第二十五話 火炎姫
光線が行き交う。
宝石を基礎に象られた数十の杖がそれぞれ、目にも留まらぬ速度で熱線を放ち続ける。
その熱戦はもしひとつでも常人の肩を掠めればあっけなく腕もろとも消し飛ぶものであり、そんなものがまるで雨のように四方八方から巨人を襲い続ける。
そして、その間隙を縫うようにしながら、双剣を持った金髪赤目の少女が炎を纏って踊るように剣戟を振るっていた。
だがしかし、巨人はそのすべてを弾き、いなし、退ける。
「ぬるい、ぬるいぞ!!」
中空で縦に回転しながら横向きの独楽のように襲いかかるソニアをかわし、着地の瞬間を狙ってダフが拳を振り上げる。
ソニアは瞬時に双剣を合わせて防御体勢を取り、リィナが拳の威力を半減させるべく杖を五本がかりでソニアの前へ結界を展開した。
それでも尚、打ち消しきれなかったダフの拳の威力は、ソニアを十数メートルも後方へ吹き飛ばす。
「あまり舐めるでないぞ、本気で来ないのならそこの娘から殺してしまうか」
「ダフ、あなたはガンズへ忠誠を誓っていると思っていましたが、それこそ妄信的なほどに。それなのに、その実の孫娘を手にかけると?」
「ふん、そこの娘は陛下の血縁であると同時に、あの憎き男の娘でもあるのだ。我が拳を躊躇する道理はない」
「あら、昔は私がよじ登って肩を叩いたらあれだけ喜んでくれてたのに。冷たいことを言うのね」
近接戦を行う二人から一定の距離を取り援護に徹するリィナは、睨み合う二人とは対照的に落ち着いた様子で長い髪を翻す。
リィナはボードに乗ったままソニアに近づくと、ダフを視界に収めながら彼女へ耳打ちした。
「……このままじゃ埒が明かない。私がひとつ大きなものをぶちこむから、時間を稼いで」
「まさかここで自滅する火種を使ったりしないですよね……? あまり森を焼くとマガミが怒りますよ」
「私をなんだと思ってるの。ところ構わず爆発させるのはあなたの専売特許でしょ? とにかく任せて」
「それこそ私をなんだと思ってるんですか……まあいいですが、頼みましたよ」
二人は合図もなく弾かれるように左右へ分かれ、そこをダフの放った土魔法の巨岩が飛び抜けていく。
「乙女の密談に水を差すなんて、無粋ねおじ様! 若い頃は美男で有名だったなんて見る影もない!」
「余計なお世話だ! 片方は乙女でもなかろうが!」
「だからそれこそ、余計なお世話です────よ!」
ボードに乗って空へと逃げるリィナを追わぬよう、ソニアがダフに双剣を振り下ろす。
ソニアの剣術は見事なものだ。
先ほどまでのハンマーでの戦闘とはまるでスタイルが変わり、まるで演舞でも舞うかのように相手に反撃の隙を与えず攻撃をし続ける。
例えラクが彼女と同じだけ魔力を持ち、四本の腕に全て剣を持ったとしても、この剣さばきを防ぐことは出来ないだろうことは想像に難くない。
剣筋には迷いがない。迷いがない剣筋とはつまり、反撃するための隙が生まれ得ないのと同義である。
息をつかせぬほどの猛攻は、ダフの身体にも着実に刃をたどり着かせている。
しかし、ダフの戦闘スタイルは最初から肉を切らせて骨を断つというものだ。
彼の持つ防御力は並みの戦士とは桁が外れており、どれだけ薄皮一枚裂き続けたところで、実質的には何らダメージがないのにも等しい。
それでも、ソニアの持つ攻撃手段はなにも武器による近接手段のみではない。
「シッ────!」
ソニアが一閃、剣を横凪に振るうと、その軌跡は燃え盛る炎へと変わる。
以前にキズナが戦った帝国兵の男も爆炎を武器としていたが、ソニアの放つ炎は、その温度も攻撃範囲も、彼では比ぶべくもないほど洗練されていた。
だがやはり、炎に巻かれたダフは僅かに顔をしかめるのみで、その炎の幕を振り払って拳を打ち放つ。
