第一話 氷の家
キズナとリィナの二人は、ウルフェムラの西部より小さな街道を歩いていた。
街道といっても、ウルフェムラには本来招かれたもの以外立ち入ることは出来ない。
広大な森には幾重にも結界が張られており、崖に挟まれた街道の終着には門が敷かれているため、結界を抜けるのに必要な魔術の用いられた許可証と、本人の認証登録が必要である。
そのために往来もあまりないので、街道自体はさして整備もされておらず、道も広くない。
キズナはその変わり映えもせず、閉塞感のある道に段々と嫌気が差してきていたが、隣を歩く人物には伝えずに黙々と歩いていた。
だが、そうしていると彼女の方がむしろしびれを切らしたかのように、キズナに話しかけてくる。
「何か面白い話をしなさい、今すぐに」
「いきなり無茶振りをすんなよ!?」
「私この道があまり好きじゃないのよ、うちの国の排他性のようなものを表していて。景色もずっとつまらないし」
「そりゃあ俺も多少感じちゃいるがな……」
面倒なことを言うリィナに渋面を作ってから、キズナは少し考えるようにし、一つ咳払いをして思い出したように語り始めた。
「そういや前にダインの家にラクのやつと遊びに行った時、テーブルに菓子が置いてあってな」
キズナは数日前、試練を終えたあとの出来事を思い出しながら語り始める。
「コリンさんは甘いもの食わねえし、ダインとラクと三人で全部食っちまったんだよ。そしたらコリンさんが帰ってきて『これはアクセル様に渡すものです』って」
「なんでそれをコリンが持ってたの?」
「それがさ、アクセルの野郎あれで甘いものが好きらしいんだが、恥ずかしくて隠してるらしくてな」
「まあ確かに似合わないけれど、今時隠す方が女々しい気がするわね」
中々に辛辣なことを言うリィナだが、キズナはあの男を庇うつもりがないので特に何も言わなかった。
「ともかく、それを知ってるのがダインとコリンさんくらいだから、商人に頼んで取り寄せたものを不在のうちにコリンさんに預かってもらったらしい。俺たちはそりゃもう大慌てだよ」
「……よく命があったわね、食べ物の恨みは怖いわよ、それも楽しみにしてた甘味だなんて」
どうやら彼女は一転、アクセルの方に同情したらしい、キズナもその様子を見てアクセルが期待に目を輝かせて待つ様子や、それを手に入れられずに肩を落とす様子を想像してしまった。
現実のアクセルはそんな風に可愛い表情を見せることはないだろうに、何故か戯画化されて頭のなかで展開されるアクセルを、キズナはどうにか追い払う。
「まあ俺たちも多少の恨みがあるとはいえ、随分悪いことをしたなと思ってさ、どうにか再現できないかとコリンさんに知恵を借りてその菓子を作り直したんだよ、んでそれをアクセルに持ってった」
「それで、どうなったの?」
「アクセルのやつ、それを一口放り込んだ瞬間、こう言ったんだ。『なんか、お袋の味に似てんなぁ、思ったより懐かしい味だぜ』って。その上ダインにお前も食うか? ってさ。それを聞いたダインが『いや、なんか色々お腹いっぱいでよ……』って返したんだよ」
「思ったよりいい話で落ち着いたわね」
「その後俺たちは金を出しあってその菓子を取り寄せ直した。そろそろ届くはずだし、今頃ダインのやつはアクセルにそれを渡してこっぴどく怒られてる頃じゃねえかな」
「まあそうね、昨日ウルフェムラに向かう商隊とすれ違ったし、彼らの中にそれを運ぶのがいるのかも。でも案外、あなたたちが渡した菓子の方も気に入ったりしてるんじゃないかしら?」
「どうだろうな? あれとダインの関係性というか、空気感はよく分かんないし」
「アクセルも意外と気を遣う事があるのね、面白い話かと言われると疑問だけれど」
「悪かったな、レパートリーがなくて……」
リィナの言う通り、キズナたちがウルフェムラを離れたのは今日のことではない。
リィナの魔術とキャンプ道具で仮宿を建て、そこに寝泊まりしながら進んでおり、国を発ってからは既に三日目である。
一応今いる場所もウルフェムラの領土内ではあるが、もう直に隣国のマレミアとの国境となる位置だ。
「多分今日のうちにブランの町には着くけど、初めての旅路の感想はどう?」
「正直あんまりにも景色が変わらないからなぁ……旅に出たって実感はまだねえけど、意外とまだ不便は感じてないよ」
