1月30日:クロワッサンの呪文の日
「今日は“クロワッサンの呪文の日”だって? なんだか面白そうだな」
アストルが工房でクロワッサンの山を眺めながら、わくわくした声を上げる。テーブルの上には、三日月型のクロワッサンがいくつも並んでいた。
「お父さん、いったい何に使うつもり?」
居間からひょっこり顔を出したフィオナが首をかしげる。彼女の手元には魔法学院で受け取ったという“クロワッサン呪文コンテスト”のチラシがあった。
「ほら、今日は新作のクロワッサン魔法を発表するコンテストが開かれるんだろう? 修理の仕事ついでに、ちょっとした発明ができたら面白いかと思ってな」
アストルはにこりと笑うが、その背後ではレオンがクロワッサンをつまみ食いしようと手を伸ばしている。
「こら、レオン! 食べるのはあとあと! 大事な実験材料なんだから」
フィオナは慌ててレオンの手を払いのけた。
「えー、だって空腹に耐えられないし! 新作呪文より新作クロワッサンの味が知りたいよ」
「フフッ、実験は私も手伝おうか?」
そこへ、ルミナが裏庭からやってきた。両手には摘みたてのハーブを抱えている。
「回復魔法には慣れてるけど、食べ物の魔法はまだ未知の世界よね。でもこういうのって、ちょっとワクワクするわ」
「うん、わたしも混ぜて!」
と、リビングからひょこっと顔を出したのはクリス。手にはいつものように幻影魔法で作った小さな蝶々がひらひら飛んでいた。
「じゃあ、みんなで試してみよう!」
フィオナはチラシを広げ、声を弾ませる。
「題して“ふわふわバインド・クロワッサン”! 見て、この呪文の説明――『クロワッサンからふんわりした魔力を放ち、相手を柔らかく拘束する』んだって!」
「拘束魔法? なんだか物騒そうだけど、名前は可愛いな」
アストルが苦笑しながらクロワッサンを一本手に取る。
「こんな面白そうな呪文、試さないわけにはいかないでしょ!」
フィオナは手元の杖を構え、念入りに呪文の詠唱を始めた。
「あー、でも大丈夫かなぁ…」
レオンが不安げに身を引く。
「大丈夫よ。うまくいけば、ふわっとしたクッションみたいな魔力が広がって――」
言い終わらないうちに、フィオナのクロワッサンが突然ふくらみだし、パンッと弾けた。
「わ、わぁぁー!」
「こ、これは…『ふわふわ』どころか『ばふばふ』ね…」
ルミナが目を丸くして周囲を見渡すと、家中に飛び散ったクロワッサンのかけらが雪のように降り注いでいる。
「おれの頭にどっさり乗ってるんだけど!」
レオンは頭の上に山盛りになった破片を必死に払っていた。
「くっ、失敗したか…。でも、なんだか笑える光景よね」
フィオナは半分呆れながらも、家族と顔を見合わせて吹き出す。
「お掃除が大変そうね。後で私の『お片付け短縮魔法』でササッと掃除しましょう」
ルミナが苦笑いで箒を手に取ろうとしたとき、アストルがぽつりと言った。
「まだ間に合うかな…この呪文をもう少し調整してコンテストに持っていこう。ある意味インパクトはあるぞ」
「ふわふわバインド・クロワッサン……見栄えは悪くなかったけど、味見はどうなったんだろう」
レオンは、床に落ちていないかと名残惜しそうに探している。
そのとき、肩に降り立ったスノーが、片言で呆れ顔を見せる。
「フン…クロワッサン? ボク、もっとカリッとしたほうが好きダケドね」