第二十一話 内外激戦
スライムと呼ばれる魔物は、ただの一個体でも周辺地域が危険指定されることのある魔物である。
まず、近接戦闘であれば一撃で確実に核を貫かなければ、取り込まれて身動きも取れずに消化されてしまう。
推奨されるのは魔術や弓による遠距離からの狙撃ではあるが、貫通力の高いものでなければ核に届く前に体内で止められてしまう。
剣であれ弓であれ魔術や魔法であれ、半端な威力の攻撃では一切ダメージを蓄積しない。
戦闘のスタイルによってはとことんまで相性の悪いことも珍しくない相手だ。
そして、何より厄介なのは、その形状が生き物のそれでは無いことである。
相手が仮に獣であれば、或いは人間やそれに近しい形であるならば、視線や顔の向き、四肢の予備動作によって行動の予測を立てることが出来る。
だが、スライムには四肢もなければ、顔も目もありはしないのだ。
つまり、次の瞬間にどのような動きをするのかが全く予測不能なのである。
これがどれ程恐ろしいのかは、武芸を身に付けている者ほど理解に容易いことだろう。
「二十……三十……どれだけいるんだ」
候補生の誰かが、湖から上がってくるスライムの数に恐怖の声を上げる。
他の候補生たちも同様であり、先ほどのアキラの死に様に完全に意気を削がれていた。
だが、そこで諦めない者たちも確かにいた。
「呑まれないで! 皆構えて!!」
マナカの掛け声と同時に、キズナが飛び出していく。
彼は先ほどアキラを飲み込んだ個体を、引き抜いた剣で下から切り上げた。
凄まじい威力の一撃にスライムはその身体の半分以上を消し飛ばされ、核を壊されたことによってその身体を瓦解させる。
間髪入れずに、彼は手近な個体を次々と屠っていく。
後に続いたのはリュウヤとラクの二人だ。
リュウヤは拳によって地面を砕き、跳ね上がった破片を更に拳で打ち出してスライムの核を撃ち抜いていく。
続くラクも、覚えたばかりの弓術によって核を撃ち抜き、更に近づいてきた個体には剣によって核を的確に貫いてみせる。
三人の活躍によって、候補生たちには絶望的に思えたスライムたちの強襲にも希望のようなものが見えた。
「みんな、近接に自信のない人は出来るだけ近づかずに、複数人で組んで確実に仕留めていって! 怯えちゃだめだよ、訓練を思い出して!」
マナカは他の面々を鼓舞しながら、キズナたちが討ち漏らした個体を槍から放つ炎で打ち払っていく。
数十体はいたスライムたちも次々と討ち取られていくが、しかし何故か、その数は一向に減らなかった。
「おい、あれ見ろよ……!」
候補生の一人が見上げた先、先ほどから動きを見せない巨大な個体、泥の王は、全身を度々震わせたかと思えば、その身体から次々に新しいスライムを産み出していた。
「そんな……」
マナカの背後を守るユウカが思わず顔を強ばらせる。
他の候補生たちも同様に、その光景を目にしていた。
「きゃぁっ!!」
候補生の一人が、叫び声を上げて倒れる。
彼女はスライムの放った触手によって武器を弾かれ、そのまま身体に飲み込まれてしまった。
「やめろ、やめてくれ!!」
焦った仲間が彼女を助けようと武器を構えて近づくが、スライムはあろうことか自らの核を、飲み込んだ彼女を盾にして守りに入る。
そして、すぐさま伸ばした触手により、助けようとした彼の片腕すらも吹き飛ばして、飲み込んだ女性を溶解し消化してしまった。
片腕を飛ばされた男は痛みに気を失い、同じように飲み込まれてしまう。
「くそ、このッ…………!!」
気がついたキズナがその個体に突進し、核を切り飛ばすが、スライムの腹から出てきた男は既にその肉の殆どを溶解され、事切れていた。
骨や内蔵が露出し、赤白いかたまりとなって転がり出てきた男に、キズナは思わず吐き気を催す。
しかし、嘔吐反射によって涙を流しながらも、他の面々を守るため、止まる様子のなく現れるスライムの群れへ向かって走り出した。
「なんだよこれ……なんなんだよこれ……!!」
キズナ、リュウヤ、ラク、マナカの四人の活躍によって、スライムたちは次々と屠られていく。
だが、同じように候補生たちの中からも、一人、また一人と犠牲者が現れていた。
それに対して、スライムの側には実質としてなんら損耗はないように思える。
何故なら、キズナたちがどれだけスライムたちを屠ろうとも、同じ数だけ泥の王によって敵の数は補充されてしまうのだから。
そして、候補生の数が減っていけばそれだけ、キズナたちの戦力は落ちていく。
そうでなくとも、マナカを始めとして、候補生の中で戦えている人間でも、誰しもキズナほど莫大な魔力量を持つ訳ではないのだ。
こちらの戦線が崩壊するのは、最早時間の問題に思えた。
「やっぱり、あの親玉をどうにかしなけりゃ……!」
「キズナ、無茶なことしようとしちゃダメだよ! 君が抜けたら間違いなく全滅するんだからね!!」
「わかってるよ!! けど……じゃあどうしろって言うんだ……!!」
候補生の総数は、たった今三十を下回った。
聞こえてくる断末魔は、キズナの心にどうしようもない程の痛みを訴えてくる。
「キズナ、危ない!!」
不意に、死角から現れたスライムがキズナに触手を伸ばして来ていたことに彼は気がつく。
