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de anima~死人倣いの異世界奇譚~  作者: 各務クギヒト
一章 ウルフェムラ編 後編
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第二十九話 自決弾頭

 空気が重く、淀む。

 それは先ほどのリィナの放った炎魔法によるものか、あるいはここに居並ぶ面々の放つ思念によるものか。

 沈黙が誰も彼もの肩に重くのしかかり、一人として言葉を紡げずにいた。

 だが、そんな中で口を開いたものがいる。

「それ、魔力の量が多ければ一人で足りたりはしないか」

 ナモリキズナは、当然のように、むしろ望ましく思うかのごとく、そう言い放った。

 そんな彼の顔を、リィナは一瞬、眉根を寄せて目を見開いたのち、表情を隠すかのように俯いてこう答える。

「それは出来ない。魂の価値と魔力の量には相関性がない。善人だろうと悪人だろうと、超人だろうと凡人だろうと、ひとつの魂に釣り合うのは、同じくひとつの魂のみよ」

 瞬間、今度はキズナの側が希望を打ち砕かれたかのような顔で固まってしまう。

 当然だ、自分以外の犠牲を前提としない可能性にこそ、彼は目を輝かせたのだから。

 自分が今声をかけた相手が、自分にとってどういう人物なのか、どんな気分でそんな声を聞いたのかも気がつかずに。

 だが、次に続いた彼女の言葉には、彼は誰よりも激昂した。

「それ以前に、あなたは候補から除外します。敵の目的が勇者をこの国から輩出させないことなら、例え一人のみが残るとしてもあなたがそれにあたる」

「……な、お前────はぁ!!?」

 キズナはまるで信じられないとでも言うような顔で、リィナを睨み付けた。

 彼女はわずかに身体を強ばらせる、ほんのわずか、彼女を知る人物が注意深く見なければわからないほどに。

 だが、普段ならそれを見逃さない筈のキズナは、よりによって今は、それに気がつこうとしなかった。

「もしも誰かが犠牲になるなら────俺が誰よりも真っ先に候補にあがるべきだろうが!!」

 キズナの怒号に、傍から聞いていたのみの候補生たちすら驚愕し、困惑する。

 心を落ち着けようと努めながら、リィナは返答する。

「それは……なぜ」

「なぜって……そんなの」

 キズナは、まとまらない思考のまま、思い付くままに言葉を続けた。

 自分でも、その頭の中のどこかで、言うべきでないと声がした気がしている。

 しかし彼は、口にしなければ気が済まなかった。

「俺が誰より、俺が誰よりまず先に死ぬべきだからだ、そうに決まってるだろ」

 キズナの頭は、到底冷静ではなかった。

 苦痛に歪む、恐怖に強ばる知人たちの最期が目蓋の裏に焼き付いて、彼を追い詰めていた。

 だが、それに対して、リィナは俯くのみであった。

 何も言えない、言える筈がない、それは誰より、彼女だからこそ。

 自らの命を危機に晒してまで彼を救った、彼女が、落胆に身を竦ませない筈がなかった。

 再び、場には沈黙が訪れる。

 しかし不意に、二人の間に割って入る影があった。

