第四話 思ってた感じ
キズナが異世界で目を覚ましてから、およそ1ヶ月が過ぎた。
彼の日常は主に、午前中にリィナの行う候補生への授業を受け、午後にはダインや、時折ソニアと魔力への慣熟訓練を行うというものだ。
週に二日は休みが設けられており、そうした日は主にラクと過ごしていた。
リィナと過ごすこともあるが、彼女は基本的に忙しく、あまり落ち着いて過ごす時間もないようだった。
そして今日は、ラクと約束して砦で昼食をとるために食堂へ来ている。
「ラク……お前大丈夫か?」
「へ……へいきさ、全然へいき、まだまだいけるね……!」
ラクの前には、山盛りに盛られた肉やパスタ、グラタンやラザニア、芋類などが並んでいる。
彼はそれらをキズナも目を見張るほどに胃袋へ詰め込んでいた。
「それに君が言ったんじゃないか、強くなりたければ太れってさ……!」
「いや言ったけども」
確かに、ラクの身体は以前の枯れ木のようなものから少し肉付きが良くなって、それなりに健康に見えるものまでになっていた。
キズナの指導で鍛練を積みながら、食事を増やした成果だろう。
「うぷ……」
「ほらもう、どうすんだよこの量」
「ごめん……手伝って」
キズナは目の前に盛られている食事をじっと睨む。彼は既に自分の食事を済ませて空腹ではなく、これ以上は自分の体重管理に響くので気は進まなかった。
しかし、友人の頼みと観念し、ため息をついて自分の盆に運びはじめる。
ラクは日に日に食べられる量が増えているため、今日は少し冒険するつもりで大量にとったのだろう。その意気込みは買ってやりたいのだった。
するとそこに、ちょうどよく通りがかった人物が現れる。
「お、にいちゃん今日はこっちにいんのか。どうしたんだその量はよぉ?」
「いいところに来た、手伝え」
がっしりとダインの腕を掴み、椅子を引いて彼を座らせる。
ダインはなんとなく状況を察したようで、苦い顔でため息をつく。
「いや、俺ぁ今日コリンの弁当持ってきてんだが……」
「そりゃあ良いな、わざわざ作ってくれた嫁さんにちゃんと感謝は伝えたか? そういうところから倦怠期って始まるんだぜ」
「にいちゃんに言われるまでもねえよ! 怖えこと言うなや!?」
「ごめんよおダインくん、手伝っておくれよ」
ラクが申し訳なさそうな顔をしながらダインに手を合わせる。
ひとつ年下のラクに正面切って頼られると、ダインはわずかに弱ってしまう。
彼の率いる部隊は実戦に投入されない未成年の訓練部隊だと言うが、そんな甘くて大丈夫なのだろうかとキズナは余計な心配をした。
「しょうがねぇなぁ……」
「やった! ありがとう!」
「助かるぜ、ダイン!」
「にいちゃんは明日の訓練で覚えてろよ!?」
ふざけてガッツポーズをするキズナに、ダインが睨みを利かせて叫ぶ。
ダインは荒っぽい口調と裏腹に相当なお人好しで付き合いもいい。キズナは彼の優しさにつけこむことにした。
ちなみに、ラクとダインは紫髪たちとの一件以前から交流があったようで、召喚当初に身体の弱さで倒れがちだったラクをよく介抱していたようだ。
加えて、あの一件からキズナとダインの二人でラクの安全を担保する役を持ち回りで行っている。
この食堂での一件を最後に一応彼らは大人しいものの、あれで鎮火したとは思えないのが共通見解だった。
「まぁ、ラクは確かに今よりぁ身体を太くした方がいいと思うがよぉ、この食事は一応国からの厚意で出されてんだぜ? 残しかねねぇ量は取らねえでくれや」
「う……ごめん。今回はちょっと冒険しすぎたかも……」
「わかりゃいいんだ。な、ダイン?」
「にいちゃんちょっと黙っててくれねぇ?!」
やかましいダインを他所にキズナは食事を口に運びはじめる。
確かに、この質の料理をこれだけの人数に提供し続けるのは相当なことだろう。
彼も本音を言えば、体重管理を気にしなければいくらでも食べられるほどだ。
そうして彼らが話をしながらも食事を続けていると、そこにまた新たな人物が現れた。
