2月10日:布団の結界に包まれる日
「お父さん、朝だよ! 起きてー!」
フィオナの声が響く。いつもはのんびり屋のアストルだが、今朝はさらに布団に深く潜り込んでいる。
「おかしいわね……」
ルミナが不思議そうに布団を軽く引っ張る。すると布団がピクリとも動かない。まるで強力な結界に包まれているかのようだ。
「あらら、これは“ふとんバリア魔法”だね」
グレゴールが目を細める。アストルが昔の冒険時代に手に入れた珍しい巻物の魔力が眠っていたらしい。寝る前に何気なく枕元に置いたせいで、安眠結界が発動してしまったようだ。
「起きる気がないってことはないよね? そんなに疲れてる?」
フィオナが布団の上からぽんぽん叩く。中から聞こえるのは「もごもご……もうちょっと……」という、半分寝ぼけた声。
「もう、困るわね。回復術でどうにかなるかしら?」
ルミナが布団の端にそっと手をかざし、薄く光を放つ。だが結界は緩まない。どうやら“ふとんバリア魔法”は魔力を吸収してさらに強化される仕組みらしい。
「よーし、ここは私にまかせて!」
フィオナが力強く魔法の杖を構える。
「決戦呪文! ファイア・フラッフィ」
—布団を温めるだけで燃やさない安全な炎魔法—
が、ふわっと布団が赤く光っても、アストルはますます心地よさそうに丸まるだけ。
「まいったわね」
ルミナは苦笑い。リビングではレオンとクリスがわいわい騒いでいる。
「ねえ、クリスが“幻影魔法”でモフモフの羊をいっぱい呼び出したの。もう部屋じゅう羊だらけだよ!」
レオンが笑い転げながら報告。廊下には白いモコモコの幻影羊が列をなしている。
「まったく、なんでこんな日に限って大騒ぎになるんだ」
グレゴールは鼻を鳴らしつつも、どこか楽しそう。
そのとき、ぴゅんと飛来したのはスノー。いつも偉そうな口調の白い鷹だ。
「アストル、甘えてる……布団離れられない……」
スノーが片言で茶化すと、布団の中からアストルの声がくぐもって聞こえる。
「ちょっと、スノーまで冷やかさないで……」
「仕方ないわね。スノー、あなたの風魔法で布団をめくってくれない?」
ルミナが頼むと、スノーは短く「仕方ない」と呟いてから、かぎ爪から風を巻き起こした。
バサッ!
布団が一瞬でめくれ、アストルはようやく結界から解放された。
「あー、もう。何だか夢見心地で気持ちよかったんだけどな」
アストルが名残惜しそうに大きく伸びをする。すると、幻影羊の群れが“めぇ〜”と鳴きながら部屋を横切っていく。
「ふふっ、やっと起きられたのね。あんまり疲れを溜めないでね」
ルミナが優しく微笑むと、アストルは苦笑いしつつ頭をかいた。
「それにしても朝から賑やかな一日になっちゃった」
フィオナは笑いながら杖をしまい、幻影羊を消そうとするクリスを手伝いにいく。
「あー、今日はもう寝落ち厳禁だよ、お父さん!」
レオンがちゃかすと、みんなで思わず大笑い。
そんな中、スノーはアストルの肩にとまって一言。
「ほんとに……世話のやける家族だな……」




