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de anima~死人倣いの異世界奇譚~  作者: 各務クギヒト
一章 ウルフェムラ編 前編
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第三話 気味が悪ぃ

 ダインの家は、国の南東にある住宅街の外れにあるらしい。西よりの中央にあった役場からかなり歩いた場所で、練兵場を兼ねた砦からであればさらに時間がかかると言うが、その距離を毎日通うのは大変ではないかとキズナは考えていた。

 しかし、その考えもすぐに訂正されることとなる。

「さっきから見えてたけど、この世界じゃ箒じゃなくスケボーで空飛ぶんだな。ファンタジーというよりサイバーパンクだ」

 そう、キズナは先ほどから視界の隅に空を飛び回る人影を捉えていた。あえて触れないようにしていたが流石にしびれを切らしてダインに問いかける。

「お? 兄ちゃんの世界じゃほうきで飛べるのか、魔力の存在しない世界っつうけどどういう理屈なんだそりゃ」

 キズナの冗談は当然ダインに通ずることもなく、彼は明後日の方向に理解してしまう。

「いや……理屈がわからないのはこっちなんだけど……。それを差し置いても牧歌的な雰囲気にそぐわねえな」

 空を飛び回る人々の足元には様々な器具が見受けられる。キズナの言ったようなスケートボード型のものもあれば、ゴテゴテとした大きな靴であったり、ハンドル付きのスクーターのようなものもある。

 現実感に乏しい光景は見慣れないキズナにはいっそ滑稽ですらあり、それらが当たり前に空を飛んでいることを受け入れるまでにしばらくかかった結果の問いであった。

「訓練を行うっていう砦からやたら離れてるのは、あんたも普段あんな感じで移動してるってことか?」

 しかし、そうしたキズナの問いにダインは頭を振る。

「いんや? 俺は毎日走って行ってるけど」

 まさかの徒歩である。聞いた話では相当に離れている場所だが、ダインは事も無げに言って見せた。

 そのあまりにあっけらかんとした様子に、キズナは渋い顔で呆れた様子を見せる。

「そりゃなんつーか、元気だなオイ……」

 「まあな」と歯を剥き出して笑うダインにキズナは敢えて何も言わず、小学生が通学路を全力疾走するようなものだと思うことにした。

 それからしばらくはダインが喋る話を聞きながら歩き、夕暮れの朱が身を染める頃の時刻になって、ようやく彼の自宅にたどり着いた。

 するとダインは建物の中に向けて声をかけた。どうやら他に誰かいるらしく、そうして出てきた人物の紹介にキズナは驚かされる。

「主人からお話は伺っています。狭いところで大したもてなしは出来ませんが、歓迎いたしますよ」

 そんな声をキズナにかけたのはダインの妻を名乗る女性だった。少し小柄な体格で桃色の髪に柔和な笑顔を浮かべているが、なんと小さな赤子を抱えている。

「子供、いるのか」

キズナが驚きながらも絞り出した声に、ダインは思わず笑い声を漏らしてしまう。

「ハハッ、驚いただろ? これでも所帯持ってるんだ、まだ一年くらいだけどよ」

 先ほどダインが話していたところによると、彼はまだ十八才で、キズナより一つ年下だった筈だ。それが妻だけでなく子供までいるのは、日本で育ったキズナにとっては青天の霹靂ですらある話だ。

 しかし、キズナの脳内に浮かんでいたのは、若くして子供がいることに対してや、当然二人の馴れ初めなどというものではなく、もっと別の考えであった。

「やっぱり、俺のことはどこかに放り出してくれないか。そうでなくとも、せめて他の場所に一人で寝泊まりさせてほしい」

 キズナが顔を険しくしてダインに言う。

「おいおい兄ちゃん、そんな警戒しなくても邪険になんかしないぜ? 上から言われたお役目っての抜きにしても、大変な思いをしたばかりの人間放り出すほど腐ってねえさ。ちゃんと世話焼いてやっから心配すんなよ」

 だが、ダインはキズナの肩をぱんぱんと叩きながらあくまで友好的に接しようとする。するとダインの妻、コリンが仕方なげにため息をついて見せた。

「そうですよ、安心してください。二人が三人に増えても私は構いませんから」

「おいおい! ちょっと数が合わなくねえか!?」

 どうやら、ダインは尻にしかれるタイプのようだった。

 しかし、やはりキズナは険しい顔を崩さずにいるままだ。そんな様子を見て、ダインは頭の後ろをかきながら口を尖らせる。

「……兄ちゃん、悪いがこれはお偉方が既に決定してることなんだよ。年の近い俺が面倒を見るってのでようやく納得した連中がいるんだ、俺の一存じゃ覆せねえ。俺のことが気に食わねえのかも知れねえが、すまねえが折れてくれねえか」