キズナの隣、ダインとは反対側の椅子を引いて、どかっと座る彼女の乱入に三人はわずかに驚いて固まる。
「え、リィナじゃん。どうした」
現れたリィナはキズナのことをじろりと睨むと、その睨み付けた目のまま目線を前方にやる。
何故そんな怒気を向けられているのか分からないラクはしかしそのプレッシャーで、蛇に睨まれた蛙のようにフォークで肉を口に運んだまま固まってしまった。
だが、リィナの目が唐突に、ふっと力が抜けて何かに気がついたように開かれる。
キズナは彼女が何を考えているのかさっぱり分からず、困惑を顔に浮かべていた。
しかし、ダインだけは何が起きたかに気がついたようだ。
「ああー……なるほどなぁ。少し長めの髪に、細身の身体、中性的な顔に、腕が畳まれて膨らんで見える胸……そういうことだはぁッ!?」
ダインが何かに納得したように語り出したかと思えば、急に大声をあげてその場に立ち上がって背中を押さえている。
キズナがリィナの方を見ると、その指先からぴりぴりと電気のようなものが走っているのが見えた。
「ま、まあ気持ちは分かるぜ姐さん、確かに浮気は怖ぇもんなあ゛っづ!!?」
今度は肩が燃え出したダインが、ゴロゴロと床に転がって消火を行っている。
「そ、その目を持ってる姐さんがすぐに気がつかないなんてよっぽど気が気じゃなかったみたいでいッでぇ!!?」
大きな風切り音と破裂音がダインの頭の辺りで鳴り響き、ダインは頭を抱えて転がり回った。
「り、リィナ……よくわかんないけどちょっと落ち着け、あとダインはもう喋るな、勇者かお前は」
リィナは無言のまま、再びじろりとキズナを睨むと、彼の二の腕を爪を立ててつねりあげた。
「いて、いでででででいたいいたいやめろって!?」
彼女は一通りキズナを悶絶させて叫ばせると、満足したのかその場を去っていく。
彼女はついぞ一言も発しないままに、文字通り爪痕を残していった。
その場には沈黙が流れ、三人は固まったまま彼女の去ったあとを眺めている。
「「「お、おっかねぇー……」」」
示し合わせた訳でもないが、三人の口が揃って彼女への恐怖を発し、その後三人は黙々と食事を行ったのだった。
◇
キズナたちは、高い木々の隙間から木漏れ日の差し込む森の中を、二人連れ立って歩いていた。
人の手はあまり入らない区画だと言うが、自然のものとは思えないほど、あるいは自然だからこその美しい森の中を、周囲を警戒しながら進んでいる。
「魔物の討伐訓練なんて、なんだか緊張してきたなあ」
「そうか? リィナの話じゃ大したやつは出ないって言ってたろ」
「キズナは強いからそう思うかもしれないけどさ、僕なんて兎に体当たりされてもへし折れるぜ!?」
ラクはそんなことを口走りながら、細っこい四本の腕をぷらぷらと振ってみせる。
兎は大袈裟だと思ったものの、猪でも出た場合は分からないなと、キズナは目と口を一文字にして微妙な表情をする。
「それに、魔物といっても生き物だろう? 僕は包丁だって持ったことがないのに、命を奪うための武器なんておっかないよ」
「まあ、現代日本じゃ死は身近じゃないからな、普通は。そりゃ思うところもあるか」
「……? まるでキズナには身近だったみたいな言い方じゃないかい、君は喧嘩が強かろうと兵士かなにかだった訳ではないだろう?」
キズナは余計なことを言ってしまったと、迂闊な自分の口を恨んで両手を挙げる降参のポーズを取る。
ラクはそれをどう受け取ったのか、「ふむ」と一言発してそれ以上は言わなかった。
二人はそのまま森の中を探索し、奥へと進んでいく。
「なんか、思ったより平和だな」
「まあ、魔物が出る森と言えど、国の領地の中だからね。そう頻繁には出くわさないんじゃないかい?」
だが、そんなラクの言葉とは裏腹に、遠くから悲鳴のような声が聞こえてきた。
二人は顔を見合わせて、それが聞こえた方へ走っていく。
すると、木々の向こうで、炎の爆発するような音が聞こえてきた。