 小さな影は、空色の髪をした彼女は、真正面からキズナの目の前に立つ。

 そして、彼の頬を思い切り叩いた。

 キズナは叩かれて横を向いた姿勢のまま、思考が停止して一瞬固まってしまう。

 しかし、赤くなった頬も省みずに、その行為の意図を求めようとする。

「……な、なにを」

「……かやろう」

 小さくか細い声で、何事かを呟いたのち、彼女はキズナを見据え、意思とは無関係に震え息を、大きく吸いこむ。

「────自分を……自分を救った相手に、そんなこと言っていい訳ないでしょっ!!」

 彼女の、マナカの目には今にも溢れそうなほどに涙が溜められていた。

 彼女の言葉に、キズナは不意にリィナの方を見やる。

 彼女の表情はよく見えないが、自分にその表情を見せまいとしていることはキズナにも理解できた。

「……キズナくんごめん、リィナ様とね、話をしてるの。その時に聞いてる、ここに来た時の君の事情も、顛末も」

 マナカは訥々と、事情を知る訳を語る。

 どうして彼女がリィナとそんな話をしたのか、そしてリィナは何故マナカにはそれを話したのか、キズナには分からなかったが。

「私もね、キズナくんは選ばれない方がいいと思う。けどそれは、キズナくんが勇者になるべきだからじゃない、今のキズナくんは、勇者に相応しくない」

「じゃ……じゃあなんで」

「逃げてほしく、ないからだよ。そのための言い訳に使ってほしくもないから」

 キズナは狼狽する。

 彼女が自分に厳しい態度を取ったのは、これが初めてだったからだ、それどころか、誰かに対して厳しい言葉を放ったことすら、見るのは初めてだった。

 マナカは自らの目元をぐっとぬぐい、しかしその場の誰より強く、キズナに向かい合う。

「君が自分を犠牲にしたがるのは、誰かが自分のせいで死んでしまうことが嫌だから、怖いからなんだ。それがずっと、君を自責に駆り立ててきた、だからそこから逃げ出したがってる」

「そんなの……そんなの当たり前だろ、誰にも死んでほしくなんかない、自分のせいで誰かが傷ついて死んでいくのなんてもう……逃げて何が悪いんだよ……!」

「駄目だよ、それは駄目」

 マナカは、顔を背けて吐き捨てるキズナの両頬に手を添え、そっと自らに向ける。

 そして真っ直ぐと、その目を見据えて語る。

「あなたは、自分を好いている人間のことが見えていない。誰かがあなたのために取った行動に、自分を傷つけることで言い訳しようとしてる。それは、裏切りなの」

 彼女が言葉を紡ぐのを、キズナは黙って聞くしかなかった。

 それは、彼女の言葉が芯を捉えていたからに他ならない。

「少なくとも今は、あなたが人々の力になることを望んでいる人がいる。きっと、世界にはそれを待ってる人たちだっている……わたしは、あなたが勇者なんてものになるべきかは、分からなくなっているけど」

「そうだよ、俺がならなくたって、もっと相応しいやつがいくらだって……」

「かもしれない。わたしはね、あなたが自分を犠牲に出来るから、勇者になるべきひとなんだって思ってた。けど今はそうじゃないって思う。あなたのそれは、優しさというには傷つきすぎている」