しかし、放たれた拳の先にソニアの姿はない。
ダフがそれに気付き瞠目した刹那、ソニアは彼の背中を双剣で跳び様に切り上げ、彼の後頭部に身体が達したところで爆炎のおまけつきの蹴りを放つ。
頑健さを誇るダフとて、ソニアの全力の爆破で脳を揺らされれば僅かに動きが止まる。
彼がその場に足を止めたのはほんの数秒ほどのことだ、しかしその数秒は決定的なものにもなりうる時間だった。
ソニアからの追撃を防がんとして、ダフが振り返ろうとした瞬間、彼はいつの間にか、自らの足元に魔方陣が敷かれていることに気がつく。
地面の四方に三本ずつ杖が刺さり、その直上の空中にも同じく三本ずつの杖が配置されている。
「リィナか、何を────ぐっ!?」
ダフの身体は浮遊する方の杖から放たれる光帯によって拘束された。もう一度足元を見れば、更には杖から放たれる光源によって生まれた影を縫い止めるように、追加で四本の杖も刺さっている。
合わせて二十八本、これだけの数の杖でもって、リィナはダフの身体を拘束することに成功する。
だが、あくまでそれは、これから放つ魔法を確実に当てるための手段に過ぎない。
「四条の理に汝を謀り、夢幻の偽りを世に現せ。ひとつ、栄華と虚栄を行き交うもの、ふたつ、幸福と虚勢を見紛うもの、みっつ、熱意と虚飾に浮き足立ち、よっつ、安寧と停滞の狭間で荒べ」
ボードから降り立ったリィナが、片手を制して呪文を詠唱する。
願阿魔法、本来その者が持つ願いによって生まれる魔法であり、他者が真似ることなど不可能である筈のもの。
彼女の持つそれらは、今彼女が放とうとしているそれとは全く別のものだ。
しかし、彼女は今発動しようとしていた。
かつて一度目にしただけの、全く別人の用いていたその魔法を。
「東方の龍、西方の虎、南方の鳳、北方の霊亀、等しく混ざり、揺らぎ、凪と成すなら、ここに五つ目の破壊をもたらせ────!」
突如として頭上に暗雲が垂れ籠め、今にも破裂しそうなほどに膨れ上がる。
そして、リィナが振り上げた腕を、詠唱とともに振り下ろした。
「爆ぜろ、雷蹄燦打!!」
豪雷が降り注いだ。
その数およそ十以上のそれが、すべてダフの身体に数秒のうちに叩きつけられる。
轟音がいっそ心地よいほどに立て続けに鳴り響き、余韻を残して静寂が戻る。
巨人はその場に立ち尽くし、焼けた身体が内側から煙を上げる。
並の戦士ならひとつでも受ければ致命傷の雷撃だ、それを十以上も受けて無事ですむものなどいない。
そう、並の戦士であるならば。
「末恐ろしい娘だ。この魔法は五年前の派兵の際に、先代勇者時代の生き残りが使っていたものだな。よもや他人の願阿魔法ですら解析し自らのものとするとは」
ダフはまるで羽虫でものけるかのように、その身体に走る筈の凄絶な痛みを頭を振って振り払う。
片手の拳を握って具合を確かめ、肩を回してその可動域を確認した。
「貴様本来の願阿魔法であるその目と、頭脳、そして全能に至る者による全ての魔法への適性、これらが揃ってようやく実現できるものなのだろう────だが、魔法とはその者の持つ記憶によって完成されるものだ。他者の願阿魔法を真似たからとて、本来の威力は発揮できん」
「……そう、今までおじ様が動けなくなるのを見たのなんて、この魔法を受けた時くらいだったのに、残念だわ」
リィナは済ました顔で答えるものの、内心には焦りが生じ始めていた。
彼女は百杖の魔女の異名の通り、あらゆる魔法を操り戦うことができる。
あらゆる場面、あらゆる相手に、様々な手段を駆使して戦うことが出来るのが強みだ。
だが、対軍戦闘での切り札が自滅する火種であるように、対人戦闘での切り札がこの雷蹄燦打であった。
対人間でこれより威力の大きな魔法は、彼女の手札には残っていない。
