第27話『師として、母として、妻として。』
【主な登場人物】
『師匠』
名前:マナ・アスター
性別:女性
種族:ハイエルフ(絶滅危惧種)
年齢:400歳オーバー
容姿:身長140cm エルフ耳 色白 華奢な体型
紫がかった白く長い腰まである髪 金色の瞳
服は白系のワンピースタイプの服が多め
外出時はその上に黒のローブとツバ広の魔女帽子
備考:一人称は「ワシ」 天才魔法技術者、及び魔術師。別名魔術おばけ。
王宮直属の魔術研究機関に勤めていた過去を持ち、数え切れないほどの魔術やそれに関する技術を開発した。
しかし、ものぐさな上に人嫌いであり、面倒事に巻き込まれる気配を察して逃げるように研究所を退職。
それ以来、研究者時代に稼いだお金で買った土地と森で、ダイナを拾うまでは悠々自適な一人暮らしをしていた。
未来から来たという大人になったダイナの話を聞いて強い後悔と責任感を覚え、共に未来を変えようとしている。
『弟子』
名前:ダイナ・アスター
性別:男性
種族:幻魔族(絶滅済みとされていた)
年齢:12歳
容姿:身長152cm(ケモミミを含まない) 狼のような黒い獣耳と尻尾 浅黒い肌 可愛い系な顔立ち 標準体型
赤みがかった黒色で前髪長めの無造作ショートヘア こめかみ辺りからは灰色で小ぶりな巻角 赤い瞳
冬以外は半袖半ズボンで居る事が多い 中でもドラゴンが刺繍された赤いシャツがお気に入り
学校へ行くときは、その上から学校指定の黒いフード付きローブを着用
備考:一人称は「僕」 マナの弟子にして、古に絶滅したとされる幻魔族の末裔の少年。
ある雨の日に、母親からの手紙と共にマナの家の前に置かれた籠の中に入れられていた。
12歳になって学校に通い始めるまで森の外に出たことが無く、少し世間の常識とはズレている所がある。
好きな事は読書と料理、マナに教えてもらう魔術の勉強。最近はそれに学校へ行くことも追加された。
マナの事はもちろん好きだが、その感情の正体や意味を本人はまだ完全には理解していない。
ずっと怪しんでいたデュオスの事を現在は「未来から来た自分とマナの子供」だと勘違いしている。
『もうひとりの弟子』
名前:デュオス(未来のダイナ)
性別:男性
種族:幻魔族
年齢:不詳(見た目は20代後半くらい?)
容姿:身長178cm(ケモミミを含まない) 狼のような白い獣耳と尻尾 浅黒い肌 すっかり大人の顔立ち がっちり体型
ストレスで真っ白になった長いやつれ髪 こめかみ辺りからは黒色で立派な巻角 本来赤の瞳はマナと同じ金色に偽装している
時間遡行の影響で部分的に真っ黒に変色してしまった身体を隠すため、長袖長ズボンでいる事が多い
外出時には、こっちに来てからマナに買い与えられた黒いロングコートを身に纏う不審者スタイル
備考:一人称は「俺」 マナと結婚した未来から来たというダイナ。
ある雷雨の日に落雷と共に全裸で家の前に現れ、不審者だと思ったマナに拘束・保護された。
同じ時間軸に現在と未来の同一人物が存在するという時間的矛盾の発生を回避するために、過去の自分であるダイナには記憶喪失という事で通していたが、現在はダイナの思わぬ勘違いによって2人は父子という事になっている。
未来から来た理由は、この先に待ち受ける最悪の未来を変える為だという。
ダイナがミナへと手作りのホットサンド弁当を渡した日の夜、学校から帰ったダイナは何やらマナに言いたい事があるようで、ずっとそのタイミングを伺っていた。
しかし中々切り出すことができず、ついには就寝の時間を迎えてしまうのだった。
「おーい、風呂が空いたぞー。デュオスー、はよう入れ。」
「あ、はーい。」
入浴を終えたマナが、タオルで髪を拭きながら浴室から廊下へと出ると、大きい方の弟子に呼びかける。
するとテーブルで本を読んでいたデュオスが獣耳をぴこんと反応させて、入れ替わりに浴室へと入っていく。
