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de anima~死人倣いの異世界奇譚~  作者: 各務クギヒト
一章 ウルフェムラ編 後編
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第十九話 秘水の洞窟

 どこからともなく、水滴の落ちるような音が聞こえてくる。

 天井の高さはところによって変わり、キズナの背丈では頭を打つような高さから、吹き抜けのように高いところまで様々だ。

 洞窟内は薄ぼんやりと壁面が発光しており、ある程度の視覚を確保できるが、場合によっては松明が必要であった。

 天井や壁が細く、低くなるほどに、自分はもう戻れないのではないか、身動きが出来なくなるのではないかと、うっすらと恐怖のようなものが首をもたげてくる。

「もう結構進んだよね、入ってからどのくらいだろ?」

「言っても精々一日半ってところじゃないか? そろそろもう一度休憩入れたいところだが」

「ここは狭すぎるかな……もし魔獣が来て戦闘になれば下手すると崩落するよ。もう少し広いところに出た方がいいんじゃないかい」

「それもそうだな」

 キズナは、ラクと二人でチームを組んで進んでいた。

 試練の内容はシンプルだ。

 ダンジョン内で魔獣を倒し、その魔昌石の数や質によって順位を決めるというものである。

 繰り返しになるが、この世界におけるダンジョンとは、魔力によって変質した空間のことを指す。

 内部の空間は本来の広さよりも拡張されていることが多く、更にはダンジョン内で遭遇する魔獣は正確には生物とは呼べず、自然発生する魔素の塊である。

 彼らは実在する魔物や、あるいは想像上の怪物の生態を模倣するのみであり、そこに生き物としての営みは存在しない。

 通常の空間とは異なる自然法則によって、魔素によって構成された怪物たちがダンジョンに現れる魔獣である。

「魔昌石もそこそこ集めたけど、これはルート選びがダメだったかもしれないね。多分本来より楽に進めてる」

「いいんだ、そのつもりで選んでるからな俺は」

 魔獣は、倒した際には死体を残さず、代わりに魔力の結晶石を落とす。

 その格によって呼び名や用途は違うものの、ダンジョン内でのみ採れるその魔結晶はダンジョンを管理する土地における一定の資源たりうるため、多くの場合ダンジョンは国や町によって管理下に置かれている。

「魔獣っていうの、確かに外の魔物とはちょっと違うかも。なんていうか、生き物としての気配がないし、まるでゲームのエネミーでも相手にしてるみたいな感じ」

「そうだな、どこか不気味っつうか……まあ動きにパターンがあるから分かりやすいのはいいけど」

「いやいや……そんなこと言うけど僕にはさっぱり分からないからね、そのパターンっての。でも何で魔昌石集めに不利な道を選んでるの? 他の候補生たちに譲るつもりかい?」

「そういうつもりでもないんだけどな……ちょっと嫌な予感がするんだ、魔力の余裕を残しておきたい」

 キズナの持つ懸念にラクは、顎に手を当てて眉間にシワを寄せる。

 この彼の言葉は、決して無視できないものだろうとラクにも分かっていたからだ。

 キズナの持つ勘には根拠など無いことが殆どであるが、彼が本気でそれを語る時には、およそ外れることがない事はこの三ヶ月で知っていた為である。

 ラクが難しい顔のまま歩いていると、不意に視界に淡い光が入り込み、少しばかり広い空間に出た。

 奥に水場もあり、水面から光が放たれ空間全体を照らしている。

「わあ……」

 薄暗い洞穴をひた進んでいた彼らには、その光はいっそ眩しくすら感じたものの、ラクの目にはその光景は著しく琴線に触れるものがあったらしい。先程までの表情とは一転して彼は目を輝かせた。

