第十五話 爆炎と剣戟
「ラク、お前はそのバカを連れて下がれ」
髭の男と対峙したまま、キズナは後ろ手に庇ったラクに指示を出す。
だが、その言葉にラクは従う素振りを見せない。
「君こそ何馬鹿なこと言ってるんだい。分かってるだろ、君でも一人じゃ無理だよ、あいつは」
「今回の敵襲は俺たち候補生が狙いなんだ、お前もそいつも例外じゃない。聞き分けてくれ」
「それなら君も同じじゃないか、無茶を言うな!」
二人が言い争っている間も、髭面の男は余裕そうな素振りを崩さずに様子を見ていた。
「というか、キズナは一人でここに来たのかい? ダインくんたちの部隊に混ざっている筈じゃなかったかな」
「あいつらも遅れて来る筈だ。道中の敵が多くてな、恐らく残ってる頭数を集中してる。つまりはここを凌げば奴らは撤退する筈、違うか?」
キズナは髭面の男に問いかける。
男は「ふむ」と前置きしながら、ゆっくりとキズナたちに向かって歩き出した。
「確かにその通りだ。人数的なノルマとしてはほぼ達成済みでね、正味ここで退いても構わないのだが……捕縛した者たちの質が少々よくない。可能ならあと一匹、上質な獲物を仕留めて帰りたいのだよ。君たち三人ならどれでもその目的に適いそうだ」
キズナは先程捨てた剣を拾って、髭面の男に差し向ける。男はそれを見て立ち止まるが、あくまで悠々と構えもしない。
「随分親切に教えてくれるな、コンプラ意識が低いんじゃないか?」
「なに、君たちのうち一人でも連れて帰れるならそれでいいのでね。つまり──残りはここで殺して帰ってもいいということだ」
男がそう口にした瞬間、キズナは飛び出して相手に肉薄する。
対して男は、外套を翻してその両腕を露にした。
キズナが逆袈裟に切り上げた剣を、男の右手が受け止める。
その腕は、無骨な機械の手甲に覆われていた。
瞬間、キズナは嫌な予感を覚え、刹那のうちに両足で交互に男の膝と腹を蹴って剣を引き抜き跳び跳ねた。
直後、男の掌から衝撃音とともに爆炎が放たれる。
もしあのままキズナが剣を引き抜かなければ、彼は武器を失うことになっていただろう。
「機械の腕に、そこから放たれる爆発……いや、それ以前に」
「キズナの攻撃を、あんなにも簡単に見切るなんて」
キズナたち二人の瞠目を受けながらも、男の興味は掴んだ獲物を逃した右手に行っていた。
小さく「ふむ」と漏らしながら、掌を開閉して具合を確かめている。
「なるほど、候補生たちとやらの中に一人、まともに戦えるものがいると聞いてはいたが、君がそうか。確かに、小器用に動くものだ。所持している魔力も並外れている」
そんな風に口にしながらも、男は愉しげに顎髭をさする。
「だが、やはりこの世界に来て日が浅いせいだろう、手にした魔力に馴染んでいないようだ。動きにムラが大きい、それに────」
瞬間、男の姿がキズナの視界から消える。
「殺意を持った攻撃とは、こういうものだと知らないようだ」
キズナは、咄嗟の勘を働かせて身体を大きくのけ反らせた。その眼前を、熱を帯びた機械の腕がすんでで通りすぎる。
だが、避けたと思った次の瞬間、その機械の腕から爆炎が迸った。
キズナは即座に成殻で守ろうとするが、あっけなく破られ顔面にそれを食らう。
爆発の勢いで後頭部から地面に叩きつけられた上、跳ねた片足を無造作に掴まれてそのまま投げ飛ばされてしまった。
相当な勢いで樹木に背中から叩きつけられ、そのまま地面に落ちる。
すぐさま立ち上がるが、その顔面は焼けただれ、掴まれた片足も折られていた。
「キズナッ!!」
叫ぶラクにも髭の男は襲いかかろうとするが、リィナの杖がそこに割り込み、熱線の魔法で迎撃する。
その隙にラクはキズナの元へと向かい、彼に治癒魔術をかけようと手をかざす。
だがキズナはそれを片手で制する形で断り、自らの再生魔法で傷を癒した。
リィナの杖もキズナたちの元へ戻り、男は距離を保ってこちらの様子を伺っていた。
「ほう、その球体は自動機械の類か? 帝国のみの技術だと思っていたが、そちらも実用化していたとはな。それにその再生力、ただの治癒魔術ではない」
「こっちはあんたと違ってペラペラと手の内を明かすつもりはないんでね、ご想像にお任せするよ」
「ふむ、まあよい。なんにせよ君の防御力では私の魔法に耐えきれぬようだ。その球体の防御術式はそれなりのようだが、どうやら多用できるほど魔力は備わってないらしい」
