第十三話 ウルフェムラ森林攻防戦
「いいわね、手筈通り貴方はダインの遊撃隊に加わって貰うから。勝手な行動は慎んで、無茶をしないこと」
森を目の前にした簡易拠点で、リィナはキズナに釘を刺してくる。
既に部隊は各配置について、それぞれが索敵された敵の集団に狙いを付けていた。
「それにしても、五百人って人数も大分無茶だよな。どこかの集落でも襲うならともかく、国ひとつ相手にするには到底足りないだろ」
「そうね……余程腕に自信があるのか、それとも何か目的があるのか。どちらにせよ、油断しない方がいい」
リィナはそう言ってキズナを戒めるが、彼としてはどうにもこの敵襲自体が何か脅威であるようには思えなかった。
「何となくだけど、捨て駒でもぶつけられてる気はするんだよな。それで言うならその目的とやらの方を気にした方がいいかも知れない」
「そうかも知れないけど、それでも油断しないで。貴方だって、人間相手に命のやり取りは経験ないでしょ」
「まあ……流石にな」
彼女の言う通り、これまで彼の身に襲ってきた脅威の殆どはあの呪いによるものだ。
人間を相手にする際は精々格闘技の試合か、場末の喧嘩程度のものである。
実際問題、死に物狂いで向かってくるような相手を無力化させることを、簡単だとは思っていなかった。
「けど、やるよ。躊躇すれば味方が死ぬ。そんなお約束なんてやるつもりないからな」
「そう、それなら……いいけど」
そうこうしていると、連絡部隊から部隊の配置完了が知らされる。
ちなみに、この世界において通信手段として確固たるものは一部の例外を除いて確立されていない。
原因は不明だが、地球でのそれを真似ても中距離以上の通信が成立せず、まともに使い物にならないらしい。
魔術の研究課題として筆頭に挙がるものだそうだが、それも現状は芳しくないそうだ。
「アナログに頼るしかないってのは不便だな」
「仕方ないでしょ。その点に関してはそっちの世界のが羨ましいわね」
「まあ、ともかく行ってくるわ。帰りは遅くなる」
「馬鹿言ってないで、気を引き締めなさい」
リィナの役割は司令塔兼援護だ。
先ほどの例外のひとつこそ彼女の杖であり、離れた場所でもリィナのコントロールさえ生きていれば通話が可能とされる。
それにより各部隊の連絡網を担い、司令塔として指示を出しながら援護の役割も全うする。
正しく八面六臂の活躍である。
「俺も自分の役割くらいはこなすさ」
「そう。もう一度言うけれど、無茶はしないで」
仏頂面に似合わず心配性なリィナに苦笑し、キズナは軽くストレッチをして森へ向かう。
そちらには既にダインと彼の部隊が待機しており、いつでも出撃可能な状態だ。
「さあ、行ってくるぜ」
「ええ、お願い」
彼女の声に背中を押され、キズナは夜の森へ駆け出した。
暗い森の中はまるで闇に潜む狼が獲物を呑み込まんとするかのようだ。
しかし、その狼こそがこの国の民であり、侵入者こそが獲物である。
キズナは今宵飢えた狼の列に加わり、哀れな獲物を食らい尽くさんがために駆け出す。
その先で、初めて手を血に染めることを理解しながら。
◇
「リュウヤくん! 前に出すぎだよ!」
夜闇に落ちた森の中を、煌々と魔法の光が行き交い、爆発音が至るところで響いている。
戦いは激しく、ラクはその渦中で目を回していた。
同じ部隊に置かれたリュウヤはラクの制止も聞かず、部隊から一人飛び出して敵を次々と殴り倒している。
彼の武器は剣や槍ではなく、籠手だ。
拳に鋭利な棘の付いた左右で大きさの違う手甲で、重さもあり殴られればひとたまりもない。
両手の比重が変わるため見た目より扱いづらいものだが、彼は難なく使いこなし矢継ぎ早に敵を撃破していっていた。
だが、徐々にその位置が味方から隔離されており、まるで誘導されるようにどこかへ流されている。
ラクはその事に気がついていたが、リュウヤには伝わっていない。
