第2話『2番目』
【主な登場人物】
『師匠』
名前:マナ・アスター
性別:女性
種族:ハイエルフ(絶滅危惧種)
年齢:400歳オーバー
容姿:身長140cm エルフ耳 色白 華奢な体型
紫がかった白く長い腰まである髪 金色の瞳
服は白系のワンピースタイプの服が多め
外出時はその上に黒のローブとツバ広の魔女帽子
備考:一人称は「ワシ」 天才魔法技術者、及び魔術師。別名魔術おばけ。
王宮直属の魔術研究機関に勤めていた過去を持ち、数え切れないほどの魔術やそれに関する技術を開発した。
しかし、ものぐさな上に人嫌いであり、面倒事に巻き込まれる気配を察して逃げるように研究所を退職。
それ以来、研究者時代に稼いだお金で買った土地と森で、ダイナを拾うまでは悠々自適な一人暮らしをしていた。
未来から来たという大人になったダイナの話を聞いて強い後悔と責任感を覚え、共に未来を変えようとしている。
『弟子』
名前:ダイナ・アスター
性別:男性
種族:幻魔族(絶滅済みとされていた)
年齢:12歳
容姿:身長152cm(ケモミミを含まない) 狼のような黒い獣耳と尻尾 浅黒い肌 可愛い系な顔立ち 標準体型
赤みがかった黒色で前髪長めの無造作ショートヘア こめかみ辺りからは灰色で小ぶりな巻角 赤い瞳
冬以外は半袖半ズボンで居る事が多い 中でもドラゴンが刺繍された赤いシャツがお気に入り
学校へ行くときは、その上から学校指定の黒いフード付きローブを着用
備考:一人称は「僕」 マナの弟子にして、古に絶滅したとされる幻魔族の末裔の少年。
ある雨の日に、母親からの手紙と共にマナの家の前に置かれた籠の中に入れられていた。
12歳になって学校に通い始めるまで森の外に出たことが無く、少し世間の常識とはズレている所がある。
好きな事は読書と料理、マナに教えてもらう魔術の勉強。最近はそれに学校へ行くことも追加された。
マナの事はもちろん好きだが、その感情の正体や意味を本人はまだ完全には理解していない。
『もうひとりの弟子』
名前:デュオス(未来のダイナ)
性別:男性
種族:幻魔族
年齢:不詳(見た目は20代後半くらい?)
容姿:身長178cm(ケモミミを含まない) 狼のような白い獣耳と尻尾 浅黒い肌 すっかり大人の顔立ち がっちり体型
ストレスで真っ白になった長いやつれ髪 こめかみ辺りからは黒色で立派な巻角 本来赤の瞳はマナと同じ金色に偽装している
時間遡行の影響で部分的に真っ黒に変色してしまった身体を隠すため、長袖長ズボンでいる事が多い
外出時には、こっちに来てからマナに買い与えられた黒いロングコートを身に纏う不審者スタイル
備考:一人称は「俺」 マナと結婚した未来から来たというダイナ。
ある雷雨の日に落雷と共に全裸で家の前に現れ、不審者だと思ったマナに拘束・保護された。
同じ時間軸に現在と未来の同一人物が存在するという時間的矛盾の発生を回避するために、過去の自分であるダイナには記憶喪失という事で通しているが、ちょくちょく怪しまれている。
未来から来た理由は、この先に待ち受ける最悪の未来を変える為だという。
夜、いつもであればもう夕食を済ませて入浴をしているような頃。
雷雨の中突如として現れ、家の中へと侵入までしてきた謎の全裸男を、マナは然るべき処置として魔術を封じる魔道具を用いて拘束した後、軽く検査を行った。
全裸だったのもあり所持品こそ何も無かったが、男の身体には獣人種のような白い獣耳と尻尾の他に、こめかみから生えた捻れた黒い角がある事が判明したのだ。
その特徴だけを並べてみれば、それはまるでダイナと同じ幻魔族のようにも見えるが──。
「──ふむ、なるほどな。……とりあえず聞きたい事は終わりじゃ。」
少し前にようやく目を覚ました、身長180cm近くはあろうかという謎の大男は現在、尋問のために腰にタオル1枚の姿で両手足を椅子へと縛り付けられていた。
それと向かい合うようにソファに並んで座っているのは、マナとダイナの小さな師弟コンビ。
今しがた男への一通りの尋問を終え、今からその情報をまとめようというタイミングだ。
「……では、貴様の言う事をまとめるが。」
「自分の年齢はおろか名前も覚えておらず、どこから来たのか、ここへ何をしに来たのかもわからん……と。」
