第19話『リスクと覚悟』
【主な登場人物】
『師匠』
名前:マナ・アスター
性別:女性
種族:ハイエルフ(絶滅危惧種)
年齢:400歳オーバー
容姿:身長140cm エルフ耳 色白 華奢な体型
紫がかった白く長い腰まである髪 金色の瞳
服は白系のワンピースタイプの服が多め
外出時はその上に黒のローブとツバ広の魔女帽子
備考:一人称は「ワシ」 天才魔法技術者、及び魔術師。別名魔術おばけ。
王宮直属の魔術研究機関に勤めていた過去を持ち、数え切れないほどの魔術やそれに関する技術を開発した。
しかし、ものぐさな上に人嫌いであり、面倒事に巻き込まれる気配を察して逃げるように研究所を退職。
それ以来、研究者時代に稼いだお金で買った土地と森で、ダイナを拾うまでは悠々自適な一人暮らしをしていた。
未来から来たという大人になったダイナの話を聞いて強い後悔と責任感を覚え、共に未来を変えようとしている。
『弟子』
名前:ダイナ・アスター
性別:男性
種族:幻魔族(絶滅済みとされていた)
年齢:12歳
容姿:身長152cm(ケモミミを含まない) 狼のような黒い獣耳と尻尾 浅黒い肌 可愛い系な顔立ち 標準体型
赤みがかった黒色で前髪長めの無造作ショートヘア こめかみ辺りからは灰色で小ぶりな巻角 赤い瞳
冬以外は半袖半ズボンで居る事が多い 中でもドラゴンが刺繍された赤いシャツがお気に入り
学校へ行くときは、その上から学校指定の黒いフード付きローブを着用
備考:一人称は「僕」 マナの弟子にして、古に絶滅したとされる幻魔族の末裔の少年。
ある雨の日に、母親からの手紙と共にマナの家の前に置かれた籠の中に入れられていた。
12歳になって学校に通い始めるまで森の外に出たことが無く、少し世間の常識とはズレている所がある。
好きな事は読書と料理、マナに教えてもらう魔術の勉強。最近はそれに学校へ行くことも追加された。
マナの事はもちろん好きだが、その感情の正体や意味を本人はまだ完全には理解していない。
ずっと怪しんでいたデュオスの事を現在は「未来から来た自分とマナの子供」だと勘違いしている。
『もうひとりの弟子』
名前:デュオス(未来のダイナ)
性別:男性
種族:幻魔族
年齢:不詳(見た目は20代後半くらい?)
容姿:身長178cm(ケモミミを含まない) 狼のような白い獣耳と尻尾 浅黒い肌 すっかり大人の顔立ち がっちり体型
ストレスで真っ白になった長いやつれ髪 こめかみ辺りからは黒色で立派な巻角 本来赤の瞳はマナと同じ金色に偽装している
時間遡行の影響で部分的に真っ黒に変色してしまった身体を隠すため、長袖長ズボンでいる事が多い
外出時には、こっちに来てからマナに買い与えられた黒いロングコートを身に纏う不審者スタイル
備考:一人称は「俺」 マナと結婚した未来から来たというダイナ。
ある雷雨の日に落雷と共に全裸で家の前に現れ、不審者だと思ったマナに拘束・保護された。
同じ時間軸に現在と未来の同一人物が存在するという時間的矛盾の発生を回避するために、過去の自分であるダイナには記憶喪失という事で通していたが、現在はダイナの思わぬ勘違いによって2人は父子という事になっている。
未来から来た理由は、この先に待ち受ける最悪の未来を変える為だという。
【その他の登場人物】
『マナの幼馴染(姉)』
ミィオ・フィード
年齢:マナの5つ上
種族:ハイエルフ
性別:女性
容姿:身長170cm 色白な肌 スレンダーな体型
ルビーのような長い赤髪 シルバーの瞳 エルフ耳 金縁ハーフリムメガネ
縦セタ黒ニット 灰色スラックス 白衣代わりの抗魔素材の白ローブ 真っ赤なハイヒール
備考:一人称はアタシ ストイックな研究者 マナと同時に入所し、現在は所長
妹であるマナに並々ならぬクソデカ感情を抱いているタイプの姉エルフ
技術者としての腕は確かだが、マナとは別の意味で倫理観が欠如している所がある。
ダイナの発情期事件から数日、すっかりと平穏を取り戻したある日の昼頃。
近隣の街の住民からの依頼で魔法薬の調合する事になったマナは朝、ダイナを学校へ送り届けて戻ってきてからずっと部屋にこもって作業をしていた。
