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de anima~死人倣いの異世界奇譚~  作者: 各務クギヒト
一章 ウルフェムラ編 後編
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第十四話 人殺し

「しっかし、割りの良いのか悪いのかわからねえ仕事だよな。一人攫えば捕らえた仲間全員で一生遊んで暮らせるなんて言っても、襲撃に参加したやつぁもう半数がやられたらしいぞ」


「そりゃそうだ、相手は名高き英雄王のおわす賢狼の国だぞ。こんな人数で突貫する方が無茶だろ。俺らだって生きて帰れたら儲けもんって程だ」


「英雄王なんて言っても、もっぱら呼ばれてたのはこの国が勇者を輩出する前の話だろそれ? ほとんどおとぎ話じゃねえかよ。その勇者だって十年前の魔族襲撃からこの国出奔して放浪してるらしいし」


「いやいや、今だって義勇派兵の戦果は大国に引けを取らんぞ? 内通者の情報使って目的果たしたら、どうにか隙を突いて脱出。それ以外にねえよ。ですよね、旦那?」


「ああ、それでいい。とにかく勇者候補生とやらの身柄を確保することだけを考えろ。それ以外の場合で転移石は使わせん」


「ひい、それじゃあほとんどの連中は敵方に捕まるか殺されるのが前提ってことですか? おっかねえ話だな。まあとはいえ俺らには旦那がついてますからね、問題ないでしょう」


「何せ、帝国兵でも強者と名高い鉄歌隊(コルス・フェルレウス)の一員とくりゃ百人力でさ、頼りにしてますぜ」


「元だ、間違えるな。正規の部隊員には及ばなかった落ちこぼれよ、この国の守護者と呼ばれる者共に出会わさば太刀打ちできん。あまり当てにするな」


「そんなに恐い連中なもんですかねえ。こんな小国のやつらが」


「貴様らは知らぬから言えるのだ。私のこの顔の傷は、この国にとっての弱兵につけられたもの。帝国の軍事技術を以てしてもこの国の連中は侮れん。貴様らなど鎧袖一触だと思え」


