第34話『ただいま修行中』
【主な登場人物】
『師匠』
名前:マナ・アスター
性別:女性
種族:ハイエルフ(絶滅危惧種)
年齢:400歳オーバー
容姿:身長140cm エルフ耳 色白 華奢な体型
紫がかった白く長い腰まである髪 金色の瞳
服は白系のワンピースタイプの服が多め
外出時はその上に黒のローブとツバ広の魔女帽子
備考:一人称は「ワシ」 天才魔法技術者、及び魔術師。別名魔術おばけ。
王宮直属の魔術研究機関に勤めていた過去を持ち、数え切れないほどの魔術やそれに関する技術を開発した。
しかし、ものぐさな上に人嫌いであり、面倒事に巻き込まれる気配を察して逃げるように研究所を退職。
それ以来、研究者時代に稼いだお金で買った土地と森で、ダイナを拾うまでは悠々自適な一人暮らしをしていた。
未来から来たという大人になったダイナの話を聞いて強い後悔と責任感を覚え、共に未来を変えようとしている。
『弟子』
名前:ダイナ・アスター
性別:男性
種族:幻魔族(絶滅済みとされていた)
年齢:12歳
容姿:身長152cm(ケモミミを含まない) 狼のような黒い獣耳と尻尾 浅黒い肌 可愛い系な顔立ち 標準体型
赤みがかった黒色で前髪長めの無造作ショートヘア こめかみ辺りからは灰色で小ぶりな巻角 赤い瞳
冬以外は半袖半ズボンで居る事が多い 中でもドラゴンが刺繍された赤いシャツがお気に入り
学校へ行くときは、その上から学校指定の黒いフード付きローブを着用
備考:一人称は「僕」 マナの弟子にして、古に絶滅したとされる幻魔族の末裔の少年。
ある雨の日に、母親からの手紙と共にマナの家の前に置かれた籠の中に入れられていた。
12歳になって学校に通い始めるまで森の外に出たことが無く、少し世間の常識とはズレている所がある。
好きな事は読書と料理、マナに教えてもらう魔術の勉強。最近はそれに学校へ行くことも追加された。
マナの事はもちろん好きだが、その感情の正体や意味を本人はまだ完全には理解していない。
ずっと怪しんでいたデュオスの事を現在は「未来から来た自分とマナの子供」だと勘違いしている。
『もうひとりの弟子』
名前:デュオス(未来のダイナ)
性別:男性
種族:幻魔族
年齢:不詳(見た目は20代後半くらい?)
容姿:身長178cm(ケモミミを含まない) 狼のような白い獣耳と尻尾 浅黒い肌 すっかり大人の顔立ち がっちり体型
ストレスで真っ白になった長いやつれ髪 こめかみ辺りからは黒色で立派な巻角 本来赤の瞳はマナと同じ金色に偽装している
時間遡行の影響で部分的に真っ黒に変色してしまった身体を隠すため、長袖長ズボンでいる事が多い
外出時には、こっちに来てからマナに買い与えられた黒いロングコートを身に纏う不審者スタイル
備考:一人称は「俺」 マナと結婚した未来から来たというダイナ。
ある雷雨の日に落雷と共に全裸で家の前に現れ、不審者だと思ったマナに拘束・保護された。
同じ時間軸に現在と未来の同一人物が存在するという時間的矛盾の発生を回避するために、過去の自分であるダイナには記憶喪失という事で通していたが、現在はダイナの思わぬ勘違いによって2人は父子という事になっている。
未来から来た理由は、この先に待ち受ける最悪の未来を変える為だという。
件の毒薬を持ち帰り、マナが解析を始めること数日。
思いの外難航しているようで、彼女は今日も朝から自室に籠もりっきりで作業に熱中していた。
その頃、何やら2人揃って家の前で何かしている弟子達は──。
「──よし、いい感じだ!もう1回!」
「はいっ!」
両手を小さく前へと構えるダイナが、向かい合うデュオスへ向けて元気よく返事をする。
いずれ来たる最悪の未来へ打ち勝つ為の準備として、弟子達は空き時間を見つけてはちょくちょく魔術の修行に励んでいるのだ。
これはもちろんダイナを鍛えるための修行ではあるが、それと同時にデュオス自身の腕を磨くための修行でもあった。
「しっかり狙え!でも時間をかけすぎるな!」
「はい!しっかり……狙うッ!」
デュオスが何度か指を鳴らすと、空中へ向けていくつかの光弾が放出され留まる。
するとダイナはその光弾へしっかりと狙いを定めて、正確にかつなるべく早くを意識して風刃を放つ。
現在ダイナが行っているのは魔術のコントロールと発動速度の向上を狙った的あて訓練だ。
