第30話『ねこのきもち(後編)』
【主な登場人物】
『師匠』
名前:マナ・アスター
性別:女性
種族:ハイエルフ(絶滅危惧種)
年齢:400歳オーバー
容姿:身長140cm エルフ耳 色白 華奢な体型
紫がかった白く長い腰まである髪 金色の瞳
服は白系のワンピースタイプの服が多め
外出時はその上に黒のローブとツバ広の魔女帽子
備考:一人称は「ワシ」 天才魔法技術者、及び魔術師。別名魔術おばけ。
王宮直属の魔術研究機関に勤めていた過去を持ち、数え切れないほどの魔術やそれに関する技術を開発した。
しかし、ものぐさな上に人嫌いであり、面倒事に巻き込まれる気配を察して逃げるように研究所を退職。
それ以来、研究者時代に稼いだお金で買った土地と森で、ダイナを拾うまでは悠々自適な一人暮らしをしていた。
未来から来たという大人になったダイナの話を聞いて強い後悔と責任感を覚え、共に未来を変えようとしている。
『弟子』
名前:ダイナ・アスター
性別:男性
種族:幻魔族(絶滅済みとされていた)
年齢:12歳
容姿:身長152cm(ケモミミを含まない) 狼のような黒い獣耳と尻尾 浅黒い肌 可愛い系な顔立ち 標準体型
赤みがかった黒色で前髪長めの無造作ショートヘア こめかみ辺りからは灰色で小ぶりな巻角 赤い瞳
冬以外は半袖半ズボンで居る事が多い 中でもドラゴンが刺繍された赤いシャツがお気に入り
学校へ行くときは、その上から学校指定の黒いフード付きローブを着用
備考:一人称は「僕」 マナの弟子にして、古に絶滅したとされる幻魔族の末裔の少年。
ある雨の日に、母親からの手紙と共にマナの家の前に置かれた籠の中に入れられていた。
12歳になって学校に通い始めるまで森の外に出たことが無く、少し世間の常識とはズレている所がある。
好きな事は読書と料理、マナに教えてもらう魔術の勉強。最近はそれに学校へ行くことも追加された。
マナの事はもちろん好きだが、その感情の正体や意味を本人はまだ完全には理解していない。
ずっと怪しんでいたデュオスの事を現在は「未来から来た自分とマナの子供」だと勘違いしている。
『もうひとりの弟子』
名前:デュオス(未来のダイナ)
性別:男性
種族:幻魔族
年齢:不詳(見た目は20代後半くらい?)
容姿:身長178cm(ケモミミを含まない) 狼のような白い獣耳と尻尾 浅黒い肌 すっかり大人の顔立ち がっちり体型
ストレスで真っ白になった長いやつれ髪 こめかみ辺りからは黒色で立派な巻角 本来赤の瞳はマナと同じ金色に偽装している
時間遡行の影響で部分的に真っ黒に変色してしまった身体を隠すため、長袖長ズボンでいる事が多い
外出時には、こっちに来てからマナに買い与えられた黒いロングコートを身に纏う不審者スタイル
備考:一人称は「俺」 マナと結婚した未来から来たというダイナ。
ある雷雨の日に落雷と共に全裸で家の前に現れ、不審者だと思ったマナに拘束・保護された。
同じ時間軸に現在と未来の同一人物が存在するという時間的矛盾の発生を回避するために、過去の自分であるダイナには記憶喪失という事で通していたが、現在はダイナの思わぬ勘違いによって2人は父子という事になっている。
未来から来た理由は、この先に待ち受ける最悪の未来を変える為だという。
『おさぼりキャット』
名前:ミナ・ホロス
年齢:12
種族:半獣人
性別:女性
容姿:身長152cm 健康的な肌色 小柄ながらすらりとした体型
ふわふわ灰色ショートヘア 猫目 灰混じりの青瞳い 猫系の耳と尻尾 毛色も灰
基本的に学校では学校指定のローブに、ズボン姿で居る事が多い
備考:一人称はボク 中性的でミステリアス サボり魔
母がエルフ、父が獣人 魔術より身体動かすほうが得意 鶏肉が好物
同い年にも関わらず上級クラスに通っているというダイナに、少し思う所があるらしい。
とある一件以来、やけにダイナとの距離が近くなっている。
夜、デュオスとダイナが腕によりをかけて作った美味しい夕食を食べ終え、各々自室やリビングで寛ぎながら順次入浴の順番を待っている頃。
「お風呂上がりましたっ。お先でした〜。」
「む、戻ったか。ではダイナ、次はお主……ダイナ?」