そして、今の魔法で彼女の残存魔力は半分を切ってしまった。
「リィナ、よくやりました。あとは私に任せてください」
肩で息をするのを堪えているリィナを庇って、ソニアが彼女の前に一歩踏み出る。
その両手に持っていたのは先ほどまでの双剣ではなく、最初の姿の時に持っていたハンマーだった。
恐らく、威力の足りない双剣ではなく、ハンマーで一撃を大きく与えるつもりなのだろう。
だが、その選択はリィナには悪手に思えた。
「ソニア……待って、それは────」
「────リィナ、聞こえなかったのですか、任せろと言っているのです」
だがリィナの制止も聞かず、ソニアはハンマーを構えてダフを睨み付ける。
それを見たダフは、形容しがたい表情でもって鼻を鳴らしてみせた。
「ふん、もういい。貴様があくまでそのつもりなら、私もいい加減付き合ってはいられぬ…………宣言通り、そこの娘から殺すことにしよう」
刹那、ダフの姿が二人の視界から消える。
否、リィナの目には捉えられていたが、いかに目で追おうとも、身体がそこについていかなければ意味がない。
「ソニ────」
リィナが目の前の彼女に警告を飛ばそうと声を発した瞬間、彼女はその顔面をダフの巨大な拳に殴り付けられていた。
ソニアの身体は凄まじい勢いで吹き飛ばされ、ダンジョンの入り口脇の壁面へ土煙を上げて叩きつけられた。
リィナはすぐさま杖によってボードを再形成し離脱を図るが、ダフは先んじて地面を蹴り土魔法でそのボードを破壊してしまう。
間髪いれずにいくつも飛んでくる巨岩のような拳を、どうにか躱し、結界でいなし、下から掬い上げるように振り上がる拳を胸を反らして躱した。
しかし、リィナがその反らした体勢を整えるよりずっと早く、ダフはトドメの拳を正拳突きで突き出してくる。
「あ、死んだ」と、そうリィナは内心で思った。
ソニアとリィナでは、近接戦闘における防御力に埋められない差がある。
吹き飛んでいったソニアが無事だとも思えないが、リィナが同じ一撃を受ければ吹き飛ぶどころかその場で四散するほどに。
スローモーションのように世界が緩やかに見えるなかで、彼女の頭は一周回って冷静だった。
なんてあっけのない事だろうか、この拳が自分の腹に届いた瞬間、自分の身体は内側から爆ぜてバラバラになる。
候補生たちを救助に行くどころか、こんなところで、生まれた頃から慣れ親しんだ相手に、こんなにも簡単に殺されるのだと。
刹那、彼の姿が思い起こされる。
「あいつ、無茶してないかな」
そんな言葉が、彼女が最後に思い浮かべた言葉だった。
しかし、彼女が予想した衝撃は訪れなかった。
正しく言えば、彼女が予想していたものとは、全く別の衝撃が彼女を襲ったのだ。
目の前で、爆発音が鳴り響く。
強烈な爆破の音に魔力で保護している筈の聴力が麻痺し、思わず目を閉じたまま爆風に後ろへ転がっていった。
口の中に入った土を吐き出しながら起き上がると、先ほどまで自分が居た場所には、見知らぬ女性が立っていた。
「あーーーッくそ、いってえ、いってえなクソが!!」
その女性は、中心が白みがかり、先端に行くほど赤くなるような金髪で、身体は炎を帯びて煌々と輝き、しかしその炎によって衣服が燃えたのか、下着同然の姿をしている。
瞳は燃え盛るように赤く、野蛮さを感じさせる表情だ。
背丈は高く、長い手足を存分に見せびらかしながら、口から伝う血をがさつに拭っている。
「ソニ……ア?」
「だからよ、任せろって言ったろうが、リィナ」
ウルフェムラの燬血の大魔女、ソニア。
幾千の戦場で破壊の限りを尽くした、姫などと呼ばれるには似つかわしくない、粗野で野蛮で、そして絶大な魔力を持つ火炎姫。
カミラ・グランブルグ、これが、彼女本来の姿であった。




