第24話『未来より殺意を込めて』
【主な登場人物】
『師匠』
名前:マナ・アスター
性別:女性
種族:ハイエルフ(絶滅危惧種)
年齢:400歳オーバー
容姿:身長140cm エルフ耳 色白 華奢な体型
紫がかった白く長い腰まである髪 金色の瞳
服は白系のワンピースタイプの服が多め
外出時はその上に黒のローブとツバ広の魔女帽子
備考:一人称は「ワシ」 天才魔法技術者、及び魔術師。別名魔術おばけ。
王宮直属の魔術研究機関に勤めていた過去を持ち、数え切れないほどの魔術やそれに関する技術を開発した。
しかし、ものぐさな上に人嫌いであり、面倒事に巻き込まれる気配を察して逃げるように研究所を退職。
それ以来、研究者時代に稼いだお金で買った土地と森で、ダイナを拾うまでは悠々自適な一人暮らしをしていた。
未来から来たという大人になったダイナの話を聞いて強い後悔と責任感を覚え、共に未来を変えようとしている。
『弟子』
名前:ダイナ・アスター
性別:男性
種族:幻魔族(絶滅済みとされていた)
年齢:12歳
容姿:身長152cm(ケモミミを含まない) 狼のような黒い獣耳と尻尾 浅黒い肌 可愛い系な顔立ち 標準体型
赤みがかった黒色で前髪長めの無造作ショートヘア こめかみ辺りからは灰色で小ぶりな巻角 赤い瞳
冬以外は半袖半ズボンで居る事が多い 中でもドラゴンが刺繍された赤いシャツがお気に入り
学校へ行くときは、その上から学校指定の黒いフード付きローブを着用
備考:一人称は「僕」 マナの弟子にして、古に絶滅したとされる幻魔族の末裔の少年。
ある雨の日に、母親からの手紙と共にマナの家の前に置かれた籠の中に入れられていた。
12歳になって学校に通い始めるまで森の外に出たことが無く、少し世間の常識とはズレている所がある。
好きな事は読書と料理、マナに教えてもらう魔術の勉強。最近はそれに学校へ行くことも追加された。
マナの事はもちろん好きだが、その感情の正体や意味を本人はまだ完全には理解していない。
ずっと怪しんでいたデュオスの事を現在は「未来から来た自分とマナの子供」だと勘違いしている。
『もうひとりの弟子』
名前:デュオス(未来のダイナ)
性別:男性
種族:幻魔族
年齢:不詳(見た目は20代後半くらい?)
容姿:身長178cm(ケモミミを含まない) 狼のような白い獣耳と尻尾 浅黒い肌 すっかり大人の顔立ち がっちり体型
ストレスで真っ白になった長いやつれ髪 こめかみ辺りからは黒色で立派な巻角 本来赤の瞳はマナと同じ金色に偽装している
時間遡行の影響で部分的に真っ黒に変色してしまった身体を隠すため、長袖長ズボンでいる事が多い
外出時には、こっちに来てからマナに買い与えられた黒いロングコートを身に纏う不審者スタイル
備考:一人称は「俺」 マナと結婚した未来から来たというダイナ。
ある雷雨の日に落雷と共に全裸で家の前に現れ、不審者だと思ったマナに拘束・保護された。
同じ時間軸に現在と未来の同一人物が存在するという時間的矛盾の発生を回避するために、過去の自分であるダイナには記憶喪失という事で通していたが、現在はダイナの思わぬ勘違いによって2人は父子という事になっている。
未来から来た理由は、この先に待ち受ける最悪の未来を変える為だという。
【その他の登場人物】
『暗躍する謎の幻魔族』
名前:
年齢:20代くらいの若さに見える
種族:幻魔族
性別:男性
容姿:身長176cm 青髪 糸目 標準体型 頭部に犬系獣耳 ツノ 腰に尻尾
備考:ラギルに「先生」と呼ばれる謎の人物。
ラギルからの資金援助を受ける見返りに、技術的な何かを提供しているようだが──?