「……師匠ー?もうお昼ですよー。少し休憩しませんかー?」
デュオスが部屋の扉をノックして呼びかけるが、マナからの返事は無い。
その様子に、デュオスは小さくため息をこぼしてからゆっくりと扉を開く。
昔から、作業や研究に集中している時にマナが返事をしない事はよくある事だった。
「師匠──うっ!?なんですかこの匂い!?」
「……こら、誰が入って良いと言った?まだ調合中じゃぞ。」
部屋に入った途端、何かの強烈な匂いがデュオスの敏感な鼻を刺激して、彼は咄嗟に鼻と口を手で抑え顔をしかめる。
すると鼻から下を布マスクで覆ったマナがゆっくりと振り返り、静かに弟子を睨みつけた。
「ご、ごめんなさい……それにしてもすごい匂いですね……何と言うか、砂糖の塊を無理やり鼻に押し込まれたみたいな……。」
「これはまだ原液……希釈しておらんからな。そこにおるならちょうど良い、ちょいと窓を開けてくれ。」
作業机へと向き直ったマナが窓の方を指さして、入口で固まっているデュオスにそう命じる。
彼女の前には怪しげな色の液体が入った幾つかのガラス容器が並んでおり、その中でも一際目を引く大きな容器では、ピンク色の液体がランプの火で加熱されふつふつと泡立っていた。
「……開けました!」
「よし、ではしばらく呼吸を止めておけ。」
「え──?」
デュオスが窓を開けたことを報告するや否や、マナは2つのガラス容器をそれぞれ手に持つと、再び短く命じる。
そしてその理由をデュオスが問おうとした、その時。
加熱中の大容器へと注がれた2色の液体がピンク色の液体と混ざり合い、小さな爆発音と共に容器から噴煙が如き勢いで煙が吐き出され、瞬く間に部屋の中を埋め尽くした。
「っ……!!?」
突然の事に驚き固まってしまいながらも、デュオスは咄嗟に呼吸を止めて待つ。
すると数秒してマナが指を鳴らす音が響き、魔法によって生み出された風の流れが急速に部屋の中の煙を窓から排出していく。
やがて煙が薄れ視界が確保されたかと思えば、そこには煙などお構いなしとばかりに真剣な表情でガラス容器を見つめるマナの姿があった。
「……よし。……む、ああ、もう呼吸しても良いぞ。」
「っっぷはぁ!っはぁ……もう!びっくりするじゃないですか!あんな風になるなら先に言ってくださいよ!」
「だから言ったじゃろう?呼吸を止めておけ、と。」
「いやそこじゃなくって……!……ん?」
完成した魔法薬を見て頷くマナが、うっかり忘れかけていたらしいデュオスの方を見てそう伝えると、彼は息を整えるのもそこそこに文句を垂れる。
いまいち噛み合わない師弟のやり取りの最中、煙の残り香を嗅いで何かに気がついたらしい彼の獣耳がぴくりと反応を示した。
「……あれ、俺この匂い知ってる気がします。」
「なぬ……?こんな物を調合するのはワシも初めての筈じゃが……?」
マナ自身も初めて調合したはずの魔法薬の匂いを何故か知っていると言うデュオスに、彼女は思わず口元のマスクを外して小さく首を傾げる。
すんすんと鼻を鳴らし匂いを確認するデュオスが、ゆっくりとマナの方へと近づいてくると、やがてぴたりとその動きを止めた。
「……あ!思い出しました!これ、アレですね!その……そういう雰囲気の時の師匠からしてた匂いと一緒です!」
「そういう……?ッ──!?た、たわけッ!」
「痛いッ!?」
思い出してすっきりとばかりに笑顔で報告するデュオスの言葉に、マナは一瞬考えてからその意味を理解すると、咄嗟に彼の脛を蹴り上げる。
何故ならば今マナが調合していたのは所謂、惚れ薬や媚薬などと呼ばれる類の魔法薬だからだ。
直接的に服用する他、愛し合う2人が熱い夜を過ごすための雰囲気づくり等で、薄めて香水として使われる事もあるのだとか。
そんな薬を未来の自分が弟子相手に使っていたかもしれないという事実に、マナは少し顔を赤くしながらも急ぎ小瓶に魔法薬を詰め直すのであった。
◆
あれから少し時間が過ぎ、魔法薬の残り香を消すためにマナが昼間から一風呂終えた頃。
一仕事終えてソファでまったりとくつろぐマナの濡れ髪を、デュオスが嬉しそうに魔術で乾かしていると、突然誰かが玄関扉を叩く音が響いた。