「ユウカ! そっち行った、気をつけて!」
「そ、そんなこと言ったってえー! 来ないでよおー!」
キズナが遠目に見たのは、ネズミを十倍に大きくして人型にしたような魔物と戦う、四人の少女だった。
とはいっても、そのうち二人は既に負傷しており、それを庇うようにしている少女と、その彼女らに近づけまいと立ち回る空色の髪の少女が武器を振り回している。
「え、えい! ……ひい!?」
ユウカと呼ばれた少女が大きなナイフを振るうと、それが偶然襲ってきたネズミに当たる。
ネズミはそのまま事切れるが、ユウカは自分の手に残る命を奪った感覚に戦意を失ったようだった。
「ま、マナカ、どうしよ、斬っちゃった!」
「ナイスファイト! そのまま二人を守って!」
「もう無理ぃ……」
頼りない友人の声に、マナカと呼ばれた少女はわずかに唇を噛みながらも、自らに襲いかかるネズミを槍で突き刺し、穂先から迸る紫色の炎で焼き殺す。
しかし、そのネズミの背後から、更に何倍も大きな、熊のような体躯のネズミが現れる。
「キシャーーーー!!!」
熊ネズミは甲高い声でマナカを威嚇し、その体躯を生かして突進を仕掛けてくる。
マナカはそれをどうにかいなそうとするが、うまく行かずに鼻先で跳ね上げられてしまう。
受け身をうまく取れずに肩を痛め、立ち上がるのにわずかな時間を要した。
しかし、そのわずかな時間は、熊ネズミが彼女に牙を突き立てようとするのには十分な時間である。
駆け寄った熊ネズミが、彼女の首を目掛けて口を開いたその瞬間────。
「らぁッ!」
熊ネズミの頬に、長い足から繰り出された蹴りが命中する。
熊ネズミはその大きな身体を転がして樹木の幹に衝突し、体躯に似合わぬ甲高い声を上げた。
「き、君は……」
「平気か? ひとまず下がってろよ」
間一髪のところで、キズナは空色の少女と熊ネズミの間に割り込み、彼女の無事を確認して熊ネズミに向き直る。
「ネズミが体格を武器にするなんて、強み捨ててるだろそれ」
熊ネズミは頭を振って立ち上がり、キズナを見下ろして威嚇を行った。
だが彼は一顧だにせず、腰に下げている剣を抜いて構えることもなく向き直る。
熊ネズミはその態度に侮りを感じたのか、一層甲高い声を放って突進を仕掛けてきた。
「しッ──!!」
キズナはその突進が自らに直撃する寸前を見計らい、宙返りの姿勢で躱し様に剣を振るった。
熊ネズミは突進の勢いのまま力を失い、つんのめるように地面を滑ったあと、そのまま動くこともなく沈黙する。
マナカが見れば、熊ネズミは首元から血を流しており、既に息絶えていることがわかった。
「すごい、一瞬で…………!」
キズナは剣に着いた血を一度振り払ってから裾で拭い、腰の鞘に納める。
そのまま、少し離れたところで座り込んでいるマナカの元へやってきて手を差しのべた。
マナカはキズナに手を引かれて立ち上がるが、先ほど打ち付けた肩が痛んだのか、びくりと身を振るわせて顔をしかめる。
「悪い、大丈夫か?」
「うん、平気。助けてくれてありがとう」
穏やかな表情で微笑むマナカに、キズナはひらひらと手を振ってなんてことないと示す。
人に素直に感謝されることに慣れていないが故の照れ隠しだったが、マナカは少し目を丸くしてから、困ったようにわずかに苦笑した。
「キズナー、早いよお!」
「遅いぞ、ラク」
キズナのあとから、息を切らしながらラクが追い付いてくる。
「君の速さに追い付けなんて方が無茶じゃないか、まあ僕に合わせてたら彼女たちは今頃この子たちのお腹のなかかもしれないけども」
「縁起でもないこと言うなよ……」
「そうだよ! めっっちゃ怖かったんだから!」
今度はマナカの後ろから、ユウカたちが三人連れ立って集まってきた。
ユウカの後ろの二人は多少怪我をしているようだが、命にも生活にも支障の出るものではなさそうだった。
怪我の程度以上に、それを負う危険な状況に動転したのだろう。
「ニナもハルナも、怪我は平気そう?」
