第七話 願阿魔法
深緑の髪色、金色の瞳、顔立ちや体型に違いはあるものの、その姿はやはり隣にいる彼女との共通項を見つけさせる。
キズナはしかし、だからこそ隣の彼女の方を見ることが出来ずにいた。どんな顔をしているのか、どんな心情でいるのか、想像することすら恐ろしいと感じる。
実の母の遺体を弄ばれることが、一体どれだけの怒りと悲しみを呼ぼうものか、分からないほど彼は鈍くはなかった。
「ありゃあエレナじゃの。なるほど、高位の戦士の遺体に施した防護魔術も突破したのか、流石に一体だけのようじゃが」
ゲオルクが場違いにも分析するようにひとりごつ。その目はどこか期待感に満ちているかのようで、キズナは信じられないという思いを表情に出す。
すると様子を伺っていたガンズが動き出した。しかしキズナにはその姿を捉えることが出来ない。速すぎて見えないのだ。先ほどのキズナの戦いが人体を限界まで使いこなすものなら、ガンズのそれは人間の限界などとうの昔に置き去りにしていた。
だが、対する亡者もそれに負けず劣らずの体だ。ガンズの放つ炎を躱し、自らも蒼き炎を繰り出している。ガンズのそれとは違い、亡者の放つ炎は足元の亡骸の山を燃え上がらせ、辺りには肉の焼ける臭いが立ち上ぼり始めていた。
それを見たゲオルクが、あろうことか快哉を叫び始める。
「ほう! ほうほうほう!! なんということじゃ、見なさいリィナ! あの死体魔法を使っておるぞ、それも蒼き炎を!」
目を爛々と輝かせ、リィナに向かって亡者を指差しながら滔々と語る老人。キズナはやはり信じられないといった顔で老人に顔をしかめるが、リィナは瞑目して僅かに考えたのち、冷静さを取り戻して亡者を見据えた。
「ええ、本来ならあり得ないことですね。リビングデッドが生前の魔法を用いること自体通常あり得ないことですが、それが願阿魔法ともなれば、下手をすれば史上類を見ないものですらある」
実の母の遺体が得体の知れないものに操られている最中、それを分析して語るリィナの姿に、キズナは僅かに胸に疼痛を走らせた。それは、彼女が自身の感情を飲み込んでいることが彼には分かってしまったからだ。
だが、キズナのそんな様子を彼女はあえて触れずにいるのも、彼はまた感じ取っていた。
「そうじゃ、そうなんじゃ! これはとんでもないことじゃぞ、こやつの持つ魔法は、歴史に残り得る……いいや、歴史を変えることすらあるものかもしれん!!」
そう宣って、老人はキズナを杖で指し示した。だが、当のキズナはそれに目を丸くして何を言われているのか理解していない。
理解できる部分があるとすれば、この老人の言葉をそのまま受け取るなら、あのゾンビはキズナ自身が魔法で動かしているということだ。
そんなことは、彼にとっては到底信じがたい話であった。
「俺の……魔法? あれが、あれがか!!?」
キズナは瞬間的に、怒髪天を突く勢いで老人に怒りを膨らませた。彼にとって永遠に思えるほど長く続いた苦しみの種が、自らが生み出す魔法によるものだと宣うなど、冗談にしても笑えなかったからだ。
「あんたさっきからなんなんだ! 目の前にいる人間の母親が、その遺体が、弄ばれるのを面白がってはしゃぎやがって! その上あれが俺自身の魔法だ!? ふざけんじゃねえぞ!!」
だが、倒れそうな身体に鞭を打ち、ゲオルクに食って掛かろうとするキズナを止めたのはリィナだった。
手を差し出して制する形で彼を止め、横目にその目を見据える。
「私のことなら気遣いは要らない、あれはお母さまであってお母さまじゃないもの。既に魂はあの身体にはない、ならあの現象について冷静に分析するべきなのは当然なの」
「おま、なんだよそれ……それでいいのかよ……!」
聞きようによっては無情とも言える物言いに、しかしキズナは何も言えない。彼女自身がいいと言うなら、原因になった自分にそれを言う資格はないのだから。そして、キズナにはもう一つ納得のいかないことがあった。
「俺にだって……もっと怒ったっていいはずだろ! なのになんでそんな目を向けてるんだよ、まるで、同情するみたいに……!」
リィナはその言葉を聞いて、僅かに目を丸くしてキズナの顔へ向く。しかし、すぐに伏し目がちに目を反らした。
「違う……同情なんかじゃ……」
しかし、そのやり取りを遮るように、彼らの前方から巨大な爆炎が向かってくる。突如として現れたそれにキズナは身を固めるが、その身体が炎に包まれることはなく、気づけば前方に青い膜のようなものが張られていた。
「な……これは……!」
キズナが驚くのも気にかけず、リィナはその炎を観察したのち、目線を変えずにゲオルクへ問いかける。
「先生、この炎は生前のお母様のものより……」
投げ掛けられた質問に杖を前方に掲げた姿勢のゲオルクが静かに唸る。先程の青い膜はゲオルクが張った防護壁のようなものなのだとキズナは理解するが、理屈はさっぱり分からない。
「そうじゃのお、願阿魔法であることには違いない、僅かに破壊の性質が付与されておるからの。じゃが魔力も込められた意思も弱い。何か理由がありそうじゃの、色々調べたいところじゃが……ガンズ、これガンズ!」