「……は、はいっ!?」
しっとりとした濡れ髪で心なしかいつもよりも若干小さく見えるミナが、パジャマ姿でリビングへと戻って来たのを見ると、ソファに座っていたマナが隣のダイナへと声を掛ける。
しかしダイナはいつのまにやら座ったままうたた寝をしてしまっていたようで、彼女に肩を揺すられて慌てて目を覚ました。
「ふふ……そんなに眠かったなら、先に入ってくれてよかったのに。」
「そ、そういうわけには──きゃんっ!?」
寝ぼけ眼のまま慌てて立ち上がるダイナの姿に、ミナは小さく笑う。
それに対し彼は、客人であるミナを差し置いて自分が一番最初なんて、と手やら尻尾やらをわたわたさせている。
するとそこへ、マナからの唐突な一撃がお尻へと打ち込まれて、彼は子犬のような悲鳴を上げた。
「何でも良いからさっさと入らんか!後が詰まっておるのじゃぞ!」
「ご、ごめんなさい師匠っ!すぐにっ!」
今日はいつもより人数が多い上に、滅多に無い来客に張り切ったデュオスが料理に時間をかけていた為、既に普段の入浴時間より遅れ気味だ。
そうして小走りで浴室へと走っていくダイナを見届けたマナは、そこでまだどこか遠慮がちに立っているミナへと目を向けて、座れと言わんばかりにソファの座面を軽く叩いた。
「……ミナ殿。少し、ワシからお主に頼みがあるのじゃが。」
並び座って少しの間を置いてから唐突に話しかけてきたマナに、ミナは怒られるのかと思い一瞬身構える。
実際、昼間に森から戻ってきた時、裸足で駆け回り泥だらけになった彼女の足を見て、マナは深い溜息を零しながら何とも言えない表情を見せていた。
「っ……な、何でしょう?お師匠さん?」
それともまさか保護者から直々に彼との交友禁止を言い渡されるのでは無いか、とミナはほんの一瞬不安になりながらも、やや緊張気味にマナへと問い返す。
同じ12歳にも関わらずかたや飛び級の優等生で、かたやサボり魔の落ちこぼれ生徒だ。
教育に熱心な親の目線からすれば、自分の子がそういった子と交友を持つのはあまり好ましく無い状態だろう。
故に怒られるのならばともかくとして、ダイナ曰くかなりすごい魔術師らしいマナに頼まれるような事など、ミナには他に皆目見当もつかない。
「……いや、その前に確認しておくべきじゃな。」
「お主……家のダイナの事、どう思っておる?」
「どう、って言われましても……。」
片思い中の男の子の母親から、直接そんな事を尋ねられても簡単には答えることは難しい。
そもそもこれはどういう意味での質問だろうか、とミナが答えに迷い思考を逡巡させていると、真剣な表情のマナは座面に手をついて、ぐっとミナの方へと顔を近づける。
「……ええと──。」
「好きか?……無論、一人の男として、じゃ。」
「ッ──!?」
顔を近づけてくるマナに強い圧を感じ、ミナがとりあえず何か答えようと口を開いた矢先。
もはや何の言い逃れもできない程に直球で核心に迫るような問いをマナにぶつけられ、ミナは言葉を失ってしまう。
それと同時に、もしやこれは彼女に何か試されているのでは無いか、と考えた。
「……っ、……好き、です……。」
胸の内に抱えた気持ちの大きさとは対照的に、ミナはとても小さな声でぽつりと吐き出すように答える事しかできない。
自分でもはっきりとその思いを口に出したのはそれが初めての事で、途端にじわりと頬が熱を帯びていくのを感じていた。
「うむ……そうか。ならば、改めて頼もう。」
「は、はい……!?」
納得したように一度大きく頷いた後で、マナが少し身体を引いて真剣な目でミナを真っ直ぐに見つめると、ミナは再び緊張したように胸の前で小さく両拳を握って、彼女の言葉に耳を傾ける。
「ワシの弟子……息子のダイナと、なるべく仲良くしてやってくれ。」
「そしてできれば、色々と教えてやってはくれぬか?」
「え……と?」
保護者であるマナから直々にそんな事をお願いされて、ミナは一瞬その意味が良く理解できず少し困惑したような反応を見せる。
言われなくとも彼とは仲良く、いやむしろそれ以上にさえなりたいと思っている。
それに教えるどころか、こちらが何かと勉強など教えて欲しいくらいだ。
にも関わらず、何故わざわざ自分にそんなお願いをしてくるのか?
