第十二話 敵襲
キズナとリィナは、二人連れ立って夜の村を散歩に出ていた。
ウルフェムラの夜の風景は、田畑の中にそれを避けて立つ街灯と、点々とした家屋がぼんやりと見える光景が殆どである。
昼間にはよく見る空を飛んでいる人々も、この時間になると稀に頭上をライトで照らしながら通り過ぎるのを見るのみだ。
中央の住宅や商店が並ぶ地域に足を運べばその限りではないが、そちらも日付が変わる頃には殆どの店が閉まっている。
この国では魔導技術により、電力が通った地球の生活と変わらぬ水準で暮らせるが、この世界ではどこの国でもそうである訳ではない。
むしろ殆どの国はキズナたち日本人がイメージする異世界の暮らしと変わらぬとリィナはキズナに語った。
「へえ、それじゃあこの国って、地下にも地上と同じだけのスペースが広がってるってことか?」
「ええ、そうね。魔術に関する研究開発や、魔道具に武具なんかの工房はそこに全て収まってるの」
以前キズナもゲオルクの研究所に足を運んでいたが、それと同じように至るところから地下に降りる事が出来るらしい。
ゲオルクの研究所はその中でも特に秘匿性が高いため、彼自身の手で開かなければ入所は出来ないようになっているそうだ。
「ちょっと興味あるけどな。前に入ったあの変人の研究所、実は結構面白かったし」
「そうね……勇者として旅立つことが決まれば入れるんじゃないかしら。資格がなければそこで働く人間の親族でも入れない決まりだけれど」
「へえ、結構厳重に管理してるのか?」
「それはそうよ、この国の魔術研究は世界的に見ても相当進んでるの。成果を他所に持っていかれない事には先生がかなり気を払ってるわ。……私としては、他国と技術協力を結んだ方が、発展のために寄与すると思うのだけれど、利敵行為にもなりかねないというのが先生の考えよ」
「ふーん、難しそうな話だな」
生返事を返しつつ、キズナは足元の地面を見つめる。
牧歌的とも言えるこの国の風景の地下に、巨大な研究所が広がっているというのは中々に信じがたい話だった。
彼が不思議な感覚に身を委ねていると、不意に隣のリィナが立ち止まり、あらぬ方向を見て目を細める。
「……どうした?」
リィナはキズナの言葉に返事もせず、目線をそのままにしゃがみこみ魔力を瞳に集中させた。
そして、立ち上がってこう口にした。
「敵襲よ、急いで砦に向かうわ」
リィナが頭上に合図の為の火球を放ち、強い光に彼女の姿が照らされる。
その身に纏う魔力の変質と、敵という彼女の言葉に、キズナの鼓動が早打ち始めた。
◇
「それで姫様よお、状況はどんなもんだと見えてる?」
「数は……およそ五百といったところかしらね。森の外に待機してる人間がいるなら、流石にその全ては探せないけれど」
「ふむ、ダインめの索敵とも一致するな。その程度の数であれば、先んじて察知すれば造作もないだろう」
キズナはリィナに連れられ、砦の中の会議室に駆け込んでいた。
そこにいたのは、赤髪の犬耳男のアクセルと、禿髪の大男のダフの二人だ。
どちらもこの国の守護者と呼ばれる立場の人間であり、事態の把握と統率のためにまずは情報の整理に来たのだろう。
「あれ、守護者と言えばフィリップさんとあの、スラッシュとかいう人は? 見当たらないけど」
守護者という、この国で国王に次ぐ立場の人間に囲まれた若干の場違いのなかキズナが疑問を口にする。
アクセルはわずかにキズナを睨むが、それについてはダフが返答した。
「フィリップは今陛下と共に外交のために中央王国に出向いている。スラッシュは……やつはどうしたのだ」
「あいつぁ昼間に森へ討伐の仕事に出た筈だが、まだ戻って来てねえみてえだな」
「いない人間のことはひとまずいい。まずは侵入者が村に入り込む前に森の中で食い止めるのが先よ。部隊を編成するから、アクセルが森の中で侵入者を迎え撃って、ダフおじ様は森を抜けてきたやつらをお願い。絶対に住民のいる区画に入り込ませないで」
「おう、任せとけや」
「無論のことだ」
短く返事をする様は頼もしさがあり、彼らの中で信頼関係が醸成されていることを示している。
「各部隊への連絡は私が行います。ダインも借りるわ、見えている範囲では問題ない程度の数だけれど、見張りを破って結界を抜けてきたという事はこちらの情報が漏れている可能性がある。索敵の手は磐石にしたい」
「おう、いいぜ。不出来なやつだがこき使ってやってくれ」
アクセルが乱暴に言ってみせる。
聞いた話では、アクセルとダインは従兄弟の関係らしく、彼らの関係性は兄貴分と弟分のようなものらしい。
そうは言っても、両親をなくしたダインを引き取りもしなかったのだから、あまりいい関係ではないようにも思えたが。
「それじゃあ、具体的な編成の話に──」
「待て、ひとつ提案がある」
リィナの言葉を遮り、ダフが意見を口にしようとする。
その雰囲気に何故だか穏やかでないものを感じたキズナだが、余計な口出しを出来ずに見ているのみだった。
「何かしら」
リィナもそれを感じ取ったらしく、わずかに怪訝な目を向けてダフに視線を送る。
だがダフは、一顧だにせずにこう口にした。
「勇者候補生がいるだろう。やつらに経験を積ませるいい機会だ、出撃させるぞ」
その発言にキズナは驚きを隠せなかった。
敵、そう言うからには今までの魔獣討伐の時とは訳が違う。
