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de anima~死人倣いの異世界奇譚~  作者: 各務クギヒト
一章 ウルフェムラ編 後編
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第二十八話 電磁気力砲

「リィナ、お前どうしてここに……」

「どうしてって、救援に来たに決まってるでしょう。外でも小競り合いが起きていてね、下手人の狙いのひとつがここにいる候補生の抹殺なの」

 リィナは事も無げに言ってのける。

 数千人が命を懸ける戦争を小競り合いと称するのは、それが彼女やこの国にとって特段珍しいことではないからか、あるいは状況に解決の目処を見ているからなのか、しかしキズナは外の戦いの規模を知らないためそこには反応しない。

「最深部に来てからそんなに経ってない……俺たちがダンジョンに入ってすぐにそんなことが起きたってのか」

「いいえ、数時間前程度ね。ここへは入ってから一時間程だから」

 キズナたちが二日近くかけて踏破したダンジョンを、彼女はものの一時間で攻略したのだという。

 たとえ裏道などを知っていたのだとしても、尋常じゃないほどの速さだと言える。

「…………キズナ、少し頭を冷やしなさい。酷い顔してる」

 言われたキズナは、思わず自分の顔を触って確認しようとする。

 当然顔を触ったからと自身の表情など分かるわけもない、それほど彼は思考が機能していなかった。

 リィナはそんな様子を見て僅かに表情を暗くして、それから洞窟内の様子を確認する。

「……生き残っているのは、二十七人か。思ったよりは多いかしら」

「多いって……ダインの部隊を含めて五十は居たんだぞ」

「全滅だって覚悟してきたの、甘いこと言わないで」

 リィナはキズナのもとに、正確にはラクの元に近づくと、その足に治癒魔法をかける。

 彼女の扱う治癒魔法は医療技術を魔術で応用した治療魔術との併用だ、治癒を専門とする魔術師が扱うのと同等の高等技術である。

 魔力の糸で傷口は縫合され、止血までほぼ完璧に行われる。

 それを、後方で治療を受けている怪我人全員に、杖を行使して並行する技量は到底余人に真似ることは出来ないものである。

「ダイン、情けのない姿ね。あなたの役目を忘れたのかしら」

 リィナは痛みが和らぎ表情を僅かに緩めたラクの元から立ち上がると、少し離れた所で治療を受けていたダインに厳しい顔を向ける。

「すまねぇ……姐さん、油断したんだ」

「言わないでも分かる。前にもあれほど言ったでしょう、あなたは自分の鼻を過信しすぎだって」

 同じく、目という感覚器官に関連する魔法を持つリィナから告げられる言葉だ、ダインも反論する言葉を持つことは出来ない。

「キズナ、腕」

「ん、あ……ああ、忘れてた」

 キズナはそこでようやく、自分の腕の骨折を治すことを思い出す。

 痛みに慣れている彼は、あるいは磨耗している彼は、通常耐えられるものではない骨折の痛みを忘れていた。

 意識を集中して再生を行い、手を開いて握りを確認するキズナを見届けたのち、リィナは洞窟の奥、湖の中に鎮座する泥の王を壁の隙間から見据える。

「姐さん、あいつは」

「道中あなたの部隊から聞いてる、泥の王(グーラ・レクス)、スライムの変異個体ね。それもかなり巨大な。恐らく人為的に作られた個体だと思う。途中で見かけた帝国魔導師の部隊が用意したのでしょう」

