3月3日:桃の精霊の日
「おはよう! 今日は桃の精霊の日だよ!」
レオンが朝から元気いっぱいに叫ぶと、リビングのテーブルに座っていたフィオナが「そうそう、桃の花に宿る精霊に感謝する日なんだってね」と相槌を打つ。
「不老長寿の象徴として桃色の霊酒を捧げるって聞いたわ」
ルミナが微笑みながら、薬草を束ねている手を止める。
「でも、今年はお祭りに行けそう? 街の広場で“桃彩パレード”があるって近所の人が話していたわよ」
「パレードも気になるけど、わたしは家でちょっと実験したいの」
フィオナはワクワクした表情で小瓶を取り出す。中にはほのかに桃色に光る液体がゆらゆらと揺れている。
「その名も『ピーチフラッシュ魔法』! この霊酒と調合すれば、ほんのり桃の香りを放ちながら場を明るくする魔法なの。授業で発表したいんだ!」
「大丈夫か? また大爆発しないだろうな」
アストルが工房から顔を出して苦笑する。
「いつも爆発ばかりじゃないわよ! 今回はちゃんと分量を調整したから!」
フィオナは頬を膨らませながら小さく息をつく。
「ねえ、お父さん、あたしたちも霊酒を捧げるための桃を買いに行こうよ」
クリスがスノーを抱っこしながら言うと、レオンも「おれも行く!」と勢いよく手を挙げる。
「じゃあ、行ってらっしゃい。わたしはここで実験を続けるわね」
フィオナが楽しそうに頷き、アストルたちは街へ向かった。
――数十分後。
「ただいまー。……って、何これ!?」
玄関を開けたレオンが絶句する。家の中がほんのり桃色の霧に包まれ、床には桃の花びらの幻がちらほら舞っている。
「ふわぁ……ちょっと、ロマンチックじゃない」
ルミナが目を丸くしながらも感心していると、フィオナが慌てて飛び出してきた。
「ご、ごめん! 霊酒を混ぜるタイミングを間違えたみたいで、『ピーチフラッシュ魔法』が暴走しちゃった!」
「うわあ……この桃色の霧、なんだかいい匂いだけど、服にも色が付いてるんだけど!」
アストルが袖を見て笑う。
「これだけ色移りすると、洗濯じゃ落ちにくいかもね」
ルミナが困り顔。クリスは「わあい、ピンクのお洋服!」と無邪気に喜んでいる。
「おいおい、こんなに桃色になったら、家自体が桃の精霊の神殿みたいだぞ」
レオンが大笑いすると、フィオナは肩を落とす。
「で、でももう少ししたら自然に霧は消えると思うの。焦らなければ大丈夫……」
その時、グレゴールが地下室からのそのそと現れた。
「なんだ、桃色の香りにつられて出てきたら、ずいぶん幻想的だね。まあ、暴走の割には平和的でいいんじゃないか?」
「はあ……まあ、壊れたものもないし、良しとするか」
アストルが苦笑いしつつ、持ち帰った桃をテーブルに並べる。
「それじゃあ、改めて桃の精霊に感謝ね」
ルミナが霊酒を注ぎ、みんなで祈りを捧げる。部屋には優しい桃色の光が漂い、ほのかな笑い声が弾けた。
最後に、棚の上で羽を休めていたスノーが一言。
「……ふん。桃の香りも悪くないけど……うるさい家族に酔いそうだね」




