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de anima~死人倣いの異世界奇譚~  作者: 各務クギヒト
一章 ウルフェムラ編 後編
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第三話 見る目

「悪い、今日は俺下の食堂で食べてくるわ」

 リィナの行う授業が終わり、リィナがいつも通り上級食堂で食事をするためキズナを待っていたところ、キズナが申し訳なさそうにそんな風に口にした。

「別にいいけど……どうしたの、他の候補生と一緒じゃ気まずいんじゃない?」

「いや……まあそうなんだけどさ、約束があって」

「ふうん……」

 リィナは少し残念そうにしながらも、軽く手を振って背を向けて去っていった。

 その淡白な振る舞いに若干罪悪感を覚えつつも、キズナは一階の一般食堂に向かって歩き出す。

 王族であるリィナのおこぼれで今まで利用していた上級食堂だが、本来は重要な役職に就いた国の中枢に位置する人間しか使えないものだ。

 儀式以降彼は主にそこでリィナと食事を共にし、時折フィリップなども交えて交流していたが、若干の場違いを感じていたのは否めなかった。

 しかし、それで言えば候補生たちの集まる一般食堂の方がより場違いではあるだろう。

 何故なら、キズナに好印象を持っている人物の方が、彼らの中には圧倒的に少ないのだから。

 食堂の扉を開いて中に入ると、そこは百人以上はゆうに利用できるであろうという、かなりの広さがあった。

 卓に着けば料理が運ばれてくる上級食堂とは違いビュッフェ形式ではあるが、こちらも並んでいる食事はそれなりに良いものだ。

 もしかしたら、こうした部分で候補生たちを繋ぎ止めているのかもしれないと、ぼんやりと考える。

「あいつは……いるかな」

 何の気なしに盆に食事を取っていくふりをしながら、彼は数日前に出会った男の姿を探す。

 ダインの話では既に治療を終えているとのことで、今日の授業では見かけなかったが、食事はここでとる筈だとのことだった。

 だが、その彼の視界に、見るのも不愉快な光景が映り込んだ。

「アラキくーん、ちゃんと残さずお食べよぉ」

 キズナの探していた人物が、数人に囲まれて嫌がらせを受けている。

 紫髪は混ざっていなかったが、よく見れば遠巻きに女子のグループと一緒にそれを眺めていた。

 キズナは、二人分空いていた近くのテーブルに盆を置いて、ずかずかとそちらへ歩いていく。

「お前ら……懲りてなかったみたいだな」

 怒りをこらえながら、キズナは幼い髭面の大柄な男の腕をつかんで睨み付ける。

「……離せや、うぜえな」

 髭面の男はキズナを睨みかえして手を振り払おうとするが、掴まれた腕は一向に解放されない。

 それどころか、万力のように締まっていく手の平に、ミシミシと髭面の腕の骨が軋み始めた。

「いたっ──いだだ、いだいいだいいだい!!」

「……失せろ、こいつに近づくな」

 キズナは、自分でも無自覚に怒りに震え、その魔力を身体から滲ませていた。

 僅かに可視化されるほどの魔力はそのまま向けられた相手に恐怖を植え付け、髭面は腰を抜かしてその場に崩れ落ちる。

「わ、わかった! 分かったから離せって!!」

 キズナの手が離されると、髭面はわたわたと慌てた様子で引き下がっていき、他の連中もキズナを睨みながら離れていく。

「待てよ」

 だが、キズナがそれを呼び止める。

 髭面は失せろと言われたのに何故と言わんばかりに、怯えと警戒を見せながら振り返り、キズナはそれに対して目の前にある盆を首で指し示す。

「責任持ってお前らが食えよな」

 キズナが示したラクの前にある盆は、色々な料理や飲み物がぐちゃぐちゃに混ぜられたもので、これを無理矢理に食べさせようとしていたのが先程までの様子だった。

 髭面は言われるがまま盆を引き取り、近くのテーブルに着くなり、仲間に「これどうすればいい?」などと聞いている。

 「だっさ」と嘲る女子の声に紫髪が同調しているのが遠目に見えるが、キズナは興味も持たずにラクの方へ目を向けた。

「取り敢えず、料理取り行こうぜ。席はあっちに取ってあるから」

「うん、ありがとね、キズナ」

 ラクは人懐っこい笑顔をキズナに向けて、テーブルに手をついて立ち上がった。

 その様子はまだふらふらとしていて、恐らく数日前の怪我がまだ痛むのだろうと推し量る。

「ほんとにさー、困っちゃうよね。ご飯も落ち着いて食べさせてくれないなんてさ」

 付き添っているキズナの横で、新しい盆に料理を取りながらラクがそう溢した。

 わずかに小柄なラクは背丈のあるキズナの肩越しに話しており、声色は明るいものの、俯かれるとキズナには表情が伺えない。

 ふわふわと毛量の多い赤髪が、余計にその表情を隠していた。

「……あんま無理すんな」

「うんー? 別に無理はしてないけど……まあありがと」

 二人はキズナが取ってあった席に向かい合って腰を落ち着ける。キズナの取った食事は既に少し冷めていたが、彼は気にせず「いただきます」と口にして食事を始めた。

「そんなことよりもさ!」

 ラクはわずかな時間で気を取り直したのか、明るい声音を作ってキズナに話しかける。

「約束、守ってくれたんだね! 一緒に食事しよって!」

「いや、まあな。たまたまだよ」

「またまたー、そんなこと言ってわざわざこっちに来てくれたんだろう? あれから君のことを色々聞いたんだけど、食事はいつもリィナ様と一緒に上で食べてるって聞いたしさ!」