 それは、捉え方次第で酷く残酷な物言いだった。

 逃げ道を塞ぎ、善性の在り方を否定する、心の像を貫く言葉だ。

「でもだからこそ、キズナくんは答えを見つけなきゃいけない、ここで終わっちゃ、いけないんだよ」

 マナカは、キズナの頬から手を離した。

 深く息を吸って、リィナの方へ向き直る。

「リィナさま……ううん、リィナちゃん。わたし、その役目受けるよ」

 項垂れていたキズナは、その言葉を聞いて顔を上げるが、マナカは取り合わないと言わんばかりに、今度はそちらには向かなかった。

「……マナカ、いいのね」

「うん、ごめんね、リィナちゃん」

「謝るのは、私の方よ。力不足で……ごめんなさい」

 弱々しく語るリィナに、マナカはふっと笑いかける。

「そんなことないよ。リィナちゃんは誰より頑張り屋さんなだけなんだって、わたしもう知ってるもん」

 その言葉に、リィナは小さく唇を震わせ、目を瞑って呼吸を整える。

「ありがとう。でもやっぱり、ごめんなさい」

 マナカは、やはり彼女に笑いかける。

 仕方なさそうに、朗らかに。

「マナカがやるなら……私たちもやる」

 すると、成り行きを見守っていた候補生たちの中から、マナカの友人たちが三人で手を繋いで出てきた。

「みんな……無理しなくていいんだよ?」

「無理なんてしてないよ」

「そう……無理なんて……してない。マナカだけに辛い役目なんて……させない」

「そうですよ、マナカさんだけになんて、絶対させません」

 ユウカ、ニナ、ハルナの三人は、この世界に来てからのマナカの大切な友人たちだ。

 初めての戦闘訓練の時に、それまで行動をともにしていたエミたちに標的にされた三人。

 エミに対して三行半を叩きつけ、グループから弾き出されたマナカに声をかけてくれた、それからずっと一緒だった大事な友達だった。

「私たちさ、こんな変な世界に来て、流されるみたいにここで生きることを選んだけど、来れて良かったって思ってるよ」

 ユウカが、目に涙を溜めながらマナカを抱き寄せ、優しく語る。

「私たちみんな、元の世界じゃあんまりいい人生じゃなかったもんね。けれどここに来て、心から大事なともだちと出会えて、この三ヶ月、ずっと楽しかった」

 マナカも、ユウカの背中に手を回して、涙を流しながらも笑顔で頷く。

「うん、ありがとう……大好きだよ、みんな」

 二人に覆い被さるように、ニナとハルナも左右から二人を抱きしめる。

 四人はそうして、互いを愛しむように泣いていた。

「あと二人……だよね。もう一人はぼくが引き受けるよ」

 すると、土壁に背中を預けていたラクが手を挙げてリィナに声をかけた。

 リィナは彼を見て少し悲しげな顔をしたのち、返答する。

「そう……いいのね?」

 ラクは、痛みによるものか、何かを堪えるように眉間に皺を寄せながらも、笑顔を作って答えた。

「ああ、いいともさ。こんな足になっちゃったし、役に立てるならぜひ使っておくれ」

「あと一人は、俺だろぉな」

 もう一人、土壁にもたれていたダインが立ち上がって、腹を抑えながら歯を食い縛ってリィナのもとに歩み寄る。

「俺が油断なんぞしてなきゃあ、犠牲者はもっと少なかった。候補生のねえちゃんらに対しても、こっちの世界から義理を果たすやつがいるべきだろ。部隊のやつらにやらせるわけにゃぁいかねぇ、俺がやる」

「……分かった、ごめんなさい」

「────ハッ、あの姐さんが俺に謝るたぁついに焼きが回ったんじゃぁねぇかあ、心配しなくても恨みやしねぇよ! ……その分、コル姉たちに良くしてもらえりゃぁな」

 六人、撤退のために犠牲になる人間が出揃った。

 それは奇しくも、キズナと最も行動をともにすることの多かった、友人と呼ぶべき六人であった。

 他の誰かならよかった訳では決してない、だが、よりにもよって、よりにもよってであった。

 それを口にすることが出来ないとしても、彼を絶望に駆り立てるには十分すぎる理由となる。

「ま、待てよ、なあ、待ってくれよ……当たり前みたいに話を進めないでくれよ!!」

 この期に及んで彼らの決意に水を差すキズナは、マナカの言う通り、勇者となるべき人間ではないかもしれない。

 リィナは、キズナに失望の色を含んだ視線を向ける。

 それがキズナの心を、より強くかきむしった。

「……さっきから回復に専念してる泥の王(グーラ・レクス)も、そろそろ動く。あなたにかかずらってもたもたしてる時間はないの」

 キズナは気がついていた、先程から、リィナが自分の名前を呼ばなくなっていることに。

 それは、信頼が失われたことの証左だった。

 だがキズナは、それが分かっていても、このまま自分の友人たちが犠牲になることを見過ごすことだけは、決して出来なかった。

「……俺が、あいつを倒す」

「…………何?」

「俺があいつを倒すって言ったんだ。あれが消えれば多分、結界も消えるんだろ」

「ええ、まあ、よく気がついたわね。結界は術者たちの命を糧にして、あの魔物を楔にすることで成立している。だから、あれを倒すことでも破れはする。出来るのならだけれど」