未来のマナにみっちりと魔術師としてしごかれ続け、彼女とほぼ同じ発動速度で魔術を行使する事ができるデュオスに比べれば、現在のダイナはまだその何倍もの時間がかかってしまう。
魔術師同士での戦いにおいて、魔術の発動速度というのは命に直結する重要な要素であるため、多くの魔術師はいかにそれを短縮できるかを念頭に置いている。
「コントロールはまぁまぁだな……でも、速度はそれじゃぁダメだ。」
「う……はいっ。もっと早く、放つ魔術をしっかりイメージして……!」
手厳しいデュオスからのダメ出しにもめげること無く、ダイナは魔術の基礎を復唱する。
元より魔力の微細な制御力には秀でているダイナは、止まっている的ならほぼ全弾命中させられる程度にはコントロールが良い。
しかしやはり狙いをつけてから実際に魔術を放つまでの速度に明確な遅延が存在している為、動いている的相手では外してしまう事が多かった。
「(うーん……やっぱり、実戦形式のほうが早いか?)」
一生懸命ダイナが頑張っている事はデュオスの目から見ても明らかだったが、それでも未だ実戦で使えるレベルには遠く及ばない。
そこでデュオスは一人前の魔術師になるにあたって、かつて未来のマナから受けた超実戦的修行の事を思い出していた。
実際そのおかげもあって、発動速度だけならマナに並ぶ程の速さを身に着けたデュオスではあったが、その訓練を彼が受けたのは現在のダイナよりもっと後の事だ。
「よしわかった。じゃあちょっと……やり方を変えてみるか。」
「はい……?」
それでも物は試しという事でデュオスは両手で再び数回指を鳴らすと、自らの周囲に無数の光弾を浮遊させる。
デュオスが未来のマナから受けたのはそこそこ危険な魔法生物相手の本気も本気の実戦修行であったが、流石にまだ12歳のダイナに同じ事をさせるわけには行かない。
なのでこれはあくまで擬似的な物ではあるの、だが。
「今からこの光弾でお前を攻撃するから、それを撃ち落とすんだ。だが……あたったら死ぬと思え。」
「はい!……えっ!?は、はいっ!」
かつての修行の際に全く同じセリフをマナから言われた事をふと思い出し、デュオスは苦笑交じりにダイナへそう告げる。
もちろんこの光弾に殺傷能力は無い為、あたった所でダイナが怪我をする心配は無いのだが、だからといって決して無意味な事では無い。
何故ならば本当の戦闘においては、向こうも同様に攻撃を仕掛けてくるからだ。
「そら行くぞッ!」
「わ……ッ!(思ったより早い……ッ!?)」
小手調べと言わんばかりにデュオスはまず一つだけ光弾飛ばす。
しかしそれが予想以上に早かったようで、ダイナは早々に迎撃を諦めると即座に回避の姿勢に入る。
撃ち落とせる物と撃ち落とせない物を判断して、無理そうなら避ける。
それは実戦において命を左右する大事な判断力だ。
「ほら次だッ!」
「ッ……!(今度は2つ!でも後ろの弾はちょっと遅い!)」
続いて時間差で発射された速度の異なる2つの光弾。
瞬時に見極め判断したダイナは、1つ目を避けつつ2つ目の光弾を風刃で撃ち落とす。
この年頃のダイナだからこそ出来る、身軽な動きにデュオスは少し感心した。
「良いぞ!でもこれはどうだ?」
「4……っ!?(右に避け──いや左──ッ!?)」
更に増えた光弾の時間差&変化球的な軌道に判断が遅れ、ダイナは一瞬足を止めてしまう。
だがその一瞬は命取りとなるには十分で、何とか身体を捩り精一杯に光弾を避けようと試みるものの、そのうちの1つが彼の身体へと命中してしまった。
「ほい、今ので1回死んだ。……うーん、まだちょっと早かったか?」
「っ……もう1回!今のもう1回やらせてください!」
苦笑しながら頭をかくデュオスに、悔しそうな表情を浮かべるダイナは食らいつくように再挑戦を嘆願する。
そんな熱意が伝わってくるような本気の眼を向けてくる彼に、デュオスは何だか嬉しくなってにやりと笑った。
「……良いだろう。じゃあもう1回だ!」
「はいっ!(よく見て……焦らない……!)」
仲の良い親子がまるでキャッチボールでもするような感覚で、実戦形式ながらも2人はどこかこの修行を楽しんでいた。
今度もまた4つの光弾が発射されて、先程とはまた違った軌道を描きながらダイナへと迫る。
