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de anima~死人倣いの異世界奇譚~  作者: 各務クギヒト
一章 ウルフェムラ編 後編
33/60

第八話 嫌悪と迷いと

「やあ! とう!」

 気の抜けたようなかけ声とともに、ラクが大猿を切り伏せる。

 大猿は無数の切り傷を刻まれ、悶えながら地面に伏せ動かなくなった。

「ふう……これでぼくも十匹目かな。キズナは……それで何匹だい?」

「知らん、数えてない。けど多分三十は斬ったぞ、どんだけいるんだこいつら」

 あちゃーと悔しそうに手で顔を抑えながらも笑っているラクを他所に、キズナはへたり込んでいる名前も知らぬ候補生に手を差しのべている。

「ごめん、ありがとう。お前が実はいいやつって話本当だったんだな……」

「うっせえ、さっさと行かねえと蹴っ飛ばすぞ」

「ごめんねー、キズナって素直じゃないからさ」

 ラクの余計な一言にキズナは彼の尻に蹴りを入れ、その様子を候補生に苦笑されている。

 その後候補生は仲間とともにユークの呼んだダインの部隊に引き取られ、森の中を引き返していった。

「それにしても、女に比べて男の方は怪我の軽いやつが多くないか? 戦えるかどうかなんかも関係無さそうだし」

 キズナの疑問に、口数の少ないユークが小さな声で答える。

「……やつら、シュウキヒの配下、雌しかいない。子を作るため、男欲しがる。男、連れ去られて子種を取られる」

「うげ……取られるって、どうやって」

「普通に、交尾」

 ユークの語る衝撃的な事実に、キズナは思わず頭痛を抑えるような姿勢を取ってしまう。

 あの大猿たちが雌であるということもそうだが、それと交尾をさせられるなど想像するだに恐ろしい。

「悲しい犠牲者を出さないためにも、さっさと全部斬り捨てるしかないな」

「う、うん。流石のぼくも笑えないかなって思う」

 嫌な想像をしてしまった二人は、並んで揃って「おえ」とえずいてみせ、ユークにため息をつかれてしまう。

「猿どもの匂い、もう少ない。撤退してないやつも、少ない。多分、次が最後」

「んじゃあ、さっさと行こうぜ……いい加減こいつらの面も見たくないしな」

 キズナが促し、ユークが駆け出す。

 二人はそれを追って、森のなかを駆けていった。


            ◇


「くそ……くるな、くんじゃねえよ!!」

 髭面の男が猿に向かってナイフを突きだしわめき散らす。

 彼らの前には、およそ十匹ほどの大猿と、その背後に控える一際大きな体躯を誇る大猿が立ち塞がっていた。

「コウダイ、どうすんだよ、なんとか出来ねえのかよ!」

「知らねえよ!! お前らだって全然役に立ってねえじゃねえか!! お前らが雑魚だから俺まで追い詰められてるんだろ!?」

「はあ!? コウダイだって一匹しか倒してないじゃん!」