 そんなダインの不貞腐れたような様子を見て、キズナは少しだけ表情を暗くしてから、固いながらも笑みを作って頭を振った。

「……いや、そんなことはない。悪いな、あまり人といるのは慣れてないから意固地になった。世話になるよ、水入らずのところを邪魔してしまうが」

 それまでとは一転して歩みよったキズナに、ダインは表情を明るくし、鋭い牙を光らせて嬉しそうに笑う。

「お、そうかよ! ひっきりなしに話し続けた甲斐があったってもんだぜ。当然邪魔になんかしねえから、こっちこそよろしくな!」

「まったく、ダインったらまた強引に喋ってたんですか? 私の時みたくキズナさんも口説き落とすつもりなんですねきっと。あーあ新婚なのにもう浮気かあ」

「お、おいおい! なんでそうなるんだよ! コルね……コリン以外を口説くわきゃねえだろ!?」

 コリンがとぼけた様子で嘆くのを見て、ダインが焦った様子で訂正する。言いかけたのはコル姉という愛称だろうか、コリンはダインよりも年上らしいとキズナは考えた。

 狼狽えるダインを見てコリンがひとしきりおかしそうにクスクスと笑うと、コリンの腕に抱かれている赤子が突然泣き声をあげはじめた。

「あーあー、どうちたんですかーターニャ? オムツかなーご飯かなー」

 それを聞いたダインが「オムツじゃあねえな」と鼻を動かし、コリンは赤子を抱えた腕を揺らしてあやしつつ、奥の部屋へと向かおうとする。

 すると、部屋の戸の前でコリンは振り向き、キズナに申し訳なさそうに苦笑を向けた。

「キズナさんごめんなさい、この通りまだ小さな子がいるので、大したお構いは本当に出来ないんですけれど、ゆっくりすごして下さいね」

 そう言い残すとコリンはなれた様子で赤子を抱きながら戸を開けて別の部屋へと入っていった。

「まあそういうことだ兄ちゃん。兄ちゃんの相手はきちんと俺がすっから心配ないぜ、なにせターニャの世話は戦力外通告受けてっからな!」

 どう聞いても心配ないとは思えないことを言いながら快活に笑うダイン。コリンの苦労が忍ばれる様子に、キズナは仕方なげに笑みを浮かべため息をついた。

 それから、キズナはダインたちの歓待を受け食事の席に着いた。意外なことに、出てくる料理はもとの世界でのものと遜色ないどころか、素材に関しては日本以上ですらあるといえる代物だった。

 燻製肉と根菜類のようなものを使ったスープと、豚肉のようなもののステーキ、主食のパンも柔らかくとてもイメージしていた異世界のものとは程遠い。

「この世界で地球の知識を武器にするなんてのは無理そうだな…………」

「んぁ、ほうなのか? ひきゅうのくいもおはうめえってひいたんらけどよ」

「ダイン、口にものをいれたまましゃべらないでくださいね」

 まるで子供のような行儀の悪さを発揮するダインにコリンが厳しい声を出すが、ダインは「ふまねえ」などとまだモゴモゴ喋っている。

「コリンさんの腕がいいんじゃないかな、ダインは感謝しろよ」

 キズナがおべっかを使うと、コリンは嬉しそうに照れ笑いを浮かべながら「そんなことないですよ」と謙遜の姿勢を示す。そんなキズナの様子をダインは不思議そうな顔をしながら眺めていたが、特に何も言うことはなく目の前の皿を空にすることに精を出す。

 その後も食卓では他愛ない会話が続けられる。ダインがコリンとの馴れ初めを話し、コリンが照れ隠しに冷たい事を言っては、ダインに嘆かれてそれをキズナがからかうというようなやり取りが何度か行われる。

 キズナは敢えて自分から話題を振ることはないが、それまでのように無愛想な振る舞いはせずに、二人の語る話に適当な相づちをうちながら時折笑みを浮かべていた。

 やがてそれぞれの皿が空になり、ダインがそれを片付け始める。コリンはそれを見てようやく人心地ついたという様子だ。

「ダインったら、最初はお皿も洗えなかったんですよ。家事を任せてもてんで駄目で、一人で暮らしていたのにどうしていたのかと聞いたら、『皿なんて何回か使ってから水で流せばいいじゃあねえか』って、信じられないでしょ?」