「あら、誰のお陰だと思ってるのかしら」
「ははぁ~、百杖の魔女様あっての快適な旅路で」
わざとらしく目や口を一文字にしながら、キズナが手を擦り合わせて歩きつつ頭を垂れる。
「なんかむかつく、やり直し」
キズナは今度は、無言で手をくるくると回しながら腹に当てて前方にお辞儀をする。
まるで卑しい道化のごとき茶化しかたに、リィナは思わずため息をついて、彼の腹を小突く。
二人がそうして歩いていると、キズナは前方になにやら見慣れぬものを見つけた。
「なんだあれ、家か?」
彼の言った通りそれは家だ、しかしどう見ても妙なものだった。
木造ではない、さりとて石造りでも、塗装がされている訳でもない。
全体的に透明感があるが、さりとて中は見えず、更には全体から何か冷気のようなものが発せられている。
「氷の……家?」
「こんにち、ドーーン!!」
訳の分からない掛け声とともに、キズナは背中から衝撃を受けて前方へ数メートルも転がされていった。
そしてそのままの勢いで、氷の家の脇にある箒やら何やらの雑貨類に頭から突っ込み、天地を逆さに見上げる格好で止まる。
「……サヨ、あなたいきなり何してるの」
「やあやあ愛しのお姫さま、いい天気でそしてご機嫌うるわしゅー。やっと来たねー、遅かったじゃん待ちくたびれたよー!」
転がされたキズナは器用にも、天地を逆さにしたまま胡座をかき、下手人の姿を視界に収める。
サヨと呼ばれた彼女は今しがたドロップキックで転がした自分のことなど目もくれずに、隣のリィナに話しかけていた。
恭しく礼の真似事などしてみせたと思えば、彼女の両手をとって子供のように跳び跳ねてはしゃいでいる。
「キズナはなんでそんな雑技団みたいな格好でいるの、早く立ちなさい」
「こっちの世界にもあんのか、雑技団」
ようやく自分の惨状に意識を向けられた彼は、リィナの言葉通り雑技団のように逆立ちから立ち上がる、倒れかかってくる箒を払い除けながら。
「ん、で、誰なんだその女は」
あくまでにこやかに接しようとするキズナだが、その表情はひくひくと痙攣している。
それを見たサヨと呼ばれた少女は、まるで無邪気かのごとくにっこりと笑いながら自己紹介をする。
「わたしはサヨ、あなたと同じ日本人で異世界人だよ! そしてリィナ姫とは姉妹みたいなもので、これからあなたの旅の仲間になります、よろしくね!」
キズナは唖然とした表情で思わず、リィナの方を見やる。
彼女は頭を痛めたかのようなポーズでため息をついたがしかし、あろうことか頷いて見せた。
「色々聞きたいことはあるんだけど、まず一個いいか…………願い下げだこのやろう」
「あはははは! んなこと言うなよこのやろー!!」
やかましく肩をバシバシと叩いてくる少女に、キズナはこの先の旅路に不安を抱いた。
◇
キズナとリィナの二人は、どうやらサヨのものだったらしい氷の家の中へと招かれ、茶を出してもてなされていた。
時期的にぴったりの筈のアイスティーも、この段々と底冷えするようなロケーションではあまり口が進まない、何しろグラスまで氷なのだ。
「俺、ここに長居すると風邪引くかも」
「仕方ないでしょ、気合いよ気合い」
「お前一応インテリキャラじゃなかった?」
二人のそんな掛け合いは他所に、サヨはるんるんと口に出して歌いながら台所を行き来している。
「はいこれ、じゃがいもの冷製ポタージュと、きんきんに冷やして固めた七つ野菜のテリーヌでしょ? ローストビーフ(冷蔵してたもの)に、川魚の冷製パスタ!」
「あったかいものってない?」
「ないね、全部冷えちゃうし!」
「そうか、ないのか」
キズナはリィナの出す料理とはまた別のベクトルで、出された料理を神妙な面持ちでもって眺める。
口にすると、隣に座る彼女の出すものとは比べ物にならないクオリティではあるものの、段々腹が冷えてぐるぐると唸り始めるのを感じた。
隣のリィナは流石、澄ました表情で口にしているので、彼は思わず感心してしまった。
彼女の唇がちょっと青紫になっているのを見つけるまでは。
「な、なあリィナ……カバンに入ってる沸騰の魔石でお湯沸かしていいか? 温かい茶を入れたい」
「ききき奇遇ね、わわ私もそうするべきだとそそそろそろ感じてたわ」