しかしダイナは今度は慌てること無くその軌道を良く見極めて、逆に身体の力を抜き必要最小限の動きで回避しようと動く。
「やった──あっ!?」
見事に全ての光弾を回避し、喜びでダイナの気が緩んだその瞬間。
後ろへと抜けていった筈の光弾の1つがUターンして戻ってきて、ダイナの胸を背中側からすり抜けた。
「油断するなっての。避けるのは良いけど、魔術によっては今みたいに後ろから戻って来る事もあるんだぜ?」
「うっ……すいません……。」
手元へと戻した光弾を指先でくるくると回転させながら、デュオスは再びのダメ出しをする。
だからこそ相手の攻撃はなるべく撃ち落として無効化してしまうのが最善策なのだ。
「それに今の、避けてばっかりで1つも撃ち落とせて無いだろ?」
「避けるだけじゃいつまでたっても勝てないし、動き続けるにも限界がある。」
「その通りです……でも、やっぱり今の僕じゃ……。」
くどくどとしたダメ出しに自信を喪失してしまったのか、弱音を吐きそうになるダイナを見かねてデュオスは深くため息を1つ零すと、ゆっくりと近づいてそのしょんぼりと畳まれた獣耳へそっと両手を置き、そして──。
「お前が弱気になってどうする!師匠を救えるのはお前だけなんだぞ!」
「わっ!?あっご、ごめんなさいっ!?」
わっしゃわっしゃと激しく頭全体を撫で回してくるようなデュオスの突然の行動に驚きながらも、その衝撃で浮かびかけていた涙が引っ込んだらしいダイナは、一度ぎゅっと目をつむると自信を取り戻したように顔を上げる。
ここで自分が折れてしまったら師匠も、そして将来生まれてくる筈の息子も守れなくなってしまうのだと。
「ん、泣き止んだか?」
「なっ、泣いては無いですよ……!でも……ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
未来から来たとは言え、体の大きさも魔術の腕もずっと上の自分の息子に励まされるという状況に、何とも複雑な気持ちになりながらもダイナはニッと笑って見せる。
この子の為にも頑張らないと、と決意を改めて固めた所でダイナがふと気になってしまった事が一つ。
「……そういえばデュオスさんって、歳はいくつなんですか?僕と師匠がいくつの時の……?」
「え、あー…………ッスー……いくつだったかなぁ……ちょ、っと時間遡行の影響で忘れちゃったかなぁ……。」
「……。」
中々危ない質問をされ咄嗟になんと答えるべきか迷った挙げ句、都合の良い記憶喪失を持ち出したデュオスに、ダイナの表情は半信半疑という所。
2人の子供であるキャロルの年齢から考えれば、少なくともデュオスは30を超えている筈なのだが。
「……ちょっと休憩がてら座学にしようか。ついでに師匠にお茶でも持っていってさ?」
そうしてデュオスは誤魔化すように話題を切り替え、質問から逃げるのであった。
◆
時間は過ぎてお昼頃。
昼食を作り終えたデュオスが、未だ部屋に籠もりっきりのマナを呼びにやってくる。
「……失礼しまーす。」
ノックをしても返事が無いのは、マナが作業に熱中している証拠だという事を知っているデュオスは、一応声をかけながら静かに扉を開く。
中では案の定、作業机に齧り付くように夢中になって作業をしているマナの姿があった。
少しマナの方へと近づけば、デュオスはすぐに声をかけるわけでもなく、じっと彼女のその小さな背中を見つめている。
ここに来たのはもちろん昼食の準備ができた事を知らせる為だったが、その前に彼にはひとつマナにどうしても聞いておきたい事があった。
それは先日の、馬車襲撃作戦を終えた帰り際の街デートにて、マナが尋ねたあの発言についてだ。
「(再婚するつもりは無いか……って、どういう意味だったんだろう。)」
「(多分、俺の幸せを考えての事なんだろうけど、それって──。)」
「──何を突っ立っておる、何か用事か?」
「っ!あっ、いえお昼ごはんが出来たので呼びに……。」
弟子からの熱い視線を向けられている事に気がついたらしいマナが不意に振り向くと、デュオスは少し驚いた顔をしながらも取り繕うように本来の用件を伝える。
真意を尋ねるにしても忙しそうにしている今でなくとも良いだろう、とデュオスは自らに言い訳するようにして喉まで出かけた質問を飲み込んだ。
「む……もうそんな時間か。わかった、一度下りるとしよう。」