「へいへい……まあそうは言っても、候補生とやらは只の子供だって聞いてますぜ。なら、うまく誘き出しさえすりゃなんてこと無いってもんですな」


「そうだな……そろそろもう一匹釣れる筈だ。それを連れて、今回は撤退としよう。収穫は上々、私も面子が立つというものだよ」


            ◇


「リュウヤくん、待って、待ちなよ!」

 夜の森の中、ラクはリュウヤの背中を追っていた。

 魔力によって視界を強化することにより、月明かりの薄く入るだけの森の中でも、彼らはある程度の視覚を得ることができる。

 とは言え、昼日中と全く同じとはいかないため、全力に近い走力を発揮しながら不意に目の前に現れる枝葉に顔を打たれることも珍しくはない。

 だが、前方を走るリュウヤはそんなことも気にせずに更に前を逃走する敵を追いかけていた。

「リュウヤくんってば、絶対ダメだよ、何かおかしいよ!」

「うるせえ、だったら付いてこなきゃいいだろうが!」

 リュウヤは取り憑かれたかのようにひたすら敵の背中を追い続ける。

 何としてでも、その背中を叩き潰さんとするかのごとく。

「逃げるなら逃がせばいいじゃないか! 追撃はリィナちゃんがその為の編成を組む筈──」

「うるせえって言ってんだろ!」

 不意にリュウヤが右足の踏み込みで急ブレーキをかけ、後ろについていたラクに拳を振るう。

 拳そのものはラクに当たりはしないものの、彼の放つ拳は以前より更に威力を増しており、その風圧に巻き込まれた土砂だけでも常人なら一溜りもない攻撃力を持つ。

 まさか自分にその拳が向くとは思わなかったラクはその土砂を全身に浴び、とっさに凛法で身を固めるものの小さくないダメージを負った。

「い、いてて……君は馬鹿力だけならキズナに迫るなあ」

「その名前を出すんじゃねえ……!」

 地雷を踏み抜かれた、とでも言うかのように、リュウヤが怒りを全身に表す。

 青と緑の髪が僅かに発光し、体に魔力を滾らせているのがラクにも伝わった。

 どうやら、彼の感情の標的はこの瞬間、ラクの方へと向いてしまったようだ。 

 ラクは生唾を飲み込んで、その姿勢を臨戦態勢へと変える。

「こんなこと、してる場合じゃないと思うんだけど……」

「お前、さっきから目障りなんだよ。あの野郎のコバンザメ風情が」

 その言葉に、ラクの方も僅かに顔を歪める。

 部隊から離れてしまった森の中、二人の候補生がじりじりと向き合う。

 リュウヤはそれだけで空を舞う鳥を射落とすかのような視線を向け、ラクも負けじと、口を一文字に結んでリュウヤを睨み付けた。

 そして、弾丸が飛ぶかの勢いでリュウヤが飛び出す。

 右の大きな籠手を振りかぶり、ラクの身体寸前で右足のブレーキをかけてそのエネルギーを右腕に伝えた。

 放たれた拳は先ほど以上の威力を見せ、迫撃砲もかくやという衝撃音とともにラクへ放たれる。

 しかし、リュウヤが自分の放った拳の先を見据えても、そこにラクの姿はない。

 その次の瞬間、リュウヤの側頭部に強烈な一撃が打ち込まれた。

 ラクは剣の腹をこん棒のように振り抜き、リュウヤの頭に打ち付けたのだ。

「お前、舐めてんのか」

 しかし、その一撃はリュウヤに大したダメージを与えられない。

 当然だ、ラクはリュウヤが怪我をしてはいけないと、必要以上に加減をしてしまっていたのだ。

 リュウヤはすぐさま身を屈め、後ろを足を地面に沿って振り抜く足払いに移行する。

 ラクはそれに両の足を掬われ、背中から地面に落ちる姿勢になる。

 リュウヤはそこに、ラクの土手っ腹へ向けて全力の拳を振り落とさんとする。

 ラクはそれを、剣を持った二本の腕で受け流しながら、もう二本の腕で受け身を取って翻るように立ち上がった。

「てめえ、まるであいつみたいな動きを」

「そうかい? キズナには腕は二本しかないから、これは僕のオリジナルだと思うけどなあ」

 ちっ、と舌打ちをするリュウヤに、ラクは冷めた笑顔を張り付けたまま向き直る。

 実際問題として、ラクの持つ身体能力はリュウヤのそれに遠く及ばない。

 ラクはキズナには及ばずとも、格闘技において天賦の才を持っていた。

 それは、今まで身体を動かす機会に恵まれなかった彼にとっては、ある種の青天の霹靂のような感覚すらあるものであったが、しかしそれを確かに誇らしく思っている。

 しかし、目の前のリュウヤは自分と同じく天賦の才を持ちながらも、自分では及びもつかない年月を鍛練に費やしてきた身体と技を持っている。

 以前の模擬戦ではキズナに手も足も出ずにやられてしまったが、それは相手がキズナだったからだ。

 候補生の中で、純粋な格闘戦でリュウヤに勝てる相手などキズナ以外には存在しない。

 それは言うまでもなく、ラクにとっても同じことであった。

「どうした、来いよ」

「そんな風に言われてもね。僕としては戦いたい訳じゃないし」

 ラクが言い切るより早く、リュウヤが高速で彼の眼前に飛び込む。

「そうかよ……!」

 リュウヤはそう口にしながらも、ラクの懐から左腕のアッパーカットを突き上げていた。

 ラクは鼻先を寸前で掠める拳に冷や汗をかきながらも、どうにか身体を反らして躱してみせる。

 しかし、リュウヤはそれを予期していたかのように、本命の右ストレートをラクに叩き込んだ。

 ラクは咄嗟に後ろへ飛んでその衝撃を緩和させるが、到底その程度で殺し切れる威力ではなく、吹き飛ばされて背中から樹木へと叩きつけられてしまった。

 右の鎖骨下にリュウヤの籠手の棘が刺さり、無視できない出血が流れる。

 痛みに目をしばたかせながらむせ込み、ラクはリュウヤを見やる。

 だがリュウヤは、そこまでして尚溜飲が下がる様子もなく、ラクを睨み付けていた。

「腹が立つ目ぇしやがって…………そうだな、こういうのはどうだ。お前はこの戦いの中で、不運にも敵の手にかかって殺されてしまう。お前と仲の良かったあの野郎は、それを知って悔しさに膝をつくって訳だ」