ソフィエル姫からの依頼で、近頃怪しい動きを見せているというラギル王子の調査へと赴いたマナは、そこで彼が怪しげな青髪の男と密会している現場を目撃する。
しかもどうやらその男はダイナ達と同じ幻魔族のようで、ラギルに父リュケウス暗殺のための毒薬を流していたのもこの男の可能性が高いと見られる。
更に詳しく調べようと接近したマナだったが、気配を察知したその男に危うく捕まりそうになった為、報告も兼ね一旦撤退したのであった。
「ダイナ、学校へ行く準備はできたか?」
「はい師匠!ばっちりです!」
朝、玄関前でこれから学校へと送り届けようというマナが確認するように問い、それに元気よく手を上げてダイナが答えるが、すぐにキッチンの方から小走りでエプロン姿のデュオスが駆けて来る。
その手に持っているのは小さな包み。ダイナのお昼のお弁当だ。
「ばっちりじゃ無いだろ……ほら、お弁当。」
「あっ!ありがとうございます、デュオスさん!」
呆れたように笑いながらお弁当を手渡してくるデュオスにダイナはお礼を言って、肩下げ鞄の中へしっかりとしまうと、少し恥ずかしそうに笑う。
そんな、まるで親子か兄弟のような2人の弟子の姿にマナは思わず笑いが込み上げ、小さく肩を震わせた。
「くふふ……では行こうか、ダイナ?」
「はい!行きましょう師匠!」
今度こそばっちり準備もできたところで、そろそろ出ようかとマナが手を差し伸ばせば、その小さな彼女の手よりも少しだけ大きな手でダイナはしっかりと握り返し、激しく尻尾を揺らす。
もはや日常となりつつある朝の光景だったが、そんなダイナに何か対抗心のような物をメラメラと燃やしている大きい方の弟子がひとり。
「……師匠、待ってください。」
「む?どうし──?」
出かけようとするマナを呼び止めたデュオスが、振り向いた彼女の頬へと唐突に口付けをする。
当然、そんな彼の突然の行動にマナもダイナも驚き固まってしまうが、本人だけは何やら満足そうに笑っていた。
「へへ……行ってらっしゃいのちゅーです!」
「っ……たわけ。」
「……!」
満足げなデュオスの様子を見ればマナは特に叱るわけでも無く、そっぽを向くように扉の方へ向き直る。
だがそんな彼女のどこか満更でも無さそうな反応を見せられたダイナは、何か強い衝撃を受けたような気分になり、同時にデュオスの方を軽く睨みつける。
「(もしかして親子ならこれくらい普通……なのかな……でも、なんか……嫌かも……。)」
「ほら、行くぞダイナ。」
「は、はい師匠っ!」
難しい年頃のダイナ少年は、言葉で表すのが難しいもやもやとした気持ちを抱えながらも、マナに手を引かれて今日も今日とて学校へと向かうのであった。
◆
少しして、ダイナを学校へと送り届けたマナが帰って来る。
予定ではこの後またすぐに王宮へと出かけ、ソフィエルに昨日の件を報告するつもりだ。
「ふぅ……ただいまじゃ。」
「おかえりなさい師匠!帽子とマント、お預かりします!」
「む、いや良い。またすぐに報告をしに出かけるからの。」
マナが玄関を開けるとそこには、既に待機していたらしいデュオスが立っていて、満面の笑みで愛する師匠を迎え入れる。
しかしマナが小さく手を前に出してそれを断ると、デュオスは少ししょんぼりと獣耳と尻尾を下げた。
「じゃ、じゃあせめておかえりのハグだけでも……っ!」
「じゃあって何じゃ、まぁ良いが……ん。」
「師匠~っ……!」
何やら必死に食い下がり懇願するデュオスの姿に、マナは苦笑いを浮かべながらもその両腕をそっと広げる。
するとデュオスは興奮気味に目を輝かせながらマナを抱き上げて、思い切り抱きしめる。
大人の姿になっても変わらないどころか、むしろやや大胆になったとさえ言える可愛い弟子の愛情行動に、マナは喜んでいいやら呆れていいやらわからず、その白くなってしまった獣耳を撫でつけた。
「えへへ……そういえば師匠、昨日は結局どうだったんです?何かわかりましたか?」
「む……ああ、それが実はの──。」
すぐには離れたく無いのか、なんとか抱っこし続けていたいらしいデュオスが、マナの気をそらすように昨日の調査結果について尋ねる。
それに対しマナは少しだけ考えるようにしてから、一応デュオスにも教えておいたほうが良いかと判断して説明を始めた。
「へぇ、青い髪の幻魔族っぽい男……。」
「うむ……こーんな糸目の奴でな、歳は若いように見えたが……お主の例を見るに見た目では判断できぬかもしれぬな。」