「はい……そうなります、すいません。」
「……。」
椅子の背もたれへと後ろ手に縛られている男が、その白い獣耳をぺたんとしながら頭を下げる。
あれこれ尋問して結局何もわからないという事だけがわかり、マナはなんとも言えない表情を浮かべる。
その隣では、獣耳を少し前に倒したダイナが威嚇するように男を睨みつけていた。
「はぁ……それで?さっきは何故ワシの事を師匠などと呼んだのじゃ?ワシは貴様なんぞを弟子に取った覚えは無いのじゃがな。」
マナはため息を零しながら、自分にとっての唯一人の愛弟子は、この子だけだとでも言うように、隣に座っているダイナの頭をぽんぽんと優しく撫でる。
実は先程、男は気絶から意識を取り戻した際、マナを見て第一声に何故か『師匠』と言ったのだ。
もちろんマナにはダイナの他に弟子などおらず、他の者にそんな風に呼ばれる言われは無い。
「それは、その……。」
説明しづらそうに口籠る男に、少し勝ち誇ったような顔をしながらダイナは嬉しそうに尻尾を揺らしている。
一方で男は、先程からやけにダイナの方ばかりを気にして、何か言いづらそうにしていた。
そんな男の様子を察してか、マナは少し考える。
「……ダイナ、お主はもう先に風呂へ行け。ワシはもう少しこやつに聞きたい事がある。」
「えっでも……、……わかりました。」
浴室のある廊下の方を指差すと、マナはダイナに先に入浴を済ませてくるように指示をする。
当然ダイナは、得体の知れない全裸男と師匠を2人だけにする事に不安があるようで一瞬渋るが、結局はマナの有無を言わさぬ視線の圧に負けて、ひとり浴室へと向かった。
「何か、あの子の前では言いづらい事があったようじゃな……?」
「じゃが安心するが良い、これでワシらの会話は外には聞こえん。」
「は、はい……。」
ダイナが完全に浴室へと入った事を確認するなり、マナは指を鳴らすとリビングに特殊な結界を展開する。
それは結界外部への音を遮断する防音空間を作り出す、沈黙の魔術だ。
男には何かダイナには聞かれたく無いような事情があるのだろう、と察したマナなりの気遣いであった。
「……で?お主は何者じゃ?ダイナの父親……と言うには些か若いように見えるが。」
「俺は……っ……。」
幻魔族がどのような生態をしている種族かはマナにはわからないが、一般的な他種族と同じような老い方をするタイプだとすると、男の見た目は甘く見積もってもせいぜい年の離れた兄が良い所だ。
背中を丸め、細い足の上に器用に頬杖をつきながらじとりとした目で見つめるマナの問いかけに男は何かを伝えようとするが、よほど答えづらい内容なのか答える事を躊躇っていた。
「ま……答えたく無いのならそれでも良い。明日にでも不審者として憲兵に突き出すだけじゃ。」
「っ!……、……そのっ!いきなりこんな事を言っても、信じてもらえないかも知れないんですけど──!」
本人としても捕まるような事は避けたいようで、小さく息を吸うと保険のように前置きをしてようやく語り始める。
「実は俺……ダイナなんです!」
「……は?」
あまりに理解不能な衝撃的な告白に、思わずマナはずるりと頬杖を滑らせる。
だがそんなはずはない。
何故ならマナの弟子のダイナは今、浴室にて入浴中の筈だからだ。
「あー……すまん、もう少しわかるように言ってもらえるか?」
「ええと……なんて言ったらいいのか、その……俺、未来から来たんです!それで──!」
考えても言葉の意味を理解しきれなかったマナは少し呆れながらも、もう少し男から情報を引き出そうと考えて今一度尋ねる。
しかしマナの弟子のダイナを自称するその男は、そこへ更なる爆弾のような情報を投げ込んでくるばかりで、埒が明かない様子だった。
「わかった、わかった!そこまで言うのなら証拠を出せ!お主がワシの弟子のダイナであり、なおかつ未来から来たのだという証拠を!」
「っ……証拠、ですか……ええと……。」
兎にも角にも証拠が無ければ信じる事など到底不可能とも思える話に、マナは自称未来男にそれを提示するように要求する。
だが当然丸腰どころかほぼ丸裸の男には、証拠になりそうな所持品などは無く、彼は少し困ったようにその獣耳をぴこぴこと動かしながら必死に考え始めた。