「すごい、すごいよこれ……! 綺麗だなあ……」

 水面は薄青く煌めき、その波紋はそのまま壁面に光とともに投影されていた。

 ラクが目を輝かせるのも頷ける。

 普通に生きていればまず遭遇することのない絶景であると言えた。

「ひとまず、丁度いいからここで休憩にするか。食料はまだあんだろ?」

「ん、大丈夫さ。行き帰り分には余裕あるよ」

 彼らの挑んでいるダンジョンは、最奥部までおよそ二日程度かかるとされており、食料は往復分でその二倍である。

 緊急事態に陥れば当然それ以上必要ではあるが、四日経って戻らない場合はダンジョンの半ばで待機するダインの部隊が救助に向かう手筈となっていた。

「多分、この先もう少し進めば最深部だよね。他のみんなはどのくらい集めてるんだろ……」

 ラクが今まで集めてきた魔晶石を広げて数えているのを横目に、キズナは空になっている水筒に水場から水を汲んでいた。

「あ、ちょっと、お腹ぴーぴー言うよ?」

「いや、多分ここの水は平気」

「えーほんとかなあ……」

「俺はここから汲むから、残ってる水はお前にやるよ」

 ラクは難しい顔で瞑目するものの、キズナが言うのだからと無理やり自らを納得させた。

 とはいえやはり自分で飲むのは怖いらしく、彼はキズナのカバンから水の残っている水筒を取り、代わりに自分の空になった水筒をキズナへ投げて寄越した。

 するとそこへ、彼らの他にやってくる者たちがいた。

「お、レアキャラ君と四本腕じゃん」

 キズナは彼の名前をとっさに思い出せなかったが、ラクはその人物に心当たりがあったようだ。

「あー、アキラくんか。君たちのルートはここと合流してたんだね」

 キズナたちはそれぞれ入り口から別のルートを選んだ筈だが、どこかでルートが合流していたのだろう、そう考えての問いだった。

 だがアキラと呼ばれた男はラクの方へは向かず、キズナにずんずんと近寄って彼の手元を覗き込む。

「え、何。もう水飲みきったん? こんなとこで水なんか汲んだら腹壊すんじゃね、何が入ってるか分からないんだし、馬鹿なの?」

 キズナはそこで思い出す。そういえば、彼は時々自分に突っかかってくる困った人物だった。

 候補生たちの中では成績が良いが、キズナにとってはラクやリュウヤ、マナカに比べると見るべきところが特にない、印象に残らない人物だった。

 だが、アキラにとってはそれが面白くないらしく、こうして直接手合わせするのではない訓練などの場ではキズナに挑んでくることがままあった。

 直接の手合わせで挑んでこないのは、当然勝てないのが分かりきっているからであったが。

 彼は乳白色の髪を流して、しゃがみこむキズナをこれ見よがしに見下ろすと満足そうに語る。

「俺たちのチームはもう五十は魔昌石集めたぜ。お前らはまだそんなもんかよ、まるで自分がなって当然みたいな態度だったくせにさ」

「別に誰もそんな風には────」

「あーはいはい聞いてないから。お前らはそこでダラダラ休んでろよ。俺たちはさっさと最深部でボス倒してくるわ」

 キズナの言葉を遮ってそう言ってのけると、彼は仲間を引き連れてさっさと奥へ進んでしまった。

「いいのキズナ、行かせちゃって?」

「放っておいていいさ。あれでもコウダイたちよかマシだろ、もしあいつらなら俺たちの魔昌石を奪いにくるまであるからな」

「まあ確かになー」

 気にはしつつも、ラクの方も彼らを追うつもりはないらしい。

「まあ、ダンジョンの魔獣も段々手強くなってるからね。最深部のボス……ゲートキーパーはおおよそその手前の魔獣の十数倍は強いらしいし、彼らには難しいだろうな」

 だが、キズナはその言葉を聞いてぴくりと耳を動かし、おもむろに立ち上がった。

「やっぱ、追うぞ」

 そう言うとキズナは、荷物を持ってすたこらと先へ進んでしまった。

「もう……心配性だなあ」

 そんな口振りながらラクの方も、どことなく嬉しげにへらへらと口許を緩ませて彼について行く。

 ラクはキズナの隣に並ぶと、彼の尻を軽く蹴った。

 キズナの方はそれを受けて微動だにせずにいながらも、より勢いよくラクの尻を蹴り上げる。

 ラクはよろめきながらも楽しげにケラケラと笑い、改めてキズナに並んだ。

 じゃれあいながらも、二人は歩いていく。

 仄暗い洞窟の奥へ進んでいく。


            ◇


「────はあっ!!」

 四本の腕のうち、右側の二本が二振りの剣を交差させるように怪物の腹を引き裂く。