 淡々とした語り口は、相手の理解を求めてのものではない。

 その冷たい声色にすら、キズナは怯まず、足元に置いていた剣を拾い上げる。

「出来る。俺の直感はお前も知ってるだろ、確信があるんだ……さっき見ていて分かった、俺ならあいつを倒せる」

 その言葉を聞いた面々に動揺が走る。

 もしもそれが本当なら、それ以上に望ましいことはないからだ。

 彼らの目に希望が宿る、ただ一人、空色の髪の少女を除いて。

「本当……なの?」

「ああ、いける。やって見せる」

 恐る恐る聞き返すリィナに対して、キズナは強く確信を持った言葉を返す。

 冷たく色を失っていたリィナの瞳に光が戻り、それが確かにキズナに対して向けられた。

「信じて、いいのよね」

「ああ、大丈夫だ。ただ頼みがあるんだが、あいつの元に近づくまでの露払いを頼んでもいいか?」

「え、ええ……分かったわ、それだけでいいの?」

「問題ない、その後は任せろ」

 キズナは、剣を片手に土壁の前へ出ていく。

 そして、泥の王のもとへ一直線に駆け出していった。

 湖のなかで回復に専念していた泥の王も、キズナに気がつき配下を産み出して送りつけてくる。

 それに合わせて、湖の底からも相当数のスライムが溢れだすかのように現れ始めた。

「身体から吐き出す以外にも出てきたよ!?」

「今まで出てきてた分は全部じゃなかったんだ、湖の底に隠して機を見計らってたんだろ」

 驚くラクに、リュウヤが答えてちらりとリィナの方へ視線を送る。

 彼女の杖は先程、泥の王の身体を再生速度以上に削れていた。

 だというのにそれを続けて倒しきることをしなかったのはこれが理由だろう。

 だがキズナは、数十体にも及ぶスライムたちをものともせずに、斬り伏せ、ねじ伏せて進んでいく。

 リィナの杖もそれを援護し泥の王の触手が届く範囲までに近づいていった。

「でもキズナ、どうやってあいつを倒すつもりなんだろう。キズナって遠距離魔法なんて使えないよね」

「……剣でも投げるつもりか? そんなのであれが本当に倒せるのかよ」

 二人の言葉を聞きながらも、リィナはキズナの背中を見つめて杖で援護し続ける。

 彼女は知っていた、キズナは強い直感力を持っていることを。

 それが、それだけで殆ど魔法の領域にあるものであることを彼女は理解しているため、彼が確信を持って倒せるというのならそれが事実であることは疑わなかった。

 だがここで、ふと疑念がよぎる。

 そうであるなら何故、すぐにでも言い出さなかったのだろうかと。

 自分の背中に期待を向けている皆の視線を感じながらも、キズナはひた走っていた。

 彼には確かに、あれを倒す目算があった、強い確信を伴った目算が。

 彼には、魔法や魔術の適正は殆どない。

 余人の及ばない強い魔力と、再生魔法のみが彼の持つ魔法に関する才能だ。

 使い道どころか正体も分からない願阿魔法(メモリアファクト)もあるにはあるが、彼にとってそれは呪い以上の意味を持たない。

 しかし、彼にも扱うことの出来る魔力の使い道は幾つかある。

 魔力とはそもそも、決まった質量を持たない仮想の物質である。

 使用者が付与する性質などによって、いくらでもその質量や状態を変化させることの出来る万能物質だ。

 どんな性質を持たせることが出来るかは、当人の資質によるが、それとは無関係に誰でも扱える魔法が存在した。

 ひとつが、肉体を強化する凛法(りんぽう)、そしてもうひとつが、凝固させ仮想の質量を与える成殻(じょうかく)である。

 この成殻(じょうかく)の本質は、魔力の具現化、物質化であり、つまりは急速的に質量を増加させることにある。

 それを、持っている魔力すべてを用いて、身体の内部から生じさせる魔術。

 急速に拡散する魔力は爆発的なエネルギーを生じ、人間の身体は文字通りの爆弾となる。

 自決弾頭(ラスト・ボム)、どんな人間でも魔力さえ持っていれば扱える、唯一無二の攻撃手段だ。

 キズナの魔力は、持っているだけのものなら世界有数とも言える魔力量を誇っている。

 つまり、彼の狙いは、泥の王の身体に突っ込んでいっての、自爆であった。

「俺が全力で成殻を纏って突っ込んでいけば、やつの身体に飛び込んで核にすがり付くくらいまではどうにか持つ筈だ。剣を振るえるほど身体は残ってないだろうが…………あとは自爆するだけだろ」

 リィナの杖が一際大きな火炎魔法で、キズナの進路上の触手を焼き払った。

 これによって、彼の目の前には、泥の王へと一直線に繋がる道が出来上がる。

 キズナは、自らの身体の中心に魔力を集中した。

 自決弾頭(ラスト・ボム)の発動準備だ、彼の持つ莫大な魔力が可視化されるほどに力を高めていく。

 そこでようやく、リィナは彼の目的に気がついた。

「待って、あいつまさか……!!」

 普段の彼女なら、その程度の目論みは見抜くことが出来ただろう、彼女も動揺していたのだ、冷静ではなかったのだった。

「待ちなさい、キズナ!!」

 リィナの制止の声もむなしく、キズナは走りながらも両足に残る魔力を集中する。

 彼が全力で凛法(りんぽう)の強化を行えば、大きな魔力の扱いに慣れていない彼の身体は破壊される。

 つまりは、生き残るつもりの毛頭ない全力であり、それが為された瞬間に、彼の死が確定するのだ。

 キズナは、泥の王を睨み付けた。

 仲間たちを何人も何人も殺した、憎き敵の姿を。

「くたばれ、糞アメーバが……!!」

「キズナ、待ってよ!!」

 リィナの悲壮な声が響くなか、キズナの足が地面を強く踏みつけ、踏み切った。

 彼と、泥の王の死へと向かって、一直線に。

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