「出せぬのならそのような話、信じる事はできぬ。……だいたい名を騙るにしてもじゃな──。」
「ッ師匠!」
「な、なんじゃ……!?」
くどくどとした説教じみた事をマナが始めようとしたその時、何か妙案を思いついたのか突然顔を上げた未来男は、まるで勝ちを確信したような笑みを浮かべながらマナを再び師匠と呼んだ。
その自信に満ちた目を見た瞬間、マナは何か嫌な予感がした。
「師匠は──右足の付け根……股のところに、綺麗に三角形に並んだホクロがありますよね?」
「…………ッ!?」
男の口から飛び出した言葉を、頭の中で数回復唱した後で、マナは静かに目を見開いて驚き硬直する。
それから男の方を激しく警戒しながらも、ソファの後ろへと隠れるように回り込むと、マナは自らの服をめくって念の為に確認。
その結果、確かにそこには綺麗な三角形を形成している、3つのホクロが存在していたのだった。
「…………な、無いが?」
やがてソファへと戻り座り直すと、マナは見え見えの虚勢を張る。
そもそもそんな位置に存在するホクロの事など、ダイナに見せた事は無いのはもちろん、マナ自身でさえ把握していなかった事だ。
「えっ!?そんなはず無いですよ!俺、ちゃんと見ましたから!」
「見ッ──!?」
嘘を付くマナに対し確かに見たと反論する男の言葉に、マナはそこで色々とおかしな点がある事に気がつく。
自分さえ知らなかったような事をこの男は何故知っているのか。
偶然見られる事も無いようなこんな位置の特徴を、どうやって確認したのか。
もし仮にこの男が未来のダイナなのだとしても、未来の自分がわざわざそんな事を報告するとは到底思えない。
だとすればそれは、未来の師弟は自然な流れでそういった事を知るような関係性にある、という事だ。
「ここで見せてください!本当に無いのか確認します!」
「だっ、誰が見せるかたわけっ!?」
椅子をガタガタと揺らしながらマナへと迫ろうとする男に、彼女は軽い危機感を覚えて両脚を固く閉じる。
服の下を透視する魔術という物は確かに存在する、しかし男は目を覚ました時には既にマナによって魔術を封じる魔道具を装着されており、それを使う事は不可能だった。
「……やっぱり、信じてもらえないですよね。」
「っ……?(こやつ……?)」
しょんぼりと項垂れ獣耳まで平たくして弱音を吐く男の姿に、何か強い既視感のような物を覚えたマナは、俯く男の姿をしばらくじっと観察する。
その内にふと何かを思いついたようで、少し考えるような仕草をした後、彼女はゆっくりと口を開いた。
「……今からワシがいくつか質問をするから、お主はそれに全て”はい”と答えるのじゃ。良いな?」
「え?は、はい……わかりました。」
「では最初の質問じゃ──。」
唐突なマナからの要求に困惑気味な反応を見せながらも、男は素直に頷く。
そうして男に一見無関係にも思えるいくつかの質問をした後で、マナはようやく本命の質問へと移る。
「──では……お主は本当にワシの弟子、ダイナ・アスターか?」
「っ!はい!そうです!やっと信じてもらえましたか!?」
再確認するような質問に対し自信満々に"はい"と答えた男は、その金色の瞳でまるで訴えかけるようにマナを見つめる。
だがそんなマナが見ていたのは男の目ではなく、その頭上にぴょっこりと生えた獣耳であった。
「……ああわかった、しかし──。」
男への質問を経て何かを理解した様子のマナが言葉を続けようとした、その時。
廊下の方から浴室の扉が開く音がして、2人は同時にぴくりと反応する。
「詳しい話は後じゃ、今はワシに話を合わせろ。良いな?」
「はい師匠!」
もうすぐリビングへと入浴を終えたダイナが戻ってきてしまう。
その前にマナは展開していた沈黙の結界を解除すると、おもむろに立ち上がり男の後ろへと回り込んだ。
「ふう……お風呂お先です師匠っ!その人は僕が見ておくので、師匠もお風呂に──?」
「ああ、おかえりダイナ。ちゃんと尻尾の先まで洗ったか?」
「あ、洗いましたよ!……ってそうじゃなくて!何してるんですか師匠!?」
リビングへと帰ってきたダイナが男の見張りの交替を申し出ようとするが、マナが何故か男の後ろ手の拘束を外そうとしているのを見て、かなり驚いたような反応を見せる。
しかしそれは当然だ。