「ダメだ、あのままじゃ──!」
その瞬間、ラクの目の前に火球が襲い来る。
彼はとっさに身体を反らして躱すが、火球はすぐ近くの樹木に衝突し、大きな爆発を起こす。
「────っ!!」
至近距離での大きな爆発音に、ラクの聴覚が異常をきたす。
わずかな間世界から音が消えて、高周波のような音と共に徐々にぼんやりと周囲の音を取り戻していく。
しかし、その聴覚が完全に戻るのを待ってくれるほど、敵も優しくはない。
「うわっ!」
自分の発する声すらくぐもって聞こえづらい中、敵の剣を受け流した剣戟の感触が、振動として身体に響く。
「ごめんね!」
ひとつの命が潰えるには端的すぎる謝罪の声と共に、ラクの剣が襲いかかってきた敵の首筋を撫ぜた。
的確に剣閃を当てられた敵兵はそのまま力を失い倒れ伏す。そして二度と立ち上がることはないだろう。
その亡骸を見下ろして、彼は一瞬強く目を瞑り、すぐさま周囲の状況を見渡す。
辺りには無数の亡骸が転がっており、未だそれらの数は増え続けている。
見れば、彼のすぐ近くにはまだ息のある敵兵の姿があった。
ラクはその敵兵に剣を向け、泣きそうな顔で問いただす。
「なんで、なんでこんな事になってるんだ。君たちの目的はなんなんだよ」
剣を向けられた敵兵は、深く命にまで届いている腹の傷を抑えながら、質問の意味に首を傾げた。
「何って、金の為だろ、他に何があんだよ。お前らの中から、勇者候補生とやらを……ぐッ……!! …………拐って、引き渡せば……たんまり金が貰えんだ」
彼は傷が痛むのかろくに口も回らない中で、なぜか得意げにそう語った。その言葉を聞いて、ラクは心底信じられないつもりになる。
「そんな……そんな事の為に命を懸けるな!! 人の命を何だと思ってる!!」
「はぁ……? お前、金で苦労してこなかったクチか。お前こそ……金をなんだと思ってる……金がなきゃ…………生きてたって……………………」
そんな言葉を最期に、男は息を引き取った。
男の言葉について、ラクは考えることを避けた。今この場で思うべき事はないからだ。
「ともかく、リュウヤの後を追おう」
ラクは剣と魔法と、人の命の飛び交う中を駆けてゆく。
軽々と消えてゆく魂たちに、心の臓を潰されながら。
◇
「兄ちゃん! 前に三人、その後ろに二人!!」
ダインの声と共に、キズナが前方へ飛び出す。
軽盾を持った男がキズナを止めるべく立ちふさがるが、彼はその股の間を滑り込んですり抜け、右足の腱を短刀で撫で斬りにする。
立ち上がり様に振り返った男の左腕を貫き無力化した後、続く二人の前衛も同様に行動不能にした。
「ひぃっ!」
後衛の二人は女性で、まだ年若い。そんな相手がどのような事情でこの国を襲うというのか、彼には検討もつかなかった。
「降伏するなら命は取らない、大人しく縛につけ」
杖を抱き抱えたまま尻餅をついている二人に、彼は剣を突きつけて勧告を行う。
二人の女性はガクガクと首を縦に振り、大人しくダインの部隊に拘束された。
前衛の三人のうち一人は傷が浅いのか、指示に従わずに暴れたが魔道具によって動きを封じられる。
「にいちゃん、さっきからちょいと無茶があんぜ。全員を拘束して回ってたらいつまで経っても終わらねえぞ?」
「……悪い、けど殺さずに済むならそっちのがいいだろ」
「そうは言っても、攻めてきた人間全員を収容してる余裕なんて流石にうちの国にもねぇんだ。悪ぃが、恐らく相当数は処刑されんぜ」
「それでも、きちんと裁判にかかるならマシだろ。どうやら、全員が好き好んでこんなことに荷担してる訳じゃなさそうだからな」
ちらりと二人の女性を見やり、キズナは唇を噛む。
相手が女性だから手心を加えたのではなく、この二人からは強い敵意を感じなかったからだ。
彼女らだけではなく、彼は他にも少なくない人数からそうした気配を察していた。
