったが、果たしてこの先どうなる事やら──。