「どうして、そんなにも彼を嫌うんだい。確かにとっつき辛いけど、彼は良いやつ──」

「何も知らずに言ってんじゃねえよ!! あいつは、あいつは俺の……兄貴を…………!!」

 自分の言葉を遮り怒声を張り上げるリュウヤの放つ迫力に、思わずラクは言葉を失ってその表情に似合わない険を浮かべる。

「君とキズナの間に何があったかは知らない。彼は自分のことをあまり話さないから。けれど、それはきっと不幸な事故だった筈だよ」

「不幸な事故だ……!? 人が死ぬような事故が二回も立て続けに起きてたまるかよ、あいつはそのつもりで兄貴を殺したんだ」

「何度でも言う、それはきっと不幸な事故だ。キズナが平和な日本で望んで人殺しをしたなんてあり得ない」

 水掛け論に陥り、肩を押さえながらラクはリュウヤを睨み付ける。

 しかし、不意にその視線から力が抜け、彼は地面を見つめた。

「でも、君の言うことも少しは分かるよ。彼がどうして自分の過去を話したがらないのか、僕にも分からないから」

「それは、お前だってそうだろ、ラク」

 突然、ラクの横合いから二人の間に割って入る影が現れた。

 その影は剣を鞘から引き抜いた格好でラクを庇うようにリュウヤに向かい合う。

「キズナ……」

「それ、やったのあいつだよな」

 キズナはラクに首を向けると、顎をしゃくるようにラクの肩の傷を首で指し示した。

「キズナ、待って、彼だって本気で僕を殺す気なんて……」

 キズナはラクの言葉に目を細めて、その傷口を改めて見やる。

 ラクに返答はせず、無言のままリュウヤに向き直った。

「なんだよ、やろうってのか」

 リュウヤはキズナの放つただならぬ気配を察し取り、再び二色の髪を発光させて臨戦態勢を取った。

 しかし、キズナはそれに対して自らを鎮めるかのように、大きく息をついて剣を鞘にしまう。

「お前のこと、今度こそ思い出したよ」

「なに?」

「ハゼリュウヤ、元はキシマリュウヤだろ。背丈も相当伸びてるし、名前も雰囲気も違うから気がつかなかった」

 リュウヤは、その言葉を聞いて数瞬の間構えを解き、呆然とした顔をする。

 しかし、自らの怒りを奮い立たせるかのように、頭を振ってキズナを睨み直した。

「今さら思い出したからってなんだってんだ、そんなもんお前を許す理由には……!」

「すまなかった」

 キズナは、突然身体を深く折ってリュウヤに頭を下げる。

 その姿勢のまま動かず、リュウヤの方もそれを見て固まってしまう。

「知っての通り、お前の兄を殺したのは俺だ。誓って言うが、殺すつもりなんて毛頭なかった…………事情が、あるんだ」

「事情……、人を殺す事情だと?! 兄貴は誰かに殺されるような人間なんかじゃ──!!」

 キズナは下げていた頭を上げる。その表情を見て、リュウヤは吐き捨てていた言葉を詰まらせた。

「そうじゃない、事情ってのは俺自身の話だ。…………お前の兄貴を殺してしまったのは……呪い、そうとしか言えない」

「キズナ……それってどういう」

 キズナの後ろで、ラクが彼に凝然と視線を向ける。その視線には、困惑と、ほんの僅かの懐疑が混ざっていた。

 キズナはちらりとそれを見やると、僅かに言葉を詰まらせた後、語り出す。

「……リィナの話じゃ、何らかの理由で地球にいるまま魔法が発動したらしい。そのせいで怨霊の類を呼び寄せていた。おかげで俺自身何度も死に目にあったが、それ以上に人をその呪いに巻き込んでたんだ。まだ、その事をちゃんと理解してなかった頃に、取り返しのつかない失敗を重ねた時がある」

