3月4日:吟遊詩人の日
「ねえ、今日は“吟遊詩人の日”だって知ってる?」
朝のリビングで、ルミナが竪琴の形をした小さなチョコをつまみながら声を弾ませる。
「吟遊詩人や楽師たちが街中で演奏する日なんだろ? なんか面白そうだな」
アストルがコーヒーをすすりながら微笑む。
「父さん、工房に変な弦楽器が置いてあったけど、あれ修理するの?」
フィオナがテーブルにあったパンをかじりながら尋ねると、アストルはわずかに困った顔をする。
「実はそうなんだ。旅の楽師さんから預かった壊れた竪琴なんだけど、弦が一本“余韻ループ魔法”にかかっててな。下手に修理すると、演奏の音が延々とリピートするらしい」
「へえ、面白そうじゃん! そんなの逆に使えそうだけど」
レオンが椅子の背にもたれながらワクワクした様子で言う。
「いやいや、演奏会で曲が止まらないのは困るでしょ?」
フィオナがレオンを軽くにらむ。
「でも今日って盛り上がるんじゃない? あちこちの酒場で竪琴や笛を奏でて、歌声が響くって聞いたわ」
ルミナはキッチンでハーブティーを準備しながら、どこか楽しそうだ。
「じゃあ、修理が終わったらみんなで酒場に行ってみようよ! 吟遊詩人たちの話って、大冒険の匂いがするじゃない!」
レオンは拳を握りしめ、興奮を抑えきれない。
「それはいいけど……父さん、ちゃんと竪琴の魔法を解除できるの? また変に爆発とかしない?」
フィオナが口をとがらせると、アストルは苦笑い。
「やめてくれ、朝から縁起でもない。大丈夫だよ、適切な“余韻吸収札”を使えばなんとかなるはずだ」
――その昼下がり、工房ではアストルが竪琴を調整していた。
「よし……弦に触れた瞬間、変な音が延々と続かないか、ちょっとテストしてくれ」
「了解! じゃあ弾いてみるね!」
フィオナが竪琴の弦をそっとはじくと、かすかな音色が響く。最初は柔らかな旋律だったが――
「わわっ、なんか高音が……繰り返してる!」
弦の余韻がまるで糸のように伸び、部屋の空気を震わせ続ける。
「まずいな、札が一部うまく働いてないみたいだ。レオン、ちょっとその光の結界を押さえてくれ!」
アストルが慌てると、レオンはテンパりながらも両手を広げる。
「えっと、『結界キープ魔法』ってこれで合ってるかな!? 止まれーっ!」
――しかし、結界が安定せず、音の余韻が四方八方に拡散。工房の壁にかけてあった鐘やら工具やらが共鳴しはじめる。
「ちょ、ちょっと待って! なんだか大合奏になってる!」
フィオナが悲鳴に近い声を上げる。
「わあ、楽しそう!」
クリスがひょっこり顔を出し、スノーを抱いて笑っている。スノーはバサッと羽を広げて鼻を鳴らすように一声。
「楽しそうってレベルじゃないわよ……ああ、もう!」
アストルは苦笑しつつ急いで奥から“余韻吸収札”を追加で取り出し、竪琴にペタリと貼る。
「……おお、なんとか静まったか?」
再び弦をはじくと、今度は普通に澄んだ音だけが流れ、すぐに消えていった。
「やった! これで修理成功だね!」
レオンが安堵の笑みを浮かべると、フィオナもほっと息をつく。
――その夜、家族は街の酒場に出かけ、あちこちで繰り広げられる吟遊詩人の調べに耳を傾けた。美しい竪琴や笛の音、そして物語を語る歌声が響き、客たちは拍手喝采。
「すごいねえ、まるで旅してるみたいな気分になるよ」
クリスが夢見心地の声で言うと、ルミナがにこりと微笑む。
「ホント、音楽で物語が浮かぶって素敵だわ。さっきの修理も大成功でよかったし、最高の一日ね」
すると、肩にひょいと飛び乗ってきたスノーが、店内のにぎわいを見回しながら口を開く。
「……うるさい音も嫌いじゃないけど……下手な即興だけは勘弁してほしい…フン」