昨日見た青髪の幻魔族らしき男について話すマナが、男の特徴を再現するように自らの目を左右に引っ張って糸目を表現する。
見た目の年齢と実年齢が随分と離れているらしいデュオスの例もあって、幻魔族もまたエルフのように若い見た目が長く続くタイプの種族なのだろう。
「(青い髪で……糸目……まさか……。)」
「……どうした?」
その男の特徴に何か引っ掛かりを覚えたらしいデュオスが少し考え込むような暗い顔を見せると、マナはすぐにそれに気が付いて心配そうに覗き込み、そっと彼の頬をその小さな手で撫でる。
「あ、いえ何でも……、……ところで師匠──。」
「ダメじゃ。」
「……まだ何も言ってないじゃないですか。」
首を軽く振って誤魔化したデュオスが、何かを口走ろうとしたその時。
かなり食い気味なマナの返事が、その言葉を遮った。
やや不満げな目で見つめてくる弟子の表情に、マナは小さく笑う。
「どうせ、報告について行っても良いですか?なんて聞くつもりじゃったんじゃろう?」
「うっ……まぁ、はい……。」
覗き見の魔術を使われたわけでもないのに、マナに完全に考えている事を見透かされていたデュオスは素直に肯定するしか無い。
王宮が歴史の闇に隠していた、かつてこの地を支配していたという悪獣の正体が幻魔族である可能性が高い事がわかった今、不用意に王宮へダイナやデュオスを連れて行きたく無いというのは、マナとしては当然の判断だ。
「ふ……そんな顔をするな。昼前には戻って来るつもりじゃから、今日の昼は一緒に食べようかの?何なら、外食でも良いぞ?」
「……わかりました。じゃあ、待ってますね。」
どこか淋しげな表情を浮かべるデュオスにマナはまた小さく笑って、まるで小さな子供をあやすように優しく言い聞かせる。
この歳になってもまだ子供扱いしてくる彼女にデュオスは、何か言いたげな顔をしながらも少し息を零すと、それを了承した。
「くふ、良い子でお留守番してるんじゃぞ~?では、行って参る。」
「もうっ、またそうやって俺を子供扱いして……行ってらっしゃい、師匠。」
ようやく床へと下ろされれば手を振って、マナは再び外へと出かけていく。
そんなマナに手を振り返し微笑むデュオスではあったが、その心中ではやはり例の男の件が気になってしまっているようだった。
「確かめる……だけなら。」
◆◆◆
時は流れ昼前頃。
お留守番を任されたはずのデュオスは現在、王都から少し離れたとある街に居た。
というのもやはり、マナから聞いた青髪糸目の幻魔族らしき男についてどうしても気になってしまったようで、彼女が出かけた少し後になってからこっそりと自分も出かける事にしたのだ。
そうしてあちこちで件の男について聞き回った結果辿り着いたのがここ、ルトアの街であった。
「(王都の行商人から聞いた話では、何日か前にここで背の高い青髪の半獣人っぽい男を見たって話だが……。)」
黒い帽子に黒いコートという純度120%の不審者ファッションに身を包んだデュオスは、建物の陰に隠れながら路行く人々を観察していた。
特に背の高い男、そしてローブや帽子などで頭部を隠しているような者を重点的に。
かれこれ1時間程そうして監視を続けているが特に目立った収穫も無く、不審者丸出しのデュオスが逆に通行人から白い目で見始められていた、ちょうどその頃。
「……ん。(今宿屋から出てきたあいつ……。)」
通りに面した宿屋から現れたローブ姿の人物に、デュオスは注意深く目を向ける。
背の高いその人物はすっぽりと頭をフードで覆っていて、顔や髪色を確認する事はできない。
しかしその頭部には明らかに、不自然な膨らみがあるように見えた。
「(耳……か?いやでも、ただ毛量が多いだけって可能性も……。)」
判断に迷いながらも他に目ぼしい人物も見つかっていないデュオスは、とりあえずその人物を見失わないように追いかける事にする。
そうして暫くの間こそこそと尾行を続けて、その人物が細い路地へと入って行くのを確認した瞬間、デュオスは一気にターゲットとの距離を詰めるべく走り出した、のだが──。
「っ──!?(行き止まり!?あいつは……?!)」
「……何か御用でしょうか?」
「ッ!?」
飛び込んだ先は行き止まりで、追跡していたターゲットの姿も無くデュオスは慌てふためく。
そこへ突然、頭上から話しかけてくる男の声が聞こえて、デュオスは驚きながらも軽く身構え、素早く後ろへ跳んで一旦距離を取る。