「朝からずっと……?あれっ!お茶も飲んでないじゃないですか!」
「ああ、すまぬすまぬ。……ふう。」
時間を忘れるほど没頭していたマナは、1時間ほど前にダイナがお茶の差し入れにやってきた時も気の無い返事をするだけで、机の隅に置かれたお茶の存在をそのまま忘れていたらしい。
マナはそのすっかり冷めてしまったお茶を一気飲みすると、小さく息を零した。
「……作業に夢中になるのはいいですけど、適度に休憩もしてくださいよ?」
「わかっておる。じゃが、もう少しだけ……。」
「またそんな事言って……まったくもう……!」
幾度となくマナのそんな姿を見て側で支え続けて来たデュオスは、お茶を飲み終えるなり再び作業机へと向かおうとする彼女の脇の下へと手を滑り込ませると、そのままひょいっと攫うように持ち上げた。
「ぬぁっ!?な、何をする……!やめんか!」
「やめませんよー?ほら師匠、下で可愛い弟子がお腹を空かせて待ってますよ~。」
じたばたと暴れるマナを軽々と横に抱き上げると、デュオスはそのまま部屋を出て階段を降りていく。
見ればリビングでは既にテーブルについたダイナがマナの到着を今か今かと待ち侘びていた。
どうやらマナと一緒に昼食を取りたくて、彼女が降りてくるまで待っていたようだ。
「はーい到着。今持ってきますからね、そこを動かないでください?」
「ぬぅ……。」
「お疲れ様です師匠!作業の進捗はどうですか?」
半ば無理矢理に席に下ろされた不満げなマナを残し、デュオスはキッチンへと料理を取りに行く。
するとマナの到着に嬉しそうに尻尾を揺らすダイナがすかさず横から話しかけてきた。
「ん、まぁそうじゃの……大凡はどのような物かは把握できた。」
「流石です師匠!それで、どんな毒だったんですか!?」
「ふ……そんなに気になるか?仕方ないのう……実はな──。」
興味津々な様子のダイナに小さく笑いながらも、マナは簡単に件の薬の正体を説明し始める。
結論から言えばあれは一般的に言われる毒の類では無かった。
故に毒物としての反応が出ず、なおかつ解毒によって排出する事ができない。
そして薬がもたらす効果は、緩やかな衰弱。
もう少し正確に言えば、体内で生成される魔力を浪費させ食い潰す、というある種の呪いのような物だったのだ。
「魔力を……ですか?」
「うむ。ワシらのような魔力を体内に多く含む種は、魔力の使いすぎ等で極端に魔力が少ない状態に陥ると、体調を崩してしまう者が多いのじゃ。」
「そしてリュケウス王は妻を無くし気力も体力も大きく落ち込んでいる時にあの薬を盛られ、残った魔力さえもを蝕まれていた、というわけじゃな。」
生物が体内で魔力を生成するためには当然の事ながら、気力や体力などのエネルギーを消耗する。
そして魔力を含むそれら3つのリソースは密接な関係にあり、通常は互いに支え補う合うように巡っているの、だが。
外部からの余計な投薬によって魔力を浪費させられた結果、まず失った魔力を補うために体力を消耗し、その体力が消耗した事によって気力が低下し、気力が低下してしまった事によって魔力の生成量が減少する、という悪循環に陥ってしまったと考えられる。
「そうなってしまえば普通はそう長くは持たぬが……王の強い精神力というべきか、ソフィエルの献身的な治療のおかげと言うべきか、何とか命を繋ぐことが出来ておるようじゃな。」
「──それってつまり、薬を飲むのをやめれば王様は復活するって事ですか?」
「すぐに、というわけには行かぬじゃろうが、恐らくは快復に向かうじゃろうな。」
昼食の乗った皿を手に持って戻ってきたデュオスが横から口を挟めば、一瞬むっとしたような表情を見せるダイナだったが、すぐにまたマナの声に熱心に獣耳を傾ける。
その為にはやはりラギルの企みを明らかな物にし、薬の危険性を証明する必要があるのだが──。
「ま、ワシにできるのはせいぜい薬の解析結果を渡してやる事くらいじゃな……後は向こうで上手くやるじゃろう。」
あくまでラギルの事は王宮の問題であるというスタンスのマナは、自分はあくまでサポート役に徹するつもりのようだ。
そうして3人仲良く美味しい昼食を食べた後、夕方頃に全ての作業を終えたマナは留守を弟子達に任せ、ひとりソフィエルの待つ王宮へと結果の報告に向かったのだった。