色々な理由を考えてみても、それらしいはっきりとした答えには辿り着けず、ミナは怪訝そうな表情のまま固まってしまう。
「ダイナは……少し特殊な事情があって、つい最近までこの森から出たことが無くてな。」
「少し変わっているように見えるかもしれんが、根はとても心優しく良い子なのじゃ……じゃから──。」
「ま、待ってくださいお師匠さん!」
これまでダイナを狭い世界に閉じ込めてしまっていた事への罪悪感に、マナは改めて胸を痛めながらも真剣な様子でミナへと頭を下げる。
だがこれではまるで、結婚に際して交際相手の親へと覚悟を示すための直談判をするそれのようだとミナは感じていた。
仮にそうだったとしても、これでは立場が逆になってしまっている。
「その、事情はわかりませんけど……!ボクは言われずとも彼とはずっと仲良くしたいと思ってますし……!それに、できれば……ええと……。」
勢いに任せて喋りだしたは良いものの、肝心なところでやはり日和ってしまって、ミナの声は急激に失速する。
できる事なら勘違いなんかじゃなく本当にそうなりたい。
本人を眼の前にしてそれが言えたなら、どれ程良い事だろうか。
それでもミナは、ごにょごにょと口をまごつかせるだけで、続きの言葉を上手く紡ぐことができない。
「……みなまで言わずとも良い。それはワシも願うところじゃ。」
「え、それって──?」
ゆっくりと頭を上げ小さく息を零したマナのまさかの言葉に、ミナの日和りがちな心臓が不意に期待で高鳴る。
もしや保護者公認で、彼との交際が認められるどころか推奨されるとでも言うのか。
「うむ……お主さえ良ければ、家のダイナを貰ってやってくれんか。」
「それはもちろん是非!貰──え?」
交際どころかさらにその上の段階へ突き抜ける事を願うマナのまさかの発言に、一瞬浮かんだ笑顔のままミナは再び宇宙猫してしまう。
つい最近知り合ったばかりで、友達にこそなれどまだ恋人にだってなれていないのに、そんな事を言われれば困惑してしまうのは当然の事だ。
それにそもそも、そういう事は保護者とではなく当人同士で話し合うべき事なのだろうから。
「い、いやっ!?それはいくらなんでも……っ!あ、いえ決して嫌なわけじゃなくてですね──!?」
「ふ……わかっておる。いくらワシがそう願ったところで、最終的にどうするかはあやつ自身が決める事じゃ。」
慌てふためきながらも満更でも無さそうなミナが僅かに残った理性で正論を唱えれば、マナはその様子に小さく苦笑して、憂うような表情でダイナの成長記録が刻まれた家の柱の方へと目を向ける。
マナ自身、ダイナが自分へと向けている好意の感情が、本来あるべき親子のそれとは微妙に異なる事は理解している。
だからこそ、行くところまで行ってしまった弟子はともかくとして、まだ大人になりきっていない現在のダイナなら、間に合うのではないかと考えていた。
「……じゃが、もしお主にその気があるのなら、ワシとしては最大限にサポートしようと思う。」
「あ、ありがとうございます……?」
保護者公認での交際ひいては結婚の推奨とそのサポートという、願ってもない強力な支援者を得たミナではあったが、やはりまだどこか現実味が無いような顔をしている。
いくら公認だろうとサポートがあろうとも、肝心のダイナ本人を彼女自身が振り向かせる事が出来なければ、何も始まりはしないのだから。
◆
深夜、マナの部屋の小さなベッドには事前の割り当て通り、ミナの姿があった。
しかしその灰色がかった青い瞳はぱっちりと、それどころかギンギンに開かれており、全く眠れていない様子。
もちろん普段と環境の違う他人のベッドだからというのもあるだろうが、それ以上にやはり風呂上がりに聞いたマナの言葉の真意が気になってしまって仕方がなかったのだ。
「はぁ……。」
