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de anima~死人倣いの異世界奇譚~  作者: 各務クギヒト
一章 ウルフェムラ編 後編
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第三十二話 火尖槍

 洞窟の最深部、キズナの魔法の発動を察知してか、泥の王(グーラ・レクス)は警戒色のごとく、水色の巨体に朱色が混ざり始める。

 キズナは、その巨体を見据えながらも、後ろにいるリィナに語りかけた。

「リィナ、悪かったな」

「……なにがよ」

「いや……色々っつーか」

 こんな姿になってまでも、煮え切らないキズナにリィナは「ふん」と鼻を鳴らす。

「分かったならいい、とにかく、さっさとあいつをぶっ飛ばして」

 さも軽々しく言ってみせるリィナに、キズナは振り返って苦笑してしまう。

「やることはさっきと同じだ。あいつん所まで道を開いてくれ、出来れば機を見計らって動きも止めて欲しい」

「注文が多いわね」

「ああ、まったくすまねえと思ってるよ」

 今度こそ、キズナは泥の王へと身体を向け、マナカの形見の槍を構える。

 彼がこの世界に来てから使っていた無銘の剣とは比べるべくもない業物だが、それ以上に、まるで自分が随分と使い込んだかのような手応えを感じていた。

「いいわね、動きを止められるのは数秒程度、ここって場面じゃなきゃやらないから、ちゃんと見極めなさい」

「誰に言ってんだ、見損なうなよ」

「ならいい……今よ、行って!!」

 リィナの合図とともに、キズナが駆け出す。

 泥の王は本能的に何かを悟ったのか、自らの体積を減らしてでも大量の配下を生み出し、それらがキズナのもとに殺到してくる。

 キズナはその先頭の一群を、槍先から紫の焔を走らせて焼き払った。

「魔法!? あいつ使えない筈じゃなかったのか!!」

 リュウヤが驚き声を上げるが、その後ろで、マナカの亡骸を抱えるユウカが呟く。

「うそ……あれ、マナカの炎だ」

 リィナの杖が援護するなか、これまでにない数で押し寄せるスライムたちをものともせず、キズナが泥の王へと迫っていく。

 その数は最早数えきれないほどで、洞窟の地面を覆い尽くして余りあるほどのものだ。

 だがキズナは、その大群を悉く焼き払い、海を割るかの如く道を開いていった。

 スライムたちは数で押すのを諦めたのか、近くにいる個体同士で合体し始め、その身体を圧縮し強個体を形成する。

 その数はおよそ百にも及び、目にも止まらない速さでキズナを取り囲む。

 だがキズナは、それらの放つ触手や溶解液、体当たりを切り払い、躱し、すれ違いざまに核を破壊し、紫炎でまとめて焼き払う。

 感情を持たない筈のスライムたちが後ずさりし、その半数を減らして母体へと帰っていった。

 そしてがら空きになった泥の王のもとへ、キズナが猛然と駆け込んでいく。

「いける、いけるぜ!」

 ダインが興奮したように叫び、候補生たちも皆彼の背中に希望を見る。

 しかし、泥の王(グーラ・レクス)はその程度では終わらない。

 先程マナカの胴を貫いた黄金色の個体が三体、キズナを取り囲む。

 黒個体すら凌駕する素早さでキズナの周囲から攻撃を繰り返す金個体たちに、キズナはわずかに翻弄されるかに見えた。

 しかし、その金個体たちが放つ触手を、溶解液を体当たりを、彼はすべていなし、躱して、その場でぐるりと回転して炎の渦に巻き取った。

 紫炎の渦は凄まじい勢いで上昇気流を作り、巻き込まれた金個体たちは宙に打ち上げられ、そのまま蒸発する。

 それを確認することすらなく、キズナは猛然と王本体へと向かって走り出した。

 自らが相手取ることを決めた王は、その身体から、百を越える数の触手を伸ばす。

 その速度は、強個体の放つそれすらをも軽く凌駕する。

「な……なんだよあれ」

 一本ずつが意思を持ったように動く、当たれば即死の無数の鞭の乱舞の中で、キズナはそれでも踊るようにそれらを躱していく。

 リィナの杖も援護し、彼の背中を守りながら触手を捌いていく。

 そして、彼の身体が、ついに泥の王のもとへ届いた。

「いけ、キズナ!」

 治療を受けていた筈のラクが、身を乗り出して叫ぶ。

 ついに、この地獄に終止符を打つ瞬間が訪れたのだと。

 しかし────。

「────危ない、避けて!」

 リィナの声がキズナの背中に届いたのと同時に、彼の身体が高く打ち上げられた。