男の言う通り、リィナの杖は本人が至近距離で扱うのでない場合、魔力の総力は決して高くない。予め貯めておいた魔力を使いきれば動かなくなり紛失してしまうので、あくまで予備戦力としてのみ数えるべきものだった。
「キズナ、どうにか逃げられないかな」
「無理だろ、素直に逃がしてくれるわけもないし、それに……」
キズナは、少し離れたところで転がっているリュウヤの方を見る。
彼は今六本あるうちの四本がかりでリィナの杖に守られてはいるが、まだ気を失ったまま動く気配がない。
「……まさか、差し出して逃がして貰おうとか」
「考えてねえよ、心配すんな」
ぶっきらぼうに答えながら、キズナは男の方へ視線を戻す。
男の足元は先程の爆炎で燻っており、その熱気で男の姿はゆらゆらと陽炎のように揺れていた。
「どうする、キズナでも動きについていけないんじゃあ……」
「馬鹿言うな、そうじゃねえよ」
キズナが、大きく深呼吸をして武器を構え直す。それを見た男は、口元を歪めて凶悪に笑った。
「どうやら覚悟を決めたようだな。それでなくては面白くない」
キズナは返答の代わりに、男に向かって飛び出していく。
先程以上の速度で男に迫り、だが同じように逆袈裟に切り上げる姿勢を取る。
「一度通用しなかったものを」
男は同じように右手で掴みにかかるが、しかしキズナはそれを逆手にとり、男の掌に剣が当たった瞬間、その衝撃の反動を活かして剣を引く向きを反転させた。
くるりとその場で回転しながら、反対側から袈裟斬りの姿勢にかかる。
だが隙の多い攻撃だ。意表を突けなければ命中はせず、そして男はその意表など突かれなかった。
男が一歩後ろに下がり、キズナの剣は空振りに終わる。
そこに、今度は男の掌がキズナに向かって爆炎を放出する。
凄まじい衝撃音とともに炎が巻き上がり、キズナはそれに巻き込まれたかに見えた。
しかし────
「む、防いだのか」
男の言葉通り、キズナは爆炎の中から無傷で現れ、男に剣を振るった。
機械の腕と剣の鋼鉄がかち合う音が何度も鳴り響き、そのやり取りが拮抗する。
何度目かの爆炎を凌いだところで、男がキズナが爆炎を凌ぐからくりを見出だした。
「成る程、成殻の無減衰期間を利用しているのだな。恐ろしいセンスだ」
男の納得するような言葉に、ラクは男以上にキズナの行っている技の異常さに驚愕する。
「無減衰期間……それって」
『教えなかったかしら。成殻は本来発動に必要な魔力をそのまま反映はしておらず、発現してから時間が経つほど防御力が落ちていく。けれど、発現後の百分の一秒の間はその効力に減衰がなく、要した魔力をそのまま反映できるの』
「リィナちゃんまだいたんだ」
不意に杖から発せられた声に、ラクがびくりと身体を震わせて反応する。
リィナは全体の連絡役としてひとつの戦場に意識を向けることはしていなかった筈のため、ラクが驚くのも無理はない。
『他の戦線が落ち着いたから、こっちに集中出来るようになったのよ。話を戻すけれど、その百分の一秒の間に衝撃を受けた場合、その防御力は数秒程度の間そこで固定される現象がある、それが無減衰期間』
「つまり、ジャストガードみたいなもの……? 無敵時間?」
『ごめん、その例えはよく分からないわ。あくまで通常より強固なものになるだけで、無敵ではないし。なんにせよ余程高位の戦士同士の戦いでなければ、ああも当たり前に使われはしないものね。しかも、成殻を扱い始めてひと月半のやつが使うなんて異常もいいところだわ』
「なるほど、流石キズナ。なんか一周回って腹立つ」
『……あなたたち本当に仲良いの?』
「今ちょっと微妙な雰囲気なんだよね」
リィナの本格的な参戦を知ってわずかに緊張の解れたラクは、自分を鼓舞するように軽口を叩いて見せた。
「リィナちゃん、こっちに集中出来るってことは、さっきまでよりやれること増えてたりする?」
『ええ、勿論。作戦があるから協力しなさい、あの馬鹿を援護するわよ』
リィナとラクが密かに話し合うなかでも、キズナと男の戦いは激しさを増してゆく。
キズナは剣も自身も掴まれることのないよう立ち回りながら、次々と怯むことなく攻撃を繰り出していく。
「ふふ、ふはは、ははははは! 楽しいぞ、やはりただ一方的に殺すのでは物足りぬ! 戦いとはこうでなくてはならない!!」
「うる、せえ……殺し合いの最中にさっきからごちゃごちゃと……!!」
「殺し合いだからこそ語り合うのではないか! 互いを理解してこそ真に、命を奪う瞬間が輝くのだ!!」
「どんな発想だよ、やりづらいだけだろ!」
キズナの横なぎに切り払う一閃を後ろに宙返りして躱し、男は外套を翻しながら尚も笑って見せる。