ゲオルクが戦闘中のガンズの方向へ声を張り上げて呼び掛ける。常人が入り込めば一瞬で消し炭になりかねない常軌を逸した戦いの場に、到底そぐわない気の抜けた声が響く。
「いつまで遊んどるんじゃ、早う終わりにせんか! ……まったく仕方ないのう、娘に甘いのは死後でも変わらずか」
ひどい言い種のゲオルクにキズナの顔はいよいよ歪む。この老人の正常な倫理観が備わっていない性格が彼には受け入れがたかった。
キズナの目にも、ようやく彼らの戦いが見えるようになってきている。しかし、先程の亡者の群れへは強大な力を振るっていた筈のガンズが、かの亡者には防戦一方のように見える。
「なんか……苦戦してないか?」
「言っておくけれど、お祖父様のお力はあんなものじゃないわ、理由は……分かるでしょう」
やや皮肉にも聞こえる言い方に、キズナは僅かに胸の痛みを思い出す。しかしそれを表には出さず、しかめたような目で彼らの戦いに目線を追い付けるのに注力した。だが、その戦いにしびれを切らしたのはゲオルクだった。
「ああもう見てられん!」
ゲオルクがそう叫んで杖を振ると、突如として亡者の足元から渦を巻く水の柱が立ち昇る。
それは凄まじい勢いで亡者を呑み込むと、その動きを封じた後、今度は足元から凍りつき始めた。亡者は氷柱の中で閉じ込められ、指先一つ動かなくなる。
「ゲオルク! 貴様!!」
これではガンズの炎も、亡骸に取り憑いたものを祓うことが出来ない。それが分かった上でゲオルクはその氷柱を作り上げた。
「なんじゃガンズ、娘の死体とまだ踊っていたかったのか。それとも貴重な研究素体を悉くただの死体に戻すつもりじゃったか?」
まるで人の心があると思えない口ぶりに、キズナはたまらずゲオルクのもとへ歩み寄り、その胸ぐらを掴んだ。
「俺が言えた義理じゃないのは分かってる……けどよ、お前のその口ぶりはいい加減見過ごせねえ……!!」
「なんじゃ小僧が、お主にそれを言う権利があるのかの。……ワシに意見しようだなど五百年早いわ」
ゲオルクが飄々とした雰囲気を捨て、キズナを威圧する。その圧力は、ガンズの放つそれと遜色ないものだったが、キズナはそれに屈しない。
しかし、その胸ぐらを掴む手をリィナがそっと包み、キズナの顔を見て首を振った。
「お前……」
リィナの顔を見て、キズナは俯いて手を離し引き下がる。彼女の表情は冷静でいながらも、そこに彼を非難する色は持たず、悲しみを湛えていたのが分かってしまった。
「ふん、それでいいんじゃ、それで」
掴まれていた襟を正すような動きをしながら、ゲオルクが鼻をならしてみせる。しかし、リィナはゲオルクに対しても厳しい声を出す。
「……先生、前から言っていますが、研究対象にのめりこむあまり周囲に目がいかなくなるのは悪い癖です。遺体を用いた研究だって、周囲を納得させ許可を出しているのはお祖父様ですよ。時代は変わっているんです」
すると、それまでふんぞり返っていたゲオルクがばつの悪そうな顔で少し縮こまる。どうやらこの老人は教え子のリィナに弱いらしい。
「オホン……ともかくこれで此度の騒動は片がついたの。エレナはワシの研修室に運び込む、リィナとそこの勇者見習いも来るんじゃ」
ゲオルクが議論の余地はないと言わんばかりに言い切りながら、亡者を抱えた氷柱に向かって杖を振るう。すると氷柱は亡者の周囲のみ切り取られ、その他の部分は砕け散ってたちどころに霧散した。
魔法を用いてのものか、エレナと呼ばれる女性の遺体は氷漬けのまま宙に浮き、ゲオルクのもとへ引き寄せられる。
「待て、勝手なことを言うなよゲオルク。私は許可した覚えなどない」
だがガンズはその結論に到底納得などせず異を唱える。しかしリィナがガンズに一つ歩み寄り、胸に手を当てて真っ直ぐ見据える。
「心配なさらないでくださいお祖父様、私がついてゆきますので。いくら先生と言えどお母様に無体は働かせません」
言いながらリィナはゲオルクの方へ細めた目を向ける。ゲオルクはやはりばつの悪そうに頬をかきながら目を反らした。
「……リィナよ、言うまでもないと思うがしっかり見張れ。この老人を諌められる人間は限られている」
ガンズは思わずといった調子で目頭を押さえながらリィナに言い聞かせる。キズナはそれらの様子を見て知らずにため息をついてしまった。
「……なによ、そんな目で見ないで」
「いや、こいつらをそんな風に言いくるめられるお前が一番怖くなってきたっつうか……」
「失礼ね、愛されてるのよ私は。可愛さの賜物だと思って頂戴」
ここに来て出会い頭を思い出させる調子でふんぞり返る彼女に、キズナは明後日を向きながら思わず苦笑いを浮かべてしまう。
そんな二人の様子を、ガンズは僅かに呆気にとられながら眺めているが、二人にはそれが見えていなかった。
「そんじゃま、行くとするかの。ガンズは残って遺体の回収作業の指揮でもとっとれ。ほいじゃあの~」
流石に限界だったのか、大きくため息をついたガンズを尻目に、ゲオルク以下三人はその場をあとにするのだった。