「お前もう声震えてんじゃん、無理すんなよ……」
二人して最早身体の震えが隠せなくなってきた頃合いだったが、ようやく自分も席に着いたサヨはにこにことこちらを嬉しそうに眺めている。
「いやぁ~、姫が男の子連れてうちに来るなんて、感慨深いなぁ。出発の前にゆっくりしていっていいんだからね? ブランの町へはまだ半日かかるしさ、旅は長い!」
「悪いけど、ゆっくりしてたら旅が早くも終わりそうなんだ、取り敢えず要点を話そう。あと飯はうまい、ありがとう」
「えへへ~そうでしょ? 自信あるんだー、無駄に長生きしてるからね~」
その割に他人の顔色を見るのが苦手そうだと感じたものの、それを口にしないキズナだった。
彼はカバンをまさぐって取り出した魔石とカップで、出されていた水をお湯に変える。
ティーバッグを浸してひとまず待ち、それをリィナに渡してサヨに向き直った。
「まず、旅についてくるって話は前からあったのかよ、リィナは元から知ってたみたいだけど」
「そだよー、わたしが姫にお願いしてついて来させて貰うことになったの。まあ、年長者として色々監督をね? 旅の経験者でもあるし」
「年長者……か。この世界の連中が見た目通りの年齢じゃないのはもう知ってるけど、あんたの場合いくつなんだよ? どう見ても俺らと同じか年下にしか見えねえ」
「それはまあ、内緒かな。乙女に年齢聞くなんてご法度だよ? 打首獄門、なんってね」
彼女は明るげに恐ろしいことを言うが、冗談か否かがキズナには判じられなかったので、その話題については口を紡ぐことにした。
「こいつと姉妹みたいなものってのは? お前ソニアにもそんなこと言われてなかったか」
キズナはリィナの方を向いて話すが、当の本人はぶるぶると震えながら、温かいお茶の入ったカップを覚束ない手元で口許に運んでいるばかりだった。
「ソニアちゃんの場合、実際叔母みたいなものなんだけどねー。勿論血縁的には他人だよ? わたしもソニアちゃんもね。ただ、わたしの場合姫のお父さんたちに育てられたから、実質的には義理の姉妹、みたいな感じ?」
「ふーん……」
「まあわたしがついてくるのは悪いけどもう決めてることだからさ、キズナくんも悪いけど、迸る男の子のあれ的な何かをリィナちゃんと二人きり……みたいなのは期待しないことだね。代わりにキズナくんには頼れる相棒を紹介してあげるよ」
「よく喋るなぁお前……」
キズナは正直なところ、もう既に疲れていた。
ハイテンションな相手とはつい先日まで一緒にいたものだが、ラクに関しては割と空気も読める人間だったので苦労はしてない、目の前の彼女とは別物だ。
「んで、その相棒ってのはなんだ。犬か馬でも紹介してくれんのかよ」
「ちっちっちー、そこは普通に人間ですよ。この先のブランの町にね、サンくんって子がいるの。その子を拾ってあげて欲しいなーって思うんだ。勿論わたしも一緒に勧誘するからさ、いい子なんだよー! 可愛いし頑張り屋さんだしね」
「はぁ……別にいいけど、そいつ使いもんになるのかよ? 一応これ魔王を倒しに行く旅なんだろ?」
懐疑的なキズナの態度に、サヨはにやりと表情を変える。
それは今までの無邪気そうな、強く言ってしまえば頭の軽そうな態度とはまるで違うものであり、キズナは思わず目を丸くしてしまった。
「当然、今のキズナくんよりは強いよ、あの子は」
「……へえー」
挑発的なサヨの態度に、キズナは自分も挑発的に笑みを返す。
今のキズナは、試練に挑む前とは比べ物にならない強さを手にしていた。
願阿魔法の覚醒により使える魔力は以前より大きく増しており、更には武具に関してもマナカから受け継いだ自在棍に加えて、ゲオルクに作成を協力された自身の剣も持つ。
彼女の発言はそれを知ってのものであるのか、そうであるにしても、こと戦闘力においては自身のアイデンティティとすら考えているキズナにとって、その発言は無視できない。
「そいつは……会うのが楽しみだな」
「でしょでしょ? わたしも久々に会うから楽しみだなー!」
意気込んでいるキズナに対しても、知ってか知らずか快活な態度を崩さないサヨ。
噛み合わない二人の会話に割って入って、リィナの「くちゅん!」というくしゃみの声が、氷の家に反響した。