相手にするのは人間であり、それも悪意を持って殺しにかかってくるだろう相手だ。
それを、この二ヶ月あまり多少の訓練を積んだとはいえ、平和な日本で暮らしていた候補生たちに相手をさせるなどどうかしている。
「おじ様、冗談を聞いている時間はないのですが」
「冗談を言ったつもりもない。この程度の事態に対応できない連中であれば、どの道勇者になど、英雄になどなれる筈もなかろう」
「それは──」
「いいんじゃねえか? 俺も賛成するぜ、命の保証ありのぬるい訓練だけやってたんじゃ成長も見込めねえ。やらせるべきだ」
急に出された過激な考えに、成り行きを見守っていたキズナは焦りを募らせた。もしそんなものが本当に実行されれば、一体何人の候補生たちが命を落とすか分からないからだ。
だが、彼が何かを口にしようとする刹那に、アクセルが睨みを利かせて牽制する。
「おい、お前。余計な口出しはすんじゃねぇぞ、お前は偶然姫様の付き合いでここに居合わせただけで、本来そんな資格はねぇんだよ」
言葉に剣を持たせ、ドスを利かせるアクセルにキズナは歯噛みする。
彼の言う通り、自分はこの場においてなんの権限も持たないからだ。
だが、それを唯々諾々と受け入れるつもりもなかった。
「……ふざけるなよ、死ぬと分かってるやつらを引きずり出すと言っているのを、黙って聞いていられる筈がないだろ」
「あぁ?」
キズナとアクセルの間に、一触即発の空気が流れる。
キズナは思い出した、自分が初めてこの男と出会った時も、この男は開口一番に殺せと宣ったのだと。
「姫様も黙っとけよ。守護者の間で意見が割れた時ぁ、陛下が決定なさるか、それが出来ない場合は多数決を取る。そういう決まりだろぉが」
アクセルの乱暴な口ぶりに、キズナは思わず頭の痛い思いになる。
だが、リィナもそれに黙って従う人間ではない。腕を組んだ姿勢で彼の言葉を聞き流すと、彼の鋭い目つきをじっと睨み返した。
「ええ、本来ならそうね。だけれど私には、守護者統括として与えられた権限がある。今ここでそれを行使するわ」
「んなもん、単に陛下の血縁ってだけのッ──!」
「黙りなさい!」
リィナが机を掌で叩き、アクセルの言葉を遮る。
「本当にそう思うなら、また試してあげてもいいのよ。前みたいに甘く見て痛い思いをしたいならだけれど」
「ぐッ……!!」
痛いところを突かれたのか、アクセルは意趣返しのように机を叩き、腕を組んで後ろを向いてしまった。
まるで子供のようなその態度にキズナは呆れるものの、ひとまずこれで一人は黙らせることが出来たと考える。
しかし、そもそもの話の発端である人物は、先ほどから発言も動きもみせなかった。
「おじ様、何をお考えなのですか」
「言った通りだ、成長の機会を与える。そのために戦場に出すべきである、それだけだ」
「そんなものは、私とソニアで訓練の段取りを考えて──」
「それが甘いと言っている。命の危険のない戦いなど、どれだけ経験したところで児戯にほかならん」
リィナとダフが睨み合う。キズナとアクセルのそれとは比較にならないほどの重い空気が室内に充満していくのを、キズナは感じていた。
「それにな、ここでその権限とやらを行使するのはいいが、それは我らとて快く受け入れはせぬぞ。我からすれば赤子同然の娘に、こちらの考えを無視されたとあればな」
無茶な言い分だろう。先ほどまではアクセルの方が決まりを理由にリィナの考えを封殺しようとしていたのだから。
しかし、ダフの言うようにここでリィナが強権を発動すれば、今後の信頼関係にヒビが入ることも嘘ではない。
「もしも、この場にフィリップがいたならば恐らく貴様の側についただろうよ。スラッシュは中立で、最終的には貴様の決定に従うだろうな。だが、どの道それでは我とアクセルは納得しない。それだけは変わらぬ」
半ば脅しだと、キズナはそう感じた。
リィナは腕を組み顎に手を添えて、少しの間考え込む。
そして、小さくため息をついてこう口にした。
「わかったわ」
「んな、おい──!」
「けれど条件がある、戦いに出す候補生は私が選抜します。無条件に全員出せば成長も何もないまま無為に殺される人間が少なくないから。それだけは譲りません」
「ふむ……まあ仕方ないだろう。我の主張するところとはわずかに逸れるがな」
落としどころとして納得したのだろうか、ダフはそれ以上ごねるつもりはないようだった。
アクセルの方は、先ほどのリィナの言葉以降は苛立った様子で壁を眺めるのみである。恐らくいじけでもしたのだろうとキズナは考えた。
力を持った人間が子供のような乱暴さを見せることにある種の恐怖を感じはするが、それはそれで分かりやすいとは言えるだろう。
だが、それに対してより恐ろしいのはダフの方である。
この男は何を考えているのか、キズナは警戒の色を含んで視線を送った。
しかし、その直後に大男と彼の視線がぶつかる。大男はキズナにふっと力を抜くように笑って見せるが、その好人物のような態度がよりキズナの彼への印象を混乱させる。
「貴様にも期待しているぞ。精々奮戦して見せろ」
以前彼は、英雄になる必要はないとキズナに語った。だが今度はそれと真逆のことを言っている。
「……ともかく、俺は俺に出来ることをやるだけだ」
その場の誰にも聞こえない声で、彼はひっそりと決心を固めた。