「そうだよ、しかも俺ら全員で抑えて動き止めた上でだろ!?」

「うるせえよ!! あの糞女どももさっさと逃げるし……猿どもは追いもしないで囮にすらならねえし……なんなんだよくそっ……!!」

 仲間内で醜く言い争いながら、彼らは大木を背にして猿の群れに囲まれていた。

 この群れの頭目らしき大猿は顔を楽しげに歪めてみせ、それに倣うかのように部下の猿たちも手を叩き、指を指してコウダイたちを嘲笑していた。

「くそ……! なんで俺がこんな目に、異世界ってもっと楽勝なんじゃねえのかよ……!!」

 情けないことを言うばかりで役に立たないコウダイに舌を打った髭面の合図を受け、近くにいた一人が魔法を放つ。

 触れると爆発する火の魔法が放たれ、炸裂した瞬間を目掛けて髭面が群れの先頭に飛び掛かる。

 しかし、その身体は大猿の身体に似つかわしくない大きな手に鷲掴みにされてしまった。

 群れの先頭の大猿は、炸裂した魔法をものともせずに髭面を片手で掴みあげたのだ。

「ひっ!?」

 悲鳴を上げる髭面を見て大猿はにやりと笑い、その身体を下からべろりと舐め上げた。

「うぼえっ」

 その強烈な獣臭を発する唾液に顔を包まれ、髭面が思わず何度もえずく。

 大猿はそれを不愉快に思ったのか、顔を歪め、あろうことか髭面を地面に叩きつけた。

 骨の折れる音がして、髭面はうめきながら地面に倒れて動けなくなる。

 息はあるようだが、痛みに顔を歪ませているのを見て、コウダイたちは固まって動けなくなってしまった。

「くそ、くそ、こんなとこで終わりかよ……俺はもっとやれる筈なのに……!!」

 背にした大木にずり上がりながら、コウダイは顔をひきつらせて恐怖に身を委ねた。

 しかし、そこに乱入者が現れる。

「えい……やあ!!」

 群れの端にいた個体を四つ腕すべてを一線に振るい、剣を叩きつけて吹き飛ばしたのは、赤髪を振り乱す少年、ラクだった。

 彼は穴を開けた一角からコウダイたちの元へ駆け寄り、猿の群れの前に立ち塞がって剣を構えた。

「君たち、大丈夫かい!?」

「おまえ、アラキ……なんでお前が……!」

「なんでって助けに来たに決まってるだろ? 当たり前のこと聞いてないで立って動いておくれ、ぼくとキズナでなんとかするからさ」

 あっけらかんと答えるラクだが、しかしコウダイたちは不愉快を全面に出し、助けに来た筈のラクをこそ睨み付けた。

 だが、ラクはその視線を感じながらも気に留めず、目の前の猿の群れに意識を集中する。

 現れた乱入者に大猿の群れは吠え声を上げていきり立ち、数匹がラクに向かって飛び込んできた。

 大猿の振るう爪を二本の剣で受け止め、もう二本で喉を突き刺して切り払う。

 間髪入れずに襲いくる一体の片足の腱を右腕の二本で切り取り、もう一体の噛みつきをいなしながら首筋に剣閃を当てて殺したのち、流れるように振り向いて腱を切られ転んでいる一体に飛び掛かって、心の臓を四本全てで貫いた。

