第六話 小さな喜び
「首、苦しくない?」
「いいや、問題ない」
キズナは砦の中の一室、東側の二階にある陽当たりの良い部屋にマナカとの約束を守ってやってきていた。
魔物から助けたお礼として彼女が提案したのは、彼の長い間ほったらかしにされていた髪を切るというものだ。
彼女は手慣れた様子で準備を整え、彼を椅子に座らせて身体に布を巻いていた。
「髪を切れるっての、本当だったっぽいな」
「えーなに、疑ってたの?」
マナカはくすくす笑いながら、サイドテーブルに道具を並べている。
「お母さんがね、美容師だったんだ。美容院の経営もしてたから、私もそこでマネキンとか相手に練習させてもらってたの」
「ふーん、すごい母親だったんだな」
「そう、すごいお母さんだったの。お父さんもね」
マナカはどこか寂しげにそう口にしながら、鏡に映ったキズナの頭を見つめて思案している。
「別に、適当でいいぞ」
「そう言わないでよ、折角元が良いんだから勿体ないでしょ」
「正直長めの方が落ち着くんだ。前は短かったんだけどな」
「うーん……なら、ウルフっぽくしつつ後ろはもっと残してみよっか。頭の形も良いし、中性的なのも似合うと思うし」
マナカは何かに納得したのか、「よし」と一言発してハサミを入れ始める。
キズナは、刃物を向けられていることに少しだけ緊張して、目を瞑っている。
以前、彼が地球にいた頃に起きた美容院での事件も影響しているものだったが、マナカはそれを知る由もない。
キズナは少し気まずくなって、話題を探し始めた。
「美容師の母親の影響ってことは、店を継ぎたかったとか?」
「んー、進路は美容学校のつもりだったけど、実際どうだったかな。もっと単純に、お母さんの仕事してる姿が格好よかったとか、そういうことかも? お父さんの真似もして漫画とか描いてたし」
「お、父親の方は漫画家だったの?」
「そうだよ、『カイセイレンゲ』って漫画、知ってる?」
「うわ、読んでたよそれ。本当に?」
キズナが少し目を輝かせて聞き返す。
それを見たマナカは少し可笑しかったのか、くすりと笑ってみせた。
「嘘じゃないよ、あの漫画の結末を知ってるの、私だけだしね」
「あー、そういえば途中で刊行止まってたっけ。休載かなんかで」
「うん、そうだね、止まっちゃったの。ともかく、私って人から影響を受けやすいのかも」
話している間にもキズナの髪はじょきじょきと短くなっていき、鏡に映るヘアピンで止められた不格好な途中経過に、若干の恥ずかしさを彼は覚えていた。
「まあ、いいんじゃないか? 身近な存在を尊敬出来るのは善人の証拠だろ」
「あはは、面白いこと言うね。キズナくんは違った?」
「まあ、どうだったろ。忘れたかな」
「そっか、忘れちゃったのか」
マナカは、少しだけ目を伏せてみせる。手先に視線を集中させたいのか、それとも別の理由かはキズナも判断がつかなかった。
「……私も、半分くらいは忘れちゃいたい気持ちがあるかも」
「……?」
キズナは思わず鏡に映る彼女の顔を眺めようとしてしまうが、彼女は顔を反らして道具をかちゃかちゃと選んでいて、その表情は見えなかった。
「キズナくんは、お父さんとお母さんはどんな人だった?」
「普通の人らだったよ、なんてことない家庭だった」
「なんか過去形だね?」
「まあ、実際過去だしな。家族の中で生きてるのは母親だけだし、その人もどこにいるかは知らない」
特に隠すつもりもないために話してしまった彼だが、口にしてすぐに余計なことを言ったかもしれないと後悔する。
だがマナカは、妙に納得したようにも見える顔で手元を見ていた。
「そっか……キズナくんもなんだね」
「も、っていうのは?」
「ここに来てる人皆ね、誰かしら身近な人を失くしてるの。そこに立ち会ったことのある人が殆どなんだ、なんでだろうね?」