マナカが二人を慮るように問いかけ、二人は申し訳なさそうな顔で彼女に頷いてみせる。
「うん、ごめんね……? マナカがいなかったら私たち今頃どうなってたか……」
「本当です、戦うのがこんなに怖いなんて思いませんでした」
辺りには人型ネズミの死骸が十は転がっているが、この様子だと恐らくすべてこのマナカという少女が倒したのだろうと、キズナは感心した。
人型ネズミは人間の膝上程度の大きさだが、手製の武器を持っており、その脅威度はそれなりに高そうだ。
それを、戦うことに不馴れであろう少女が後ろにいる仲間を守りながらこれだけ倒してみせるのは生半なことではない。
「確かに怖かったけど、でもこれで皆で報償金貰いにいけるよ! 砦の外で買い物したいって話してたもんね!」
「マナカぁー、逞しすぎるでしょおー!」
「私たちなにもしてないしね……」
「そうです、貰えないですよ!」
「じゃあ私がみんなにどーんと奢ってあげる、楽しみにしてて!」
マナカが彼女らに優しく微笑んでみせ、残る三人は思わず手を擦り合わせて「ははー」などとふざけ始めた。
「キズナも、僕に何か奢ってくれるかい?」
「そうだな、ダンベルとか買ってやるよ」
「スパルタだなぁ!」
ラクがあちゃーと天を仰いで見せ、キズナは思わず笑ってしまう。
そもそも異世界にもダンベルはあるのか疑問だったが、キズナはそれをひとまず飲み込んだ。
「んで、お前はちょっと遅かったんじゃないか?」
「そう言うなやにいちゃん。あんたが居たからゆっくり歩いて来たんだぜ」
「いや流石に小走りくらいはしろよ」
キズナが声をかけたところから、言葉通り悠々とダインが歩いてやってくる。
気配でそれに気が付いたキズナは、じとりとした目を向けて彼を咎めた。
「ちなみに、候補生たちには気づかれないように姐さんの杖が付いてるからな、もしもの事態は一応無かったことは伝えとくぜ」
「まあ、あいつがそんな手落ちをするわけもないか。森の中を見渡すのも訳ないだろうしな」
言われてキズナが気配を探ると、確かに高いところから杖の放つ魔力を感じとることが出来た。
とは言ってもキズナが集中してようやくぼんやりとした位置がわかるくらいで、その擬装は本来そう見破れるものではないだろう。
「魔物の素材はうちの部隊があとで回収すっからよ、チームごとに報酬が与えられッぜ。あと少しすりゃ訓練も終了すっから、あんたらはもうキャンプに戻っとけ」
「そうしまあす……」
ユウカが力のない声で返事をして、彼女たちはその場をあとにしようとする。
「いやあ、僕もなんだか何も出来なかったなあ」
ラクも少し肩を落とした後、しかし大して気にもせずに頭の後ろで手を組んで彼女らに続いた。
ダインも連絡のためかその場を後にし、キズナとマナカの二人が残される
しかし、マナカは友人たちを追わず、キズナに向き直った。
「キズナくん、改めて、助けてくれてありがとね。私マナカ、あとでお礼させてくれると嬉しいな」
「いや、別にそんなの必要ない。当たり前のことをしただけってやつだ」
キズナに笑みを向けながらマナカが申し出るが、彼はそれをすげなく躱してしまう。
そんな様子に彼女は少し困った顔をした。
「こういう時のお礼はちゃんと受け取った方がいいんだよ? 感謝する側もそっちの方が嬉しいんだから」
「んあ、そういうもんなのか?」
キズナは彼女の言い分が思ってもみなかった様子で、虚をつかれたような顔をしてしまう。
そんな様子を見て、マナカは面白くなったのかくすくすと笑った。
「うん、やっぱり最初に思ってた感じとは違ったかも。意外といい人なんだね、君」
「意外とってなんだおい」
「なんでもないよ、じゃあいこっ?」
マナカはそう言うと、向こうの方で自分を待っている友人たちの元に小走りで向かっていく。
キズナは頭をかきながら、自分もラクのもとに向かっていった。
「別に、いい人なんかじゃないんだけどな」
そんな風に、固まってしまった自己評価に気が付かないまま。