 コリンが軽くダインの物真似をしながら語るのを見て、キズナは苦笑する。しかし、そう言いながらダインの背中を見つめる顔は、とても穏やかでいた。

「あの人、幼い頃に両親を亡くして一人で育ってきたんです。わたしは教会で働いているので孤児院の手伝いもしていて、それで初めて会った日に『一目惚れだ、結婚してくれ』って。当時はあの人まだ10歳で、私の四つも下だったのに」

 先ほども話した馴れ初めを、コリンは愛しむように繰り返し語る。キズナはそれを黙って聞いている。

「すみません、こんな惚気話を何度も。でもキズナさん聞き上手だから、つい話したくなってしまって」

 コリンはそんなことを言いながら照れ笑いを浮かべると、皿にヒビが入ったと嘆くダインの元へ呆れた声を上げながら向かっていった。

 コリンはキズナに対しては既に心を許しつつあった。コリンはダインからキズナの事情を伝え聞いているが、彼が自ら命を絶つために高所から飛び降りていたなどとは、信じられないのが本音だった。

 だから、そんなことは何かの間違いなのだと、そう思い始めていたのだが。

「もおダインってば本当にダメダメで、キズナさんからも言ってあげてくださいよ、ねえ────」

 しかし、コリンが声をかけようと振り返った先にはただ綺麗に拭かれたテーブルがあるのみで、そこには誰もいない。

「……キズナさん?」

 ナモリキズナは、逃走を図ったのだ。


             ◇

 キズナは、夜の森の中をひた走っていた。

 ここまで既に二十分強、陸上競技者の全力疾走に近い速度を、足場も視界も悪い夜の森で維持し続けている。

 草木を分け、木の根を飛び越え、パルクールのような動きで木々を蹴って高速で移動し続ける。

 その動きは、到底ただの一般人がとれるそれではない。それ以前に、仮に平地でも同じ速度でこの時間動き続けられる人間はおそらく地球には存在しないだろう。

「森の広さがどの程度かわからない、森の中で"奴"が出てくる危険性を考えると、少しでも早く抜けるに越したことはない」

 キズナにとって、夜の森での不安要素はそこで遭遇する動物などへの危惧ではなかった。キズナには、それらの及びもつかないもっと恐るべきものが存在する。

「まだ日が暮れてからそこまで経っていない……猶予はある筈だが、出来る限り急がないとな」

 キズナの頭の中にある危惧には、国の人間に追い付かれることは含まれていない。それもその筈だ、障害物を考えれば森の獣すら突き放せる速度で移動し続けているのに、追い付ける人間などいる筈もない。キズナの移動速度は人間の常識を外れている。

 しかしその常識は、あくまで地球でのものである。

 キズナの足が止まり、前方を睨みながら荒くなった息を整える。

「よお兄ちゃん、そんなに急いでどこにいくんだ?」

 そこで待っていたのは、大樹の枝の上に立ち牙を光らせて笑うダインの姿であった。

「どうしてここにいる」

 キズナは月光すら朧気な暗い森の中で目を凝らし、ダインの姿を睨み付ける。ダインは樹上から降り立ち、月明かりの入る場所まで歩いてきた。月光が彼の不敵な笑みを浮かび上がらせる。

「そりゃあこっちの台詞だぜ兄ちゃん。折角楽しい食卓囲んだってのに、食い逃げだなんざひでぇじゃねえか」

「生憎、財布はもとの世界に置いてきちまったんでな。シェフには改めて旨かったと伝えといてくれよ」

 ダインはあくまで軽口を叩くが、キズナもそれに負けじと皮肉を返す。しかし、彼の内心には焦りがあった。一体どうして先回りなどされたのか、この暗い森の中で灯りもつけずに走っていた自分を。

「よく言うぜ、ずっと上っ面の会話しやがって、気味が悪ぃ。俺が疑ってるのも分かってたんだろ? だから決行を早めたってところだろうが、考えが甘いってもんだぜ」

 ダインはキズナの元へ歩み寄る。キズナはそれに対して身構え、逃げるのか、ここで叩き伏せるかを考えあぐねていた。

「教えといてやるよ、なんで俺があんたの目付けに選ばれたのか。歳が近いってのはまあ、ごねたがる連中を黙らせるための方便で、実際は逃走を図られても俺なら対処できるからだ」

「対処?」

 キズナの疑問に対してダインは鼻をならして得意になって答える。まさにその鼻を指差しながら。

「俺はな、この鼻でどんな相手だろうが逃がさねえで追跡できる。覚えた相手ならどれだけ離れててもな。一度に覚えられる人数には限りがあるが、覚えてさえいりゃ大陸の端に逃げようが追跡できるぜ」