「まー確かに、それなりに裏がありそうだな」
「そう思うよ、でなきゃこの人数で攻めては来ない」
リィナとも話をしていたことだが、改めて認識する。
少なくとも、拘束した人間から話を聞けば誰の差し金かくらいは分かる筈だろうと彼は考えた。
『ダイン、キズナ、聞こえる?』
不意に、彼らに追従する杖のうちひとつが音声を発した。
杖と言っても今は魔宝石を囲んで石くれで構成された球状のもので、時折部隊の人間の背後を狙う敵を魔法で撃退するなどそれなりの活躍を見せている。
これをウルフェムラを囲む森中で数十本を同時に操り続けているのだから、貢献度は戦士一人とは比べ物にならない。
「ああ、聞こえてんぜ。全体としちゃどんな状況だ?」
『敵の数は順調に減ってるわ。アクセルの部隊がかなりの速度で片付けてるから、もう半数も残ってないと思う。けど、芳しくないこともあるの』
「芳しくないこと?」
『相手の目的がある程度判明した。やつら、勇者候補生を狙ってるわ。選抜された十人のうち、四人が既に連れ去られてる。そちらにはアクセルの部隊を分けさせたけど、森の外に出られてるから望み薄ね』
「ねって、おま、冷静に言うなよ!」
『……ごめん、私の手落ちよ。敵の中にそれなりに手練れのやつが数人紛れてる。その上脱出用の魔道具も持ってきてるみたいだから、追い付かなかったの』
キズナはその言葉を聞いて狼狽を隠せなかった。何故なら、連れ去られたのが誰なのかということが気がかりだったからだ。
「連れ去られたやつはどうなるんだ」
『分からない、敵の目的が不明だから。……一応言っておくけど、あなたの心配しているだろう相手ではないわ』
「……そうか」
それを聞いて僅かに安心したキズナだが、それを表に出すのは不謹慎だろうと己を戒める。
今となっては、候補生の中に顔見知りでない人間はいない。選抜されるほどの実力を持った人間であれば何人か心当たりが浮かび、その中で自分と親しくない人間となれば、誰であるかは大方予想がつく。
「……助けに──」
『駄目よ、言うと思ってたけど。追跡用の人員は既に派遣してるし、国外まで出られたらすぐに救出は出来ない。今はこれ以上被害がでないように考えて』
キズナは悔しげに歯を食い縛り土を蹴る。
そんな様子を横目にしながら、ダインは冷静にリィナの杖に向き直った。
「にしても、脱出用の魔道具かよ。んな貴重品持ち出して来るってこたぁ、手引きしてる連中の正体は大方分かったな」
『ええ、恐らくは……マキウス帝国。やつらの差し金でしょうね。自分達のとこでも勇者を召還したらしいから、ライバルを潰したいのかもしれない。確かなことは言えないけれど』
マキウス帝国、その名前にはキズナも覚えがあった。
この世界における四大国のひとつで、ウルフェムラと技術的覇権を争う機械帝国の名だ。
だが、そうであるならひとつ違和感がある。
「マキウス帝国の兵士って、自動機械で武装してるって話じゃなかったか? こいつらにそんなものはついてないだろ」
『そうね、恐らくこの連中は雇われの傭兵や、奴隷なんかの寄せ集めだと思うわ。人質を取られて命令されてるような人間もいると思う。やつらの常套手段よ』
「ちっ……胸糞悪いな」
人質、という単語で、捕虜となった二人の女性の顔が曇ったのをキズナは見逃さなかった。
彼女たちの命を取らなかったのは正解だっただろうと、彼は安堵する。
『ともかく、他にも今危なそうな候補生がいるの、キズナはそっちに向かって。座標はダインに伝えるから』
「っ…………! 分かった、なら急いでくれ」
危なそうな候補生、それを聞いてキズナの呼吸が僅かに乱れる。
リィナは敢えて名前を出さなかったが、キズナは直感したのだ。
そこに、自分の友人が含まれているのだと。
「好き勝手、させてたまるかよ」
腰に下げた剣の柄を握り、キズナは森の奥を睨み付けた。