普段はどれだけ太陽が明るかろうがものの数分もあればすぐに寝付けるのに、今夜ばかりは何度眠ろうと試みても眠れる気がせず、ミナはため息を一つ零してのそりとベッドから抜け出す。
何気なく近づいた部屋の窓から見えるのは、月明かりに照らされた森の木々。
夜明けまではまだまだ遠そうで、何かの鳥の鳴き声だけが静かな夜の森に響き渡っている。
「……ダイナ、くん。」
今もきっと隣の部屋で眠っているであろう彼の名前をぽつりと呟くと、ミナの頭にはその太陽みたいな無邪気に笑う彼の姿が浮かんで来て、自然と頬が緩む。
次第に少し身体が熱くなるような感覚を覚えて、そわそわと獣耳と尻尾が動き始める。
今日一日、朝から殆ど一緒に居たというのに、もう彼に会いたくなってしまっている事に本人も驚いていた。
「っ……。」
ふと目があったのは、窓ガラスに反射しているどうしようもないニヤケ面をしたミナ自身。
途端に、誰に見られているわけでも無いのに気恥ずかしくなって、彼女は窓からふいと目をそらす。
このままベッドへ戻ろうか、今度こそ眠れるかもしれないから。
そんな風に考えながら、ベッドへと一歩足を踏み出した所でまた立ち止まる。
「……。」
本当に?こんなチャンス、もう二度と無いかも知れないのに。
いつも肝心な所で日和ってしまって、あと一歩のところが届かない。
あれこれ頭で考えて、上手くない口を使って言葉で伝えようとするより、結局のところ行動した方が早いのではないか。
そうして10秒ほどの自問自答を経てミナが下した決断は、この部屋から出る事だった。
「(あれ……お師匠さん、いない……?)」
2階の廊下へ出て、リビングのソファで寝ているはずのマナの方を見下ろす。
暗い中でも比較的に夜目が効くミナの目にも、マナの姿はどこにも確認できなかった。
多分トイレか何かだろうと勝手に納得して、ミナはダイナの部屋の方へと近づいていく。
「(起きてる……わけ無いか。)」
一瞬扉をノックしようか迷った後で、そのままドアノブへと手を伸ばすと音を立てないように慎重に回し、中の様子を覗き込む。
案の定、ダイナはとっくに眠っているようで、部屋の中には静かな寝息が響いていた。
ミナは扉を最低限だけ開くと、するりと身体を滑り込ませて同じように扉を閉じ、そしてベッドの方へと忍び足で近づくと、そっとダイナの寝顔を覗き込んだ。
「(よく寝てる……。)」
今はまだ、小さなその身体には不釣り合いな大人サイズのベッドの真ん中で、ダイナは時折獣耳をぴくりと動かしながら、安心しきったように眠っている。
しばらくの間そんなダイナの寝顔を観察した後で、ミナはおもむろに彼の布団を少しだけめくると、大胆にもベッドへと潜り込んだ。
「んん……。」
「……!」
潜り込んだ際の振動からか、僅かに反応を示したダイナがごろりと寝返りを打って、偶然にも隣に位置するミナの方へと顔を向ける。
もしや起こしてしまったのかと思わず身体を強張らせるミナだったが、どうやら起きるまでは行かなかったようで、彼はまたすぐに静かな寝息を立て始めた。
「(あ、危なかった……。それにしても……。)」
クラスメイトの女子たちには小動物と評されている、未だあどけなさの残るようなダイナの顔立ち。
いわゆる可愛い系であり、獣耳や尻尾を含めた見た目の愛くるしさも然ることながら、人誑しとも呼ぶべきその無自覚な善性によって数多の歳上女性達を昂らせている事を、幸せそうに眠る本人は知らない。
そんな彼の寝顔をじっと見つめて、ほんの少しだけ焦りのような物を感じるミナではあったが、じわりと伝わってくる自分の物では無い温もりにすぐに微睡み始めてしまう。
「(あったかい……。)」
ミナは眠りへと落ち行く鈍い意識の中で、夢か現か誰かに抱きしめられるような感覚を覚えながらも、その心地よい温もりの誘惑に負けて、やがて意識を手放すのだった。
◆
翌朝。
森の鳥たちの愛らしいさえずりが鳴り響くような一方で、家の中では──。