「そうか、それでキズナはリィナちゃんと一緒に行動を……」

 ラクはキズナの説明に得心のいった様子でひとりごちるが、リュウヤの方はそれで収まりなどつかない。

「冗談じゃねえ……冗談じゃねえぞ!!!」

 リュウヤは近くにあった木を裏手に殴り付ける。その威力に木の幹が爆ぜ飛び、大きな音を立てて倒れてゆく。

「僕がひとごろしをしたのは呪われてたから仕方ありませんってか!? 俺の兄貴を殺しておいて、人殺しの謗りすら受けるつもりがないってなどういうつもりだ!!」

「謗りを免れるつもりはない。だが、殴るべきなのはこいつじゃなく俺だ。お前の兄貴を殺したのは俺なんだ」

「分かってるんなら黙って殴られろ!! お前にはその責任があんだろうが!!」

 リュウヤの怒声に、キズナは腰に下げている剣を鞘ごと地面に放り投げる。

 そして、リュウヤに正面から向かい合う姿勢で、瞑目してその暴力を受け入れる構えを取った。

 リュウヤはそれを見て、文字通り怒髪天を突くように髪の毛を逆立たせ、キズナに向かって歩いて行く。

 彼は、キズナの目の前に立ち止まると、全力の拳を振りかぶって彼の顔に叩きつけた。

 迫撃砲の拳がキズナの顔面に突き刺さる。

 キズナはそれを、吹き飛ばされるでもなく、膝を突くでもなく、その場に踏みとどまって受けた。

 リュウヤは更に、キズナに向けて殴打を続ける。

 威力と速度はいやましていき、一撃ずつが岩も砕く連打がキズナの全身に浴びせられた。

 そして、トドメと言わんばかりに、全力の魔力を込めた一撃がまさに振りかぶられようとしたその瞬間。

「待てよ!!」

 ラクが、リュウヤに向かって鞘にしまった剣を振り抜いた。

 今度は先ほどとは違う、リュウヤのダメージを省みない全霊の一撃だ。

 それを横合いから顎に受け、リュウヤも堪らず吹き飛ばされて地面に膝をついた。

 キズナの方も、込めていた力が抜けたのかその場に崩れ落ちる。

 げほげほとむせ込みながら血反吐を吐き、しかしその穴だらけになった身体を押さえもせずにラクの腕を掴む。

「やめろ、ラク。これは俺がやらなきゃならないけじめなんだよ、俺はこいつに殴られるだけの理由が──」

「うるさい、見てられるかそんなもん!! 自分で言ったんだろ、そんなつもりなんてなかったって!!」

 掴んだ腕を振りほどかれ、キズナの手は力なく地面へ投げ出される。

 ラクはリュウヤをそれまでになく睨み付け、鞘にしまったままの剣を膝をついたままの彼に突きつけた。

「リュウヤ、いい加減にしないと僕が相手だぞ。さっきみたいに手加減してあげると思ったら大間違いだ」

「……上等だ、やってみろよクソモヤシのコバンザメが」

 リュウヤが立ち上がり、ラクに今度こそ本気の殺意を向ける。

 両者が睨み合い、互いに一触即発の空気でじりじりと距離を詰めていく。

 そして、その緊張感が最高潮に達したその瞬間。

 突如として、彼らを爆風が包み込んだ。

「ふむ、あと少しで中々来ないと思えばこんな所で仲間割れとはな。まあ、おかげでこちらも手間が省けたというもの」

 爆発を引き起こした下手人の男が、森の奥から現れる。

 ボサボサの長髪を結びもせず、無精髭に鋭い目付きの長身の男だった。

「ふむ、生け捕りが任務だったが少々やり過ぎたか? これでは木っ端微塵になっても──む」

 爆発による土煙が晴れ、爆心地にいた三人が姿を表す。

 彼らはそれぞれ、白く発光する結界によってその身体を守られていた。

「なんだ……何が起きたんだい?!」

「分からないが、多分敵だろ。俺らを守ったのは……リィナのやつか」

 キズナの言う通り、彼らを守ったのは遠隔で操られているリィナの杖であった。

 それぞれ二本ずつで結界を構築しており、合わせて計六本の杖が彼らの周囲を漂っている。

 しかしリュウヤの方は、ダメージを完全に相殺されておらず傷を負って気絶していた。

『悪いけど、全部みてたからね』

「……そうかよ、変なもん見せて悪かったな」

『私、怒ってるから。あなたにも、そこの男にも』

 杖からリィナの声が発され、キズナはばつの悪い思いになる。

『説教はあと、今はあいつを何とかしなさい。他の雑魚とは別物だと思ってかかりなさいよ』

「それは……分かるよ」

 キズナは立ち上がり、自身の身体に負った怪我を再生魔法で治癒していく。

 彼の目に映っているその敵は、自分とラクの二人がかりでも、どうなるか分からない強敵だと、彼は直感していた。

「あんまり、気分じゃないんだけどな」

「そうかい? 僕は珍しくこの腹立たしさを誰かにぶつけてやりたい気分さ。協力してくれると助かるな」

 軽口を言いながら四本の剣を鞘から抜くラクに合わせて、キズナも剣を抜く。

「ふむ、そう来なくてはな。私も多少は身体を動かしたい気分だったのだ」

 不敵に笑う長髪の男に、キズナは戦う構えを見せる。

 これは、彼が本気で誰かを殺すつもりで構えた、最初の一度目であった。

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