だが、それに気付くには僅かに遅い。
状況のまずさに気を取られるあまりに、彼は自身のことを疎かにしてしまっていたのだ。
触手は真っ直ぐ彼の顔面に、その眼球に向かってくる。
嫌にスローモーションに見える光景に、だが彼はとっさに身をよじるのが精一杯だった。
「ぐあッ!?」
スライムの触手は、彼の右目を貫きこそしなかったものの、眼球に抉るようにダメージを与えた。
彼は凄まじい痛みと脳を揺らす衝撃に思わずよろめき、次に襲ってくる触手を避けることが出来ない。
触手は今度こそ、彼の命に届くように、確実に頭蓋を打ち砕きに来る。
しかし、その刹那、双方の間に割り込む影があった。
「ぐッ……この、クソがぁ!!」
キズナを庇ったのは、リュウヤだ。
彼はキズナを引き倒して触手の射程から逃したものの、自らの肩に負傷を負う。
それでも、間髪入れずに襲ってきていたスライムを拳で殴り飛ばした。
彼の拳はそのものこそ核に届かなくとも、その拳圧のみでスライムの核を打ち砕く。
倒れたキズナには、ラクがカバーに入りすぐさま右目に治療魔術が当てられた。
ある程度痛みが緩和したところで、キズナは自身の持つ再生魔法によって右目を完全に回復し、目をしばたかせて視界の確認を行う。
「悪い、油断した」
「お前、周りばっか気にして自分が倒れたら意味ねえだろうが!! 情けねえ真似してんじゃねえぞ!!」
リュウヤの怒声を浴び、キズナは立ち上がる。
キズナは、彼の言う通りだと思った。しかし、だからと言ってこの状況をどうにかしなければならないことに代わりはない。
どうするべきなのか考えあぐねているところに、後ろから凄まじい破壊音が鳴り響く。
「にぃちゃん!! すまねえ、遅くなった!!」
扉を破壊して現れたのは、ダインと、彼の引き連れた部隊だった。
◇
「一番から五番! 右側面からまわって各個撃破! 六番から十五番は反対から面制圧、クルストとミッケは私についてきて、上空から強襲!」
ダンジョンの外、ウルフェムラの上空でも激しい戦闘が行われていた。
リィナの狙い通り、敵の空騎兵は彼女を落とすべく襲撃してきており、ウルフェムラの上空では壮絶な空中戦闘が繰り広げられる。
ウルフェムラの戦士にも空中戦闘が得意なものは多い。
小隊規模の戦士が十五番隊まで編成されており、数では劣るものの個々の戦闘力は帝国の空騎兵を上回っていた。
中でも優秀なのは、クルストとミッケの二人である。
クルストは相棒の騎竜に跨がり、その膂力とブレスで次々帝国兵を討ち取って行く。
ソニアの腹心であるミッケは、普段の内向的な振る舞いとは打って代わり、鋭い眼光を飛ばしながら、小さな身体ひとつで飛び回り炎の魔法を撃ち放っていた。
更には、地上からゲオルクの放つ援護の魔法も時折飛んでくる。
敵の戦車隊も相手にしながら、更には敵味方の入り乱れた混戦にも関わらず、的確に帝国兵のみを撃墜する様は感嘆に値するものだ。
味方にも多少の損耗はあるものの、既に帝国の空騎兵は半数を減らし壊滅状態と言える。
三人での強襲にも効果はあり、敵の空騎兵は連隊を維持できずに散り散りになりつつあった。
リィナは少し離れたところに避難し、インカム状に形成した杖で通信を行う。
「アクセル、聞こえる? 状況を教えて」
『あいあい! 敵の歩兵に関してはまだまだ援軍が来るみたいだぜ、転移門の破壊が必要かもな! だが空騎兵と戦車に関しちゃこれ以上は大して出てこれなさそうだ、やっこさんらも余裕がないと見えんぜ』
「わかった。引き続き戦線を維持して、深追いはしないこと。この被害でまだ撤退しないのも呆れるけれど、何か隠し玉でもあるつもりなんでしょう」
『つもりだぁ? その言い方だっと姫さんは既に知ってそうだなぁ。なんでこっちに言わねえ』
「……あとでまた通信する。とにかくよろしく」
『あ、おいちょっと待て────』
アクセルの抗議の声をさえぎって、リィナはボードのバーニアから火を吹かせてミッケに接近する。
この中で最も戦力の高いのは彼女だ。そして実のところソニアの腹心として守護者にも近い権限も有していた。
「ミッケ、悪いんだけど任せていいかしら。私はまだ二つ三つ、他に用があるの」
「も、勿論です、この場は、お任せください、そ、ソソソニア様にもそう仰せつかってます」
眼光の鋭さとは裏腹に、彼女は内気な面を露にして言葉をどもらせる。
とはいえ、これはあくまで彼女の癖というのみであり、内心までこうも怯えているわけではない。ソニアが特別に目をかけて育てていることに相応しい実力と胆力を彼女は備えている。
「ええ、お願いね」
ミッケにそう伝えると、リィナはボードを旋回させながら滑空し、地面に降りてゆく。
そして、彼女が降りた先、そこに待っていたのはある人物だった。
「やっと来たか、リィナ嬢」
「待たせて悪いわね、スラッシュ」
深いコバルトブルーの髪を持つ、小さな男はため息をついて肩をすくめる。
リィナは、空中戦で乱れた髪を流して彼と向き合う。
その視線は、常よりも厳しいものだった。
「それでは、私は何を話せばいい」
「決まってるでしょ、全部よ」
今回の件の鍵を握る二人のうちひとりに、リィナは対峙するのだった。