 キズナは、その()()にどんな話が混ざっているのかと若干の渋面を作るが、気を持ち直して小さく手を振る形で返答する。

「……まあ、無視するのも悪いし、義理だ義理」

「えーひっどいなぁ!」

 そんな風に言いながらも、ラクはケラケラと笑っている。

 彼のこのメンタルの強さにはどんな秘訣があるのか、それこそキズナは教えてほしいくらいだった。

「なあなあ、キズナってさ、皆の中でいっちばん強いんだろ? なんかすごい嫌われてはいるけど、それって誰も敵わないからだよな!」

「い、いや……単に俺の振る舞いの問題じゃねえかな」

「ええー? 何でだよ、キズナってめちゃくちゃ優しいのに」

 やはり、ラクはキズナの事故紹介もとい、自己紹介を聞いていないらしい。

 それがキズナとラクにとって良いことなのかどうかは、キズナには判断しかねた。

「まあ、最初の自己紹介で凄いこと言ったってのは聞いたけど」

 否だった、彼はすでに知っていたようだった。

 キズナは自分の痛々しい過去を指摘されて思わずむせ込んでしまう。

「まあ、そういう変わったところも強さの秘訣かなって、ぼくなんかは思うわけですよ」

 ラクはフォークをぷらぷらと揺らしながら何故か得意気に語る。

 キズナはコップの水を飲み干してどうにか詰まったものを嚥下し、ひとつ息をついた。

「お前……その話聞いてよくこんな風に喋れるな」

「いや別に? キズナが強いのは事実だし、そんなにおかしいこと言ったとは思ってないよ?」

「いや……そういう問題でもないと思うけど」

 キズナ自身、自分のあの言動に問題があることは重々承知していた。それも多少の考えあってのものではあったが、リィナの言う通りそんな独善は伝わらないし、伝わるべきでもない。

「それに、わざわざ皆の意気を挫こうとしたのって、多分危ない世界から帰らせようとかしたんじゃないかい?」

 だが、目の前のラクはそんな浅はかな考えを簡単に見通して見せた。

 キズナは、彼の見立ての鋭さに思わず目を見張って驚いてしまう。

「ほら、やっぱりそうなんだ。でも、それは君の考えるべきことじゃないよ、皆が自分で選ぶことなんだからね」

 ラクはさも当然のように言ってのけて、フォークに突き刺した野菜を口に運ぶ。

 ちなみに、彼の盆にはあまり肉や炭水化物が多くなく、野菜や果物、スープが中心だった。

「お前、なんか凄いな」

 キズナは思わず面白くなって少し笑いが溢れてしまった。

 こんな人物を好き勝手痛めつけようなどと、あの連中はとことん見る目がないと彼は思う。

「えーどういう意味ー?」

 ラクは楽しげに笑いながらも、満更でもなさそうで照れ笑いを浮かべている。

「でも、もっと肉とか麺とか食べた方がいいぞ。強くなりたかったらまず太れ」

「なるほど、分かりました師匠!」

 ラクはふざけてそんなことを言いながらも、盆の食事をかきこんで片付け、次のものを取りに行った。

 キズナはそんな彼の背中に、ふと違和感を覚える。

 まるで、何かが折り畳まれて仕舞われているように、服の中が膨らんでいたのだ。

「なあ、お前のその背中のそれって……」

 彼には食べきれなさそうな量の肉やパン類を盆に乗せて戻ってきたラクに、キズナが浮かんだ疑問を問いかける。

「ああこれ?」

 言うや否や、ラクはキズナに背中を見せる形で椅子に座り直した。

 すると、その背中の膨らみが、もぞもぞと動き始める。

「え、なにそれ」

「これね、腕なの。こっち来てから生えた」

 ラクは中腰に立ち上がって、腰の辺りをちょいちょいと指差す。

 すると、膨らみはそこに向かって動いていき、服の裾から手の指先が見えた。

「どう、キモいで──」

「マジかよ、凄いな!」

 二人の声はほぼ同時で、彼らは目を見合わせて固まってしまう。

「え、いや、気持ち悪くないのかい? 僕はこれのせいでいじめられてるんだよ?」

「いやいやいや、腕が四本なんて絶対強いし、格好いいって。あいつらほんっとに見る目ないな」

 ラクはその言葉を聞いて少し固まったあと、満面の笑みを作って照れたように頭を掻いた。

「ええーほんとにー? それはそうとキズナ、これ食べるかい?」

「いや自分でとってくるからいいわ」

 すげなく躱されるラクだったが、その表情は未だへらへらと緩んでいた。

 そして満面の笑みを浮かべたまま肉を頬張りはじめ、キズナも少しおかしくなって笑ってしまうが、自分の食事に戻る。

 しかし少しして、ラクの食事を口に運ぶ手が唐突に止まってしまう。

「キズナ、これ食べないかい?」

「ラクお前、胃のキャパ少ねえなぁ……」

 山盛りに盛られた肉の半分も消えないうちに、彼はギブアップを宣言したのだった。

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