「そう、そうだよ。お前ならそいつらが仕掛けた結界だってなんとか出来るんじゃないか?」

 思い出したように語るキズナを横目に見たのち、僅かに視線を落として考えた彼女は、しかし何も答えず壁の隙間から前へ出てしまった。

「全員、一度下がりなさい! 残っている亡骸も回収して、呑み込ませればそれだけ敵に魔力を与える!」

 リィナは前方で戦っていた面々に指示を飛ばし、自らも杖を操って魔術で遺体の回収を行う。

 泥の王は先ほどから動かず、新たに配下を産み出して送ってくる様子もない。

 泥の王は知性を持った魔物だ、突然現れたリィナが僅かな時間で黒個体を殲滅したのを見て、無為に送ってくることを止めたのかもしれない。

 候補生たちの撤退が終わり、洞窟の最深部ではリィナと泥の王のみが対峙する形となる。

「姐さん、いけんのか」

 ダインが口許から血を溢しながらも、リィナに向かって問いかける。

 リィナはそれには答えず、手をかざして杖を操り始めた。

 彼女の持つ宝石を基礎にした杖は、彼女自身が近くで操った場合、その一本ずつすら並みの戦士以上の戦力を持った武器となる。

 それを、彼女は同時に百までを操れる。

 文字通りの、百人力、百杖(ひゃくじょう)の魔女の異名は伊達ではない。

 彼女が放った杖が、泥の王の元へ飛んでいく。

 だが泥の王とて、易々と自身への接近を許すはずもない。

 かの王は、その山のように巨大な身体から無数の触手を伸ばした。

 その数、やはり百に上る。

 凄まじい速度で鞭のように振るわれる触手と、それを熱線で弾き、消し飛ばし、躱しながら泥の王へ近づいていく杖の群れ。

 まるで枝葉に意思を持った大樹に小鳥の群れが取りつこうとしているかのようだと、キズナは場違いな感想を得る。

「リィナ様、すごい……」

 いつの間にかキズナの横に来ていたマナカが、戦いのなかで険しくなってしまった表情のまま、真剣な眼差しで呟いていた。

 杖の群れは徐々に泥の王へ近づき、遂には魔法を放てる射程圏内まで接近を遂げた。

 リィナの杖が、色とりどりに様々な魔法を打ち放つ。

 火炎魔法、雷撃魔法、土魔法、斥力魔法、その他諸々に魔法を放ち泥の王へとダメージを与えられるかを試みている。

「待て……あれじゃあ……」

 だが、キズナの呟き通りそのどれひとつ取っても、泥の王の身体を削れても核の破壊には至らなかった。

「ふん…………やっぱりか」

 リィナ自身、まるで分かっていたかのようにひとりごちて、泥の王へ送り出していた杖を自らの元へ呼び戻した。

「やっぱりって、どういうことですか……?」

「見れば分かるでしょう、杖一本ずつの攻撃力じゃ百本がかりでもあいつの核には届かない。単純な火力で消し飛ばすには恐らく、自滅する火種(ルイナス・イグニス)に次ぐくらいの攻撃力がいる」

「ルイナスイグニス……?」

 知らない魔法の名前にマナカが小首をかしげるが、ダインは身を乗り出して抗議の姿勢を取る。

「姐さん、それぁ……」

「ええ、こんな洞窟内でそれを使えば、間違いなく崩落で全員死ぬでしょうね。二、三人は生き残るかもしれないけど」

 恐ろしいことを言い出すリィナに、今度はキズナたち候補生が狼狽する。

「ま、待てよ。そのなんたらってのがどんなものかも知らないけど、そんな自棄起こされたら困るぞ」

「分かってるわよ。それに、今私にはあまり魔力が残ってないの、精々全快時の三割程度じゃないかしら。ここに来る前にも一度使っているから、もう一度使えば数日は魔法を行使できない」