「む……なんじゃダイナ。まだ起きておったのか?」
「はい、師匠……。」
マナがリビングまで戻ってくると、そこではとても眠そうな顔をした寝間着姿のダイナがソファに座りながらマナの帰りを待っていた。
今朝は早くに起きた事もあって夕食時には既に眠そうだったダイナは、マナに言われて一番最初に入浴を済ませたのだが、どうしても寝るまでに伝えたい事があったらしく、頑張って起きていたらしい。
「……どうした?」
「あの、えっと……!師匠、その──!」
そんなダイナの様子を察したらしいマナは、隣へと腰掛けると優しげに微笑んで、そっとダイナの獣耳を撫で付ける。
するとダイナはその手の感触に心地よさげに目を細めながらも、小さく息を吸うと勇気を振り絞って口を開いた。
「と、友達を!今度、家に呼んでも……っい、良いでしょうか!?」
緊張からか少し震えたような声で、ダイナはマナにそんな問いかけをする。
今日の昼にミナと話した、そのうちに家に遊びに行きたいという話を実行に移す為にはまず、保護者であり家主であるマナへと許可を取る必要があると考えたからだ。
マナはダイナのそんな言葉に少しだけ驚いて、またすぐに優しく微笑む。
「そうか、ふむ……ああ、もちろん構わぬぞ。」
「っ……!あ、ありがとうございますっ師匠!」
少し考えるようにしながらもすんなりと許可をくれたマナに、ダイナは笑顔を浮かべて獣耳と尻尾を興奮気味に動かす。
師弟の少し特殊な関係性と幻魔族に纏わる不穏な噂話から、マナはダイナをこれまで外界との関わりを極力少なくするように育てて来たが、それも未来のダイナとの出会いによって大きく変わってきている。
学校へと通い始め、こうして友達を作って家へと招待して一緒に遊ぶ。
そういった一見何でも無いように見えて、それまでのダイナの生活では絶対にあり得なかったであろう大きな変化と成長に、マナは静かに嬉しさを感じながらも同時に罪悪感を感じていた。
本来ならもっと早くに、もっと子供らしい普通の生活をさせてやるべきだったのかもしれない、と。
「……では、今日はもう寝るが良い。今朝は随分と早かったのじゃろう?」
「はいっ!おやすみなさい師匠……!」
「くふふ……おやすみじゃ、ダイナ。」
「っ……~~!」
そうしてマナがもう部屋に戻るように促すと、ダイナは尻尾を振りながらマナに飛びついて、ぎゅうーっと力いっぱいにハグをする。
そんなダイナに小さく笑えば抱き返して、マナがもう一度頭を優しく撫でてからそっと頬へとおやすみのキスをすれば、ダイナは少し驚きながらも興奮気味に赤い目を輝かせ、幸せそうな様子で自分の部屋へと戻っていくのだった。
それからしばらくして、入浴を終えたデュオスがリビングへと戻って来る。
ソファには何か考え事でもしているのか、俯いて少し暗い顔をしているマナの姿。
どうやらダイナを見送ってから今までずっとソファでそうしていたらしい。
「……師匠?寝るならちゃんと──あれ、起きてますね。」
「む……?もう上がってきたのか?ちゃんと入ったか?」
マナがソファでうっかり眠っているのだと思ったらしいデュオスが、後ろから声をかけながら顔を覗き込むと、金色の瞳とばっちり目があった。
よほど深く考え込んでいたのか、自分の感覚ではそれほど時間が経ったようには感じていなかったらしいマナは、デュオスがやけに早く上がってきたのだと勘違いしてどこか疑うような視線を向ける。
「ちゃんと入りましたよ……何してたんですか?」
「少し……いや、何でも無いのじゃ。」
不当な疑いを受けて少し呆れたように笑いながら、デュオスはマナの隣へと腰掛ける。
身体の大きなデュオスがソファに座るとその分座面が沈み込んで、隣のマナの身体が少しデュオス側へと傾き、図らずしもマナがデュオスへと頭を預けるような体勢に。