 激しい衝突音が洞窟の天井で発せられ、彼がとてつもない勢いで打ち付けられたことが誰の目にも理解できた。

 泥の王は勝利を確信したのか触手を下げ、洞窟内には静寂が戻ってしまう。

 候補生たちは絶望する、あれだけの勢いで打ち付けられたことにも、それを為した一撃が持っていたであろう威力にも。

 自分たちの中に生まれた希望が、打ち砕かれたのだと。

 だが、その中でリィナだけは目を凝らす。

 そして、天井に打ち付けられた彼が、生きていることを認めた。

「生きてる……槍で防いでたんだ」

 キズナは、自分を打ち上げる触手の一撃を、成殻(じょうかく)と槍を用いて防いでいたのだ。

 しかし、その勢いは殺せず、天井への激突によって意識は朦朧とし、頭から夥しい血を流している。

 それでも、洞天の高い天井へ槍を突き刺し、それに掴まって見下ろしていた。

 自分の、自分たちの倒すべき敵の姿を。

「……いい、位置」

 槍先を天井から抜き、重力へ身を任せる。

 いつか、同じように落ちたことを思い出す。何もかもに絶望し、意味を見失ったあの日のことを。

 しかし、今は違う。

 自分がここで死ぬことも、これ以上忌むべき敵に好き勝手を許すことも考えてはいなかった。

 そして、ただ落ちるだけのあの時とは、違うのだ。

 魔力を練り上げ、身体から炎を吹き上げる。

 その熱によってゆっくりと落ちるなかで、彼は彼女の願いを手繰り寄せた。

 詠唱を、開始する。


「──ひとつ咲いては儚けど、(とお)つ咲いては花束へ」


 彼の放つ声は決して大きくない。

 しかし、その場にいるすべてのものが、その声音を耳にした。

 魔力を含んだ声が響かせる、全力の魔法の使用宣言、願いの宣誓。


(これ)夢見たるは遥かなる憧憬、照覧せしは理想の望郷──」


 泥の王は自らに迫る危機を察知し、触手を差し向けようとする。

 しかし、魔物を囲んだ無数の杖が雷を放ち、その動きを封じ込める。


「叶わざるすべての願いよ、この一撃を以て(はなむけ)とせん──!!」


 彼は思い出す。

 空色の少女の、やさしい微笑みを。

 その胸の痛みを、全霊の魔力に込めて。


百華一耀(ひゃっかいちよう)火尖槍(かせんそう)!!」


 瞬間、世界から音が消えた。

 薄暗かった洞天が、炎に照らされ光が満ちる。

 咲いていたのは、大輪の花だった。

 泥の王の身体を覆うほどの、大きく、荘厳な、炎で象られた一輪の蓮の花。

 その周囲からは無数の様々な華々が咲き誇り、洞天の暗闇を割いて咲き誇っている。

 そして、世界に音が戻ってくる。

「キュイイイイイ!!」

 泥の王が放つ、悲鳴のような音が、炎の轟音に負けじと響いている。

 しかし、その身体は既に半分ほどを失い、中心の核を露出させていた。

 槍が、その核に届く。

「い、けえええええええ!!!」

 炎が勢いを増し、槍の穂先に突かれた核にヒビが入った。

 だがキズナは、槍を手放して空中に身体を浮かせる。

「終わりだ!!」

 そして、宙に一回転、爪先を蹴り下ろして槍の尻を叩いた。

 ぱりんと、音が響いて、泥の王の核が砕ける。

「キュイアアアアアア……!」

 無慈悲を誇った泥の王が、悲しげな断末魔を響かせる。

 そして、王の身体はたちどころに崩れ、密度を失った水が湖を溢れて洞窟内に広がっていく。

 辺りに、静寂が訪れる。

 そして、候補生の誰かが、口にした。

「やった…………やりやがった!!」

 その場にいた皆が、歓声をあげる。

 彼らは、生き延びたのだ。

 少なくない犠牲を払いながらも、敵を退け、生きて帰れるのだと、それが分かったのだ。

 マナカを抱えるユウカは見上げている。

 未だ煌々と洞窟を照らしている、無数の炎の華々を。

 無意識に、マナカを強く抱き締めた。

「これが、マナカが見せたかった魔法なんだ」

 そう口にして、その光景を忘れまいと、目に強く焼き付けた。 

 候補生たちが喜び合う声を遠くに聴きながら、キズナは自らの放ち、洞窟内を照らしながら浮遊している炎の華を見上げている。

 彼は、降り注ぐ水に全身を濡らしながらわずかに考えた。

 その頬に伝う雫が、一体どちらなのかと。

「忘れるわけ……ねえだろ」

 そう一言呟いて、彼はその場に倒れたのだった。

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