3月9日:使い魔感謝の日
「今日は“使い魔感謝の日”なんだってよ!」
朝からレオンが鼻歌まじりにリビングを走り回る。落ち着きのない弟を横目で見ながら、フィオナはくすっと笑った。
「ふーん、魔法使いが使い魔に感謝する日ね。なるほど。じゃあ普段はツンツンしてるあの鷹に、ご馳走でも振る舞わなきゃかしら?」
フィオナが言うと、棚の上からスノーがじろりと睨む。
「ツンツン? ボク、そういうわけじゃない…」
スノーが小さく呟くが、フィオナは「はいはい」と言いながら台所へ向かった。
ルミナは大鍋に向かい、香ばしい香草を入れたスープをぐつぐつ煮込んでいる。
「使い魔感謝の日だから、今日は特製のチキンを作ろうかと思って。スノーも肉が好きよね?」
「ボク、好き嫌いはない…食べたければ食べてやってもいい…」
相変わらず素直じゃないスノーの態度に、クリスはくすっと笑いながら頷く。
「ねえスノー、今日はスノーが主役なんだよ? 何かしてほしいことないの?」
「別に……いつも通りでいい…」
スノーはプイっと横を向くが、尻尾の羽根はどこか嬉しそうに揺れている。
すると工房からアストルが顔を出し、彼の後ろには魔力で浮かぶ奇妙な鈴。
「そうだ、せっかくだから“召喚鈴”を修理してみようと思ってな。昔は使い魔と心を通わせる儀式に使う道具だったらしい」
「へえ、それを直したら使い魔を自在に呼び出せるの?」
レオンが目を輝かせると、アストルは苦笑しながら鈴を軽く振ってみせた。
「理屈ではな。いまは魔力が不安定だから音が鳴らないが、修理が終われば—」
カラン、カラン…
突如、鈴が小さく音を立てる。次の瞬間、室内の空気が揺らぎ、一匹の小さな黒猫の幻影がぽんっと現れた。
「なにこれ!? 本当に使い魔が来ちゃったじゃない!」
フィオナが驚き、黒猫の幻影に手を伸ばす。すると猫は「にゃあ…」と鳴きながらふわりと消えていく。
「ちょっと待て、まだ修理の途中なのに…」
アストルが鈴を覗き込むと、再びカランカランと不気味に音が鳴る。続けて壁から緑色の小鳥の幻影、天井から淡い光の蝶の幻影が出たり消えたり。
「わわ、どんどん呼び出しちゃってるよ! 魔力が暴走してるんじゃない?」
レオンが慌てて工房へ駆け込むと、アストルも急いで鈴の魔力を封じる呪文を唱えた。
「…これで大丈夫、はず。使い魔感謝の日なのに、余計な精霊まで呼んじゃうところだったな」
アストルが汗を拭うと、ルミナは胸を撫で下ろす。
「まったく、にぎやかね。でも、なんだか楽しくもあるわ」
「ちょっとビックリしたけど、これもいい思い出かしらね」
フィオナが笑うと、クリスがにこにこと大きく頷く。
「うん、スノーの仲間がいっぱい来たみたいだった!」
「ふん、あんなヤツら、ボクの仲間じゃない…」
スノーはそう言いながらも、どこか照れくさそうに翼をすぼめる。
その夜、ルミナ特製の肉料理が食卓に並び、家族みんなでスノーを囲むように座る。
「いつもありがとうね、スノー。これからもよろしく」
レオンがしみじみと言うと、スノーは羽根をバサリと広げてから、そっぽを向きながら一言。
「ま…ボクがいないと、どうせあんたたち大騒ぎになるんだろ…仕方ないから付き合ってやるよ…」




