第二十三話 燬血の魔女
「はああああッ!!」
赤髪の少女が、自分の身の丈よりも大きな搥を振るう。
対する石像の如き大男は、その搥に負けぬほど大きな拳を振るい合わせ、その二つが激突した衝撃に大地が悲鳴をあげる。
「貴様の力はそんなものではないだろう! 私を愚弄するつもりか!!」
「何を愚弄しているというのですか! 裏切り者の分際で!」
距離を取ったダフが拳を地面に叩きつけると、その地面からまるで、象をも丸飲みに出来るほどの大蛇を思わせる土塊が何本も生え伸びてくる。
最高速度の新幹線が意思を持って叩き潰しにくるようなものだ。ひとつひとつが、常人が受ければ全身が挫滅しかねない一撃である。
その土塊の大蛇はそれぞれのたうちながらソニアへ向かい、ソニアはそれを搥で迎撃しては躱してゆく。
衝撃に土埃が舞い上がり、ダフがソニアの姿を見失った刹那、彼の後ろから小柄な影がその小さな手に握るには相応しくない巨搥を振るった。
「シッ!!」
だがダフとて歴戦の英雄である。彼は大きな身体に似つかわしくない身軽な動きでその搥を躱し、続け様に流れるように後ろ足でソニアの顔面を狙った。
搥を振るったままのソニアはしかし、搥の柄を器用に利用して巻き上がるように躱し、後ろ蹴りを敢えて搥の柄へと命中させ、空中にいる自分を軸としてそのまま搥を持ち上げる力に利用する。
振り上げられた搥は、言うまでもなく振り下ろされる。
「はぁあっ!!」
巨搥はダフを目掛けて叩きつけられ、ダフはそれを両腕を交差させて受け止めた。
衝撃でダフの足元の地面はひび割れながら陥没し、爆発音のようなものが辺りへ響き渡る。
しかし、その流れるような一撃ですら、かの石像にひび一つ与えることはできない。
「ふん、この程度ではハエたたきにも使えん。何度も言わせるな、本気でやれ」
「くそ、生意気を……そもそも、わたしはまだ何も納得なんかしてないんですよ」
両者は距離を取り、睨み合いながら構える。
「わたしは、貴方を信用して守護者統括の座を譲ったです。それなのに貴方は、あんな年端もいかない子にその役目を押し付けた。わたしより百年も若いくせに、もう隠居なんて考えてるですか」
「私が引き受けたのは、あくまで守護者統括の代理に過ぎない。当然、あの娘に譲ったそれもな。楽隠居など甘えたことを考えたのは寧ろ貴様の方だろう」
「楽隠居などと……人が百年以上も呪いに苦しんでいることを知りながら────」
「甘えるなと言っている!!」
石像は赤髪の少女へ怒声を浴びせる。
巨躯から放たれる咆哮は森を震わせ、それだけで堅牢な城壁を打ち崩せるのではないかと少女を錯覚させた。
「そもそも……守護者などと言うもの自体が、本来貴様を収めるための容れものに過ぎん。我ら全員が束になろうと、貴様が本来の力を見せれば敵うことなどありはしないのだ────」
ダフの言葉に、ソニアは悔しげに歯噛みして目を細める。
石像はしかし、睨み付けるようにして言葉を続けた。
「────そうだろう、五星魔女が一角、燬血の魔女、亡国の火炎姫……カミラ・グランブルグよ」
ダフが、ソニアの持つ異名と、本来の名前を口にする。
「……その名前のどれひとつも、わたしは既に捨てているです。今のわたしは、ただの訓練教官であり、ただのソニアに過ぎません、何故なら────」
「あの黒魔術師にかけられた呪いがある。そう言いたいのだろう」
ダフの告げる言葉に、ソニアの顔が歪む。
ソニアは百余年前、ある魔術師から呪いを受けた。
世界最強の魔女と称えられる五人の魔女、五星魔女。それと対立する、赤月の使途の魔術師に。
それから彼女は本来の力を失い、守護者統括の立場をダフに譲って、自身は一教官の立場に甘んじていたのだ。
「だが、私に言わせればそんなものは下らぬ」
「なにを……馬鹿にしているのですか!?」
ダフの口ぶりに、ソニアは怒りに身を震わせる。
ソニア自身が、力を失ったことにどれだけ苦しんでいるのかを、目の前の男は理解していないのだと。