 コウダイたちが一体を倒すのに苦戦した大猿を、刹那のやり取りで三体倒してみせたラクに、コウダイたちは戦慄し、恨みがましげに睨んだ。

「キズナ! 何をやってるんだい、早く来てくれ!」

 ラクが声を上げて呼んだ先にコウダイたちが目を向けると、次の瞬間に大猿の二体が凄まじい音とともに吹き飛ばされた。

 コウダイたちが目にしたのは、大猿の二体が居た場所で、剣を振り上げた格好のキズナだった。

 彼は気だるそうにしながら、目を細めてコウダイたちを一瞥する。

「……なあラク、こいつらは助けなくてもいいんじゃないかな」

「何言ってるんだいキズナ! そんな訳にはいかないだろう!?」

 ラクに怒られて気まずそうに頭を掻いているキズナだったが、仕方なさげに頭目猿へ剣を構える。

「……まあいいや、このデカブツは俺がやるから、お前は露払い頼むわ」

「おうとも! やるぜやるぜ見せたるぜ~!」

 四本の剣をぶんぶん振り回して、ラクが気合いの入っていることをアピールする。

 唐突に現れ一瞬のうちに配下を五体も倒した二人に、頭目猿が牙を剥いて怒りを露にする。

 その巨体をゆっくりと動かし、キズナに狙いを定め、次の瞬間に、消えた。

「甘い!」

 しかし、コウダイたちには見えぬ速さでキズナの背後に回った頭目猿の爪を、キズナが剣でいなし、間髪入れずがら空きになった胴体を脇から斬りつける。

 だがその一撃をものともせず、頭目猿は今度は両手を振り下ろしてキズナの足元の地面に叩きつけた。

 キズナはとっさに後ろへ跳んで回避するが、彼の居た場所は頭目猿の一撃で大きくめくれあがり、その威力の大きさを一目瞭然にする。

「堅いし、食らったらまずそうだな」

 キズナは、歯こぼれしてしまった剣を目を細めて確認すると、頭目猿へ改めて向き直った。

 ラクの方も、残る五体の見せる連携にわずかに翻弄され、中々大きな傷を与えられずにいる。

 コウダイたちはどうにか逃げる隙を伺ってはいるが、五体の大猿が彼らの逃げ道も塞ぐ立ち回りを見せるためにうまく行かない。

「魔力が……上手く練れてないんだな」

 キズナは頭目猿を倒しきれない理由として、自らの魔力を活かせていないことが原因だと考えた。

 今の彼の身の内の魔力は、本来目の前の猿など目ではない程に高いのだ。

 しかし、その魔力を十全に活かしきれておらず、武器にも上手く伝えきれていないために刃が通らず、結果として頭目猿の肉を斬れずに歯こぼれしたのである。

 彼は、頭目猿の動きを牽制しながらも魔力を練るために意識を集中する。

 脳から脊椎にかけて、高速でタービンを回し、それにより生ずるものを臓器や四肢、その手にする武器へと伝えていくイメージを持つ。

 すると、彼のうちで魔力が高まり、それまでよりも一層、その全身に力が漲っていく。

 頭目猿は両の手を地面に何度も叩きつけてボルテージを上げていったかと思えば、唐突に跳び跳ねて木々の間を跳び回った。

 頭目猿の巨躯にあちこちで木々が揺れ、撹乱目的での木々の合間の移動がスピードを増していく。

 その速度が最高潮に達した瞬間、キズナの右後方から頭目猿が襲いかかり、彼は完全に不意を突かれたかに思えた。

 しかし、キズナにはそれは通用しない。

 彼はその瞳を閉じながらも、気配のみで猿の襲いくる方向を察知し、次の瞬間、頭目猿が飛び掛かってきた方向へ自らも飛び込み、すれ違い様に獣の腹を切り開いた。

「ギャッ!」

 頭目猿は短く悲鳴を上げ、飛び掛かった勢いのままに大木へ頭から衝突する。

 切り開かれた腹からは内蔵が溢れ落ち、頭目猿はそのまま動かなくなった。

 だが、キズナの持っていた剣は流された魔力に耐えきれず、根本から折れてその役目を終えてしまう。

 しかしラクの方も、五体の猿のうち既に四体を倒しており、最後に残った一体に、たった今剣を突き立てたところだった。

「ふう……よし! これでようやく終わ──」

 ラクが勝利の宣言をしようとしたその瞬間、剣を突き刺した姿勢のままの彼を、唐突な衝撃が襲うこととなる。

 ラクは鈍い音を発して吹き飛ばされ、キズナに受け止められることとなった。

「……お前ら、どういうつもりだ」

「うるせえ……ふざけんな、ふざけんなよ!! お前らなんかに手柄を横取りされてたまるか!!」