「おや、驚かせてしまったようで……上から失礼しました。」
「な……ッ!(壁に……!何かの魔術か!?)」
そう恭しく謝罪する男は、見れば建物上階の壁面へと垂直に立っており、そこからデュオスに声をかけていたのだ。
男は壁面を蹴るとそのままふわりと地面へと着地して、ゆっくりとフードを外す。
すると、その下に隠されていた青い髪と獣耳、そして糸のように細い目をした素顔が顕になる。
「っ……!」
「……先程から後を着けていらしたようで、何か私に御用かと思い、お声がけさせて頂いたのですが……ふむ。」
驚くデュオスの姿を見て、何かに気が付いた様子の男は口元に手を当てて、少し考えるような仕草を見せる。
そしてやはり、その男の姿に明確な既視感を覚えたデュオスは、こみ上げる様々な強い感情をなんとか一旦飲み込むと、小さく息を吸ってからゆっくりと口を開く。
「人違いだったらすまない……、……もしかしてお前は、エクデスか?」
先ほど魔術を使っていたような様子から見ても、他人の空似なただの半獣人であるという可能性は低い。
それでもこれだけは、はっきりとさせておきたいらしく、デュオスは静かに男へ問いかけた。
「如何にも……ですが、どこかでお会いしましたでしょうか?私の記憶が正しければ、貴方とは初対面の筈なのですが……。」
「……いや、あってるよ。……聞きたかったのは、それだけだ。」
初対面である筈にもかかわらず自分の名前を知っているデュオスに、男はやや不審がるような反応を見せる。
だがデュオスはそんな反応を見るや否や、大きく息を一つ零してゆっくりと帽子を外すと、いきなりエクデスの方へと投げつけた。
「っ?!何を──ぐぅッ!?」
唐突に投げつけられた帽子。
それによって一瞬視界を奪われたエクデスを、帽子の向こう側から打ち込まれたデュオスの拳が襲う。
魔術による攻撃は、無力化される事は知っていた。
そして次は無いかもしれない、だから──。
「いきなり殴られて意味がわからない、って顔だな……でもそれでいい、ここで死んでくれ。」
不意の一撃をもろに顔面へ受け、壁に強く叩きつけられたエクデスが、何とか手足の痺れを振り切って立ち上がる。
しかし眼の前には静かで、それでいて紛れもない本物の殺気を放ちながら迫りくる見知らぬ男。
久しく感じていなかった恐怖という感情が、その場からすぐに逃げろとエクデスの本能に強く訴えかけていた。
「げほっ……!まずは落ち着きましょう。私がどこかで何か貴方にご迷惑を……?」
「私の見間違いで無ければ、貴方も私の同胞です……きっと何か誤解が──!」
「黙れ。」
蹌踉めきながらそれでも対話によって場を収めようとするエクデスの顔面に、デュオスの容赦のない拳がもう一発叩き込まれる。
再び壁へと後頭部を強く打ち付けられたエクデスが、口や鼻からぼたぼたと血を零しながら膝をついて崩れ落ちる。
この男は何にそんなに怒っているのか、何故同胞である筈の自分に攻撃をしてくるのか、何故、何故──。
考えても考えても、このエクデスには到底理解できる筈も無かった。
未来の自分が目の前の男の、娘を死なせる原因になったから、などとは。
「……。(これで良い。師匠には申し訳無いけど、これが終わったら──。)」
デュオスが酷く冷静にそう考えながら、息も絶え絶えなエクデスへ向けてとどめの一撃を振り下ろさんとした、その時。
背後から、女性の悲鳴が鳴り響いた。
どうやらこの現場を、偶然にも見られてしまったらしい。
「ッ!?しまッ──!」
ほんの一瞬、デュオスの注意が女性の方へと向いた瞬間。
エクデスは最後の力を振り絞って魔術を発動する。
自らや他者を即座にその場から離脱させる転移魔術、緊急脱出だ。
「……クソ……ッ!くそぉッ!!」
忽然と姿を消したエクデスに、逃がしてしまった事をすぐに理解すると、デュオスは壁へ強く自らの頭と拳を打ち付け叫ぶ。
かつては師が用い、自らの命と引き換えに窮地を救ってくれた魔術で、今度は絶対に逃がすべきではない娘の仇に逃げられる。
運命に弄ばれるかのような皮肉めいた状況に、デュオスは血と悔し涙を滲ませる事しかできなかった。
「……っ……ごめん、キャロル……。」
女性の悲鳴を聞きつけて、すぐに人が集まってくる。
こんな状況では逃げたエクデスの行方を追うことはもはや容易では無い。