「む……薬の受け渡しは明日の筈じゃが。」
「あっ師匠、まだ完全に乾いてないですよ!」
やれやれと立ち上がり玄関へと向かうマナを、デュオスは尻尾を振りながら追いかける。
すると急かすように扉が再び叩かれて、やや面倒くさそうな顔をするマナ。
「そんなに叩かんでも聞こえておる。誰じゃまったく……。」
「はぁい、お姉ちゃんよ!愛しの──!」
「……。」
玄関扉を開けるとそこに立っていたのは見知った顔の赤髪のエルフ。
しかも目の下にはクマがびっしりで、テンションもどこかおかしい。
そんな不審者の姿を見た途端、マナは一瞬怪訝そうな表情を浮かべ何も言わずに扉を閉めた。
「……師匠、今のって──。」
「わかっておる……何も言うな。」
深く長い溜息を吐いて、何も見なかった事にしようとした、その時。
鬼のような勢いで激しく扉が連打され始め、小屋の周囲の木々に止まっていた鳥達が驚いて一斉に飛び立った。
「……やかましいッ!扉が壊れるじゃろうがッ!!」
このままでは扉を破壊されかね無い為、仕方ないとばかりにマナは再び扉を開く。
するとそこに立っていたのはやはりミィオだったが、今度は出てきたマナを何も言わず数秒見つめた後、目にもとまらぬ素早い動きで抱き上げ、抱きしめた。
「おいッ──!?」
「スゥーーーーー…………っはぁ……愛しの妹の匂い……でもちょっと薄いわね。もしかしてお風呂上がり?」
「…………お主、何徹目じゃ?」
ミィオは何の躊躇もなくマナの首筋へと鼻先を突っ込むと、思い切り深呼吸をして妹の匂いを胸いっぱいに堪能して、そんな感想を漏らす。
その姉の奇行っぷりに怒りより心配が勝ってしまったらしいマナは、憐れむような表情でミィオの頭をそっと撫でた。
「ダイナ、すまぬが何か温かい飲み物……それからタオルケットを用意してやってくれ。」
「は、はい!」
何か色々ダメそうだと判断したマナはデュオスにそう指示した後、限界状態の彼女を一旦休ませるべく、指を鳴らし入場許可を与えるとソファの方を指差す。
とりあえずは軽く仮眠でもさせてやろうというマナの心遣いだ。
「ほれミィオ、入場許可をやったから中に──。」
「お姉ちゃん……。」
「む?」
「お姉ちゃんって呼んでくれなきゃヤダ……。」
「…………はぁ~~~。」
ここに来て良くわからないワガママを言い始めたミィオに、マナは再び長く深いため息を零す。
しかしマナの経験上、この限界状態になってしまったミィオへの対処法は1つだ。
「……ミィオお姉ちゃん、私と一緒にソファでお昼寝しよ?」
「──しゅる~~~っ!!」
恥を忍んでマナが耳元で囁くと、つい今しがたまで頑として動こうとしなかったミィオの足が羽のように軽く快活に動き始め、彼女はマナを抱えたままソファへと倒れ込む。
そうして服の上からマナの腹部へと顔を押し当てると、再び深呼吸をした。
「……大丈夫ですか、師匠?ホットミルクです、ここに置きますね。」
「すまぬの……昔から、研究に詰まったりある程度徹夜が続いたりするとちょっと壊れるんじゃよこやつは。」
限界妹狂いエルフと化したミィオの頭を労わるように優しく撫でながら、マナは少し昔を懐かしむように笑う。
新人研究員として魔技研へと入ったあの頃。
朝から晩まで研究に追われ、それでも確かに充実していた若かりし日々。
もしあの時逃げ出さずに続けていたら、今自分はどうなっていただろうか。
そんな事を考えながらも、マナは静かにミィオの赤い髪を撫でた。
「……こほん。……お姉ちゃん、あったかいミルクだよ。冷めない内に飲んで?」
デュオスが用意してれたホットミルクが入ったマグカップへと手を伸ばすと、マナは軽く咳払いをしてから少し演技がかったようにミィオへと呼びかける。
すると彼女はうにゃうにゃと呻きながらも、うつ伏せ状態から180度体を反転させて仰向けになったの、だが。
「……お姉ちゃんに口移しで飲ま──!」
「あまり調子に乗るなよ貴様?」
「ぉぼぼっ!?!?」
あまりにも調子に乗りすぎた結果、笑顔のままキレたマナに無理やり口を開かされ、ホットミルクを流し込まれたのであった。