「だが、君は生かしておくと今後面倒になりそうだな。この戦いの中ですら成長している、あまつさえこの私を糧にして」
「お前がどれ程のもんだってんだ。俺がまだ未熟なだけで、ダイン辺りでも本気でやれば勝てそうだっつの」
頬についた爆炎の煤を拭いながら、キズナは男を睨み付ける。
そうは言っても、キズナは攻めあぐねていた。男は身を守りながらの爆炎での攻撃に長けていて、魔法を持たないキズナでは今一つ攻め手に欠ける。
純粋な格闘技術に関してはキズナが上回ってはいるが、魔力の扱いの巧拙では男の方が数段上手だった。そのため、身体能力に実質的な差が生まれている。
「せめて、一撃大きなものをぶちこめる隙があれば……」
口の中でそう呟いて、キズナは剣を構え直す。
男は悠然と、両手を拡げてキズナに向かい歩き出す。
そして、まるで何かの合図でもあったかのように、互いに弾かれるように飛び出して接近する。
「ふんッ!!」
男が掛け声とともに両手を交差させて大きな爆発を起こす。その威力は前方十メートル以上の範囲を更地にするほどのものだ。
だがキズナはそれを男とすれ違うように飛び上がって躱し、すれ違いざまに空中から剣戟を放つ。
男はそれを身を屈めて躱し、着地の瞬間を狙って後ろ手に爆炎を放ってきた。
キズナはそれを成殻で防ぎながらも、間髪いれずに掴みかかる男の腕を剣で跳ね上げる。
男の腕に纏う手甲は、恐らく帝国の誇ると言う自動機械の類いだろう。その堅牢さもさることながら、キズナの剣が決定的にダメージを与えられないようタイミングをずらされている。
その上、隙があれば手甲の制御でそれを狙っても来るのだろうと彼は推測した。
「偉そうに戦闘狂のようなこと言って、結局その腕の機械頼りじゃねえか、情けねえやつだな」
「なんだと」
キズナの煽り文句に、男が顔を歪めて見せる。
それと同時に、爆炎の勢いが先程よりも更に増した。
「ぐあっ!?」
キズナの張った成殻を突破して、威力が殺しきれずに爆炎が彼の肩を焼く。
だが、キズナはすぐさま体勢を立て直し、男に肉薄した。
上段から振りかぶった剣を、男は両腕を交差させて受け止めた。
「甘く見るな!!」
怒声とともに掌の機構から爆炎を迸らせ、男はキズナを振り払う。
先程までより数段威力の増したそれを、キズナは飛び上がって回避した。
しかし、その瞬間に自分の失策を呪う。
これでは、着地の瞬間に今度こそ大威力の爆炎を放たれて丸焦げにされてしまう。
成殻をいかにタイミングよく構成したとしても、それで防げる威力にも限度があることは先程証明されてしまったのだから。
「これで詰みだな」
男が勝ち誇ったように、口元を歪めて片腕を突き出す。恐らく全力の一撃を放ってくるだろう。
しかし、その決定的な瞬間に割り込んでくるものがあった。
「誰か忘れてないかい!」
ラクが四腕に構えた剣すべてで男の腕を跳ね上げる。そのまま剣を振り下ろして追撃を図るが、男は後ろへ飛んでそれを躱した。
しかし、その着地点にはリィナの張った罠がある。
「なんだ、これは……!!」
男の足元の地面は、まるで泥のように柔く、男は片足をそれに膝下まで埋めてしまった。
更にそこへ、リィナの杖が魔法を放出する。
「ぶはッ──水だと!? こんなもので……ぐあ!?」
リィナの杖が立て続けに放ったのは、水の魔法と、加えて電撃の魔法だ。
ダメージ自体は大したものではない、しかし重要なのは、男が腕に纏っていた手甲の機能不全にある。
「な、動かぬ……!?」
「今だよ、キズナ!!」
ラクの声を聞くより先に、キズナが全霊で男の元へ飛び込んだ。
そして、その剣が、男の身体を貫く。
「ぐ、ぶっ……!」
男の吐いた血反吐が、キズナの肩へとかかる。
命を失うには十分すぎるほどの出血は、そのまま決定的な内臓の破壊を示していた。
だらりと弛緩した身体は、まだその命を完全に失ってはいないが、もはや幾ばくの猶予もないだろう。
「終わりか……仕方あるまい。出来れば君とは一対一の勝負で戦いたかったものだ」
「……悪いな。あんた強かったからさ、大目に見てくれよ」
「強い、か……随分と皮肉を言う。君はきっと、私など爪の先ほども、届かぬ……強者になるだろう。私は所詮……そうし……もの……憧れ、だけの…………」
そんな言葉を最後に、男は事切れた。
キズナは剣を引き抜き、男の亡骸をその場にゆっくりと寝かせた。
自分の意思で誰かの命を奪った事実を、噛み含むように。