「──う゛ぅっ!?」
鳥達も逃げ出してしまいそうな程の、苦しそうなうめき声を響かせているのは、つい今しがたまで自室のベッドで眠っていたデュオス。
そしてそのデュオスへと早朝から強烈な肘打ちを食らわせたのは、何故か彼のベッドで同じく横になっているマナだった。
「っ……お、おはようございます……師匠。」
「うむ、おはようじゃ。……では言い訳を聞こうか?」
強打された鳩尾をさすりながら、デュオスは自分の腕の中のマナへと朝の挨拶をする。
すると彼女は背を向けたまま挨拶を返した後で、静かにデュオスへと問いかける。
それはもちろん、昨晩は確かにリビングのソファで就寝した筈の自分が、何故いまお前のベッドに居るのか?という意味の質問だ。
「え、えーと……昨日、夜中に水を飲みに起きて……ソファで寝てる師匠を見たら、何かこう……やっぱりちゃんとベッドで寝かせてあげたいなー、って……?」
しどろもどろになりながらも、あながち嘘も言っていなさそうな説明をするデュオスの方へマナは寝返りを打って振り向くと、じとりとした目で彼を見やる。
大切な師匠をベッドで寝かせてあげたいという彼の善意はもちろん本物で、問題はそこにいくらかの邪な気持ちがあったかどうか、という所なのだが。
「ほう?それで?ワシを自分のベッドに連れ込み、挙げ句抱き枕の代わりにしていたと?」
「だ、抱き枕だなんてそんな……!」
連れ込んだ事は否定しようの無い事実だが、実はデュオスなりにも自制の気持ちを込めて、マナとは添い寝の形を取っていただけの筈だった。
しかし起きてみれば何故かマナはしっかりと彼の腕の中に居て、威嚇する小動物のように彼を睨みつけている。
無論、彼女の方から抱きついたというようなわけでも無く、完全に身に覚えのない犯行であった。
「ふん……さっさと2人を起こしに行ってこい。ワシはこのまま少し二度寝するからの。」
「は、はい……ごめんなさい師匠……。」
完全に機嫌を損ねてしまった師匠を前に、大人しく謝る事しかできないデュオスは言われた通りにミナとダイナと起こしに行くべく自室を後にする。
実はデュオスには、眠っている間に布団や枕に抱きつくという少し変わった癖があるのだが、本人は完全に無自覚なのだ。
そしてその癖はもちろん、現在のダイナの方も一緒で──。
「──し、しっ、師匠っ!大変ですっ!ヤバいですよッ!?」
「……何じゃ騒々しい。」
2人を起こしに行った筈のデュオスが、すぐに慌ただしい様子で自室へと戻ってくると、二度寝の体勢に入っていたマナを激しく揺さぶって起こす。
当然、安眠を妨害されたマナは不機嫌そうに彼を睨みつけるが、本人はそれどころでは無さそうだ。
「ふ、2人が!小さい俺とあの子が!同じベッドで抱き合って寝てましたッ!!」
「ほう……?」
これは一大事だと激しく取り乱すデュオスに対して、マナは驚きこそしないものの少し感心したような反応を見せる。
昨晩、ダイナの部屋へと忍び込んだミナは結局そのまま同じベッドで眠ってしまって、その間にダイナが癖で無意識に彼女に抱きつき、それに気がついた彼女がお返しとばかりに抱き返した結果が、デュオスの見た光景であった。
「ふ、まぁ良いではないか……微笑ましかろう?」
「良くないですよ!だってあれじゃぁまるで──!」
そんな風に小さく笑うマナに対し、デュオスがどこか困ったような表情を浮かべながら何かを口走ろうとした、その時。
突然家の玄関扉を誰かがノックする音が鳴り響いて、彼の言葉を遮った。
「くぁ……誰じゃ、こんな朝早くに……。」
「あ、ちょっと師匠っ……!」
小さく欠伸をしてもそりとベッドから抜け出したマナは、何か言いたげに自分を呼び止めるデュオスをスルーして、玄関へと向かう。
そしてそれこそが、この束の間の平穏な日々の終わりを告げるメッセージとなるのであった。