◆
ホットミルクを飲んですぐマナの膝枕で爆睡を始めたミィオの寝顔をデュオスが少し羨ましそうに見つめていると、唐突にぱっちりと目を開いた彼女と目があった。
かなりはっきりと目があってしまって少し気まずそうなデュオスがちらりとマナの方を見ると、そこには待ちくたびれたのか半分寝落ち状態でうつらうつらとしている彼女の姿。
そんな彼女の半端に開いた口から、一雫のよだれが膝の上のミィオの頭へと滴り落ちそうになった、その時。
「ちょっとッ!?」
「危ないッ!」
「……っ!……何やってんじゃお主ら?」
咄嗟にそれを避けようとしたミィオの頭と、それを受けようとしたダイナの手が力強く衝突。
それに驚きびくっと目を覚まし、既の所でよだれが落ちるのを回避したマナは、何故かそれぞれ頭と手を痛そうに抑えている2人を見て小首を傾げた。
「す、すいませんミィオさん……!」
「大丈夫よ、気にしないで……まったくもう!危ないじゃない!」
「な、何の話じゃ……?それよりもミィオ、お主何か報告があって来たのでは無いのか?」
「そう!そうなのよ!実は──。」
身に覚えのない叱りを受けて困惑するマナが、ミィオが来た本来の目的について尋ねる。
そこでようやく本題を思い出したらしい彼女は、今日ここに来た目的を説明し始めた。
どうやら、先日マナが訪れた時にも話した計画通り、地下資料庫への入室許可を手に入れる事には成功したのだが、1つ大きな問題が発生したらしい。
それは──想定外の同行者の追加である。
「──というわけで、地下資料庫への入室日は3日後。入室者はアタシとアンタともう1人。詳しい事は当日向こうで話すけど……そうねぇ。」
「む?まだ何か問題があるのか……?」
大まかな説明を終えたミィオが、まだ何か言いたげな表情でマナの方を見つめる。
本来の計画ならば、資料庫に入場する際の検問をマナがミィオ作の少女型魔導人形フィオニーツァに扮する事によって突破する手筈であり、逆に言えばそこさえ突破すれば後は問題無い筈だった。
しかし思わぬ同行者が増えたという事は即ち、少なくとも入室してから退室するまでの間、マナはずっとフィオニーツァに扮し続けなければならないという事だ。
「……アンタ、フィオの演技できる?」
「バカにしおって……それくらいできるに決まっておろう!」
懐疑的な目を向けてくるミィオに対して、マナはやけに自信満々な様子。
容姿は元から瓜二つに作られているとは言え、雑な演技では見る者が見ればすぐにバレてしまいそうな物なのだが。
「本当かしら……言っておくけど、バレたらアンタもアタシもクビじゃ済まないんだからね?」
「ま、クビどころか最悪捕まって即処刑じゃろうな。」
「処刑!?や、やっぱりやめましょう師匠!」
「たわけ!ここで諦めたら何も進まんじゃろうが!」
「で、でもぉ……!」
不法侵入がバレたら失職どころか最悪、秘密を守るために消される可能性があるこの計画。
処刑と聞いて嫌な想像をしてしまったらしいデュオスが狼狽え、計画の中止を進言するがそんな事でマナが諦める訳もなく。
「ワシはもちろん、相応の危険は覚悟の上じゃが……お主は良いのか?ミィオ。」
「今更それを聞くの?もちろんイヤに決まってるじゃない!……可愛い妹の頼みでも無ければね。」
最悪の場合命さえ失いかねないという危険な計画にも、妹のためならば命をも預けられると語るミィオの姿に、デュオスは狼狽えた先程の自分を少し恥ずかしく思った。
本来であれば幻魔族の事なのだから自分一人でどうにかしなければならない問題だと言うのに、最初から師匠に頼り切っている。
その師匠どころか、その姉までもが協力してくれると言うのだから、ここで日和ってしまうのはあまりに情けない事だろう。
「……俺も!俺も全身全霊をかけて!計画をお手伝いさせていただきます!」
「ダイナ……。」
心の中で改めて固く決意したデュオスは、目にやる気の炎を滾らせてまっすぐにマナを見つめ、はっきりと宣言する。
だがマナはそんなやる気に満ち溢れたデュオスを静かに見つめ返すと、ゆっくりと口を開いた。
「いや、お主は留守番じゃぞ?」