「へー……。まあ、偶然ってことは無さそうだけど……あとでリィナにでも聞いてみるよ」
皆、というからには、恐らくマナカ自身も含まれているのだろうとキズナは考えたが、それを口に出しはしなかった。
考えてみれば、マナカの方こそ、両親のことを過去形で話している。
そして、漫画の休載の理由もそれを考えれば自明だった。
「前にダインくんが、ここに来る人は帰ろうと思わない人が選ばれるって言ってたけど、その辺りも関係あるのかな?」
「どうだろうな。本当に世界樹の意思なんてものがあるのかも分からないし」
「でも、それならその方がちょっと嬉しくない?」
「それは……なんで?」
「だって、運命をより良い方に導くためにここに連れてきてくれたんだって思えた方が、じゃあ頑張ろうって思えるよ」
それは、キズナにはない考え方だった。
自分の生き方を存在するかどうかも分からないものに委ねるというのは、彼にとって健全かどうかは判断しかねるものだ。
だが、それにより前を向ける人がいるのも事実かもしれない。
そう考え、彼は「そうだな」とだけ呟いた。
「よし、どうかな?」
マナカは手元に用意していた手持ちの三面鏡を取り出して、キズナに散髪の出来映えを見せる。
「結構切ったな」
「切る前と比べたらそうかもね、分けないと下ろせないくらいだったし。でも要望通り少し長めに残して、後ろは結べるくらいのままだよ」
彼女の腕前は確かなもので、伸ばしっぱなしの長髪は現代的な髪型に様変わりしていた。
「いっそ普段から結んじゃわない? キズナくんだったら似合うかも。いつも動くときは括ってはいるけど、三つ編みとかなら紐も要らないし、覚えてみる?」
「……よくわからないし、任せる」
許可を得た彼女は楽しそうにしながら、手早く彼の後ろ髪を結んでいった。
やり方を口頭で教わりながら、キズナはされるがままになる。
「ほら、こんな感じ」
「なんか、水を被って女になる拳法家を現代っぽくした感じ……?」
「あはは! 面白いかも、そのキャラでいきなよ」
「ちょっと遊んでるだろ」
「そんなことないよー」
くすくすと笑う彼女にキズナは少しため息をついて見せるものの、散髪前とは様変わりした己の姿に満足感があるのも確かだった。
小さな喜びを集めればいい。そんな風に言っていた彼女の言葉を思い出し、こうしたこともその一つかもしれないなんて、他愛もないことを考える。
「お疲れさまでした。ちゃんと維持してくれると嬉しいな」
「努力するよ」
キズナに被された布を取り払い、落ちた髪の毛を掃いて集める。
彼女はそれを一通り済ませると、キズナに向き直ってにこりと笑う。
「そっか、私もキズナくんの旅についていけばいいんだ」
身支度をしていたキズナは少し驚いた顔をして、彼女の顔を見返す。
「きっと、候補生から選ばれるのは君だと思うけど、ついていっちゃダメとは言われてないもんね?」
「いや、俺は勇者なんてなるかどうかは……」
「ううん、君はきっと選ぶと思う。強いからとか魔力を持ってるとか関係なく、そうするんじゃないかなって思うよ」
彼女は何かの確信を持った顔で、キズナの目を見つめた。
彼は少し気恥ずかしくなり、顔を反らして頬をぽりぽりと掻いてみせる。
マナカはそんな様子に苦笑してみせ、しかしはたと何かに思い当たる顔をした。
「そうだ……問題は私がついていくのをリィナ様が許してくれるかどうかだね」
「なんでだよ、戦力が増えるのはあいつも歓迎だろ」
キズナから見て、マナカは候補生のなかでかなり戦える部類だ。
それは以前に模擬戦の際に見た時は抱かなかった、彼女がここに来てから獲得した資質だろうと思う。
だが、彼女はそんな彼の様子を見て小さくため息をつく。
「うーん……なんだか苦労しそうだな。私も、リィナ様も……」
キズナはその言葉の意図を汲みかね、首をかしげるのみだった。