普段のマナならばすぐに小言を言いながら座り直したりする筈なのだが、この時ばかりは妙に大人しく、誤魔化すような言葉を返しそのまま自分にもたれ続ける彼女の姿に、デュオスは不思議そうに首を傾げた。
「……師匠。」
「ん──?」
少しの間を置いて、ぽつりと自分を呼ぶ弟子の声にマナが短く返事をすれば、デュオスは突然マナの腰を強めに抱き寄せて、そのまま反対にもたれ掛かるように密着し始める。
こんな事をすればいつものマナであれば間違いなく、すぐにぎゃあぎゃあと文句を言いながら拳の1つでもデュオスにお見舞いする筈、なのだが──。
「……。」
「師匠が大人しい……!?どうしたんですか!?それじゃあまるで俺の時代の──!」
「たわけ。……少し眠いだけじゃ。」
不気味な程に無反応でしおらしいマナに流石に何かおかしいと感じたらしいデュオスが、未来の事を口走ろうとした所で、マナはそれを遮るように一喝して、言い訳のように付け加える。
マナはずっと考えていたのだ。
自分が弟子と結ばれた未来──即ち、彼をここに閉じ込めたまま、本来あったはずの普通の人生を奪ってしまった未来。
それはなんと残酷でなんと身勝手で、そしてなんと最悪な未来だろうか、と。
「……なぁ、デュオスよ。……ワシの事を恨んでいるか?」
大きくなった弟子の、微睡んでしまいそうな程の大きな温もりをその身に感じながら、マナは目を閉じて静かに問いかける。
遠い昔、今際の際の祖母が自分へと問いかけ、そして答えることが出来なかったのと同じ質問。
二人きりの時は必ず本来の名で呼んでいたマナが、今はあえて偽りの名呼ぶのは、彼女なりに彼とのケジメをつけようという意思故に、だ。
確かにダイナの生活はデュオスが現れた事によって大きく変わった。
だがそれを見てデュオスはどう考えている?
自分の時にはろくに出してももらえなかった外の世界の自由を謳歌する、自分であって自分でない若き日の自分自身を見て、羨んでは居ないだろうか。
学校へと通い、友だちを作り、一緒に遊ぶようなありふれた普通の人生がこの子だって欲しかった筈なのだと。
「……恨んでなんかいませんよ。そりゃぁもちろん、少しだけこの時代の俺が羨ましく思うこともありますけどね。」
目を閉じていてもわかるような苦笑交じりにそう答えながら、デュオスはマナの長い髪をそっと指で梳かして、彼女との夫婦としての日々をふと思い出す。
昔から変わらない彼女の白くて長い髪。
ストレスで色が抜け落ち白くなってしまった自分の髪なんかとは全然違う、いつまでも触っていたくなるような滑らかな手触りの髪。
結婚してからはこうしてお風呂上がりに、この綺麗な髪を乾かすのを良く手伝っていた。
「……、……そうか。ならば……未来のワシは、何故お主と結婚したのだと思う?」
「それは……。」
恨んでいないと言うデュオスの答えにどこか納得しきれない様子のマナは、少し長めの間を置いて再び問いかける。
その問いかけにすぐに答えようとするデュオスだったが、何と答えれば良いのかがわからず、口だけを開けたまま続きの言葉がうまく出てこない。
弟子が師匠を一人の女性として愛していたように、師匠もまた──などという事は決して無い、とデュオス自身とっくにわかっていたからだ。
曰く、一線を超えたのは酒の勢いでという話だったが、その時のマナが本当は何を考えてそうするに至ったのかまでは、デュオスにはずっとわからない事だった。
「ふ、わからんか……じゃがこうしてお主と出会った、現在のワシには理解できるぞ。……未来のワシが何を考え、そうしたのか、を。」
「師匠……。」
薄く目を開けて瞳を覗かせ、マナがどこか淋しげに笑いながらデュオスの頬へと手を伸ばすと、デュオスはその小さな手に自分の手をそっと重ねて見つめ返す。
未来の弟子と出会ったことで理解した、理解してしまった自分の罪と後悔。