 ラクを殴り付け、その腕の一本をへし折って吹き飛ばしたのは、先ほどまで怯えて動けなかった筈のコウダイであった。

 彼の後ろで控えているその仲間も、キズナたちに向け魔法を放つ準備をしている。

「なんだ、怖い怪物がいなくなって、見下してる人間だけになったら途端に勇気が湧いてきたか。お前らって本当にどうしようもないな」

「黙れよ!! お前らに倒せたんだ、俺らだってあのまま戦ってたら勝ててた筈なんだよ、それを横取りしやがって!!」

「どうしようもなくてびくびく震えてたやつらがよく言う。折角こいつの善意のおかげで助かったってのに」

「キズ、ナ……駄目だよ、何するつもり……?」

「黙ってろラク、いい加減我慢の限界だ」

 腕の中で歯を食い縛って自分を見上げるラクに、しかしキズナは厳しい声をかける。

「来るなら来てみろよ、防犯カメラはないんだろ?」

「言われなくても……お前らなんぞが……!!」

 ラクを後ろに横たわらせ、キズナが彼の手から剣を一本借り受ける。

 コウダイたちも身構え、一触即発の空気の中、僅かの時間睨み合いがあった。

 そして、両者が動こうとしたその瞬間、しかしその場で他に動いたものがいた。

「キィーー!!」

 キズナに身構えていたコウダイたちを横からなぎ払ったのは、先ほどキズナが腹を開いた筈の頭目猿だった。

 見れば、溢れていた内臓は夥しい血の跡を残しながらも腹にしまわれ、あった筈の傷はおよそ癒えている。

 キズナは、仕留め損ねていたことに驚きながらも、その剣を猿に向けはしなかった。

 構えを解いて、首を向けてコウダイたちを頭目猿に指し示す。

「いいぞ、連れてけよ」

 頭目猿は、キズナに向かって「シャー!」とひとつ威嚇をしながらも、吹き飛ばしたコウダイたちを抱えて持っていってしまった。

 頭目猿の腕から溢れた者も、ラクの仕留めたうち生きていた数体が回収して連れ去っていく。

「キズナ……追わなきゃ……!」

「いいだろ、別に」

「追わなきゃ!!」

 キズナは、初めて見たラクの激情に目を丸くする。

 ラクは今初めて本気で怒っていた。

 少なくとも、キズナの前で初めてそれを見せた。

「君にとってどれだけ憎らしくても、その選択は勇者らしくない! 君がこの先何になるかを考えたら、その選択は正しくない!!」

「ら、ラク……待てよ、何をそんなに怒って──」

「ぼくのためを思うならこそ、今ここで彼らを追ってくれ!!」

 キズナは、ラクの言葉に迷いながらも、彼らを追おうと立ち上がろうとする。

 しかし、それを止める声が森の奥から聞こえてきた。

「それは駄目、許さない」

 森の奥から現れたのは、リィナだった。

 深緑の髪は深い森の緑に溶け込むようにしながらも、その存在感を主張している。

 彼女は淡々とした声音で、キズナの足を止めた。

「私も、いい加減彼らの暴挙には目を瞑れないの。それに、ここで()()()を持ち帰らせなければ、彼らはまたすぐに森へやってくる。それなら持っていかれても問題ないものを渡してやった方が都合がいい」

 現れたリィナは、ラクのもとへ屈んで折れた腕に治癒魔法をかけ始める。

 しかしラクは、そんなことよりも連れていかれた彼らの方が気がかりなようだった。

「リィナちゃん、それは──」

「私も、あなたの言うことには一理あると思うわよ。勇者としての選択に、ここで彼らを追うということは正しい考えだと思う」

「なら……!」

「でもね、キズナの選択以前に、彼らが選択を間違えたの。勇者だって助けられるのは、助けられるつもりのある人間だけなのよ」

 ラクはその言葉を聞いて、悔しげに眉をひそめる。

 キズナも、ラクの言葉の意味するところにようやく理解がまわりはじめ、それに対してのリィナの言葉に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「ともかく、ご苦労様。あなたたちの活躍で彼らの他に犠牲者はいなかったわ。赤髪も怪我をしてるみたいだし、早く帰って休みましょう」

 事務的なリィナの言葉を聞きながら、キズナはコウダイたちの連れ去られた方へ目を向ける。

 その瞳に浮かんだ感情は、嫌悪と迷いと、そして後悔の入り交じった複雑なものだった。

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