そして何よりもこれ以上マナに迷惑がかかってしまう事を恐れたデュオスは、自分の無力さに自棄になってしまいそうになりながらも、亡き娘へ小さく謝罪の言葉を口にして急ぎその場を離れるのだった。
◆◆◆
デュオスが家へと戻ると、玄関の前では既にマナが立っていた。
どうやら彼女はつい先程帰ってきたものの、家の中にデュオスが居ないので森へ行ったのかと思い、探しに行くところだったらしい。
だがデュオスのボロボロになった手を見るなりすぐに何かを察したようで──。
「……ワシが出かけている間、どこへ行っておった?」
「それは……ちょっと森で虫採りを……。」
ソファへと着席させられたデュオスは、マナから回復魔術による手の治療を受けながらも、尋問を受ける。
無論本当の事など言えるわけも無く、デュオスはあまりに無理のある嘘を通そうとする。
しかし、答える彼の獣耳がぴくぴくと2回動き、嘘のサインを出しているのを、マナの目はもちろん見逃さない。
「ほう……?それで、虫を採るために木でも殴りつけたのか?」
「ええ、まぁ……。」
治療をされながらもデュオスは、決してマナと目を合わせようとはしない。
目を合わせてしまったら、嘘を貫き通す自信が無くなってしまう事がデュオス自身もわかっているからだ。
「……それで?虫はとれたか?」
「残念ながら、逃げられました……。」
「……、……はぁ。」
互いに嘘とわかっている会話と治療を終えた後、マナはデュオスに無言の圧をかける。
それでも頑なに目を合わせようとしないデュオスに、彼女は大きなため息をついてから、ゆっくりともう一度口を開いた。
「……ダイナ?」
「ッ!……、……。」
昔からマナがデュオスに向かって何か本気で怒る時の声。
脳裏に強い恐怖として刻まれたその声色に、デュオスの獣耳と尻尾がびくりと反応を示す。
やがて彼は観念したように耳をぺたんと畳み、怯えきった目でゆっくりとマナの方を振り向いた。
「もう一度だけ問うぞ。……どこへ行っていた?」
「……ル、ルトアの街に!……それからちょっとだけ王都にも……。」
次に回答をしくじればその先に何が待っているか、想像するのさえ恐ろしいデュオスは小声になりながらも正直に答える。
王都には行ったが王宮の方には近づいていないからセーフだ、などと自分で自分に言い訳をしながら。
「ほう……何をしに?」
「買いも……いえ、ちょっと人探しに……。」
いつのまにやらソファの上へと自主的に正座をして、すっかり小さくなっているデュオスは、マナの顔色を伺うようにしながら答える。
デュオスの恐怖心がそうさせるのか、いつもは小さくて可愛い筈のマナが、この時ばかりはとても大きく恐ろしい存在に見えた。
「……行ったのか、件の幻魔族の男を探しに。」
「……、……はい。」
「それで?」
「……その──。」
問い詰めながらもどこか悲しそうにさえ見えるマナの瞳に、もはやデュオスは正直に答えざるを得ない。
マナはそれまでの質問攻めから一転して、自らの口から語らせようとするように、そっとデュオスの頬へと手を伸ばす。
そうして腹をくくったデュオスは洗いざらい全てを話した。
あの男がエクデスという、他種族への復讐を先導する危険な幻魔族である事、そして将来マナとの間に産まれる娘の命を奪った仇である事。
ここでエクデスを止められれば、この先に起こり得る悲劇も全て無かった事にできるのでは無いかと思った事を。
「……たわけッ!!」
「ッ……!」
話を聞き終えたマナからの鋭い一撃がデュオスの頬へと打ち込まれ、赤い痕を作る。
その痛みに目を閉じてぐっと耐えたデュオスは、やがてゆっくりと目を開くと、わなわなと打ち震えるマナの小さな手をそっと両手で包み込むように握った。
「何故……何故1人で行った……!もしお前に何かあったらワシは……ッ!」
「……ごめんなさい、師匠。」
強く気を張ったような怒りの声はやがて震えた涙声へと変わって、マナは咽び泣くようにデュオスの大きな手へと顔を埋め始める。
デュオス自身、最初は本当にただ確かめるだけのつもりだった。
それでもエクデスの顔を見た途端、込み上げる憎しみを堪えきれなくなってしまったのだ。
「本当に……ごめんなさい。」
ぼろぼろと涙を流すマナの姿に、師匠がこんなに泣いているのはいつぶりだろうか、とデュオスは考える。
それと同時に、師匠をこんな風に泣かせてしまった自分の至らなさに、また悔しさが込み上げてきて、溢れ出す。
そうして2人は互いに落ち着くまで手を繋いだまま、目いっぱいに泣いたのだった。