それでも、ダフはそんなものには取り合わないと言わんばかりに、彼女の小さな身体を見下ろして言う。
「貴様は、逃げたのだ。呪いを言い訳に、戦うことから────強者としての立場からな」
真実を言い当てられたソニアは、俯いて言葉を失う。
ダフはやはり、その様子を一顧だにせず、言葉を続けるのみだ。
「この国は、英雄王と名高き陛下と、貴方の力によって世界と渡り合ってきた。戦士たちは賢狼の導きのもと、貴方たち二人に追従してきたのだ」
ソニアは黙して、ダフに語らせるままにする。
「だが、二百年近く前、この国にあの男が召喚された。異世界のヒノモトから来た、ハンゾウという男が。やつは勇者として魔王討伐を成し遂げ、世界最強の戦士として名を馳せた」
今度はダフの方が、顔を歪ませてある男の名前を口にする。
その表情は、口にした人物をどれほど嫌悪しているかがうかがい知れるものだった。
「……あいつは、強かったですよ。召喚当初はともかく、最後には私でも歯が立たなかった」
ソニアは思い出す。白髪で、長身痩躯の鋭い眼光の男を。
「しかし、やつは卑怯だった。目的のために手段を選ばず、英雄としての名声よりも悪名が勝る時すらあった────それが、陛下と貴方の名誉までもを傷つけた」
「名誉など……わたしはただガンズの言う通りに暴れていただけです。持て余した力を振るう言い訳を貰うみたいに」
「その持て余した力が、ある日現れた男に敵わなかった事が、それほどあなたを惑わせたか」
ダフの挑発するような言葉に、ソニアの眉間にはそれまでに類を見ないほど深く皺が刻まれた。
「いい加減にするですよ……わたしも、そろそろ我慢の限界です。そんなに見たければわたしの力をもう一度見せてやるですよ……誰があなたをそこまで鍛えたかを身体で思い出させてやるです」
「ふん、それでいい。そうしろと言っているのだ」
ソニアの身体が、赤い炎に包まれる。
次の瞬間、そこに現れたのは黄色の髪を持った少女だ。
背丈はソニアのものより少し高く、顔立ちも幼い少女から成長期に入った程度のものへ変化する。
「私を怒らせるとどうなるのか、忘れたというなら思い出させます。貴方がまだ可愛かった頃みたいに、半泣きになったからと手を止めてあげるとは思わないでください」
「何を馬鹿な、半泣きだろうが本気で苦しもうが、手を止めた事などありはしないだろうよ」
変化を見せたソニアに、ダフは僅かに口角を上げて応える。
キズナたちの挑む洞窟の前で、この国で最も強い強者のうち二人が向かい合い睨み合う。
しかしそこに、思いもしない乱入者が現れた。
「あら、もしかしたらお邪魔だったかしら」
緑色の髪を翻しながら、ボードに乗って降り立ったのは、リィナだ。
「やっと来たんですね、遅いですよ」
「ソニア……ずいぶん久しぶりにその姿を見るわね。本気でやるつもりってこと?」
普段と違うソニアを認めて息を漏らすリィナだが、しかしダフが鼻を鳴らして見せる。
「その姿でもまだ、本気とは程遠いがな。貴様は見たことがあるまい……この女の本当の力を」
「別に、そんなの見ればわかるけれどね、ダフおじ様に言われるまでもないわ」
たった今来たばかりのリィナは、裏切り者がダフであることも、二人のやり取りまですべてを見透かしたかのように、ソニアの隣に並んでボードに乗り構える。
「ソニア、私はダンジョンの中に入って候補生たちの救助を行いたい。おじ様は当然許してくれないだろうから、どうにかして隙を作って」
「仕方がないですね。可愛い妹分のためなら、多少のわがままなら聞いてあげましょう」
普段の姿よりも落ち着いた声音で、ソニアはリィナに微笑む。
数世紀分は年の離れた姉妹は、二人並んで石像の大男に向かい合う。
「いいだろう、リィナよ。貴様との手合わせもこれで最後だろう、存分に胸を貸してやろうぞ」
「いやよ、おじ様の胸って毛が濃いもの、頭と違って」
リィナの挑発に笑いを誘われたソニアが思わず吹くのを見て、ダフは口を結んで眉間に皺を寄せた。