素性が何もかも一切不明な大男を、自由の身にする事にリスクはあれどメリットなど何も無いのだから。
「こやつを今日からしばらく家に置くことにした。仲良くするのじゃぞ?」
「はい!仲良く……えっ?」
ぽんっと男の肩に手を置いて唐突にそんな宣言をするマナに、普段のように元気よく返事をしようとした流石のダイナもぽかんと口を開けて固まってしまう。
そうしてゆっくりと男の方へと目を向けるダイナだったが、どこか気不味そうに苦笑しながら軽く手を上げて応える彼に、再びの威嚇耳を見せた。
理由はわからないがとにかく、この男は師匠にとって危険だと感じたからだ。
「こらダイナ!そう他人様を威嚇するものでは無い!」
「でっ、でもぉ……!」
マナに威嚇を咎められれば今度は一転して耳を平たく畳んで、ダイナは子犬のように弱気な声を出し始める。
それからマナと男を何度か交互に見た後で、物凄く不服そうにしながらマナの後ろへと隠れるのだった。
「はは……ご厄介になります……。」
「そうじゃ、いつまでも名前がわからんのでは不便じゃな。……ここは一つ、ワシが名前をつけてやろう!」
しっかりと縛られ手足についたロープの痕をさすりながら苦笑いを浮かべる男へ、マナは高らかに命名を宣言して指をさす。
そして目を閉じながら少しの間考えた後、やがて何かを思いついたようでカッと目を見開いた。
「お主の名前は……2番目の弟子じゃから……そう!2番目じゃ!わかったな?デュオス!」
「はい、よろしくお願いします……師匠。」
2番目の弟子だから2番目というなんとも安直なネーミングで決定された推定未来のダイナ改めデュオスは、立ち上がると深々とお辞儀をする。
そんな、立ち上がると威圧感さえある大男に一瞬怯えるような反応を示しながらも、弟子が増える事に納得の行っていないダイナはマナの後ろからデュオスを睨み、威嚇を続ける。
「ではデュオス、次はお主が風呂に行くが良い。ワシはその間にお主の着る物を──。」
「っ……一応言っておきますけど!ここでは僕の方が先に弟子になったんですからね!歳上だろうと!そこは絶対ですからね!」
何故かすんなりとデュオスの存在を受け入れている様子の師匠に、ついに我慢のできなくなったダイナは彼女の後ろから勇み足で出てくると、デュオスへ向かってマウントを取るように言い放つ。
まるで、年齢や身長で負けていようとも師匠にとっての一番弟子はこの自分だけなんだぞ、と見せつけるように。
「……ああもちろん、よろしく。ダイナくん?」
「ッ~~!もう寝ます!おやすみなさい師匠ッ!」
「む?ああ、おやすみダイナ。」
ダイナの必死の威嚇もマウントもまるで意に介さないとばかりに涼しい顔をして、デュオスは静かに握手を求めるという大人の対応を見せる。
だがそんなデュオスの余裕ぶった態度が余計に気に入らないのか、ダイナは差し伸ばされたその手を払いのけると、逃げるように2階の自分の部屋へと上がっていった。
「……可愛くないガキですね。」
「ふっ……!まぁそう言ってやるな……お主だってかつては、そうだったのでは無いか?」
「それは、まぁ……。」
嵐のように去っていったダイナを見送った後で、ぼそりと感想を漏らしたデュオスに、マナは思わず軽く吹き出す。
かつてデュオス自身もあのように尖っていた時期があったからこそ、同族嫌悪というか自己嫌悪のような物を感じ、まだまだ青いダイナを見ていると恥ずかしい気持ちになってしまうのだ。
「ま、とりあえず風呂へ行ってこい。詳しい話はその後で──。」
「師匠。」
「む……?どうし──ッ!?」
風呂へと送り出そうとするマナの言葉を遮るように名を呼んだデュオスは、唐突に彼女をひょいっと抱き上げるとそのまま強く抱きしめる。
あまりにも突然の出来事にどうすることもできず困惑気味になりつつも、もはや手を回しても届かない程大きく育った弟子のその背中へと、マナはそっと手を回して抱き返した。
「ありがとうございます、師匠……貴女にまた会えて、良かった。」
「う、うむ……?」
その小さな温もりをしっかりと確かめるように抱きしめた後、デュオスはマナをそっとソファへと下ろすとそう言い残して浴室へと歩いていく。
今はまだその言葉の本当の意味を知らない、マナだけを残して。