 緑色の巨躯を誇るオークと呼ばれる怪物は裂かれた腹を庇いながらよろめき、しかしすぐさま両腕で巨大なこん棒を振り上げにかかった。

 だがそこを狙い済ましたかのように、ラクの後ろからキズナがオークへ飛びつき、オークの肩を蹴るように両足をついてその喉を剣で突き刺す。

 キズナの突進にオークはその巨躯を押し倒されるようにしながら壁に激突し、首に刺さった剣が致命傷となりそのまま動かなくなった。

「よっし、そこそこのやつを倒せたんじゃないかな」

「今までのよりは、ってくらいだろ。この国じゃここを一人で踏破してようやく一人前らしいしな。俺とお前なら楽勝だよ」

「えへへ、そうかもね」

 足取り軽く自らのもとへ来たラクとハイタッチをしつつも、事も無げにキズナは言う。

 実際、彼にとってはこのダンジョンは腕試しにもならない。ここに入ってから未だに、彼はかすり傷ひとつも負ってはいなかった。

 ここでは上位の魔獣であるオークを撃破してなお、彼は息ひとつ上げず、剣を振って魔獣の血を落とし鞘に戻す。

 だが、誰しもにとって、このダンジョンはそのように簡単であるわけではない。

「くっ……くそッ……!」

 先程キズナたちを追い抜いていったアキラは、腕を負傷して仲間に治療を受けていた。

 アキラは候補生の中ではそれなりに好成績ではあるものの、さりとて幼少から戦闘訓練を受けてきたこの国の戦士にはまだまだ及ばない。

 ましてや、魔法なしで下位の戦士長たちに匹敵するキズナとは比ぶべくもなかった。

「なんなんだよ……ちくしょう、こんなとこに来ても結局才能かよ、お前みたいなやつが楽勝ですなんて顔して前を行きやがって……どこ行っても結局恵まれてるやつが旨いとこさらっていくんだ……!」

 アキラは恨み言にも泣き言にも聞こえる言葉を吐き捨てながら、腕の治療を終えた仲間の少女を払いのけてキズナを睨み付ける。

 仲間たちも彼の態度には困ったような顔を浮かべており、キズナはバツの悪い思いで横目に彼を見るのみだ。

 確かに、キズナはこと戦いにおいての才能には恵まれてはいるが、だからと言って人生そのものが恵まれていたとは言えようもない。

 だが、他人からすればそんなことは知りようもなく、キズナも語るつもりもなかった。

「まあまあ、ひとまず立ちなよ。君だって善戦してたさ」

 ラクは人の良い笑顔でアキラの元に近づき、片手のひとつを差しのべて見せる。

 しかしアキラはその手を睨み付けてから、それを取ることなく少しよろめきつつ立ち上がった。

「いいか、この先のゲートキーパーには俺がトドメを刺す。絶対に目にもの見せてやる」

 彼は苛立っているのだろう。思うようには強くなれずに、先を行くキズナたちの背中を眺めるしかない毎日に。

 その苛立ちは、その目を曇らせることをキズナは知っていた。

 これが例えば、平和な日本での仕事や趣味でなら仕方のない事とも言えただろう。

 だが、彼らは命の危険がある場で戦いに身を投じているのだ。

 キズナは、仲間に背中を撫ぜられながら先へ進んでいくアキラに、何かを言おうとした。

 しかし、自分が何を言おうが彼には皮肉にしか聞こえまい。そう聞こえないように語る術を彼は知らなかった。

 そんなキズナに振り向いて、ラクは仕方なげに肩をすくめる。

「あまり気にしすぎないようにね、キズナ。君は強いけど、それは君自身の歩んだ道がそうさせたんだから。彼のような背中を睨み付ける人々をいちいち気に病んでたらキリがないよ」

「いや……気に病むってほどじゃないけどな。あいつ、あのままじゃ危ねえんじゃねえかって」

「そうかもね、でもそれは彼自身の問題さ。君はもうちょっとふてぶてしくなるべきだね。ほら真似してごらん、あっかんべーって」

「あっかんべーてお前」

 アキラ達の消えた方に向かって渋面で舌を出すラクにキズナは苦笑し、彼はオークの落とした魔昌石を拾った。

「まあ、みんなそれなりに色々抱えてんだよな」

 魔昌石を宙に弾いて弄びながら、キズナはひとりごちる。

 ラクには気にするなと言われたものの、キズナは先へ進んだ彼の抱える荷物も、この世界で少しは軽くなるといいとぼんやりと思う。

 折角の異世界召喚だ。

 誰にだって何かしら、小さな拾い物があったっていいじゃないかと。

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