「じゃ、じゃあ他に手段があるのか……?」

「幾つかは……まああるのだけれどね」

 頼もしいリィナの言葉に、聞こえる位置にいる候補生たちには安堵するような表情が見えた。

 だが、キズナはなにかが引っ掛かるような気分を覚える、このリィナが煮え切らない態度を取るのなら、その手段とやらは不確実か、あるいはリスクがあるのだ。

 しかし、彼がそうして考え事に耽っていると、不意に事態の推移を見守っていたリュウヤが嗚咽を漏らすかのように声を発した。

「お、おい……あれみろ」

 リュウヤの指差したのは、泥の王の巨体だ。

 姿を表してからずっと、湖の中から動かなかった筈のそれが、ゆっくりとこちらへ上がって来ている様子が見えた。

 秘水の洞窟の最深部はかなり広く天井も高い、だが泥の王がその巨体を乗り出して蹂躙すれば、殆どの候補生たちは逃げ場もなく取り込まれてしまうだろう。

 なにしろ、この巨体が仮に全てただの水だったとしても、押し流されれば無事では済まない質量を持つのだから。

 そして、その上でその質量すべてが、意思を持って人間を弄ぶ生物の身体なのだ、それは津波が悪意を獲得したにも等しい。

 だが、戦慄する候補生たちを余所に、リィナはひとり勝機を見出だしていた。

「焦って勝負を決めにきたなら、迂闊と言わざるを得ないわね」

 リィナが腕を伸ばして指し示した先、そこには彼女が潜ませていた数本の杖が存在していた。

 それらは泥の王が完全に陸に乗り上げた機を見計らって、その後方、湖を遮るように、ダインの部隊が作り上げたものより数倍は分厚く高い土壁を形成する。

 泥の王は退路を失い、その場で甲高い鳴き声のようなものを上げる。

 その性質とは裏腹に透き通り反響するような声を無視して、彼女は間髪いれずに杖を繰り出して、爆炎で泥の王の身体を削って行く。

「すごい……あいつの身体が削れてくよ!」

 キズナの隣にいるマナカが興奮して話すように、泥の王の巨体は徐々にその体積を縮めていく。

 そして、リィナは手元に残していた十本の杖を用いて、地面になにやら大きな魔法陣を刻み付けていた。

 魔法陣が完成するや否や、残していた片腕をそこに差し出し、魔力を注入する。

 すると、その大きな魔法陣から、目を疑うようなものが出現する。

「これぁ……錬金術か? 見るのは初めてだが……」

「……なんかまるで、地球の兵器みたいに見えるけど……」

 そう、彼女が魔法陣を用いて作り出したものは、地球の現代兵器、それも地球の人類すら未だ完全な実用化を見せていないものだった。

電磁気力砲(レールガン)……」

 キズナには見覚えがあった、地球にいた頃に興味本位で見ていた動画の中の兵器と、形状が酷似している。

 火薬を使わず、莫大な電磁力によって砲弾を打ち出す装置。

 それを彼女は、独自の研究によって魔術と魔法で再現することに成功していた。

 「投射角、砲身及び砲弾の生成、電力供給、風魔法及び斥力魔法による補正、概念強化による全体の補強……すべて問題なし」

 追加で呼び戻した杖と合わせ計三十本で、数十もの魔法や魔術を並行して行使する。

 目に見えるほどのエネルギーが砲身に込められ、それは悪辣を振るい続けた泥の王(グーラ・レクス)の中心部、核の一点へと狙いを定める。

「……悪いけど、この機は逃さない」

 砲身の前方、数メートルの範囲に魔法陣が多重展開される。

 ジャイロのように高速回転するそれは一点へと収束し、発射される砲弾の威力を高めるものだ。

 だが、その魔砲が自らに向いていることに気づいた泥の王は、なんと自らも魔法陣を展開して防御姿勢を取る。

 リィナは目を細めてそれを睨み付けるが、魔砲へ込める魔力に淀みは見せない。

 魔力の充填は最大値へ到達し、魔力の高まりとともに鳴り響いていた音が、不意に静かになる。

「────全員、耳を塞げ!!」

 そして、キズナの叫びとともに、電磁気力砲(レールガン)が轟音を発する。

 超音速で発射された砲弾が衝撃波を放ち、洞窟全体を震わせるほどの発砲音が鳴り響いた。

 候補生たちが耳を塞ぎ、思わず目を塞ぐものも居るなか、数名はその弾丸の行き先をしかと目にしていた。

 弾丸は、巨大なスライムの展開した五つの魔法陣をすべて砕き、そしてその巨体に大穴を空けて貫通していた。

 だが、泥の王の中心部、その核には、掠めるのみでダメージは与えていなかった。

「ぐ……ぶふっ」

「リィナ!!」

 土壁の前に出て魔砲の横に立っていたリィナが、踞って吐血している。

 キズナはすぐさま駆け寄り、背中に手を当てて彼女の様子を見た。

「おい……どうしたんだよ!」

 リィナは泥の王の様子を睨み付けながらも、むせ込んで血反吐を吐いている。

「ごめ、んなさい……ここに来るまでに使った、さっき口にした魔法の……エホッ、ゲホッ…………! 反動、だと思う。最後の最後、砲弾の発射に、魔力を込めきれなかった」

 リィナは口元の血を拭いながら、悔しげに呟く。

 他者に対する治癒魔法を使えないキズナは、どうするべきか分からず彼女の背をさすっている。

「核に届く前に、どうにか反らされたのか……あの威力でも無理なのかよ……!」

 泥の王は、リィナの立て続けの攻撃にその体積を半分近くまで減らしている。

 だが、魔砲によって空けられた穴から、後方の土壁をすぐさま破壊し、湖の方へ戻っていってしまった。

 湖の中にいる限りかの王は回復し、余程の大火力でなければ倒すことはできない。

 貫通力のある攻撃で核を貫くにしても、今のリィナの攻撃がこちら側の最大火力だろう。

 泥の王とて、これで警戒して湖から出てくることはなくなってしまう、つまりは、打つ手が無くなったのだ。

「キズナくん、リィナさまは平気?」

 マナカが駆け寄ってきて、リィナに治癒魔法をかける。

 脂汗をにじませていたリィナの表情は、わずかに和らいで、荒くなっていた息も整い始める。

「たおせ……なかったね」

 マナカの言葉に、リィナは強く目を瞑り深呼吸をするが、吐き出される息がわずかに、震えていたのをキズナは見逃さなかった。

「ごめんなさい」

「謝ることじゃねえよ、とにかく、どうにかして倒す方法を────」

「いいえ、無理よ。今のが最後の機会だった」

 リィナは自らを挟んで介抱する二人の間から立ち上がり、候補生たちに向き直る。

「撤退します。悪いけど、よく聞きなさい」

「撤退って……それが出来るならとっくにしてるだろ、結界を破れないから倒そうとしたんじゃないのか」

「破る方法なら、ある。この結界が破れないのはそもそも、ある縛条によって作られているからであって、形成時と同じ条件を充たせば破壊は可能です」

 改まった彼女の口ぶりに、キズナは他の期待を見せる候補生たちの様子とは裏腹に嫌な予感を募らせる。

 結界を張った術者たちがどうなっていたのか、それはダインが話していた筈だ。

 つまり────。

「術者たちの人数と同じ、六人の命を生け贄にすること、それが結界を破壊する方法……ごめんなさい、こんなこと、お願いしたくなかったのだけれど」

 ここまで言われれば、他の候補生たちも、次に出てくる言葉を察せざるをえない。

 リィナが、重く開き難い口を開いて、言葉を続ける。

「あなたたちの中で、誰か六人……できれば立候補してほしいの」

 捨てる命を、選んでほしい。

 そんな、誰も言いたくも、聞きたくもない言葉が、彼女の口から発せられた。

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