「そりゃまた、大きく出たな。人間GPSかよお前」

 ダインの言葉がどこまで本当なのかキズナには測りかねたが、実際にこの視界もろくにない森の中で追い付いて見せたように、多少の距離なら追跡できるのは事実なのかもしれないと考えた。

 であるならば、キズナが取りうる手段は一つしかない。

「おっと兄ちゃん、そいつはもっと甘えな」

 しかし、キズナが行動に移そうと考えた刹那、ダインが凄まじい勢いで飛び込んでくる。

「なっ────!」

 高速で飛び込み、右手を広げ掴みかかってくるダインに対し、キズナは左に身を切って最小限の動きでかわす。ダインが見せた身体能力は、先ほどまでキズナが見せていたそれすら軽く凌駕していた。

 ダインは躱された右手の勢いを殺さず身体を回転させ、左足を後ろ回し蹴りの形で振り切りキズナに追撃を図る。しかしキズナはそれを予期していたかのように、ダインの頭に片手をのせてその上を宙返りで飛び上がった。そうしてダインの後ろに回ると、振り返るダインの横っ面に顎をめがけて拳を叩き込む。

 結果として、その拳は見事狙いどおり命中した。しかし、ダインはそれに対して全く動じることなく、上体を屈め左肩でキズナの腹めがけて体当たりをする。

 キズナはそのあまりの勢いに吹き飛ばされ、後ろにある樹木に背中を強打した。凄まじい衝撃に意識が飛びかけるが、なんとか保ってダインに向き直る。

 この数秒間の攻防の中で、両者にはそれぞれ驚愕と疑念が浮かんでいた。

「驚いたぜ兄ちゃん、あんた、なんでそんなに戦えるんだ? 動きはすっとろい癖に、こっちの動きは完全に見切ってやがるな」

「動きがとろいだなんて生まれて初めて言われたよ。お前こそなんなんだそれ、その反則みたいな高速移動は。それも魔法の力か?」

 キズナにとって、自分よりも明らかに膂力を持った人間との戦いなど初めてであった。彼にとってすればダインの見せた戦闘技術はそれほど高いものではなかったが、それも相手がこちらを本気で叩き伏すつもりでないからであることも直感で理解していた。

 だから、その力の秘密を少しでも探るための質問だったのだが、ダインは怪訝な顔を深める。

「なに言ってんだよ兄ちゃん、こんな魔力による身体強化なんて初歩も初歩だろ。つうかよ────」

 ダインがこちらに踏み込んだ瞬間、その姿は忽然と消えた。

「あんたも、自分で使ってるじゃねえか」

 声が聞こえたのは、キズナの真後ろからであった。

 次の瞬間、キズナは必死の足取りで前に飛ぶと、その後ろで足元に敷いていた木の根が爆ぜる音がする。ダインの拳がそれを砕いたのだ。首の動きが間に合い、そちらに視線が向くとそこには、丸太ほどもある太い木の根が地面よりも深いところまで抉れている様子が見える。

 だが、その光景の中にダインの姿はない。いやな予感が働きキズナはとっさに身をよじると、その眼前をダインの腕が横切る。彼はキズナの首を鷲掴みにするつもりで腕を伸ばしていた。

 だが、キズナに躱せたのはそこまでだった。その更に次に伸びてきた、鳩尾を狙う拳は避けられない。

「がッ────!!」

 ダインの拳がキズナの鳩尾に命中し、キズナは衝撃に息を全て吐き切り、吸い込むこともままならなくなる。

「ったく手こずらせやがって。あんたが何者かは気になるが今は大人しく寝てくれや、連れ帰るっからよお」

 キズナは呼吸のままならないまま、意識の遠くなる感覚に抗えず瞼を開けていられなくなる。うつ伏せに倒れ込む彼にダインはしゃがみこみ、膝に手をついて見下ろしていた。

「もう一度言っとくが、さっきの兄ちゃんは本当に気味が悪かったぜ。案内してたときの態度の方がよっぽどマシだったくらいにな」

視界がかすみ瞼が閉じられるまでの間、ダインのそんな声を聞きながら、キズナは思った。初めて、人間に負けたと。

「姐さんに報告しなきゃな……召喚の儀式にこっちの世界の人間が紛れ込んだってんじゃねえといいが」

 その言葉を最後に、キズナの意識は闇に落ちた。

 これから起こることに、焦りを募らせながら。

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