そしてそれらに対して、未来の自分はどう向き合おうとしたのかと言えば、それは──。
「贖罪のつもり、だったのじゃろうな……。」
「……。」
在りし未来の日で弟子に求婚されたマナが最初に抱いた感情は、悲しみでもましてや喜びでも無く、しまったというただ只管に大きな後悔であった。
森という狭い世界に閉じ込め続けてしまったが故に、弟子は師匠の他に人を、そして女を知らなかったのだ。
だからこそそれは、彼が自分の意思で選んだ選択ではなく、最初から無い選択肢の中で無理やり選ばされた、あまりに理不尽で不自由な過ちの選択なのだと。
それでも後悔をした時には既に遅く、過ぎ去った18年という時間は決して巻き戻ることはない。
その上で、今更になって外へと放り出しもっと世間を知って来いなどとのたまうのは、あまりに酷な話だ。
だとすれば未来のマナが取れる選択肢は一つ。
この失敗の責任を、自ら取る事だけだった。
「……すまぬ。お主には随分と酷な事を──。」
「──それでもッ!!」
今一度、未来の自分に代わって謝罪を口にしようとするマナの言葉を、突然デュオスが抱きしめ遮る。
そのたくましく育ったはずの彼の腕は震えていて、少し頼りなく見えた。
「それでも俺は……ッ!貴女と結ばれて幸せでしたよ!」
「毎日が楽しくて、嬉しくて……っ!可愛い娘まで生まれて……!夢みたいな20数年間でした!」
「だから……謝らないでくださいよ、師匠……。」
「俺とッ!未来の師匠が選んだ道を……!過ちだったなんて、言わないでくださいっ……!」
気を緩めればすぐにでも泣いてしまいそうな程ギリギリでぐちゃぐちゃの感情のまま、デュオスはがむしゃらにマナを抱きしめ、必死に訴える。
そんな弟子の訴えに彼女は言葉を失って、その小さな手で大きな背中へしっかりと腕を回すと、しがみつくように抱きしめ返す。
今自分がやろうとした謝罪も、未来の自分が果たそうとした贖罪も、結局のところは自分が許されたいが為の行いでしか無いのだと、彼女は気が付いてしまったのだ。
だからこの子に必要なのは謝罪や贖罪なんかじゃなくて、もっと──。
「……わかった。もう二度と、お主の未来を否定したりはせん。」
「っ……ごめんなさい、師匠……俺──!」
小さく息を零して優しく背を撫でてくるマナに、ハッと冷静さを取り戻したデュオスは、慌てて彼女を腕の中から解放する。
それから不安げに獣耳を畳んで顔色を伺うような彼の鼻先を、マナはきゅっと指でつまんだ。
「たわけ……お主が謝ってどうする。」
「あ、ご、ごめんなさ……あ、いやっ……!」
大きくなっても中身はあまり変わっていないような弟子の狼狽えた姿に思わず小さく笑ったマナは、少し背を伸ばすとじっとデュオスを見つめ始める。
それが何か責められているように感じたのか、デュオスは落ち着きなく目を泳がせていた。
「……デュオス。」
「は、はい師匠──!」
静かに名を呼ばれたデュオスが慌ててそちらへと視線を合わせた、瞬間。
ぐっと首を伸ばしたマナの小さな唇が、デュオスの唇へと重ねられて、僅かな音を響かせる。
それは決して気まぐれな戯れなどではなくただ、今この瞬間だけは師弟でも親子でもない、未来のダイナの妻としての自分で在ろうという、マナの覚悟であった。
「──!?!?」
「……ではワシは寝る。おやすみじゃ、デュオス。」
突然の出来事に酷く驚き、思考が停止したように固まってしまったデュオスをソファに置き去りにして、マナはそそくさと一人2階へと上がっていく。
例え未来の自分が贖罪のつもりで弟子と結婚したのだとしても、それが幸せだったと弟子本人の口から聞かされて、ほんの少しだけ救われた気がしたマナは、ひとり潜り込んだ布団の中で少しだけ泣いて、やがて眠るのであった。
そしてマナの示したこの覚悟の行動が、後にややこしい事態を引き起こすことになるのだが──それはまた、別のお話。




